やっぱり勝算は乏しい

看護師内診問題について不戦敗宣言をした後、法曹関係者の皆様から「余地はある」のコメントが幾つか届いています。医者の為に考えてくれる弁護士がいるだけで感謝なんですが、やはり難しそうです。言っても私は法律には素人ですので、非医療関係者が医学の議論を聞いてもサッパリ分からないように、法学論議も何が正しくて、実態はどうなのかは分かりません。素人の私が分かる範囲で考えてみます。

最初に「戦うべし」を書いたときに最低限2つの条件のクリアが必要とan_accusedさまからまず指摘がありました。

  1. 日本産婦人科医会は看護婦内診禁止について通達取り消し要求を繰り返し行なっていたようだが、毎日新聞記事で日本産婦人科医会がこの通達を容認しているとあり、それであれば産婦人科全体が内診禁止を容認していると取られ、訴訟は国だけでなく日本産婦人科医会も敵に回すことになり勝算は非常に乏しくなる。
  2. 原告になれるのは今回捜査を受けた堀病院のみであり、他の産婦人科医では訴訟に参加できない。
a.についてはある産婦人科医のひとりごとに今回の事件を受けての日本産婦人科医会の見解があります。問題になっている通達の扱い部分を抜粋します。

看護師による助産行為に関して、平成9年3月の日母産婦人科医報で、「助産と呼ばれる行為は分娩の介助と付随する世話をいい、医師又は助産婦以外は分娩の介助をしてはならない。医師の立会い、監督、指導のもとでも助産婦以外の者の分娩介助は認められない。但し、緊急避難のための臨時応急の処置、行為はこの限りではない」として会員に注意を促してきた。ここでいう分娩介助とは胎児娩出期の会陰保護および胎児娩出介助のことであり、分娩第I期の経過観察を含むものではない。
 また、平成14年11月5日、鹿児島県保健福祉部長は厚生労働省医政局看護課長へ、次のような問い合わせを行った。「1.産婦に対して、内診を行うことにより、子宮口の開大、児頭の回旋等を確認すること、並びに分娩の進行状況の把握及び正常範囲からの逸脱の有無を判断すること、2.産婦に対して、会陰保護等の胎児の娩出の介助を行うこと、3.胎児の娩出後に、胎盤等の胎児付属物の娩出を介助すること、は保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)で規定する助産であり助産師、医師以外の者が行ってはならないと解するが貴職の意見を伺いたい」という質問に対して、看護課長は「その通り」との回答を行っている。
本会としては、この見解に基づき『看護師は、分娩の進行状況の診断や正常範囲からの逸脱の有無の判断を行わないように』と、会員に呼びかけてきた。
 しかし、突然のように、平成16年9月13日付けで、看護課長から、「産婦に対して、子宮口の開大、児頭の下降度等の確認及び分娩進行の状況把握を目的として内診を行うこと。但し、その際の正常範囲からの逸脱の有無を判断することは行わない」ことが、「保健師助産師看護師法第5条に規定する診療の補助には該当せず、同法第3条に規定する助産に該当すると解する」との通達が出された。
このような、産科学的に理解できない通達に対して、本会としては、『法解釈上、少なくとも、分娩第I期にあっては、分娩を安全に導くために、看護師による子宮口の開大度、児頭の下降度に観察、測定は必要であり、この意味では、分娩第I期の内診は助産に該当しない』と考えるので、厚生労働大臣には、現行の枠内でも分娩第I期の内診は出来るように、あるいは、出来ないのであれば、保助看法の考え方を変えるように、本会会長として、要望し続けてきた。
 しかし、本会としては、どんなに現状に即さなくても、上記の通達が出された以上、これを遵守するように、平成16年10月15日、会長名で都道府県支部長宛に見解を述べ、以来、会員に呼びかけてきたところである。
 その後、厚生労働省に『医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等のあり方に関する検討会』が設置され、平成17年11月24日、その検討会での討議の末のまとめ案でも、産科における看護師の業務、特に分娩経過観察における看護師の内診を可とする保助看法見直し論と、内診を不可とする反対論、さらに慎重論が併記されたように、現在の助産師の絶対的不足の現状での現実的対応を検討している最中に、今回の事件が起こったことは、その社会的影響を考えても、極めて憂慮すべきことである。

