ツーリング日和19(第39話)烙印問題

 チサの性奴隷時代の話は悲惨なんだけど、あそこまでになると現実感にかえって乏しいところがある。とくに奴隷屋敷。現実に存在したのはチサが経験者だし、ボクもドリームクラブ事件の報道で知ってはいるけど、なんか出来の悪いエロ三文小説に思ってしまうところがある。

「その手の話を参考にしたというより、それをリアルで実現させたって聞いたかな。そういう意味で趣味の塊みたいなところだった」

 そうだったのか。客と言うか、スポンサーみたいな連中はカネがあるから、

「妙に凝ってるというか、本格的というか・・・」

 売り飛ばされて運び込まれたチサだけどまず裸にされてる。これはそういうところだから当然だけど、

「鍵付きの首輪を付けられて、そこに鎖で繋がれて、大型犬の檻みたいなところに放り込まれて、これ見よがしのデッカイ南京錠をかけられた。中は狭いし、床は板張りだし、寝るにも毛布もくれなかった」

 そこまでされたのか。

「でもすぐに終わったよ。あれは新入りへの洗礼みたいなもの。ここはこういうところで、こういう扱いを受けるって体で覚えさせるぐらいの意味合いかな」

 檻生活はそんなに長くなかったのか。

「あったり前でしょ。檻の中じゃ、仕事なんか出来ないじゃない」

 そっかそっか、仕事はベッドの上とか、

「部屋の中だよ」

 性奴隷と言ってもやってることは売春だものな。

「後から思えばぐらいだけど、あのクラスの性奴隷の調達は容易じゃないから、妙なところは大事にされてた」

 なんだそりゃ。週休も二日あって、それ以外にもリフレッシュ休暇的なものもあり、食事だって専属の栄養士だけじゃなくシェフみたいなものまでいたのはすごいな。

「味も栄養バランスも良かったと思うけど、素っ裸で首輪に鎖で食べさせられるのは味気なかったな」

 奴隷同士の会話も厳禁だったのか。そんなんじゃ。いくら美味しくても味気ないと思う。だけど性病とかの健康管理も定期的にあって治療もちゃんとされて、インフルエンザの予防接種までしてたのか。

 つうかさ、専属みたいな医者がいるのに驚かされる。専属はさすがにどうかと思うけど、バイトならありうるか。仕事の性質から時給は高かったはず。秘密保持が条件だから破格だったかもしれない。なんだかんだで下手なブラック企業よりマシに見えるぐらいだ。

「性病は客層が客層だからだと思うよ」

 なるほどね。

「首輪とかの小道具に革製品が多いけど、あれも気が付いてビックリしたけどエルメスだよ。あんなものどうやってオーダーしたのだろ」

 エ、エルメスだって! 首輪、手枷、足枷、皮胴衣みたいなものもあったって言うから、一式で百万円どころじゃないかもだ。エルメスはオーダーできるぐらいは知ってるけどセレブ連中のやることは理解できないな。

 それでも刺激を求めてやらされた事は過激だったんだろ。過激と言えばSMプレイとかは、

「もちろんSM要素はあれこれあったけど、あくまでもプレイの範疇であるのは守られていたで良いと思う。そっちの方面に過激になると性奴隷の賞味期限が短くなるからと言ってたかな」

 へぇ、やり過ぎたらクラブから追放されたのか。どうやり過ぎたかまでは聞かないでおこう。それでも女の生き地獄だけど、その中でもチサが一番憤慨している事があるようだ、

「檻生活は長くなかったけど、あいつら飼い殺しにして生きて外に出すつもりなんてなかったじゃない。だから、こんな体にされちゃったのよ」

 それは気にはなったけど、生まれつきだと思ってた。

「違うよ、ちゃんとあったんだから。それが奴隷契約書にサインしたら奴隷である証としてまず剃られた」

 剃られたって生えてくるはず。

「それが檻生活中に永久脱毛にしてしまいやがったんだ」

 永久脱毛って言っても、そんなに簡単には、

「レーザー脱毛機なんて持ってるのに驚いたもの」

 そりゃ、本格的だ。だけどレーザー脱毛でも成長期にある毛根だけしか効果が無いから、一度に永久脱毛が出来るのは一割からせいぜい二割ぐらいのはず。完全に永久脱毛にしたいのなら毛周期に合わせて・・・

「さすがに良く知ってるね。あれは檻生活が終わってからも執念深く続けられて、ついには何も生えてこなくなっちゃったの。チサの体には死ぬまで消えない奴隷の烙印を刻み込まれてしまったのよ」

 そうだったのか。それでも入れ墨とか焼き印よりマシだよ。あんなものされてたら消せないじゃないか。刻まれた文字なり、紋章を読めなくするぐらいは出来るだろうけど、どうしたって消した跡が残ってしまうもの。

「そりゃそうだけど、あるべきものを奪い取られてしまったのよ」

 そう言うけど、あそこの毛だって濃い薄いの個人差は大きいじゃないか。濃い人なんて水着になる時とか、普段だって下着からはみ出しそうになるから、不要な部分を自分で剃ってるぐらいだもの。手間いらずになったと思えば、

