ツーリング日和(第34話)ツーリング日和

 今日もユッキーとツーリングや。まずは港島トンネルを抜けて国道二号線を走り、

「次の交差点やな」
「らじゃ」

 六甲山トンネルを目指すで。ホンマこの坂上がるためにナンボかかったことか。まあ、ラクに上がれるから文句もあらへんが、六甲山トンネル抜けたら唐櫃に逆落としや。

「義経じゃないんだから」

 こっちの坂も一二五CCで登るんやったらきついんよな。そこから三田まで有料道路を快走や。篠山駅の傍を走り抜けるけど今日は篠山観光はパス。前来たからな。そこから一路福知山や。ちょっと早めやったけど腹ごしらえ、

「走り屋にはファミレスね」
「そんなセリフ、誰も覚えとるか」

 頭文字Dやけど、コトリたちは走り屋やないし、バイクや。福知山はまず福知山城や。

「光秀が築いたのね」
「三年しかおらんかったみたいやけど、安土城みたいに天守閣に住めるような構造やったらしいで」
「大坂城もそうだったけど、どうして廃れちゃったのかな」

 さすがにコトリもよう知らんけど、やっぱり不便やったんちゃうかな。日本の古い時代の屋内階段はスペース節約が最優先されたみたいで、とにかく急なんよ。梯子みたいなとこもあるからな。

「そうね。西洋風の大階段なんて見たこと無いものね」

 上の階の方で暮らしたら、腰元みたいなのがメシ持って上がるのも大変やろけど、殿様かって、

「そうよね、トイレが各階にある訳じゃないものね。催したら安土城の最上階から下まで行かないと出来ないのか」
「バリア・フリーの真逆やから歳取ったら大変やろし」

 それやったら別に御殿建てた方が生活するには良くなって。天守閣は攻められた時の展望台になってもたぐらいやと思う。姫路城なんか倉庫みたいやもんな。

「次は?」
「元伊勢内宮」

 ついでに言うと元伊勢外宮もある。社伝によると天照大神は宮中に祀られていたんやけど崇神天皇の三十九年に移って来たとなっとる。ここもおもろうて日本書紀には、

『天照大神・倭大國魂二神、並祭於天皇大殿之内。然畏其神勢、共住不安。故、以天照大神、託豊鍬入姫命、祭於倭笠縫邑』

 大雑把に読み下したら、天照大神・倭大國魂の神さんは天皇の宮殿で祀られとったなっとる。そやけど崇神天皇が神様の勢いが強すぎてビビってもて、一緒の宮殿のおんのが怖なってもたんや。

 ほいでもって天照大神を豊鍬入姬命に預けて笠縫邑で祀らせたとなっとる。これが崇神天皇六年の話しや。笠縫邑がどこやったかははっきりせんとこがある。

「でも元伊勢って結構あるよね」
「とにかく伊勢のあそこに落ち着いたのが垂仁天皇の二十五年となってるねん」

 これも日本書紀にあって、

『離天照大神於豊鍬入姫命、託于倭姫命。爰倭姫命、求鎭坐大神之處而詣菟田筱幡筱、更還之入近江國、東廻美濃、到伊勢國。時、天照大神誨倭姫命曰「是神風伊勢國、則常世之浪重浪歸國也、傍國可怜國也。欲居是國」故、隨大神教、其祠立於伊勢國』

 ちょい長いんやけど、豊鍬入姫命から天照大神が離れたってあるから豊鍬入姫命は死んだんやろ。そやから垂仁天皇は倭姫命に天照大神を預けとるんよ。そこから天照大神の居場所探しのために、近江、美濃、行ってから伊勢に行ったとなっとる。ほんだら天照大神が気に入ったって言うたから今に至るみたいな内容や。

「天照放浪記みたいなものね」
「なんでそうなったかようわからん」

 なんかもめ事があったんやろけど、

「まるで祟り神扱いだもの」

 ユッキーの言う通りやけど、おかげで元伊勢神社がテンコモリ出来て、ここもそうやってことや。ホンマにここが天照が祀られとったかは、わからんけど、結構放浪してるから可能性はあるぐらいや。

「なんかの地域振興策だったとか」
「かもな」

 福知山観光はこれぐらいで切り上げて、バイクは天橋立や。まずは天橋立ビューランド。モノレールもあるけど、ここはリフトで上がって股のぞきや。桜の頃は綺麗らしいわ。股のぞきが済んだら、

「コトリ、天橋立ってバイクが通れるの?」
「原付はな。そやから来たようなもんや。人多いから気いつけてや」
「らじゃ」

 渡りきったら元伊勢籠神社。ここは丹後の国一之宮や。

「ここも元伊勢なのね」

 ここの伝承もおもろいねんけど、元々は豊受大神を祀っとったみたいやねん。豊受大神言うてもピンと来い人もおるかもしれへんけど、伊勢の外宮の神様や。この神様は伊勢の外宮におるわりにはマイナーな神様やねん。

