ツーリング日和8(第10話)勝負師

 バーベキューが済んだらトットと寝た。つうのも朝がまた早いんよ。まず高松に渡るんやが、始発を目指してるねん。これが六時三十六分発。フェリー恒例の就航の三十分前があるから六時には土庄港に着きたいんよ。

「宿に無理があったね」
「ライハおもしろかったやんか」

 つうのもいくら小豆島が小さい言うても土庄港まで十五キロぐらいあるねん。ナビやったら四十分になっとる。早朝やからもうちょっと早くなると思うけど、五時半までには宿を立たんと間に合わん。

 もっともこのライハの朝も早いんよ。近くに日の出が綺麗なスポットがあって案内してくれるんが恒例らしいんや。日の出は五時ぐらいやから行ってきた。どうも昔はカフェとかレストランみたいなものやった気がするけど、そこの屋上に上がったらさすがの絶景やった。

 そこから本来は宿に戻って朝食やねんけど、そのまま出発にさせてもうた。時間に余裕を持たせたいからな。マスターは昨日の不手際を詫びてくれたけど、マスターのせいやないもんな。客なんか来てみんとどんな奴かわからんやん。

「行くで」
「あいよ」
「今日はよろしく」

 土庄港まで距離こそ十五キロぐらいやけど、このワインディングはさすがに飛ばせんな。これが土庄まで半分ぐらいあるもんな。

「自転車であがった人が悲鳴をあげてたよね」

 ああそうやった。もっともその前に寒霞渓を上がっとったからしゃ~ないやろ。結衣のバイクの腕は、ほぉ、なかなかやんか。KATANAも重量級やから下りは怖いはずやけど、鮮やかに切り返しよるわ。

 なんとか事故もなく下りて来れたから土庄までちょっと飛ばすで。さすがにポリさんもこの時刻やったら寝てるやろ。土庄の街に入って来たけど、道路案内がしっかりしとるから助かるわ、おっ、次の信号を左になっとる。

「見えて来たね」

 あそこを右に入るってなっとるな。パラソル立てて係員の人がおるから、

「どちらですか」
「高松や」
「それやったら・・・」

 あそこのレーンに並んでバイクを停めてから乗船券を買いに行ったっらエエんやな。切符売り場はあそこやけど、

「車検証はいるのかな」
「持って行った方が無難やろ」

 これやけど中型以上やったら車検証やねんけど小型やったら標識交付証明書になるねん。待ち時間に朝食にしたいとこやけどさすがに開いとらへん。まだ六時やもんな。言うとる間に乗り込みが始まってくれた。腹減ったからうどんにしよ。

「コトリ、高松に着いてからにしたら」
「まだ開いとらへんやろ」

 一時間で着くからな。さすがにフェリーのうどんコーナーは営業してくれてるわ。結衣はひと眠りしたい言うからユッキーと海見ながら昨夜の話や。

「勝負師やな」
「あそこまで出来るのは少ないよ。感心した」

 まずあの連中はダーツ勝負は逃げられへん状況やった。そりゃ、あれだけ自慢しまくった後やからな。

「でもダーツで勝負する気はなかったね」
「単に勝負の場に引っ張り出しただけやもんな」

 狙いは賭け勝負に持ち込んで引き下がらせるこっちゃ。そのためには勝負を大きくすのがキモや。あの勝負は座興やんか。座興の気分のままで勝負に持ち込んでもタダのダーツの試合や。それをのっぴきならない状況に追い込んでしまうための心理戦やな。

「そのためには場の空気を自分のフィールドに手早く染め上げるのが必要だけど。結衣はやるね」

 男連中の目的は結衣との旅先でのアバンチュールや。ぶっちゃけ一発やりたいんや。そやから結衣は賭けの商品に自分の体を差し出しよった。男連中の表情は、

「ベッドへの誘いだと思ったんじゃない」

 ヨダレ流しそうやったもんな。あの瞬間に賭け勝負を受けたようなもんや。そこまで浮かれさせといてカウンターをぶち込みよった。

「損得勘定が出来なくなったんじゃない」
「それもあるし、他の物への賭け金の変更を交渉する余裕を奪い取ってるわ」

 ここでも結衣は罠を張り巡らし取る。ユッキーが損得勘定としたが、ホンマは結衣の体なんかに値段は付けられん。そやけどそれは建前や。男連中にしたら、一夜のアバンチュール代にバイクは割りに合わんと計算するはずや。それが体ごと売り飛ばしても良いとされたら、計算が変わってくる。

「バイクなら安いぐらいになるね」

 というかそんな妙な損得勘定の世界に叩き込んでもとるわ。勝負方法は自分の得意分野で、賭け金の設定は自分に有利みたいな感じや。つまりは勝負は逃げたら笑われるし、条件交渉もやりようがないみたいな心理状況や。

「だからバイクじゃなくて、体にしたんだろうね」

 ほぼ対等の賭け金にするんやったらバイクもあってんよ。結衣だってKATANAやからな。そやけどバイクって値段がはっきりしてるもんや。バイク乗りやったら新車やったらこれぐらい、年式が落ちてきたらこれぐらいは出てくる。結衣はそれを避けたかったんやろ。