「あのね、そんな問題じゃないでしょうが。もう二度と生えてこなくなってしまったのよ」

 わかるのはわかる。ボクだってあそこの毛を永久脱毛されてしまったら寂しいし恥ずかしいと思う。だったらさ、毛根移植があるぞ。日本では毛質の問題でやらないそうだけど、欧米では腋毛の毛根移植をやってるはずだ。

 女性は身だしなみとして腋毛は剃るし、チサも剃ってるじゃないか。つまりは不要の毛だ。毛根移植のために根こそぎ持って行けば不要な腋毛は生えなくなるし、失われた部分に毛が生えてきて一石二鳥になるよ。

 もうちょっとお手軽には、そうだな、あそこにカツラは無理があるからCMでよくやってるなんとか増毛法はどうだ。あそこにだって使えるはずだけど、

「あそこにアデランスとかアートネイチャーなんて頼めるものか。あ~ん、悔しいよ。ミサの予言をちゃんと守っていたら、あの時にコウキにすべてを捧げていたら・・・」

 だからあれは無理があり過ぎたって。あの時にそんな事を出来たはずがないだろうが。ボクだって今だからこうやってチサを守ってあげられるし、幸せにだって出来るはず。チサには悲惨すぎる歳月だったけど、あの歳月があったから今があるのじゃないか。

「ミサがコウキをなぜ選んだのか正直に言うと高校の時はわからなかったの」

 そこは永遠の謎だよな。やっぱりミサが使える男がボクしかいなかったぐらいしか思いつかないもの。他に適当なのがいれば誰がボクなんか選ぶものかの世界だもの。だからチサだって選ばなかったのは当然だ。

「でも今なら痛いほどわかる」

 しがないとは言え開業医になれたものな。ミサもボクが医者になるのを知っていたから、その点を買ったのかな?

「違うよ。全然違う。これを信じろと言うのが無理なぐらいコウキはすごい男なんだから」

 期待するほど儲かってないぞ。

「チサのこれまでの人生はひたすら穢されるだけだったじゃない」

 それはもう聞いたから、

「そうよ、コウキはすべて聞いてるの。あんなもの聞かされて軽蔑しない男なんかいるものか。軽蔑どころか、汚物と見下され唾棄されるだけ」

 そういう男は少ないとは言えないけど、

「なのに平然と受け入れてるじゃないの。それも苦渋の思いで許したってレベルじゃなくて、そうだね、せいぜい結婚相手に男性経験があるぐらいにしか思ってないのだもの」

 なんちゅう喩えだよ。だいたいだぞ、結婚相手に処女なんて条件を付ける男なんて殆どいないだろ。ましてやボクもチサもバツイチだ。処女もへったくれもないだろうが。それにだぞ、誰とやろうが相手は人間だ。

 チサの男性経験が少々多すぎるのは認めざるを得ないけど、だからと言って結婚してまで他の男に走る気はないだろ。大事なのはボクがチサを愛し、チサがボクを愛してること。他に気にすることなんてある訳ないじゃないか。

 それとな、ボクだって聞かされて辛かったんだぞ。でも済んだ話だし、大事なのは過去じゃなく二人の未来だろうが。だいたいだぞ、チサほどの女に許すとか、許されないとかの話が出る方がおかしいよ。

「だから信じられないって。そんな事が出来る男はこの世にコウキしかいるものか」

 たいした事はしてないけど、

「今のチサには幸せしかない。だってだよ、チサの奴隷の烙印だって、転んで擦りむいた傷程度にも気にしてないじゃないの」

 もうちょっと気にしてるよ。

「これこそが存在する奇跡そのもの。さすがはミサが選び抜いた男だと感謝しかないもの」

 そんなに気にするものなのかなぁ。そこのところがようわからん。

ツーリング日和19(第38話)次の計画

「それはそうと、またツーリングに行こうよ。引っ越しとかあって、ご無沙汰じゃない。夜も楽しいけど、昼も楽しまなくっちゃ」

 それは言えてる、さてどこに行くかだけど、

「温泉、温泉♪」

 ホテルニュー淡路か?

「あそこも行ってみたいけど秘湯の旅」

 秘湯の旅は興味が湧くけど、関西に適当なのはあったかな。パッと思いついたのは龍神温泉だけど、あんなところへどうやって行くつもりだ。たしか高野山から高野龍神スカイラインを使えば行けるはずだけど、高野山があるのは和歌山県だぞ。

「十津川温泉とか、川湯温泉とか、湯の峰温泉は」

 どこも龍神温泉とドッコイ、ドッコイぐらい遠い。遠いと言うより小型バイクじゃ厳しいと言うより無理だ。モトブロガーならネタのために行くだろうけど、神戸から下道じゃ無理がテンコモリだ。南港に行ってエライ目に遭ったのを忘れたのか。

「あれ大変だったね」

 あれはチサがインテックス大阪のイベントを見に行きたいと言い出したのから始まった。素直に電車にすれば良かったのだけど、バイクで行きたいと言い出したんだよ。ついでに海遊館とUSJもと言い出したけど、それは欲張りすぎだからインテックス大阪と海遊館に絞ったツーリングをやってみた。