長いのですが要約すると、「通達には異議があるが、通達なので会員には遵守するように医会は呼びかけた。一方で通達が現状に即していないのでこの改善を厚生労働省と協議中である」と読み取れば良いかと思います。おそらく毎日新聞の記事は「通達を遵守するように呼びかけたから日本産婦人科医会は通達を容認した」と曲解したと考えます。毎日新聞の報道姿勢はほっとくとして、日本産婦人科医会は通達の撤回ないしは改善要望を今でも続けているのは間違いありません。これで訴訟への第一関門はなんとかクリアします。

b.が大問題です。問題点をピックアップすると、

  1. 堀病院が争う相手は国であり、監督官庁になります。国が徹底抗戦してくるのは間違い無く、マスコミも尻馬に乗るのは目に見えています。長期間の法廷闘争とマスコミによる社会的制裁を受け続ければ、訴訟に勝っても負けても莫大な損害を受けるのは容易に予想されます。もっとあからさまに言えば、訴訟を起すだけで堀病院が破滅する可能性が非常に高いということです。
  2. 私も含めて指摘している人が少なくありませんが、今回の事件での捜査方法はあまりにも異常な態勢です。内診問題は別件捜査であり、本丸は別であろうと言う事です。本丸が何かはまだ判明していませんが、内診問題以外の大きな犯罪的行為があった場合、堀病院を原告に押したてての訴訟はほぼ不可能だと考えます。たとえ堀病院が大義の為に立っても、他に犯罪的行為があれば産婦人科医の支持を集めるのが難しいと言う事です。
  3. これはa.とも関連するのですが、日本産婦人科医会は通達の撤回の要望をしていますが、個人レベルになればこの問題の見解は割れています。他科はもちろんの事、産婦人科医でも意見の相違があります。医療関係者でも助産師は通達に賛成でしょうし、医療界上げてみたいな構図には到底ならないと言う事です。
  4. 堀病院以外の産婦人科関係者が原告になれる可能性ですが、原則として困難だそうです。an_accusedさまからもご指摘を頂きましたし、ふぉーりん・あとにーの憂鬱氏も詳細に解説されています。一方でTB頂いたいい国作ろう!「怒りのぶろぐ」氏からは、なんとかなるんじゃないかと考察を頂いています。

    意見から考えると、堀病院以外の関係者が提訴できる可能性はゼロではないと言う事かと思います。どういう事かと言えば、堀病院関係者以外が提訴した場合、内診問題を争う前に原告適格とか言うのを争う必要があるようです。つまり提訴する資格があるかないかを第1ラウンドでまず戦い、これに勝って初めて内診問題を争えると言う構図ではないかと考えています。第1ラウンドも第2ラウンドも国は徹底抗戦するでしょうから、相当な長期戦の覚悟が必要です。

悲観論ばかりで申し訳ありません。この問題は押されっぱなしの医療界が一矢を報いる機会ではないかと当初は考えました。ただその後の経過や情報を集めてみると、まず法律上の難関があり、医療界自体もこの問題に大同団結する気運が乏しい事が判明しました。つまり国家権力と全面抗争をするには基盤があまりにも脆弱であるという事です。国家権力と争うにはふぉーりん・あとにーの憂鬱氏がご指摘の通り、周到な準備と大義が必要という事です。

準備に関しては寝耳に水の強制捜査ですから全くありませんし、大義に関しても医療界の支持が得られそうな動きになっていません。準備も大義も無い状態で戦いを挑むのはあまりにも無謀です。強いてこの状況で戦うのなら、日本産婦人科医会が中心となっての集団訴訟を起こし、まず原告適格を勝ち取り、さらに内診問題を争うぐらいしかありません。それでも勝算は第1ラウンド、第2ラウンドとも乏しいとしか言い様がありません。日本産婦人科医会が立っても、医療界全体はおろか、産婦人科医全体の支持を集められるかどうかも疑問ですし、マスコミが確実に敵に回る世論支持を集めるのも非常に困難であるからです。

「彼を知り己を知らば百戦危うからず」とは孫子の言葉ですが、今回は孫子が上策かと思います。またいつの日か孟子の言葉にある「自ら反みて縮くんば、千万人といえども吾往かん」のように、我も我もと医療界の興亡をかけて集まってくる日を待ちながら・・・。