「そうなればあの連中かって、やろうとしている勝負のアホらしさに気づいたよ」

 結衣とやり放題が出来て、その体を売り飛ばせる条件に錯乱させられたってことや。そうなると、

「負ければバイクを失う勝負として受けざるを得ない心理状態に追い込まれる」

 わかるかな。座興の勝負が真剣勝負にさせられてもたんよ。こんなものが受けられる奴はそうはおらん。受けたって絶対に勝てへんのよ。ダーツも心理状況がモロに出る競技や。そりゃ、指先の感覚一つでコントロールしてるようなもんやんか。

 そこに負けたら、巨額の損失が出る重圧なんか加わったっらまともに投げれるかいな。こんな勝負を出来るのは、それこそ鉄火場の修羅場を潜り抜けんと無理や。純粋に勝ち負けだけを競うゲームと、真剣勝負の賭け事は形だけは似とるけど、完全に別物やってことや。

 そんなん話しとるうちに高松のフェリーターミナルが見えてきた。結衣も起きて来たから聞いてみたんや。コトリの見方が合うとったら、

「ダーツですが? 映画で見ただけでやったことはありません」

 やっぱりな。でも場の流れのコントロールに失敗してダーツ勝負に持ち込まれたら。

「そこまでの根性はないと見切ったつもりです。まあ、もし負けたらコトリさんたちが助けてくれるでしょ」

 そこまで見切っとったか。言われるまでもないが、結衣がオモチャにされるのを指をくわえて見とる気はあらへんかったがな。

「それに女を売り飛ばすのは簡単じゃありません」

 あははは、そりゃそうだ。女を売り飛ばす話はポピュラーやし、実際に売り飛ばされた女もおる。そやけど素人がヤフオクやメルカリで売れるようなもんやない。そりゃ、人身売買は犯罪もエエとこやからな。

 あれは裏社会の商売で、そこを取り仕切るヤーさんの縄張りや。そやから小説でも、映画でもそうなってるやろ。怖いおっさんに連行されるあれや。あいつらはあいつらでリスク背負って商売してるぐらいは言える。そんなとこに素人が踏み込んだりしたら、尻の毛まで全部むしられるわ。

「マグロ漁船と根本的に違うからね」

 マグロ漁船は立派な職業や。働いてる連中も漁業のプロやし、ちゃんとした契約書を交わして報酬も誰に恥じるものもいない正当なものや。あれが比喩に使われるのは、人手不足で素人の助けも欲しい状況になっとるんと、素人が乗り込んだら地獄になるだけの話や。

「短期で報酬が良いし、航海中は逃げ出しようがないし、使いようもないから借金返済のニーズに合ってるのもあるものね。マグロの前は捕鯨船もあったものね」

 蟹工船もそうやったかもしれん。船に放り込んどいて、帰港したところで取り立ててもエエし、

「契約でピンハネにしてるケースもあるよね」

 それに比べると女を売買する商売ははるかに仕組みが難しいってことや。ソープに売るって言うても、まともに行っても、

「たんに雇うだけ」

 別に体ごと買ってくれる訳やない。ソープかって許可受けた合法の商売やからな。女を売るためには怪しいところに大きな借金を作らせて、闇ルートが動かんと無理や、

「闇金だって、そんなに大きな額を貸してくれないよ」

 闇金経由で売り飛ばすのもあるけど、闇金かって女を買うために貸してんのやない。高利で貸した金の回収が狙いや。まあ返されんようになって売られるケースは生じるやろうけど、闇金もそこでヤーさんが絡むと面倒になる。

「関りが出来ると、しゃぶり尽くしに来るのがヤーさんなのもよく知ってるもの」

 そこら辺のリスクマネージメントはしっかりしとるわ。そんな事はともかく結衣はなかなかの勝負師や。

「下りるで」
「らじゃ」
「がんばるぞ」

ツーリング日和8(第9話)ダーツ勝負

 相変わらず男二人組に絡まれとる結衣やがマスターに、

「ここのダーツは本格的ですね」

 リビングと言うか談話室にダーツボードがある。

「ちゃんとスローイングラインもありますね」

 ダーツも世界大会まであるしプロもおるから、ルールもちゃんとあるねん。投げるとこを決めてるのがスローイングラインや。ダーツボードを部屋のインテリアにするのはあるけど、スローイングラインまであるのは珍しい気がする。マスターも好きなんかもしれん。

「それにハードなのが素晴らしい」

 ダーツもソフトとハードがある。ソフトはプラスチック製でボードに小さな穴がビッシリ空いてるねん。そこにダーツが刺さるというより嵌ったらOKや。ダーツバーやったらソフトを置いてるとこが多いわ。

 これはソフトのボードは機械化されてるのはある。穴に刺さったのが感知すると自動的に得点計算をしてくれるし、刺さった時の電飾のイルミネーションや音響も凝ってるのが多い。言うたら悪いけどパチスロのノリや。そやけどソフトも舐めたらあかん。ソフト用の大会もちゃんとあるねん。

「ハードより安全性が高いし、やっていて楽しそうだものね」

 そやけど本格派はハードや。麻で出来たボードにダーツが突き刺さる昔からのやり方や。ホンマのプロの大会になるとハードになるからな。ソフトとハードは微妙にルールが異なるとこがある。単純にはハードの方が的が小さくて、その代わりに距離が少し短い。差し引きしたら的が小さいハードの方が難度が高いそうや。