 神戸から行くのなら阪神高速の湾岸線を使えばわかりやすいのだけど、そこは小型バイクの悲しさで走れない。

「無料湾岸も途中までしかないなんて」

 無料湾岸とは阪神高速湾岸線の側道だけど鳴尾浜で終わりなんだ。あれが全部あれば嬉しいけど、そうなったらそうなったで、阪神高速を走るクルマが減るからあそこで切れてる気がした。本当の理由は知らないけどね。

 だからって訳じゃないけど、チサを連れて迷子もゴメンだから、素直と言うか、愚直と言うか、芸が無かったけど国道四十三号で行ったんだよ。

「それでも海遊館の前までは順調だったよね」

 国道四十三号から海遊館に行くには国道百七十二号に入れば行けるのまでは調べてた。その国道百七十二号にも無事入れて海遊館も見えてきた。だけどここからがボクの下調べの手抜かりで、

「咲洲トンネルが原付不可だった」

 インテックス大阪は海遊館の沖合の咲洲にあるのだけど、咲洲に渡るには咲洲トンネルしかない。無いことはないけど、海遊館あたりから咲洲に渡るには、

「あんなに南から回り込まないといけないなんて・・・」

 海遊館から国道四十三号に戻り、今度は府道百七十三号に入り、

「新木津川大橋を見てビビった」

 新木津川大橋を渡るには三重のループを登らないといけないのだけど、また原付通行不可じゃないかとヒヤヒヤしたもの。無事渡れて南港通から咲洲に渡りインテックス大阪には行けたのだけど、

「チサのダックスちゃんには不便なところだった」

 ボクのモンキーにもだ。咲洲の目と鼻の先に海遊館はあるけど、咲洲トンネルが通れないからまた大回りしないといけないし、

「なんちゅう道路整備かと思ったもの」

 地理的に言うと海遊館の西の沖合に南から咲洲、夢洲、舞洲って並んでるのだけど咲洲と夢洲を結ぶ夢洲トンネルも原付不可、

「舞洲からUSJに行く此花大橋もそうじゃないの」

 海遊館からUSJもそうで湾岸線は論外だから大回りしないと着かないんだよ。これも地の人とか行き慣れた人は良いだろうけど、初見で来たものだから大変だった。都市部の道にはこれがあるし、

「帰りは渋滞もあってヘバッた」

 神戸から奈良とか和歌山に行こうとすれば大阪が立ち塞がるから、いくらチサのお願いでも行きたくない。

「チサも大阪はゴメンだ。だったら信州とか飛騨とかは? あの辺なら秘湯はたくさんあるはず」

 同じだろうが! 大阪は丹波の方から行けば避けられるだろうけど、今度は京都が待ってるんだぞ。京都を越えたって滋賀があるし、関ヶ原ぐらいから岐阜に入ってもまだ美濃で、飛騨や信州はまだ先だ。あんなところに一日で行こうとするのが無謀だろうが。

「そ、そうよね。だったら北海道とか東北」

 なおさらだろうが。

「そこはフェリーを使って」

 あのな、新日本海フェリーで北海道も東北も行けるけど、北海道なら舞鶴、東北なら敦賀まで行かないと乗れないだろうが。それも出航は夜の十時ぐらいのはずだ。舞鶴や敦賀に行くだけでも遠すぎるのに夜道なんて論外だ。

「コウキのモンキーもチサのダックスも暗いものね」

 LEDだから本当はそんなに暗くはないはずなのだけど、実感として明るくないものな。あれで街灯のない夜道は走りたくない。

「だったら九州は。あれなら神戸から別府も新門司も行けるじゃない」

 それはそうなんだけど長距離フェリーなんか乗ったことないし、九州だって往復だけで二泊必要になる。温泉に一泊するためにフェリーで二泊はバランスが悪いじゃないか。それより何より、そんなにホイホイと休めないよ。

「そうよね。そんなに休んで食べられなくなったらチサが現場復帰して」

 するな、何があってもさせるものか。日帰りじゃなくお泊りツーリングにしたい気持ちはわかるし、その時にフェリーを使いたいらしいのもわかるけど、今回の旅行は週末の一泊二日ぐらいしか無理だよ。

「だったらさ、マメイチしようよ」

 マメイチって小豆島一周だよな。それ良いかもしれない。フェリーもジェノバラインと大違いでかなり本格的なものみたいじゃないか。へぇ、小豆島にも温泉があるのか。

「小豆島なら三時間ぐらいで行けるし、一泊二日で十分のはずよ」

 小豆島はボクも行ったことないし、

「チサも初めて」

 見どころもかなりありそうだし、お土産物だって、

「オリーブオイルに、素麺に、お醤油に・・・」

 色々あるんだ。マメイチというぐらいだからシーサイドロードも多いはずだから、ツーリングとしても楽しめるはず。小豆島の温泉が秘湯になるかどうかは微妙だけど、

「それは秘湯の定義の問題よ。別に行くのが大変な温泉だけが秘湯じゃないはず。あまり知られていないと言うか、チサとコウキが知らなかったら余裕で秘湯よ」

 こりゃまた大胆な秘湯の定義だけど、チサがそれで満足ならOKだ。いや、小豆島ならちょうど良いはず。

ツーリング日和19(第37話)結婚式の思い出

 当面の二人の焦点は結婚式をどうするかなんだ。まずチサの家族も友人知人も呼びにくいと言うより呼べたものじゃないから、そういうタイプの結婚式だとか披露宴はしないことにした。