 だってやで天照大神はスターやんか。並び立つぐらいやから、神話でもなにか派手なエピソードがありそうなもんや。

「それはわたしも思ってた。内宮が天照なら外宮は月読ぐらいがバランスじゃない」

 その組み合わせやったら日と月になるもんな。豊受大神もあれこれコジツケが後世にされてるけど、一番真相に近そうなのが丹後国風土記逸文や。元伊勢籠神社の奥宮に真名井神社がるんやけど、そこに羽衣伝説がある。

 定番の羽衣を隠されてやけど、なんやかんやとあった末に地上に留まる神となったのが豊受大神となってるんよ。そやねん、豊受大神は元は丹後の女神さんやった事になる。

「なるほどね。天照は天の神で、豊受は地の神の組み合わせってことね」

 豊受大神は豊饒の神やから、天照が天の恵み、豊受が地の恵みぐらいかもな。そやけど元伊勢籠神社の社伝を信じれば、この二人の神は丹後で初めて出会ったことになる。豊受大神の縁を頼って笠縫邑から来たって言うから、豊鍬入姫命が連れて来たんやろな。

「コトリ。思うんだけど、天照大神って豊鍬入姫命とイコールだったんじゃない」
「依代ってやつか」

 かもしれんな。卑弥呼もそんな感じやし。崇神天皇が恐れたって言うのも、依代の豊鍬入姫命の言葉の方が自分より権威があったんかもしれん。つうかコントロール出来へんかったんかもしれへんな。神託政治の時代みたいなもんやし。

「大和を追い出されたのを豊受大神が引っ張り込んだか」
「それとも監禁したか」

 ありそうな話かもしれん。殺したら祟りが怖いけど、そばにおって神託乱発されても困るぐらいや。あれだけ転々とさせられたんも、都から少々離しても天照の神託が乱発されるから、場所替えして宥めとったんかもしれん。

「天照が伊勢に落ち着くまで九十年となってるけど、あれって豊鍬入姫命と倭姫命の二代の話じゃないかなぁ」
「やろな。伊勢に落ち着いたのは倭姫命の依代機能が無くなったか、倭姫命が亡くなって依代の後継者が途絶えたのかもしれん」

 さて次やけど。北上していって、

「伊根の舟屋に行くで」
「見たかったんだ」

 コトリもや。今日のメインかもしれん。おっとここやな、

「遊覧船もあるんだ」
「舟屋は海から見んと意味ないやろ」

 遊覧船の二階のデッキに上がって。

「海が綺麗」
「カモメも多いな」

 カモメが多いのは船から餌やり出来るせいやけど、

「これだけ居るとヒッチコックの鳥みたいじゃない」
「ユッキーも古いな。カモメと言えばジョナサンやろ」

 どっちも人の感覚からしたら古すぎるやろうけど。ほうっ、あんだけ舟屋が並んどるとは驚いた。観光地の常でチョロっとかと思たけど、こりゃ、ズラっとやな。

「和風ボートハウスみたいなものね」
「よっぽど波が静かやねんやろな」

 遊覧船が終わると伊根の街を走り抜けて、

「奥橋立伊根温泉ね」
「なかなか風情がありそうなとこや」

 天橋立ぐらいやったら無理したら日帰りできるんやけど、こういうとこで一泊するのは贅沢やな。ほう、さすがにリッチやな。全室露天風呂付か。まず大浴場に入って夕食。まずまずやな。部屋に帰ってから、今度は部屋の展望露天風呂や。

「リッチして正解ね」
「おう、ビール飲もか」

ツーリング日和(第33話)飼いならされた時代

 あの二人だがコトリさんが月夜野社長、ユッキーさんが如月副社長だった。如月副社長はまだしも月夜野社長の若さは驚愕ものだ。加藤も、

『そういう話は聞いてたけど、見惚れてもた』

 二人とも息を呑むような美人ではあるが、月夜野社長は五十歳を超えているんだぞ。だが世間で良く言う美魔女じゃない。昼の光の中で見ても美少女で二十代の如月副社長とどう見ても同年代。

 エレギオンHDには創業時から四女神と呼ばれる女性のトップ・フォーが君臨し、創業時の四女神は既に全員亡くなっているが、その後継者もすべて女性で、なおかつ歳というものをまったく取らないと言われている。

 オレも都市伝説ぐらいに思っていたが、実物をあれほど近いところで長時間見たのだから都市伝説ではない。間違いなく歳を取らない女神は存在する。それよりもっと不思議と言うか、違和感があったのは昔のことを知り過ぎている。

 知識として知るのは記録を読めば可能だが、あの話しぶりは知識だけとは到底思えなかった。実際に見て、実際に触れて、バイクなら実際に乗った者にしか語れないとしか思えない。それぐらいの臨場感が溢れていた。加藤は、

『エレギオンの女神は不老不死とも言われてるけど、ホンマにそうやと思てもたぐらいや』

 不老不死などあり得るわけがないが、月夜野社長に不老を見てしまい自信がなくなったぐらいだ。それと話に聞く怖さはなかったが、

『それはちゃうやろ。石鎚の走り屋連中の怯えようを忘れたんかい』

 そうだった、そうだった。あの連中がその場だけでなく、今でも怯え切っているからな。チームも解散して、今では平和にツーリングをやっていると聞いて驚いた。

『女神は信じた人に対して恵みを与えるって話かもしれんな』
『だったら、宿代だけじゃ寂しいな』
『アホ言え・・・』

 加藤が言うには、オレたちを信じたからこそ接近し、認めたからこそ、あのバイクの秘密をあそこまで教えてくれたはずだとしていた。その上、試乗までさせてくれたのは半端な厚意じゃないとした。

