内診問題の一つの淵源

看護師内診禁止通達は下記の2通です。

■平成14年11月14日、厚生労働省医政局看護課長通知として「助産師の業務について」

下記の行為については、保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)の第3条で規定する助産であり、助産師または医師以外の者が行ってはならないと解するが貴職の意見をお伺いしたい。



  1. 産婦に対して、内診を行うことにより、子宮口の開大、児頭の回旋等を確認すること並びに分娩進行の状況把握及び正常範囲からの逸脱の有無を判断すること
  2. 産婦に対して、会陰保護等の胎児の娩出の介助を行うこと。
  3. 胎児の娩出後に、胎盤等の胎児付属物の娩出を介助すること。


この様な問合せに対し、平成14年11月14日、回答として、
    貴見のとおりと解する

■平成16年9月13日、厚生労働省医政局看護課長通知として「産婦に対する看護師業務について」

下記の行為については、保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)の第5条に規定する診療の補助には該当せず、同法第3条に規定する助産に該当すると解するが貴職の意見をお伺いしたい。 
  


産婦に対して、子宮口の開大、児頭の下降度等の確認及び分娩進行の状況把握を目的として内診を行うこと。但し、その際の正常範囲からの逸脱の有無を判断することは行わない。

回答として平成16年9月13日に、

    貴見のとおりと解する

これ以前の公式のやり取りについてはどうなっていたかはこれまで不明だったのですが、moto様からの情報で社民党阿部知子衆議院議員質問主意書がみつかりました。

平成12年12月1日提出質問第72号「助産婦資格のない者の助産業務従事に関する質問主意書」

 助産婦の資格がないにもかかわらず、無資格の看護助手等が、社団法人日本母性保護産婦人科医会(以下、日母と言う。)が経営に関与する「産科看護学院または産科看護研修学院(以下、看護学院と言う。)」で研修を受け、その後「産科(准)看護婦」「産科看護助手」等の名称で、助産業務に従事している事実がある。

 このような無資格者の助産業務や医療への関与は、保健婦助産婦看護婦法の趣旨に反し、かつ医療ミスの発生の温床となる可能性が高いため、改善すべきとの趣旨で以下質問する。

  1. これらの看護学院はどのような趣旨でどのような内容の研修を行っているのか、明らかにせよ。
  2. 全国にこのような看護学院は現在何ケ所あるのか。都道府県別の名称、住所、代表者名、有給職員数、一年間の研修実施回数、研修時間数、研修担当講師の肩書きと氏名を明らかにせよ。
  3. それぞれの看護学院の開校から直近までについて「看護婦」「助産婦」「保健婦」「准看護婦」「無資格者」別の入学者数または研修終了者数を明らかにせよ。
  4. 政府は、それらの研修修了者が医療機関でどのような就業形態で働いているか把握しているか明らかにせよ。
  5. 無資格の看護助手がひとりで当直するような実態があると聞く。政府はそのような実態を把握しているか。
  6. 無資格の看護助手が業務に従事中に、新生児の死亡事故を起こした例があると聞く。このような事故の実態を政府はどの程度把握しているか。直近十年間について答えよ。
  7. 無資格者等が助産業務にかかわることがあってはならないと考えるが、看護学院ではこれまで無資格の研修終了者に修了証などを多数発行して、無資格者が助産業務に関与することをあたかも奨励するような素地を作ってしまった。この実態と、無資格者の助産業務への関与についての政府の見解を伺う。また、今後このような実態をなくすために、どのような指導を行う所存か明らかにせよ。
 右質問する。

質問の内容は読んでの通り、助産師以外の助産行為についてのものです。これに対する答弁書が残されています。答えたのは当時の首相である森喜朗の名で行なわれています。

平成13年2月27日受領答弁第72号 内閣衆質150第72号平成13年2月27日「衆議院議員阿部知子君提出助産婦資格のない者の助産業務従事に関する質問に対する答弁書」

一について

 社団法人日本母性保護産婦人科医会(以下「本社団」という。)が定める日母産婦人科看護研修学院基準によれば、日母産婦人科看護研修学院(以下「学院」という。)は、「母子保健の理念にもとづき、日本母性保護産婦人科医会の基準のもとに産婦人科看護要員が学習し、研修する施設である。」とされ、保健婦助産婦、看護婦又は准看護婦であることを入学資格とし、妊娠、分娩、産じょく、産科手術等に関する講義及び分娩の見学等の実習が行われるものとされている。