「再婚同士だものね。フォトウェディングで十分よ」

 口ではそう言ってるけどチサには結婚式へのこだわりと言うか、後悔があるのだよ。チサも初婚の時には結婚式も披露宴も挙げてるのだけど、あれはかなりレアな体験だと思うな。世の中にそういう結婚式が存在してるぐらいは知ってるけど、

「お寺さんの結婚式ならしょうがないと思うけど・・・」

 チサが挙げたのはなんと仏前式だったんだ。嫁ぎ先の家が檀家筆頭だからって理由らしいけど、いくらなんでもと思わなくもない。

「でしょ、でしょ、チサだって仏前式だって聞いて、それはなんだと思ったもの」

 だろうな。結婚式はやっぱり花嫁が主役だし、結婚式にあれこれ憧れとか夢を持つ女性は多いはず。スタイルとしてキリスト教式、神前式、今なら人前式なんてのもあるけど、仏前式と言われたらテンション下がるよな。

「日取りだって仏滅よ」

 ありゃ、そうだったのか。六曜なんて普段は気にもしないけど、さすがに晴れの門出になると避けたいよな。チサに聞くとわざわざ仏滅を選んだのじゃなく、お寺さんの宗派のためらしい。浄土真宗だったみたいだけど、あそこは親鸞聖人が、

『吉良日を視ることを得ざれ』

 中興の祖の蓮如上人も、

『如来の法のなかに吉日・良辰をえらぶことなし』

 こうしてるとかで、単に式場であるお寺さんの都合を優先して決めたらしい。浄土真宗ってそんな教えだと初めて知ったよ。

「いきなりお経が始まるから葬式か法事だと思ったもの」

 新郎新婦が入場していきなり始まったのが阿弥陀経だったのか。あれって結構長いし、お経だから陰気になるしかないだろ。

「讃美歌とは大違い」

 気持ちはわかる。

「指輪の交換もなくて、数珠もらうってなんなのよ」

 浄土真宗の仏前式でも指輪の交換をしても良いらしいのだけど、やらなかったのか。

「誓いの言葉だって、

『今夫婦となりたる上は、いかなる苦しみも楽しみも分かちあい、信心決定の大益を獲るまで、夫婦そろって聞法に精進する事を如来聖人の御前に誓います』

こんな感じだったもの。なんか頭剃られて坊主にされるんじゃないかと思ったぐらい」

 チサなら尼さんだけど、結婚式の感動には遠いよな。

「でさぁ、法話までやりやがるのよね」

 結婚式に法話はテンション上がりようがないよな。

「そのくせさ、三々九度はあるんだよ」

 あれって神道の作法だと思ってたけど、浄土真宗の解釈として古来からの作法だからOKなのか。その辺はわからんな。

「トドメは出席者による恩徳讃の大合唱。棺桶に入れられて焼き場に連行されるんじゃないかと思ったぐらい」

 チサも言い過ぎだと思うけど、気持ちはわかる気がする。とくにチサはロマンティストだから、あれこれ結婚式に夢を持ってたはずだもの。仏前式が一概に悪いと言う気はないけど、他の式を選べるのなら避けたいよな。

「というかさぁ、誰がわざわざ選んでやるものか」

 チサの仏前式への憤懣はそれこそ一から十までの勢いなんだけど、その中でとくにとなると、

「仏前式も嫌いだけど神前式も嫌だ」

 チサは白無垢だったんだよな。神前式だって披露宴になればウェディングドレスへのお色直しはありだとは思うけど、やっぱり着たかったんだと思う。なんだかんだと言っても女の晴れ姿だもの。

 チサなら白無垢だって良く似合うとは思うけど、ウェディングドレスならなおさらの気がする。問題はお互いがバツイチである点になるはず。ここなんだけどウェディングドレスが白なのは欧米でも大昔からそうではなかったらしい。

 イギリスのヴィクトリア女王の結婚式と言うから一八四〇年になるけど、この時にヴィクトリア女王が白のウェディングドレスを着たことで、誰もがこれにあやかりたがって今に至るってな話があるそうだ。

 この辺も異説はいくらでもあって、中世の喪服は白だったそうで、それを避けるために黒っぽいウェディングドレスが主流だった時代もあったらしい。喪服みたいな色を着て結婚式は変だものな。

 白が復活したのはスコットランド女王のメアリー・スチュワートからの説もあるけど、メアリー女王はエリザベス一世と激しく争って殺されてるから、個人的にはそこから広がったものとは考えにくいと思ってる。