 たしかにそうで、オレたちの事を避けたいのなら、宿ぐらい簡単に変えられたはずだ。バイクの謎も話してくれなければ永遠にわからなかったはずだ。それだけじゃない、その気になれば、吹けば飛ぶようなオレたちのようなユーチューバーなど、社会的に抹殺するのは赤子の手を捻るより容易のはず。

『惚れられたとか』
『おう、抱いてもエエとまで言ってたやんか』

 あの言葉を信じて抱いていたら・・・あそこまで酔わされたら無理だったがな。まあ言葉の遊びだが、なぜか好意を持ってくれたのだけは間違いない。ここは敵意をもたれなかったから、命拾いしたのかもしれない。


 今から考えても夢のような時間だったが、あの二人の女神はオレたちに何かを伝えたかった気がする。バイクの正体をこれ以上は追うなを伝えたかったのもあるだろうが、それだけならわざわざ会って話までする必要はないはずだ。

 オレたちに伝えたいのならバイクについてのはずだ。そりゃ、オレたちに政治や経済の話をしたところで意味がない。いくらそれでオレたちを動かしたところでなんの力にもならないからだ。

 バイクを取り巻く環境は甘くない。はっきり言わなくとも日本のバイクのマーケットは縮小の一方だ。メーカー的には海外輸出でカバーしているが、海外の主力は実用バイクだ。これは日本でもそうだ。

 だがクルマよりはマシとは思っている。クルマは完全に飼いならされてしまい、実用品としての存在価値しかない。それが全部悪いとは言わないが、月夜野社長はこう言っていた。

『つまらんやん』

 バイクはクルマと較べるとシンプルな乗り物だ。自転車にエンジン付けて走らせたのが原型のはずだ。実用バイクも作られたが、クルマに較べて安価だから、若者が飛びついた時代がある。

 そうだあのバリ伝の時代だ。ところが日本では暴走族の問題が過度に重視され過ぎて、抑圧というより弾圧が繰り返されたとなっている。その結果として、世界一のバイク生産国であるにも関わらず、実用バイク以外は目の仇にされてしまった。

 日本の暴走族排除が何をもたらしたかだが、若者をバイクから遠ざけただけでなく、バイク文化さえ貶めたと考えている。バイクのレースなど暴走族の成れの果てがやっているヤクザなスポーツぐらいの認識だ。

 だが欧米のバイク文化は違う。バリ伝にもあったが、WGPのライダーの社会的地位は高く、誰もにリスペクトされる存在だ。だったら欧米に暴走族もどきがいないかと言えばそうではない、これまたバリ伝にもあったピレネーの賭けレースだ。

 暴走族が好ましい存在だとはオレも思わないが、それを含めて許容するのがバイク文化だ。これはバイク文化だけの特異な話じゃない。オリンピック種目にもなっている柔道や、空手だって、これを習得して悪用する連中は必ず一定数は存在する。悪用する連中がいるから空手や柔道の撲滅運動など誰も考えないはず。

 バイク文化への日本の姿勢こそ特異すぎたと思う。あれは頂点のレーサーの地位を高めることが必要だった。それを叩き潰した結果としての今があると思っている。そうだ、そうだよ、だったらあきらめるかの話だ。

 月夜野社長はバイクもまた飼いならされてしまうのを憂いている気がする。謎のバイクを作った経緯を聞かせてくれたが、あんなバイクになってしまったのではなく、最初からあんなバイクにする気だったとしか思えないんだよ。

 あのバイクのコンセプトはバリ伝の時代のものだ。ありったけの最新技術を詰め込んで、ただ走ることだけを考えたバイクだ。尖がりすぎているために、メリットの引き換えにデメリットもまたテンコモリあるってことだ。

 バリ伝の時代はメリットが何より重視され、デメリットは腕で乗りこなすのがバイク乗りの誇りだったのだ。ケニーのYZRも、フレディのNSもそうだったはず。常人ではとても乗りこなせないようなバイクで、WGPの覇権に鎬を削ったからこそリスペクトされ伝説になったのだ。

 今はどうだ。デメリットを打ち消すことがコンセプトだ。これも一概に悪いと言えないが、メリットを平気で犠牲にしてまでデメリットを打ち消しているだけじゃないか。デメリットを打ち消した末にあるのはなんだ。今のクルマ同然に自動運転で整然と走るのが理想なのか。

 バイクは違う、絶対に違う。バイクは飼いならされてはならない乗り物だ。そんなバイクに誰が乗る。飼いならされたバイクでは、この世から消え去るだけとしか思えない。その流れを変えるのがバイク乗りの使命のはずだ。