「鈴木さん、清水さん、勝負しませんか」

 ほぉ、ダーツサークルの連中と勝負するんか。ダーツの競技方法はいくつかあるけど、

「501でダブルイン、ダブルアウト。ただし1レッグでどうですか」

 なんやて! ガチの公式ルールやんか。501は持ち点の五百一点を減らしていくゲームやねん。三本ずつ投げ合って、刺さったところの合計が得点になって、その分が持ち点から引かれていく。

 このゲームで難しいのはちょうどゼロにせなあかんとこや。たとえば残りが十五点やったとする。三本投げてるうちのどこかの時点でゼロになったらエエんやが、越えたらバストいうて、その回の得点は無効になるねん。

「ダブルアウトは厳しいよ」

 ダーツの得点は刺さったところで変わる。まず真ん中がダブルブルで五十点、真ん中の回りの赤いところがブルで二十五点やねん。後はその周りになるんやけど、四分割になってる。

 広いところがシングルリングで、真ん中の細いとこがトリプルリング、外側の細いとこがダブルリングや。得点はリングの上に書いてるもんやが、ダブルリングなら二倍、トリプルリングなら三倍や。

 ダブルアウトとはフィニッシュの時の得点がダブルリングに刺さらんとバストになってまうねん。そやからフィニッシュ直前の持ち点は偶数やないと上がれんことになる。そうなるように得点を調整するアレンジの技術も必要になってくるねんよ。

「そもそもダブルリングを狙える技術も必要なのよ」

 つうか欲しい点のところに投げられる技術や。だからガチの公式ルールやねんけど、そこまでの技術があらへんかったら、

「ダブルインを延々とやることになる」

 ダブルインとはまずダブルリングに刺さらないと得点を勘定されへんルールやねん。他のとこに刺さっても延々と足踏みさせられるってことや。かなりの上級者用のルールってことや。ちなみに1レッグて結衣がしたのは公式競技やったら、3レッグで勝負するからや。三回戦制で先に二勝した方が勝ちってことや。

「まさか受けずに尻尾を巻いて逃げたりはしないでしょうね」

 だいぶダーツの自慢話やってたもんな。ここまで言われたら逃げられへんやろ。

「単に勝ち負けを競ってもおもしろくありません。賭け勝負にしましょう」

 賭博は法で禁止されとるけど、まあこれぐらいは座興やろ。問題は何を賭けるかや。ゴルフとかやったら、夕食代とか、ビールやワイン代がようあるが、この場やったらなんやろ。

「わたしが負けたら、この体を好き放題にしてもらって結構です」

 なんやて。それってエッチもOKどころか、

「好きなだけ楽しんでもらって、売り飛ばされても従います」

 おいおい、いくらなんでも無茶苦茶や。男連中の鼻の下が伸びまくってるやないか。

「その代わり、わたしが勝てばバイクを頂きます」

 ひやぁ、なんちゅう勝負やねん。マスターも焦りまくってるで。

「宜しいですね」

 そう言うて結衣はつかつかとダーツの方に行ってもた。男連中は固まってるわ。こんな勝負ホンマにやるんか。結衣は追い打ちをかけるように、

「さあ、始めましょう」

 マスターも慌てまくってとりなしてるわ。こんな勝負をこんなとこでやらすわけには行かんもんな。どうなるんかと思うとったら、男連中は自分の部屋に逃げ込みよった。勝負を受けんとなったら、この場にはおれんもんな。結衣も戻って来たんやが、

「こんな美味しい肉を食べないなんて変わってますね。小食なんでしょうか」

 こういうユーモアは好きや。まあ、バーベキューより結衣を食べようと必死やったもんな。でもこの肉も小豆島での発見やった。高松でも食べられそうなもんやけど初めてやった。

「オリーブ牛って言うのよね」

 まあ黒毛和牛で讃岐牛やねんけど、餌が変わっとるねん。

「オリーブの実の搾りかすを食べさせてるそうですね」

 結衣もよう知っとるな、

「松阪牛のビールみたいなものですか」

 だいぶちゃう。松坂牛のビールは有名やが、別にビールをいつも飲ませてるわけやないし、ビールを飲ませてへん松坂牛もある。あれは牛の食欲が落ちた時の胃薬みたいな位置づけやねん。

 そやからビールが松坂牛の肉の質を上げとるとは言えん。そりゃ、そうやろ。牛にビールを飲ませたら松坂牛になるんやったっら、日本中どころか、世界中がやっとるわ。そういう意味でオリーブ牛はちょっと違う。

 もともとはオリーブオイルの搾りかすの処理問題やったらしい。そりゃ、仰山出るやろうからな。これまでは肥料にでもしとってやろうけど、オリーブの実かって食い物やから牛に食べさせてみたぐらいと思うねん。