「チサもヴィクトリア女王説にしたいかな」

 起源はともかく花嫁が純白のウェディングドレスを着るのは常識なんだけど、花嫁が再婚の時はどうかの意見も分かれているところがある。この辺は純白に込められた意味合いが、清楚、純粋、純潔があり、純白のウエディングドレスを身にまとうことで、

『私は穢れなき、清らかな体です』

 これを体現しており、再婚者になるとそうは言えないから遠慮すべきの考え方らしい。だから純白じゃなくクリーム色とか、薄いベージュとか、微妙なグレーならなお良いとかする意見もある。

「だったらチサはブラックね」

 そんなもの誰が着させるか! とはいえ別の考え方もある。今どきだから離婚も再婚も珍しいとはとっくの昔に言えなくなってる。だから純白への考え方として、

『リセット』

 この考え方もあるってことだ。そうだな、再婚するから再び真っ白な気持ちになるぐらいの意味合いで良いと思う。極論すれば結婚式に何を着るかも当人の自由だもの。ただ社会的制約の部分はあるとは思う。

 さっきの再婚の時のウェディングドレスの色だけど、あの考えの大元として再婚は恥ずかしいものがあると思うんだ。恥ずかしいものだから華やかさをなくし慎み深くあるべしぐらいで良いと思う。

 こういう考えを持つ参列者がいて、なおかつ声が大きいタイプなら、せっかくの結婚式も披露宴も台無しにされかねない。なぜかわからないけど、そういうケチをつけるのが出てくるのも結婚式なんだよな。

「あるあるだ、ご祝儀返し一つにも何年もぐちゃぐちゃ言うのはいるもの」

 披露宴の料理とかもな。

「だからフォトウェディングだ」

 その手もあるけど、ボクはチサのウェディングドレス姿を見たい。もちろん純白だ。幸いなことにボクたち以外に誰も出席しないから文句を付けるやつなど心配する必要もないからな。

「それにチサだって白くなれる方法を見つけたもの」

 余裕で色白だけど、

「そうじゃなくて、チサの体の中身だよ。いくらコウキに言ってもらっても、どす黒く穢れてるのは間違いない」

 チサが穢れてるものか。

「でもね、白くは出来るのよ。コウキの白で染め直してもらえば白くなれる」

 だからまだ真昼間だって。もちろんそれでチサが白くなれると思うのなら命を削ってでも頑張るからな。結婚式のウェディングドレスも重要なのだけど、それより重要なことが二人にはある。それは入籍だ。結婚式と入籍はセットみたいなものだけど、式と入籍の前後関係はカップルによって様々なんだ。

「チサの時は先だったな。コウキは後だったんでしょう」

 まあそうなんだけどチサとの場合はまず入籍だ。チサに逃げられないようにするのも無いとは言えないけど、それよりチサを安心させたい方がはるかに大きい。だから天橋立の二人の初夜でもなんとかチサの返事を取ろうと懸命だったもの。

「だったよね。あそこまでされるとは思わなかったもの。だってだよ・・・」

 それを言うな。ああなってしまったのは段取りをしくじったんだよ。抱く前に返事を聞くべきだったけど、チサがさっさと脱いじゃったから頭に血が昇りすぎて、

「頭だけじゃなかったよ」

 それも言うな。ああなってしまったから、返事を聞くより始めてしまったんだよ。あんなものどうしようもないじゃないか。

「そうだったんだ。コウキって女をああさせて返事をさせるのが趣味だと思ってた」

 どんな趣味なんだよ。入籍の話は何度か持ち出しかけてはいるのだけど、チサは先延ばしにすると言うか、その話から逃げようとする気配があるんだよね。

「そんなことないよ。同棲経験をもうちょっと楽しみたいだけ」

 やっぱり過去に拘ってるんだろうな。

「そうじゃないって。あんなもの紙一枚の差で変わらないじゃない」

 変わるよ。今は同棲とはいえ親密な恋人同士に過ぎないじゃないか。これが入籍したら国家公認の夫婦になれる。これは戸籍上のことだけど、ボクがチサを幸せにする契約書でもある。これほど重要な契約が他にあるか。

 チサは言葉では結婚を了承しているけど、公式の妻になるのを避けて、セフレとか愛人程度で逃げようとしていると感じてる。やってることは夫婦同然だけど、ボクとの関係をいつでも終われるようにしているはずだ。

 そんなものを許してなるものか。ボクに逃げ場はいらない。天橋立でチサと結ばれた瞬間に決めたことだ。だからチサが逃げたくても逃げられない状況に追い込んでサインさせてやるんだ。

ツーリング日和19(第36話)同棲

 神戸に帰ると、まずチサが引っ越してきた。玄関で開口一番で言われたのが、

「今日からここで居候させて頂きます」

 形としてはボクが養っていることになるだろうけど、居候なんかじゃない。チサに来てもらって一緒に暮らして頂くだ。そこを勘違いするな。そうだな、貴婦人を家に招いて暮らして頂くみたいなもの。