 オレにしろ、加藤にしろ、しがないモト・ブロガーだ。しがないとは言えモト・ブロガーだ。ただのバイク乗りより声は大きいはずだし、オレたちが声を上げずに誰が上げるだ。月夜野社長はそれを託したかったのかもしれない。キリスト教では、

『人はパンのみに生くるにあらず』

 こうなっている。パンとは物質的なもの象徴で、精神的な充実も必要ぐらい受け取る。もっとも聖書では、この言葉に引き続いて、

『神の口から出る一つ一つの言葉による』

 これが入ると説教臭くなる。だがな、神ってなんだ。キリスト教ならイエスか。イスラム教ならアラーか。仏教なら御仏か。だがな月夜野社長だってエレギオンの女神だ。どの神の言葉を聞こうがオレの勝手だ。加藤も、

『キリストはんや、お釈迦さんには会うた事もあらへんけど、エレギオンの女神には会うて話までして、メシまで奢ってもろてるやん。誰を信じるか言われたら女神しかおらへん』

 オレもそうだ。信じられる神は女神だ。なにが出来るかは、これからだが、これこそがオレの一生の目標になる。

『月夜野社長や如月副社長はバリ伝の時代を肌で知ってるな』

 そんな気がする。だがバリ伝の時代のそのままの再来ではないはずだ。いかなる時代も過ぎてしまえば、二度と取り戻せない。取り戻したいのは熱気のはずだ、どう言えばわからないが、今の時代にあのバイクへの熱気を取り戻したいはずだ。

 バイクの魅力はレースだけじゃない。ツーリングだけじゃない。それも含めて自分で風を切って自由に走らせることだ。自動運転が欲しければクルマでも、電車でも乗れば良い。そうじゃないのがバイクだ。

 飼いならされる時代はいらない。バイクこそ自由へのツールなのだ。誰が羊になるものか、狼の気概こそ若者の特権だ。

ツーリング日和(第32話)バイクの秘密

 帰りは九州縦貫道から山陽道に。しまなみ海道と走って松山に帰宅。帰宅してからもビデオの編集に没頭。加藤もそうで、一週間ぐらいはPCと格闘していた。これをやらなきゃ、食べられないからな。

 ビデオ編集が一段落し番組を上げれる段階になったので、無理やり考えるのを押さえつけていた謎のバイクの事を考えていた。短時間しか乗れなかったが、加藤の言うアクティブサスはある気がした。

 とくに加速した時、今から思い出してもゾッとするような代物だったが、急にフロントの接地感が無くなったからな。たぶんウィリーぎりぎりの状態だった気がする。これがゆっくり流すと、あきらかにサスどころかダンパーの動きまで変わった気がした。

 車体の剛性は高いと思う。カーブなんか怖くて試せなかったが、加速からブレーキをかけた時にキシミすらしなかった。だが、低速で走るのは苦手そうな気がした。というか、高速が得意とも言えないか。

 たしかに物凄い加速をするが、あの加速をコントロールしながらのコーナーワークはすぐには出来ないな。旋回中にうっかりスロットルを開けたりすれば、横滑りが発生するだろうし、下手にスロットルを戻したりすればハイサイドで飛んでいく。

 その辺の制御がどうなっているかを見たかったが、命だけでなく、破産と天秤と思うと出来るものか。低速コーナーで無理せず安全なコーナーリングをあの二人はやっていたから、その辺のコントロールは苦手なのかもしれない。

 あの二人も言っていたが、ガチガチのレーサー仕様を無理やりツーリング用に改造したような感じかもしれない。それも現代のレーサー仕様でない、それこそケニー・ロバーツが使っていたようなマシンをだ。

 あのバイクの失敗はエンジンをロータリーにしたことだろうな。それも低速で極端にトルクが無くて、ある時点から鬼のように回りだすセッテイングだ。それもだ、

『あいつら4ローターにするなんて言いだしよったから却下した』

 馬力の謎も判明した。1ローターで二五馬力の3ローター、七五馬力ってなんだよ。だいたいだぞ、PWRが〇・二六なんて化物なんてものじゃない。人込みでも彼女たちなら〇・八だ。

 もう一つ謎があった。加藤も指摘していたエンジンの過熱だ。どうみても水冷でないのはラジエーターがないだけでもないだけでわかる。125CCの3ローターとはいえどうやって解決したのかだが、

「ああそれか。最初は真冬でも暖房になるぐらい熱かってんよ。そやから水冷にせいって言うたんやけど」
「意地でも水冷にしてくれなかったのよ」

 採用されのは油冷だったのか。そんな冷却方式がかつてはあったと聞いている。メリットは水冷に較べるとコンパクトになる点だが、冷却方式としては水冷に劣るので滅んだ技術のはず。

「劣るんは間違いあらへん」
「だいぶマシになったけど、気を遣うのよ」

 ロータリー・エンジンの冷却はローターをオイルで冷やし、ハウジングを冷却水で冷やすと加藤は言っていた。それをハウジングまで油冷にしていたというのか。オイルクーラーも実物を見るとサード・パーティ品より明らかに大きい。