 ビールを飲ませるのと較べたら安全やんか。牛も喜んでかどうかはわからんけど食べてくれたみたいや。

「オリーブオイルの成分が肉の質を良くしたのですね」

 これも相関関係だけで因果関係はわからん。そやけど大事なのは結果や。オリーブの効果もあるかもしれへんし、小豆島の気候風土がそうさせたんかもしれん。

「でも小豆島でしかオリーブ牛は育てられないね」

 ユッキーもエエとこ見てる。牛の餌に使えるほどオリーブが取れるんは日本やったら小豆島だけやろ。それにしても美味いな。

「タレもよく合ってるよ」

 自家製タレって言うとったけど、肉と相性はピッタリや。なんぼでも食えそうや。そんでもってバーベキューならビールや。

「さすがはコトリね」

 小豆島にも地ビールがあるねん。まめまめビールって言うねんけど、醤の郷に行った時に寄り道してん。さすがにビール抱えてのツーリングは無理あるやん。シェークされすぎて泡吹くし、温いビールはコトリは好かん。

「マスター悪いけど、レンタルクラウラー返しといてね」

 貸し出しのビールサーバーも含めて配達を頼み込んだら了承してくれた。このまめまめビールやけど四種類も作ってるんよね。

 あか・・・レッドエール
 しろ・・・ハーブ・スパイスビール
 くろ・・・インペリアルスタウト
 きん・・・ライトエール

 レンタルクラウラーは二台あったから、あかとくろにしといた。結衣も飲める口やな。

「レッドエールは軽くて飲みやすいです。スタウトは甘いですね」

 スタウトもちょっと変わっとって、醤油のもろみが入ってるそうやねん。こんなスタウトもここでしか飲めへんと思うで。あいつらも結衣を口説くのに血道を挙げるんやのうて、素直にバーベキューを楽しんどいたら良かったのにな。

ツーリング日和8(第8話)バーベキュー

 晩飯前にマスターが相談に来よった。

「今夜のバーベキューですが・・・」

 そうするって予約の時に聞いとるから牛肉とビールを差し入れに持ち込んだんやけど、足らんかったか。

「十分すぎるほどです」

 天気も悪ないで。

「そうなんですが、ちょっと予定が狂いまして・・・」

 男の二人連れなんやそうやけど、キャンセルがあって入れ替わったそうなんや。それがコトリらと同様に初めての客らしい。つまりはマスターも知らん連中ってことや。別に誰とでも構わへんようなもんやけど、

「こういう時には・・・」

 こだわりと言うか親切心の気づかいやな。男と女が組み合わされる時は、とくに男は常連さんの気心のしれてるのにしてるのか。男と女やからなにかトラブルが起こって欲しくないぐらいみたいや。

 そう言いながら、ここで出会って結ばれたカップルもおるそうやから、男女交際禁止みたいな固いものやないのやけど、どうも電話で予約を受けた時の印象が良くないぐらいの話みたいやねん。

 せっかくのバイク乗り同士の出会いやし、マスターの信条として一期一会の思い出深いものにしたいぐらいやろかな。別にコトリらはヤーさん相手でも気にもならんけど、問題は結衣やな。

「かまいません」

 なんかあったらコトリらが守ったるわ。時刻が来て行ったのは一階のオープンデッキ。さすがに夜風は冷たいけど、その代わりに炭火焼きとは嬉しいわ。メンバーがそろったところで、

「カンパ~イ」

 そこから自己紹介になってんけど男は学生や。服もエエもん着とるからボンボンやな。

「鈴木で~す」
「清水で~す」

 なるほどノリはエエけどチャラいな。学生やからとしてもエエけど、なんか薄っぺらい感じがするわ。金髪にピアスぐらい今どきの事やから目くじらたてるようなもんやあらへんけど、なんか軽さを強調しとるようにしか見えんわ。

 とにかく初対面やから、話の切り出しはお互いのバイクの話になった。バイク乗りやから相手のバイクが気になるのはサガみたいなもんや。こういう時のマナーもある。当たり前やけど相手のバイクをリスペクトすることや。

 そりゃ、多かれ少なかれ自分のバイクに誇りを持っとる。そこを踏まえた上で話をするのがマナーってことや。男二人組のバイクは見とらへんけど大型みたいや。それはエエねんけど、

「停まってたやっちゃろ。根性やな」
「あんな小型でツーリングってアホみたい」

 神戸から小豆島やからカブでも余裕やろが。

「へぇ、寒霞渓が登れたって冗談やろ」
「小型やったらロープーウェイに乗れるとか」

 原付スクーターでも登れるわい。小型なんを話のタネにするのはかまわへんけど、そこまで言うたら冗談になってへんぞ。大型小型論争をやったろかと思うたけど、それ以上はイジりに来んかったから目を瞑ってやった。

 そこから趣味みたいな話になったんやが、サークルの話に持ち込みよった。学生やからそうなるのはしょうがあらへんけど、ほほぅ、ダーツサークルか。ダーツもちょっとしたブームやもんな。

 あれも漫画が原作で実写化された映画やったけど、ヒットしたんよ。ジャンルとしては青春映画になると思うけど、人間ドラマも巧みに織り込まれた秀作やった。なにせ第三部まで作られたからな。

「ちはやふるの感じかな」

 かもしれん。ハスラーとか、ハスラー2の感じにも似とる。そやからダーツバーとかも増えたもんな。聞いてる限りそこそこの腕のようやが、話半分ぐらいに思うとこ。酔いもそろそろ回ってきた感じやけど、男二人組は結衣に目を付けたみたいや。なんでコトリやないんよ。