二について

 本社団によれば、現在の学院の数は五十五であり、都道府県別に区分した学院の名称、学院長の氏名及び所在地は別表に掲げるとおりである。また、各学院とも、修業年限は一年であり、母子保健医学等の講義時間の合計は百六十八時間以上百七十四時間以下、実習時間は十五週以上かつ三十時間以内であることとされている。その他の御質問に係る事項については承知していない。

三について

 本社団によれば、すべての学院の合計で、昭和三十七年度から平成十一年度までの間の研修修了者は二万四千五百五十九名である。また、平成二年度から平成十一年度までの間における入学者六千百四十四名の入学時に有する資格別の内訳は、助産婦六名、看護婦八百七十三名、准看護婦四千三百六十二名及び助産婦、看護婦等の免許のない者九百三名であり、同期間中の研修修了者五千六百二十名の研修修了時に有する資格別の内訳は、看護婦八百七十八名、准看護婦四千三十八名及び助産婦、看護婦等の免許のない者七百四名である。なお、各学院ごとの入学者数及び研修修了者数については承知していない。

四から六までについて

 御質問に係る事項については把握していない。

七について

 医師でも助産婦でもない者が保健婦助産婦看護婦法(昭和二十三年法律第二百三号)第三条に規定する業を行うことは、同法第三十条に違反するものである。厚生労働省においては、学院の研修を修了したことをもって保健婦、看護婦又は准看護婦が同法第三条に規定する業を行うことができるとの誤解を与えることがないよう、引き続き本社団を指導してまいりたい。

ここで注目してもらいたいのは「七について」です。もう一度書き出すと、

    医師でも助産婦でもない者が保健婦助産婦看護婦法(昭和二十三年法律第二百三号)第三条に規定する業を行うことは、同法第三十条に違反するものである。
この答弁書で当時の首相である森善朗は産科看護婦であっても助産行為は違反であると明言しています。さらに答弁書は言葉を重ねて、
    厚生労働省においては、学院の研修を修了したことをもって保健婦、看護婦又は准看護婦が同法第三条に規定する業を行うことができるとの誤解を与えることがないよう、引き続き本社団を指導してまいりたい。
厚生労働省は産科看護婦であっても助産行為を行なってはならないように指導するように指示しているとこれも明言しています。時系列を整理すると、

平成12年12月1日阿部知子衆議院議員質問趣意書を提出
平成13年2月27日森善朗総理(当時)答弁書を返答
平成14年11月14日厚生労働省看護課長田村やよひ(当時)「看護師内診禁止通達」
平成16年9月13日厚生労働省看護課長田村やよひ(当時)「看護師内診禁止再度通達」

看護師内診禁止通達を看護課長名で行なった田村やよひ氏はこの通達を自分の手柄話のように同窓会HPに書いています。抜粋すると、

また、平成16年の看護師や准看護師は産婦の内診をしてはいけないという通知は、一部の産科医からは今も恨まれているらしい。

この一文から察せられる事は疑義照会があった時に、積極的に看護師内診禁止通達になるように田村氏が厚生労働省内で活動した事です。しかし田村氏は看護課長とは言え、その上には医政局長もおり、新たな解釈の通達を行なうには厚生労働省内の合意を取り付ける必要があるはずなのです。

どうも田村氏の活動の葵の印籠となったのが森総理の答弁書であった気がします。もっと言えば阿部衆議院議員質問主意書を出した当時の看護課長も田村氏であり、この答弁書作成段階の討議で田村氏の主張が既に厚生労働省内の統一見解になっていた可能性があります。答弁書のお墨付があれば、疑義照会への回答に根拠があり、看護課長の独断であっても回答は行なえた可能性があります。そうなると看護師内診禁止問題の争いは、平成13年2月27日に答弁書が出された時点で勝負がついていたとも考えられます。

それにしても阿部知子衆議院議員も小児科医である事に私は嘆息します。もっと淵源は深いのかもしれませんが、看護師内診禁止問題の発端が小児科医であるとすれば、同じ小児科医として大変申し訳ないと思います。