 水冷にせず油冷にしたのは改造がバレないようにする配慮と思われるが、良く出来たものだ。それでも無理がありそうな気がするが、それをなんとかしてしまったのが科技研と言うしかないのかもしれない。

 おそらくエンジン本体にも相当な工夫が凝らされているのだろうが、そこまでになるとオレが聞いてもわからないだろう。これもおそらくぐらいしか言えないが、エンジンオイルも特製なんだろうな。


 素直に思ったのだが、エンジンはそのままにして、その他の軽量化だけやった方が良かった気がする。チタン合金のエンジンもトンデモないが、エンジンをチタン合金化するだけで一八キロぐらいに軽量化する。他もあのままの軽量化なら車体重量は五十キロ切る気がする。たとえ十馬力でも、それだけ軽くなれば、

『後の祭りや』
『エンジンから始めちゃったもの。わたしに言わせれば、エンジンもそのままで、他の軽量化だけでも十分だったはずなのに』

 そうだよな。資金を湯水のように使った天才集団の趣味の塊のようなバイクだ。あの軽量化の秘密も聞いたのだが、

『エンジンとタンクとブレーキ・ディスクとかはチタン合金やけど、フレームも、マフラーも、チェーンもスプロケも、ギアボックスもカーボンやねん』

 チタン合金とカーボンで出来上がったバイクとは恐れ入った。だがマフラーはともかくチェーンやスプロケ、ギアボックはカーボンでは耐久性の問題が、

『あれか。カーボン・ピコ・チューブの試作品やねん』

 カーボン・ピコ・チューブの噂は聞いたことがある。カーボン・ナノ・チューブでも重さがアルミの半分で強度が鋼の二十倍なのに、これがピコチューブになればさらに千倍以上の強さを持つ可能性があるとされてる。もちろん最先端も良いところの研究だが、その試作品があるのがさすが科技研だが、

『試作品と言ってもね・・・』

 まだまだ研究中も良いところらしく、最先端の実験室でごく少量作られるものをかき集めて作ったとか。考えただけで空恐ろしいほどの手間とヒマとカネが・・・

『あんなもの実用化までには、まだ五十年は無理に決まってるじゃない』
『そうやねん商売にもつながらん。エンジンかってアホかと思うけどアルファ型チタン合金の削りだしや。その削りだし機械だけでいくらかかったか』

 たしかに。サードパーティのカスタム・グッズとして売るには、バカみたいどころか天文学的に高くなるってことか。でもあのサスペンションシステムは、

『ああ、あれか。マルチやないで・・・』

 低速域の改善はセッテイングだそうだ。それがある速度ゾーンに入るとサスやダンパー、エンジン出力を制御する仕組みで良いようだ。

『汎用化なんて頭にも置いてへんから、商品化するのは遠いんよ。そもそもうちは、バイクもクルマも扱っとらへんし』
『乗りにくかったでしょ。あれはわたしとコトリに特化しすぎたセッティングだからなの。そもそもプログラムからして二台はまったく別なのよ。考えた人が違うから』

 だったら、だったら、もう一度、エンジン以外の軽量化で作ったら理想のバイクが出来るはず。

『わかっとらへんな。そんなもん作ってくれるかい。あいつらはロータリーを使うから熱中してくれてるんよ。馬力だけは出るけど、後は欠点だらけのエンジンやから、面白がってやってくれてるだけや』
『科学者って気まぐれなのよ。というか、気の向くように誘導するのが大変な人種なの。このバイクも欠点が多いけど、良い息抜きになってくれてるから安いものよ』

 安いって、純金よりはるかに高いバイク。

『あれこれやってるうちに、おカネになる新技術が生まれるかもしれないでしょ。あのバイクから直接生まれなくても、どこかのアイデアにつながるかもしれないじゃない。研究ってそんなものなの』

 それも経営の一端とか。

『そういうこっちゃ。とりあえず走るから満足してるし』
『だいぶ慣れたしね』

 あの二人に言わせると、のんびり走らせるのが一番コツがいるそう。

『悍の強い馬に乗っとるようなもんや』

 バイクを馬に例えるのは昔からあるが、

『杉田さんは若いから知らへんかもしれんが、昔の大型バイクは乗りにくかってんで。馬力だけはあっても、曲がるんに一苦労してんよ。それを乗りこなしてこそバイク乗りって言うとったんや』
『そういうこと。エンジンだってかけるのにコツがいったの。今のバイクは良く出来てるけど、乗りこなしていく楽しみが少ない気がする。そういう意味では楽しいバイクよ』

 EBバッテリーの登場はクルマを変えてしまった。とにかくEBバッテリーは高いから、それ以外でコストダウンのために、モーターを始めとする部品の全メーカーの共通化を国策もあって一挙に押し進めてしまった。

 お蔭でコストは抑えられたが、どこのメーカーのクルマも一皮剥けばすべて同じだ。オレもそうなってしまった時代は記録でしか知らないが、安全性、経済性、環境重視からクルマは実用性さえあれば良いとなってしまったぐらいしか言えない。