「年上は女に見えん」
「おばさんは用済み」

 ここから瀬戸内海に放り込んで海水浴させたろか。結衣かって二十代の後半やぞ。コトリのホンマの年齢は棚の上に置いとくが、こいつら女を見る目があらへんのか。結衣が若そうに見えるのは童顔なだけやないか。そやのにコトリをおばさん扱いとは、

「コトリは本当にそうだもの」

 ユッキーもそうされてるんやぞ。

「趣味じゃないから気にならない」

 趣味やないのはコトリもそうやけど、結衣も嫌がってるやんか。あの手のチャラ男は好きやないんやろな。それに年下のガキみたいなもんやろう。あちゃ、結衣の両側に座りよった。口説きたいのはわかるけど、あそこまでやったらセクハラやぞ。

「コトリにもそう見える?」

 モロ見えじゃ。マスターも困ってるやんか。マスターがやりたいのはバイク乗り同士の親睦で合コンやないはずやねん。

「合コンもピンキリだからね」

 なにがピンで、なにがキリかは置いとくけど、基本は彼氏彼女が欲しい会や。それが目的で集まってくる。

「というか、そういう目的を承知でお互いに参加するのがキモじゃない」

 上手いこと言うな。男女の出会いは色んなケースはあるけど、その時に気に入った相手に恋愛の意思があるかどうかは不明や。彼氏彼女持ちどころか、既婚者だっておる。初対面の相手に気乗りしないのも当然ある。

 もっと単純には恋愛をする気分などないってことや。そやけど、そんなもん外から見てもわからんやん。そやけど合コンは参加目的がはっきりしとるから、相手を気に入れば恋愛にもちこんでもらってOK状態が前提や。

「お見合いとか、婚活パーティに近いとこがあるよね」

 そうかもな。口説き口説かれる行為自体を容認と言うか、認めてのものやからな。そやけど合コンも集められるメンバーによって性格はかなり変わる。

「言い切ってしまえば結婚まで考えるかどうかね」

 古臭いと言われるかもしれんがそうや。結婚の言葉が重すぎるなら、真剣な恋愛相手を探してると言い換えても良いと思う。お見合いみたいに即結婚はないにしても、順調に発展すれば結婚もありうるぐらいの相手を求めるかどうかや。

 年齢層が上がるほど真剣さは上がるかな。上がったところに婚活パーティがあるぐらいかもしれん。結婚するのが人生の目的でもあらへんけど、そこに夢を持つのが普通やろ。

「コトリはとくにね」

 ほっとけ。そやけどそんな合コンばかりやない。もっと軽いノリで彼氏彼女を求めるのはある。そこから結婚まで行くのもあるやろうけど、もっと軽い気持ちで恋愛を楽しみたいぐらいや。

「ぶっちゃけセフレが欲しいとか」

 それも含めてや。もっと言えば合コンで口説いてその夜に一発やりたいのもおる。そういう合コンでモテる男のタイプの条件は見た目や場を盛り上げる才覚もあるけど、

「遊ぶカネをもってること」

 恋愛もやりようやが、そういうところに集まって来る女は遊びたいやねん。エエもん食べに行くとか、高価なプレゼントが欲しいとか、リッチなデートとか旅行をやりたいとかや。これも否定はせんけど、

「あの連中は勝ち組かもね」

 そんな気がするわ。遊び相手にするのにちょうど良さそうなノリの軽いキャラ持っとるし、ゼニ持ってそうやもんな。ボンボンみたいやからカネ離れも良さそうに見える。

「でも経験は浅そうね」

 成功体験しかあらへんからやろな。自分らが勝ち組でいられたのは、そういうメンバー限定の話や言うのがわかってへん。今かってそうや。結衣が嫌がってるのがわからへんのかいな。

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない」

 そうは見えんで。そろそろ助け船を出した方がエエんちゃうか。

「もうちょっと見とこうよ」

 本気か。

「結衣とは会ったばかりだよ。これで結衣の本性がわかるかも」

 こういうとこでユッキーはドライやな。もし結衣が口説かれてあいつらと一緒になったら、

「それもまた人生。そういう生き方もあるからね」

 その程度の女やから道連れにするのに値しないってことか。

「結衣は靡かないと見ているけど、どうやってあしらうかを見たいかな。結衣は自分でなんとか出来るタイプと期待してる」

ツーリング日和8(第7話)KATANAの女

 結衣は千葉に住んどると聞いてビックリした。まさか高速で来たんかと聞いたんやけど、

「フェリーで徳島です」

 それがあったか。東京から徳島経由で新門司まで行く東九フェリーや。あれやったら徳島に十四時ぐらいには着くはずやけど南回りにせんかったんか。どう走ろうが自由やけど、徳島からの四国ツーリングやったら南下して室戸岬を目指すんが多いんや。

 その先もあれこれチョイスはあるけど、足摺岬まで行くのもおるし、さらに四国カルスト目指すんもおる。愛媛まで出たら、しまなみ海道も視野に入って来るねん。もちろん石鎚スカイラインやUFOラインもある。

「香川のうどんを外せなくて」

 なるほどな。それも立派な理由や。ほいでもわざわざ小豆島に回って来たのは、

「うどんの醤油のルーツを知りたいじゃないですか。素麺もありますし」

 おもろい、おもろい。旅の楽しみに食い物はある。誰かって土地の名物食べたいやんか。ツーリングやったら観光と、走りたい道の兼ね合いもあるけど、食べる方に重点を置くのも余裕でアリや。