「誰が貴婦人なのよ。失業しちゃった単なるプー太郎だから養ってね。あそこじゃ失業保険も貰いにくいのよね」

 へぇ、貰えることもあるのか。でもそうかも。組織売春は非合法だけどホテトルは公式に認可されてるから失業保険はかけられてるはずだ。だったら、

「あれって書類や手続きがあれこれあるでしょ。その秘密は守られるはずだけど、少なくとも担当者はチサがどこに勤めていて、何をしてるのかわかっちゃうじゃない。世間って広いようで狭いから回りまわってコウキに悪い噂が立ったら良くないじゃない」

 守秘義務はあるだろうけど、チサのやっていた商売はどうしたって色目で見られるし、そんな女と同棲してるとか、ましてや結婚を予定してるなんて知れば、

「そういう噂話とか、陰口が好きな人っているもの。『ここだけの話』みたいに広めちゃうタイプに当たったら困るもの」

 チサが心配していることはわからなくもないけど、

「それにさ、貰えるのは基本手当って言って基本給だけなのよね。ああいう商売ってそれ以外の歩合給が殆どなんだよね」

 なるほど。女に働いてもらってナンボの商売だから、基本給で食べられても困るぐらいなのか。その辺は詳しいとは言えないけど、従業員というより個人事業主みたいな感じかも。

「だから養ってね」

 それは言うまでもない。ホテトル嬢なんかボクの目の黒いうちに二度とさせるものか。

「コウキが白内障になったら復帰して支える」

 そういう意味じゃない。チサに男を搾る仕事なんかさせたりするものか。

「ありがと。コウキしか搾らないって約束する。腕によりをかけるからね」

 ボクだって搾らなくて良い。

「そうね。搾らなくたってチサが受け止めれば良いものね。コウキ、もっともっとチサを染めてね。あの染められる瞬間がチサは大好きなんだ」

 あのな、まだ真昼間だぞ、もうちょっと話題を上品にしようよ。

「あら、こんなチサはお嫌い」

 チサはボクにカミングアウトして結ばれてから吹っ切れてるところがあるんだよ。以前からきわどい会話が好きだったのだけど、より遠慮がなくなったと言うか、踏み込んでくると言うか。部屋に入り込んだチサは、

「思ってたより綺麗にしてるじゃない」

 とりあえず狭くてゴメン。離婚してから1LDKのこのマンションに引っ越したけど再婚は当分無理というか、このままバツイチで一人暮らしの予定だったんだ。まさかここでチサと一緒に住むなんて思いもしてなかった。

「これで十分よ。同棲ってこれぐらいじゃないと雰囲気出ないじゃないの」

 ものは言い様だな。でもそうかも。もちろん同棲って言ってもピンキリだろうけど、どうしたって独身用の部屋から始めるのが多い気がする。学生の同棲ならそれが多いだろうし、社会人だってそうなるのが多いはず。

 歌にもあったよな。昭和の頃なら四畳半一間の安アパートで、お風呂も無いから銭湯に通うのが週に一度の贅沢とか。

「神田川の世界ね。でもさぁ、四畳半一間の同棲でしょ」

 あははは、そう見るか。学生だから若いし、おカネがないから遊びにも行けないし、

「ついでに言うと時間だけはあるから、他にやることないじゃない。そういう状況に置かれたら連日連夜で朝も昼にもなっても不思議ないけど、それだけやってお風呂が週に一度はキツイよ」

 夏なんかエアコンも無い時代のはずだよな。

「それに比べたら遥かに広くてリッチじゃない。トイレもバスもキッチンもあるもの」

 神田川の世界に比べたら、そうとも言えないことはないけどやっぱり狭いよ。

「同棲みたいな熱い関係は狭い方が良いはずよ」

 あははは、そうかも。結婚生活と同棲生活は別物だもの。

「ずっとこのままが良いな」

 いやいや、すぐに探すから、

「チサは同棲経験がないのよ。見合い結婚だったし、学生の時だって同棲までになってないのよね。だから憧れがあったのよ。それに家族が増えるわけじゃないから、これだけあれば十分よ」

 そうは言うけど、

「チサとは熱い関係が続かないって言うの!」

 もちろん死ぬまで続ける。いや、もっともっと熱くしてやる。

「やったぁ、冬は暖房費が節約できそうね」

 そういう意味じゃないだろうが。同棲を始めたチサは、

「これこそ愛の巣だ。愛する人と同棲するってこんなに良いものなんだ。チサならなんだって応じられるからいつでも言ってね」

 それが出来るのは聞いたけどチサに変態行為なんて求めるものか。

「どこからが変態行為なのかの線引きは人によって変わるのよ。愛し合ってれば求めて良いし、それに応えるのも愛よ。秘め事に制限なんてあるものか。あるのはそれでお互いが満足するかどうかだけ」

 そうは言うけど、

「それにコウキも良く知ってるじゃない。どんなに熱い意気込みでスタートしても飽きが来るのが夫婦だよ。同棲でもあるって言うじゃない」

 倦怠期ってやつだろ。ボクの場合はそのまま氷河期に突入したけど、

「男ってそんな生き物なのよね。あははは、女だってそういうところはあるか。だから倦怠期が来た時に、それを打ち破る手段として相手に新たな魅力を見出すってのはあるはずよ」