 自動運転も大歓迎され、各種安全装置も全車共通、高速だけでなく一般道でも自動運転義務ゾーンは増えている。高速を自分の手で運転したければ、居酒屋の大将のようにガソリン仕様の旧車をレストアするしかない。あれは文化財保護法みたいな法律で認めらているそうだ。


 バイクがクルマのようにならなかったのは、EBバッテリーが高すぎてコスト・ダウンの余地がなかったのが一つだ。それにバイクで自動運転は無理だ。一時研究されたそうだがライダーの関与する部分が大きすぎてあきらめたそうだ。

 もっと根本的な違いはバイクは実用性より趣味性が高い乗り物だ。原付のスクーターやカブならまだしも、中型以上のバイクに実用性は求めない。走って楽しみたいから買うのがバイクだ。

 さらにクルマで望まれる快適性はゼロだ。日ざらし、雨ざらしだし、気温の変化も直撃だ。すべては走る事の楽しさのためにのみ存在する。それを忌む人は最初から乗ったりしない。

 それでもバイクにも規制がかかっている。エンジンの進歩だ。おそらく二十一世紀の初めぐらいから、ほとんど変わっていないとして良いだろう。燃費とかは良くなってるし、環境対策も進んではいるらしいが、走る楽しみとしての進歩は無きに等しい、むしろ後退している気がする。

 だからバリ伝の時代と今でも、驚くほどにはバイクの差が少ないと言えると思う。オレもあの時代の話を読んだが、バイクを乗るなら、あんな時代の方が良かったかもしれないと思ったぐらいだ。

『バイクは自由なのよ。クルマみたいに決められたルールでしか走れない代物じゃない。それが楽しいのじゃない。あなたもモト・ブロガーなら、そこを発信すべきだと思うよ』

 これもいつしか忘れていた部分がある。オレの根本はそこだ。バイクの楽しさを発信し、これをわかってくれる人を増やす事だった。

『まだまだ時間はあるで。EBバッテリーのこれ以上の量産は当分無理や。バイクがモーター化されるには、そこまでは無理やってことや』

 どれぐらいと聞いたのだが、

『杉田さんが生きてる間は余裕で無理やな』
『そうね、孫ぐらいじゃないかしら』

ツーリング日和(第31話)女神たちの夜話

 一時間後にホントに来た。

「お邪魔します」
「こっちもエエ部屋やんか」

 瓶ごと焼酎を抱え、

「あては漬物で我慢してな。もうてきた」

 皿に盛られた漬物。こっちはかなり酔ってるのだが、二人組はおかまいなし。

「明日もあるから二本ぐらいにしとこか」

 やや背が高い方がコトリさんで、低い方がユッキーさん。広大生の言ったとおりだ。コトリさんはニコニコ微笑みながら、

「加藤さん。あれこれ調べとったみたいやけど、だいたい当たりや」

 どうしてそれを、

「コトリもユッキーも商売が商売やから堪忍してよ。奥琵琶湖の帰りに付けて来たから、ちょっと調べさせたんや」

 それって、CIA並とも呼ばれるエレギオン調査部。

「まあ、そうや」
「じゃあ、オレたちがこの宿に泊まるのも調べた上で・・・」
「それは偶然よ。ここは単に泊まりたかっただけ」

 本当なのか。急に酔いが醒めて来た。これから女神に逆らったものへの罰が下るとか。

「あんなもん都市伝説や。せっかく会ったんやから話がしたなっただけや」
「だって女二人で飲んだり食べたりするより、男が入った方が楽しいでしょ」

 そこからも焼酎をグイグイと煽りながら、

「あのバイクに興味を持つのはわかるけど、出来たら秘密にしておいて欲しいな」
「コトリからもお願いや」

 二人が言うには、ツーリングを純粋に楽しみたいためにあのバイクを作ったそう。

「あれって元のバイクはちょっと非力やろ」
「そうなのよ。だからちょっとだけパワーアップしたかっただけなのよ」

 その予定だったのが、相談したところが悪かったとボヤく、ボヤく。

「あれって製作費は青天井と聞きましたが」
「そこまで聞いとったんか。おしゃべりやな」
「ミサキちゃんなんて呆れちゃって、純金のバイク買うより高いってね」

 そ、そんなに、

「純金なら一台分やな」
「それはサークル費を誤魔化してミサキちゃんに怒られた分でしょ。その十倍は軽くかかってる」

 ちょっと待った。純金二十キロで二億ぐらいのはずだから・・・だが聞いてるとロータリーエンジンだけでも、

「鉄じゃ重いってチタン合金にしてもたもんな」

 エンジンなんて五キロぐらしかないとか。

「あのサスペンション・システムは」
「あれやけど・・・」

 想像していた通り、あまりの軽量化と、ハイ・パワーと異常なほどのピーキーさで、

「死ぬかと思うぐらい運転しにくかってんよ」
「だよね。こっちはのんびりツーリングしたいだけなのに、レーシング・マシーン作ってどうするかと思ったもの」

 それでどうなったかだが、

「コトリもユッキーも電気仕掛けはあんまり好きやないんやけど、妙な電子制御付けよった」
「無いとまともに走れないし、とにかく燃費悪いし」

 今でもクセが残っているみたいでボヤく、ボヤく。

「あんな変態趣味の連中に任せたのが失敗だったのよ」
「そういうこっちゃ、青天井言うたらホンマに青天井でカネ使いよる。マッド・サイエンティストに余計な餌やったようなもんや」