 それにしても乗っとるバイクは大きいな。カバーしとったけど余裕で大型や。華奢そうな子やけどよう乗っ取るな。あれは、

「KATANAです」

 ひぇぇぇ、スズキの伝説のバイクやんか。さすがにコトリやユッキーぐらいしか覚えとらへんと思うけど、あれの初代が登場した時は衝撃的やった。バイク乗りなら誰でも憧れたバイクやったし、なによりよう売れた。

「デザインにインパクトあったもんね」

 当時の暴走族の御用達みたいにもなっとったし、

「ヒデヨシの愛車だよ」

 そやった、グンとウサギとカメやって一度も遅れをとらんかったもんな。あんまり増えすぎて暴走族の取り締まりを、

「刀狩りって言ってたぐらいだもの」

 その復活バージョンやけど、これもよう走るバイクや。

「あの頃のKATANA以上だよ」

 スーパースポーツには負けるかもしれんが、そんじょそこらのバイクやったら余裕で蹴散らすと思うで。

「今ならHAYABUSAでしょうけど」

 そういう位置づけにスズキはしてもたからな。それでもKATANAと聞いたらコトリの血が騒ぎそうになるわ。

「また谷に落ちるよ」

 うるさいわ。千葉に住んどるから関東が中心やけど、東北も近いと言えば近いから、

「あんなバイクでそこまで回られたんですか!」

 あんなになってまうか。原付でもロング・ツーリングしとるのもおるけど、基本的に無理があるからな。近郊の日帰りぐらいやったら十分やけど、長距離移動を重ねる泊りのツーリングには根性が要り過ぎる。

 そこからも話が弾んで意気投合って感じや。北海道も行ったことがあるのが羨ましいわ。あれはどう頑張っても原付ではそう簡単に行かれへんとこがある。信州もそうや。

「阿蘇もそうですが、佐多岬に行かれたなんて・・・」

 千葉から見たら遠いやろな。神戸からでも余裕で遠かったけど。それでも千葉に住んどってもバイク乗りの悩みは一緒やな。いくらKATANAでも街中を走るシンドサは一緒や。とくに千葉から西に走ろうと思うたら、

「東京や横浜が鎮座しています」

 コトリらも大阪や京都抜けるのは好きやないけど、東京や横浜なんかなおさらやろな。千葉かって住んでるところで変わるやろうけど、結衣の家からやったらツーリング気分が味わえるとところまで、一時間ぐらいは市街地走行と格闘せんとあかんそうや。

「神戸って六甲山を越えたら郊外なのですか。なんと羨ましい」

 東京や横浜に較べたら小さな地方都市やし、地形も東西にこそ長いけど南北は狭いからな。そうや、そうや、千葉やったら頭文字Dの聖地巡りも出きそうやんか。

「あれは千葉にはないのです。一番近いの筑波のフルーツライン」

 なるほど頭文字Dの聖地は峠や。千葉が舞台に選ばれへんかったんはタマタマかもしれんが、峠は山があるとこやないとあらへん。関東平野は真ん中が平べったいから、舞台は平野の周辺を回ることになるもんな。

「良かったら一緒にマスツーしませんか」

 女とか。男女差別する気はあらへんけど、出来たら旅先のアバンチュールをしたいやんか。なぜか実を結ばへんのは置いとくけど。ここは無難に遁辞を構えて、

「バイクがちゃうやんか。コトリらは下道ツーリングやで」
「ツーリングの王道は下道です。そうじゃないと、美味しいものにありつけません」

 そっちが重いか。高速になったらSAとかPAのメシになるものな。思わぬ寄り道での発見のチャンスも低くなる。その代わりに距離が稼げへんのは宿命や。

「それに下道だったら、速度は関係なくなります」

 まあな。いくらKATANAでもぶっ飛ばせば捕まるだけやもんな。アカン、アカン、説得されてどうするんや。

「明日はどうするんや。コトリらはトットと高松に渡る予定やけど」

 結衣は女や。それも若い女や。さらには可愛いやんか。今でも女の一人旅は危ないとこがある。悪さどころか襲う奴もおらんとは言えん。その点で日本はかなり安全な方やけど、それでもツーリングするんやったら、キチンと宿を決めてるはずや。

 その日の気分でキャンプにしたり、行き当たりばったりで宿を決めえるのはやっぱり女やったら危険なところがある。男でも危険やけど、女、それも一人旅やったらなおさらや。マスツーするにしても明日の宿が違うたら成立せえへん。

「気まツーですから」

 冗談やろ。明日の予定も決めてへんいうんか。

「コトリ、楽しそうじゃない」

 余計な口を挟むな。今回のツーリングはかなりどころでないぐらい変則なんや。結衣はわざわざ千葉から来てるんやから四国で見たいとこ、走りたいとこ、食べたいもんがあるはずやんか。

「旅は道連れ、風の向くまま、気の向くままが結衣のツーリングです」

 羨まし。コトリもそんなツーリングにしたいもんな。仕事があるからそうは行かへんけど。それでもやぞ、

「へぇ、そんなプランが建てられるのはさすがは地元の人です」

 ちゃうて、たまたまそうなってもただけやねん。こんなプランに付き合わせるのは気の毒すぎる。なんのための四国にツーリングに来てるんやって話や。結衣かって金毘羅さんとか行きたいやろ。