 それはそうなんだが、

「その時に役に立つじゃない。備えあれば憂いなしよ」

 言葉の使い方が間違ってるぞ。チサを飽きるなんてあるものか。チサは存在するのが奇跡みたいな女なんだよ。

「はいはい、やりたくなったら遠慮しないでね。そのために鍛え上げてきたのだから」

 そのためじゃないだろうが。生きるために身に着けさせられただけじゃないか。

「そうとも言えるけど、結果的にチサは出来るようになってるのはお得じゃない」

 そんなお得があるものか。チサはそんな事をやらなくて良い。いや、やってはならない女なんだよ。あんなことを二度とさせないのがボクの使命だ。

ツーリング日和19(第35話)帰り道

「今日はどうするの」

 とりあえず天橋立ビューランドに行こう。

「こっちはケーブルカーじゃなくてモノレールなのか」

 こっちにも股のぞき台があるぞ。

「コウキはやっぱり体が硬いよ」

 面目ない。傘松公園は天橋立を北西側から見下ろしているけど、ビューランドは南東側から見る感じだな。

「それに天橋立の東側の浜も見えるよね」

 これだけ見れば天橋立観光も十分だろう。でもって帰ろう。来た道を引き返しながら、

「♪帰り道は遠かった、来た時よりも遠かっただねぇ」

 そういうこと。来る時はテンションが上がるけど、帰る時は下がるもの。余裕をもたせないと事故るもの。

「あら、チサのテンションは上がりっぱなしよ」

 ボクだってバツイチだし、元嫁以外にも少ないけど経験もある。チサなんて・・・それは言うまい。要は初心な童貞じゃないし、処女でもない。だけど肌を合わせるってこれだけ関係が変わるのにちょっと驚いてる。

「そらそうよ。女と男が肌を合わせたら変わらない方がおかしいでしょ。それぐらい肌を合わせるって大きなことだよ」

 その通りだけど、

「とくに女はそうかも。肌を合わせるって、単に合わせてるだけじゃなくて、女からしたら受け入れるになるのよね。受け入れるたって、あんなのが入って来るんだよ。半端な覚悟じゃ出来ないよ」

 入れる方の男にはワクワク感しかないようなものだけど、入れられる方の女は違いそうなのはなんとなくわかるけど、

「全然違うって。いくら経験を積んでも入れられるのはどこか怖いのよ。とくに初めての男ならそうよ。そもそもだけど、スタートからトンデモ世界じゃない」

 トンデモ?

「そうじゃない。すべて脱がなきゃならないよ。それも脱ぐだけじゃなくて全部見せなきゃならいじゃない。隠すどころか、進んで見せなきゃいけないでしょ」

 たしかにそうだ。

「そこからだって驚異の世界みたいなもの。服の上からでもオッパイやお尻をジロジロ見たらセクハラって言われるでしょ。ましてや口に出そうものなら軽蔑されるだけのところじゃないの。それなのに、オッパイやお尻どころか、あそこだって好き放題にさせなきゃならないのよ」

 そ、そうだよな。

「さらにだよ、そうされて感じて反応した姿も見られてしまうのよ。勃ってしまった乳首だとか、濡れてしまったあそこをだよ。喘ぎ声だって聞かれてしまうし、それを出すまいとして耐える姿だってそう。それを見られたり、感づかれてしまうのがどれだけ恥ずかしいかわかる?」

 男も反応した姿を見られるのが恥ずかしい時があるけど、そんなレベルじゃないのだろうな。

「そこから入れられるじゃない。それも入れやすいように足を開かされるけど、あれだって抵抗することさえ許されないじゃない。それどころか、入れてもらうのに協力まで求められるでしょ」

 それをするためにやる行為ではあるけど、女からすればそういう見方になるのもわからないでもない。

「入れられたってそれで終わりじゃないでしょ。そこから男が満足して果てるまで続くじゃない」

 具体的に順を追って説明されるとそうなるな。

「初体験だとか、まだ経験が浅かったからそこまでだけど、男に感じたら果てさせられるじゃない。そんな姿も全部見られちゃうのよ」

 たしかに。そんなにチサも嫌だったのか。

「そうじゃなくて、それぐらい覚悟を決めて女は肌を許すってこと。そうすること、そうされること、そうなってしまう姿をすべて知られ、気づかれ、見られる覚悟をね。こんなもの誰にでもホイホイ見せたいと思う?」

 それはないのはわかる。

「肌を許すって知られるって意味でもあるのよ。すべてを知られた男に特別な感情を抱くのは当たり前じゃないの」

 秘密の共有みたいな感覚か。

「当たらずといえども遠からずぐらいかな。その中でも別格なのが最後ね。あれをどう受けるかの覚悟もいるの。この歳でも妊娠のリスクはあるからね」

 避妊対策は必要だよな。チサは不妊症だからゴムも使わなかったけど、

「本当に欲しいのは生よ。生で受け止めてこそ意味がある」

 チサはそうなのか。

「コウキはそうじゃなかったの? チサのすべてを征服したって思ってくれなかったの? チサはついにコウキのものになれたってあんなに嬉しかったのに」

 そう思ったし心が震えるぐらい感動した。

「女だってそうなの。だってゴムなんか使ったらコウキに染めてもらえないじゃない」

 生が良いのか悪いのかは状況によって変わるだろうけど、チサは欲しいのだろうな。どうしたってチサには過去の負い目が残るじゃないか。そんな忌まわしい過去を染め直して欲しい気持ちがありそうだもの。