 おかげでボーナスが飛んだって・・・どんなボーナスもらってるんだよ。それにしてものセッティングの変化だが、

「コトリも詳しいとこまで知らへんねんけんど、なんかAIらしいで」
「篠田博士だけでなく、天羽博士も協力したって言ってたよ」
「ハンティング博士なんか途中からノリノリだったって言うし」

 それって科技研どころか世界の至宝みたいな科学者たち。

「ここまで教えたんだから、協力して欲しいな」
「ツーリング先で取材攻勢に遭うと厄介なんよ。バイク乗りならわかるやろ」

 オレも加藤も謎のバイクがエレギオンに関係している時点で手を引いた話をすると、

「嬉しいなお礼せんといかんな」
「そうね今晩燃えてみる」

 男だから心が動いたものの、あれだけ飲まされて到底無理。

「一つだけお願いがあるのですが・・・」

 二人は顔を見合わせて、

「どうしてもやったらかまへんけど」
「壊さないでね。作り直すの大変だから」

 翌朝に、

「基本は普通のバイクやけど、無暗にスロットル開くと飛んでくで」
「そうそうブレーキは鬼のように効くから注意してね。発進もクセあるから」

 まず持ち上げてみると、ホントに軽い。たしかに二〇キロぐらいだ。始動はキックだったな。なんだこれ、エラくかかりにくいぞ。十回目にやっとエンジンがかかった。なんでセルにしないんだろう。

 さて発進だけど、こりゃクセ強いな。それでもギクシャクしながら発進できたが、加藤はエンストか。あははは、一度エンストすると下りてキックしないといけないのか。加藤は三回目にようやく発進。

「杉田、ところでこれ何速やねん」
「聞いてなかったな。オリジナルは四速だが」

 とにかくアクセルワークが神経質で、少しでもスロットルを開けるとタコメーターの針が飛び上がる。クラッチも繊細過ぎるほど。

「杉田、待ってくれエンストや」

 おいおい、止まったら、また発進しないといけないじゃないか。

「ところで、もしこれ壊したら、修理費用っていくらするんやろ」
「億じゃ、利かないだろうな」

 あの石鎚や、小浜での加速を試してみたいが、

「杉田だけやってくれ、もう怖うて乗ってられへん」

 この直線でやってみるか。転んだら破産だな。

『キィーン』

 な、なんなんだ。予測していたつもりだが、これはあまりにも異質だ。バイクの加速とは違う。そうか、車体重量が軽すぎるからか。バイクではなくオレが突き飛ばされてる感じになっているのかもしれない。

 いかん、もうコーナーが迫ってきた。ブレーキは効くとは言っていたが、下手な効き方をされればお陀仏だぞ・・・まずい、かけ過ぎたか・・・こりゃ凄いブレーキだな。効きもそうだが、どんなABSを積んだらこうなるのか。こんなの初めてだ。

 よく転ばなかったものだ。冷や汗かいた。加藤がやらなくて正解だな。こんなもの十分や二十分乗ったぐらいで慣れるような代物じゃない。それにしても、こんなものを追っかけてたのか。転ぶ前に帰ろう。宿に帰るとあの二人組が待っていた。

「ちょっとクセあるやろ」
「これでも、だいぶマシになったのよ」

 あの二人は阿蘇の噴火口とか回りながら、やまなみハイウェイから大分港に向かうと言うので、ここでお別れ。

「またお会いできますか」
「縁があったらな」
「バイクに乗っていれば、また会えるわよ」

 彼女らを見送ってから、会計をしようとしたら、

「既に頂いております」

 口止め料かな。こっちも帰るか。

ツーリング日和(第30話)出会い

 朝食を番組録画してから、

「仕事は終わりにしようや」
「悪いがケニーロードをもう一回付き合ってくれ」

 昨日のビデオを見ていたが、ちょっとアイデアが浮かんで、

「荷物下ろしてまうんか」
「ここのコーナーを本気で攻めてみる」

 ハングオンとドリフトだ。何か所か場所を変えて撮って、

「気持ちはケニーとフレディか」
「編集の時に使えそうだからな」

 午前中は撮影に費やして、

「時間もあるからケニーロードを下って、ミルクロードを駆け上がろうや」
「それイイな」

 ミルクロードを駆け上がってから昼食をとり、中岳の観光に。

「なんかツーリングと言うても、仕事ばっかりやったから、こういう勝手気儘さを忘れそうになってたわ」
「そうだよな。オレたちはこういう楽しさを伝えなきゃいけないのに、こっちが仕事の段取りばかりを考えて額に皺寄せて悩んでたら、撮れた絵も楽しくなくなるよな」