「なにかワクワクしてきました」

 結衣も変人かもな。でもわかるとこはある。やっぱり女の一人旅は寂しいし、怖いとこもあるんやろ。それやったら、最初から誰かと来いやって話になるけど、行っては見たけどやっぱりが出てくるのはわかる。

「コトリも意地を張らないで」

 こらぁ、気楽な善人役に逃げるな。コトリが意地悪してるみたいやんか。

「それにさ、ペアよりもトリオの方が寄って来るかもよ」

 それはあるかも。結衣も美人やし性格良さそうやもんな。アカンて、アカンて、今回は気軽に道連れにしにくいんやって。

「そんな事を言ったら男も同じになっちゃうよ」

 グサァ。

「話は決まりね。じゃあ、結衣、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」

 勝手に決めるな。どうする気なんよ。

ツーリング日和8(第6話)ライダーズハウス

 オリーブの勉強もしたから次は土庄や。二十分ぐらいで、

「エンジェルロード公園は左になってるよ」

 あそこか。うん、えっと、こっちやろ。ここで行き止まりか。行儀悪いけどバイクを停めさせてもらお。こういう時に原付は無敵やからな。ここから撮影スポットか。インスタの威力は結構なもんや。

「なるほど砂嘴になってるのね」

 砂嘴というより砂州やろ。時間によって現れる道やけど、ここは午前と午後の六時間ぐらい砂州になっとるみたいや。

「渡るのでしょ」

 渡らん。何が悲しくてユッキーと渡らんといかん。ここは恋人同士が結ばれるために渡るとこや。

「結ばれたってイイじゃない」
「絶対イヤや」

 ユッキーの悪いクセや。これだけは五千年経っても治りくさらん。今日の観光はここまでや。結構回れたんちゃうか。残したとこは次の機会や。

「それもあるけど遠いのでしょ」

 それもある。日が高いうちに宿に着かんとエライ目に遭いそうやねん。土庄からまた引き返して、

「小豆島ヴィラって書いてあるとこ左や」
「そこに泊まるの」
「泊まりとうても潰れとる」

 この道もいきなりヘアピンやな。

「今日二度目の不意打ちワインディングだ」

 頭文字Dの舞台が関西やったらバトルの舞台にしそうや。そやなこのコースやったら、

「東堂塾とのバトル」

 あれに近い設定に出来るかも。あの時のコースは工事途中の閉鎖道路みたいなとこやったけど、ここもそれに近いとこがある。バリ伝やったら大学でのタイムトライヤルや。

「距離的にはバリ伝だけど、コース的には頭文字Dじゃない」

 距離やったら七キロもあらへんからどうやろな。いずれにしても登るのに一苦労や。とりあえず目標にしとったロータリーや。

「ここって一体・・・」

 バブルの遺産やな。小豆島の、しかもこんな山に中にリゾート開発をやっとってんや。その中心施設が小豆島ヴィラや。おそらくそれを中心に別荘が立ち並ぶ予定やってんやろ。別荘以外にもなんか誘致する気もあったんやと思う。

「でも無理があり過ぎ」

 そういうこっちゃ。小豆島に別荘を持つとしても、なんでこんな山の上に持たなあかんねん。小豆島やったら海やろが。景色重視にしても遠すぎや。

「それでも買って建ててる人もいるんだから、さすがはバブルとしか言いようがない」

 そんな時代やったからな。あれは、あれでオモロイ時代やった。その代わり、バブル崩壊後の不況がどんだけ長かったことか。バブルの話はさておき、こんな廃墟のようなとこに住んどる物好きがおる。

「そこが今日の宿ね」

 いわゆるライダーズハウスや。これをバイク乗りならライハと呼ぶ。

「エラそうに。今回のツーリングで初めて覚えたんじゃない」

 そうや。このライハってなにかと聞かれたら困るんやが、単純にはバイク好きが集まる宿や。

「それじゃ、わからないよ。釣り人が集まる釣り宿とは同じと言えないもの」

 そうやねん。そもそも宿って言えるかどうかも疑問や。とりあえず旅館どころか民宿とも言えへん。あえて言えば民泊に気持ち近いけど、

「それも違うよ。そうだね、バイク好きが昂じまくって、家にライダーを好意で泊めてるぐらい」

 上手いこと言うな。昔の旅人が家に頼み込んで泊めてもらう感覚に近いかもしれん。そのせいかビックリするぐらい安い。

「素泊まりなら原則無料ってところもあるぐらいだよ」

 バイク乗りにはありがたい施設や。バイク乗りってカネ持ってないのが多いんよ。カネないけど、バイクに身を任せてロング・ツーリングをやりたがる人種でもある。カネがあらへんから野宿、今ならソロキャンを重ねるのもおるぐらいや。

 そやけどキャンプも一泊ぐらいならまだしも、続くと辛いんや。バイクでキャンプするだけでも大荷物になるからな。それにバイクは走らせるだけでも消耗する乗り物や。さすがに昔の人みたいな旅は続けられるものやない。やっぱり夜は屋根付きのとこで寝たいのが本音や。