 チサがされたことは人として、女として極北みたいなものだし、それで男狂いの淫乱にもされている。だけどチサはもともとそうなれる素質もあった気もしてるんだ。これは悪い意味じゃないぞ、どう言えば良いのかな、男に感じて果てられる素質だ、

 女は男に誰でも果てれるものじゃないぐらいは知っている。この辺は男の問題もあるけど、一度も男に果てることがない女だって珍しいとは言えないはずだ。ましてや、何度でもとか、精魂尽きるまで果てられる女は限られてると思うんだよ。

 女だって、どうせならそうなりたいはずなんだ。そうなれてこその女の喜びってやつになるはずだ。チサをそうしたのは外道野郎だけど、そうなれたチサが外道野郎を追いかけてしまった気持ちがわかる気もする。

 チサの場合はそこから叩き堕とされて女の生き地獄でのたうち回らされたけど、あれが外道野郎じゃなく、もっとまともと言うか、チサを本当に愛し大切にする男だったらチサの人生は変わっていたはずだ。

 考えてもみろよ。チサがどこを取っても最上級の女であるのはボクも知ることが出来た。そんなチサがあれだけ反応出来たら男ならチサに溺れ込むしかないだろうが。男と女というか、夫婦関係のすべてがあれとは言わないぐらいは知ってるけど、あれが充実して悪いことなんて一つもあるものか。

 チサには相手を喜ばせ、幸せにする天与の素質が与えられているんだよ。それなのに、それなのに、それが活かされたのはヤクに頼らず淫乱になれたとか、ヤクに頼らなかったから奴隷屋敷から生還できたぐらいになってしまっている。

 今だってそうかもしれない。チサは苦難どころか地獄の底を這いまわった末に助け出されている。だけどだよ、救世主役が選りにもよってボクなんだ。チサほどの女ならブサメンのボクじゃなくて白馬の王子様に助け出されるべきだろうが。この手の昔話の定番の、

『助け出されたお姫様は、お城で王子様といつまでも幸せに暮らしました』

 こうなるべきはずなんだ。チサを幸せにし、チサの過去を染め直すのは白馬の王子様がやるべきだ。それが苦難を忍び抜いたチサに与えられるせめてもの御褒美だ。それですべてが帳消しにはならないけど、せめてそれぐらいじゃないと可哀そうすぎるよ。

 これってまだチサに苦難の道が続いているのじゃないだろうが、そうだよ、きっとそうだ。チサは誤った男にまた染められようとしてる。チサを染めるべき男はボクじゃないはず。ボクの役割は、チサを本当に救う白馬の王子様へのつなぎ役がせいぜいだ。

「なにアホな事を考えてるのよ。白馬の王子様って言うけど、そう思ったのはお姫様の主観だけ。あくまでもお姫様にはそう見えただけのお話よ」

 でも映画なんかでもイケメンの、

「だからお姫様にはそう見えただけ」

 じゃあ勘違い?

「そうじゃないって。お姫様には心の底から白馬の王子様に見えてるし、それは死ぬまで変わらないよ。わかんないかな。お姫様は白馬の王子様がイケメンだから惚れたのじゃなくて、窮地から救い出してくれたから惚れたのよ。そんなもの、顔がガマガエルであろうが、乗っているのが馬じゃなくてロバであろうが、イケメンの白馬の王子様にしか見えないの」

 そんなものなのか。

「あったり前じゃない。女が男に心の底から惚れて愛したらそうなるの。チサにはコウキのモンキーが美しい白馬にしか見えないもの。もちろん跨っているのはイケメンの王子様よ」

 それは言い過ぎだろ。

「言い過ぎなもんか。たとえれば敵軍にビッシリ包囲され孤立無援でどうしようもない状態。今日にも敵軍に捕らえられ、敵軍の男たちに好き放題にされるのよ。そこにコウキが単身で助けに来てくれて、バッタバッタと敵を薙ぎ倒してくれたようなもの」

 そ、そうだっけ。

「絶望の淵に立ち、すべてを諦めて堕ちようしていたチサをコウキが救い出してくれた。どれだけ感謝してると思ってるのよ。魂のすべてを捧げ尽くしても全然足りないぐらい感謝してるの」

 感謝と愛は別だろ。

「ああ、もう、どうしてわかってくれないのよ。魂を捧げるって、好きとか、惚れたとか、愛してるってレベルじゃないの。チサにとってコウキは永遠に世界一イケメンの白馬の王子様よ」

 最後のところにどうしても実感が湧かないけど、

「もう! すぐにわからせてやるから。とりあえず唐櫃に寄るわよ」

 あそこはやめておこう。チサにあんなうらぶれたラブホは似合わない。