「民宿でも高いと思うのがバイク乗り」

 全部やないけど、そういうのが少なくあらへん。そういう連中を相手にしようとする商売やから、宿泊費も格安の極みみたいにしとるんやろ。まあ、よっぽどバイクが好きで、バイク乗りが好きやなかったら出来へん商売や。つうか、そんなもんでよう商売が成り立ってると思うもんな。

「バイク好きの世界はディープだよね」

 どこの世界でも同じで変なのもおるけど、バイク乗り同志の連帯感は強いとこあるからな。この辺はどこまで行ってもマイノリティの自覚もあるからやと思うてる。

「マスターはどんな人なの」

 ライダーズハウスを経営するような人物は良い意味でも悪い意味でも個性的でエエと思う。少なくとも普通の旅館や民宿を利用する気で行ったらアカンやろ。そやな、カネ払ってるんやからサービスするのは当たり前なんてのはアウトや。

「泊めてもらう感覚かな」

 最低限はそれやと思う。ほいでも、さらにプラスアルファは欲しいと思うんよ。そやな、客として選ばれてるぐらいの自覚やろか。予約の時に聞いた感じやったら、客と主人つうより、同好の士として楽しみたいがあると見た。

 これかって妙な話やないねん。バイク乗り同志が仲良くなっても悪ないし、その輪の中に入ってマスターも楽しみたいぐらいのスタンスのはずや。あんな宿を経営するぐらいやから世話好きやろうしな。

「じゃなけりゃ、出来ない商売だよ」

 平たく言えばせっかく一夜の宿をともにするんやから、友だちになりたいぐらいで間違ってへん気がする。そこで求められる礼儀は、

「親しき仲にも礼儀あり」

 これかって当たり前のことやからな。そやから客の選別もウルサイとこはあるそうや。そういうマナーを守れへんのは二度と利用できへんとかや。

「普通の客商売でもあるけど、もっとシビアぐらいかな」

 こう聞くと気難しそうなヘンコ親父を思い浮かべてまいそうやけど、そんなことはあらへんみたいやからここにしてみた。話のタネになりそうやんか。

「こんな不便なところに集まってくれるのだから、良い人のはずだものね」

 別荘地は広大みたいやけど、殆ど空き地で、草どころか木が生い茂って森になってるんねん。ポロンポロンと建物はあるけど、空き家と言うよりあれは廃墟やろ。

「このロータリーの周辺もショップが建つ予定だったんだろうけど」

 森しかあらへん。つまりって程やあらへんけど、商店なんてものはどこにもあらへんねん。もし買い物となったら、

「あのバトルロードの往復よね」

 バトルやないっちゅうねん。そやからでもないけど食料は持ち込みや。ライダーによってはコンビニでカップ麺におにぎりなんてのも珍しゅうないらしい。ビールもそうや。

「でもなんだよね」

 この辺がオモロイとこやねんけど、素泊まりが基本やけど夕食は相談やねん。宿として決まった夕食があるわけやないんやけど、泊まったメンバーの組み合わせとかで持ち込みでバーベキューやったり、鍋を囲んだりもあるそうやねん。

「マスターの気分一つみたいね」

 気分一つ言うたらあれやけど、バーベキューとか鍋やったらマスターも参加するねん。そうやって盛り上がりたいのは良いとしてやけど、バーベキューにしても連日食べられる物やない。マスターが食べたくなった時に、それをやりたいメンバーが集まるかどうかみたいなもんや。

 さて宿を探さんといかんねんけど、ロータリーから近いはずやねん。つうかナビではそうなっとる。この道やと思うけど・・・

「あれじゃない」
「あれは廃墟やろ」

 道案内の一つぐらいあってもエエのにな。それに日が暮れたら街灯もあらへんやんか。こんなとこに夜に上がってきたらホラーやで。

「あそこにバイクが止まってるよ」

 ホンマや。それもご丁寧にカバーまでしてあるやんか。まだ生きてる別荘でもあるんかいな。それでもこの辺のはずやねんけど、

「ここだ!」

 えっ、なんて遠慮深い看板やねん。止まってるバイクのとこやったんか。バイクを止めて、荷物担いで、この小道みたいなものを上がるんやな。

「あった」

 ほぉ、ログハウス風でオシャレやんか。あれやろな、二束三文で売りに出てた別荘でも買うたんやろ。玄関かって普通の家のドアやもんな。中に入って、

「予約してた立花です」
「いらっしゃい」

 立花小鳥はツーリング中の偽名や。小島知江の方がエエねんけど、コトリの呼び名の説明がこっちの方がラクやからや。同様にユッキーは木村由紀恵や。とにかく本名バレたら大騒ぎになりかねん。

 玄関も民家並でスリッパに履き替えるんか。おっ、荷物を持ってくれるとは優しいやん。部屋は男部屋と女部屋の二つらしいけど、さすがは元別荘だけあって居心地は良さそうや。部屋は二階やねんけど、

「こちらの方と相部屋になります」

 さっきのバイクの持ち主やろ。

「結衣です」
「コトリや」
「ユッキーと呼んでね」

 感じの良さそうな子やんか。パッと見は金髪でチャラチャラしてるようにも見えそうやが、言葉遣いも心得とる。顔は童顔としてエエやろ。そやから若く見えるけど歳の頃なら二十代の後半やな。

「後は男ね」
「さすがに夜這いはないやろ」