 その後も思う存分走りまくって、

「早いけど宿に行こか」
「産山温泉だったな。それにしても温泉三昧なんて久しぶりだな」
「松山住んでるのにな」

 温泉宿へのコースを進んでいると、前を走る加藤から、

「前のバイクを追い抜くけど、ちょっと派手にやるぞ」

 安全運転の加藤にしたら珍しいと思ってたら、

「あのバイクって」
「そうや、謎のバイクや。後ろ付けたりしたらストーカーやと思われる」

 豪快に追い抜いて宿に。駐車場で宿泊に必要な荷物を取り出すために荷解きをしていたら、

「来てもたやんか」
「わぁ、どうする?」

 謎のバイクはオレたちの隣にバイクを停め、

「あんたらも泊りなん?」

 わお、声をかけられた。どうも謎のバイクの二人組もここに泊まるようで、バイクをここに停めても良いかの質問だった。そうだと答えると、

「ここのご飯って、お食事処やんか。コースは何にしたん」

 囲炉裏料理だと答えると、

「一緒やん。じゃあ、また後で」

 間違いない、石鎚で会ったあの二人だ。それにしても美人だ。加藤も震えながら、

「あれが女神の美しさか」
「あんな美人に写真を撮らないように頼まれたり、石鎚の事件を伏せるように頼まれたら」
「二つ返事でOKするわ」

 部屋に入っても夢見心地だったが、

「とりあえず風呂入ろ」

 確認すると風呂は大浴場は露天風呂と内風呂。

「えっと、七時まで男は内風呂のかぼちゃの湯やな」
「露天風呂はご飯の後だな」

 まだ三時過ぎ、風呂も二人だけだったからノンビリと。

「杉田、どうする」
「どうするも、こうするもない。一緒にメシ食うだけだろ。どうせテーブルは違うだろうし」

 風呂からあがると、昨日からのツーリング、キャンプの疲れが出てきて、二人とも昼寝。こんな時間を過ごすのも贅沢で良いな。腹が減ってきて目が覚めると既に夕方、お食事処へ。黒光りのする床板に囲炉裏は風情があるな。

 席に案内されてしばらくすると、あの二人組もやって来たのだが、部屋に入っただけで華やぐのがわかる。浴衣がホントに良く似合う。するとオレたちを見つけて、

「一緒に食べよ」
「エエやろ」

 宿の人になにやら交渉すると席替えになって四人で囲炉裏を囲むことに。

「えらい、人懐こいな。ホンマにエレギオンの女神やろか」
「綺麗さは間違いないけど」

 食事は自家製梅酒と、小鉢二皿、前菜の八寸盛りが並べられ、まずは梅酒で乾杯。

「コトリ、漬物みつくろってきて」
「よっしゃ、あんたらもお任せでエエか」

 ここの名物みたいで、三十種類ぐらいの漬物バイキングがある。コトリと呼ばれた女性は手際よく四人分を盛り付けるとオレたちにも配り、

「最初はビールでエエか」

 あっと言う間にビールを空にして、吸い物も出てきて、

「熊本言うたら、やっぱり焼酎やな」
「もちろんよ。へぇ、焼酎にも吟醸ってあるんだ」
「ここエエで、ボトルで出してくれるやんか」

 飲むかと誘われるとOKしたのだが、

「吟醸ってなってるから、割ったら意味ないよね」

 いやぁ、冷やでグイグイだぞ。そう言えば広大生も夕食を一緒にした時に日本酒を一升瓶単位でオーダーしてたと言ってたはず。次に焼き物とお造りが出てきたが、

「お造りって馬刺しなのね」
「溶岩焼きは趣向やな」

 囲炉裏の上で焼きながら食べていると、

「産山の赤牛だって」
「馬刺しも本場やな」

 あっと思う間もなく、

「追加お願いしま~す」

 出来るかと思ったら、コトリさんがなにやら宿の人と交渉したら、ゴッソリって感じで出てきたのに魂消た。

「これぐらい食べないと来た意味がない」
「そうやで、食べてよ。それから焼酎お代わり四本持ってきて」

 その間に鮎の塩焼きと野菜の天ぷらも出てきたが、

「天然やな」
「天ぷらもカラっと揚がって、シャキッとした歯応えがイイね。鮎と天ぷらお代わりできますか」

 牛飲馬食とはこの事かとあきれるぐらいだ。そこから、だご汁とご飯だが、

「釜炊きじゃない。それも、山菜の炊き込みご飯だ」
「漬物との相性もバッチリやな。だご汁も乙なもんや」

 こっちはもう腹が苦しいのだが、一粒残さず平らげて、

「どないしたん。えらい小食やな」
「遠慮しなくても良いのに」

 遠慮じゃないって。デザートのおはぎも、

「この手作り感が良いね」
「なんぼでも食べられそうや。お代わり頼むわ。出来たら十個ぐらい」

 まだ食うか。食事がようやく終わると、

「後で部屋に行くわ」
「飲み直しましょうよ」

 これからかぼちゃの湯に行くから、一時間後に部屋に来ると言ってお食事処を出て行った。

「杉田、とりあえず苦しい」
「オレもゲロ出そうや」

 オレも加藤も良く飲み、良く食べる方のつもりだが、

「ありゃ、桁外れやな」
「ああ、食べる量もそうだが酒もだ。酔い潰して襲うなんてしても、こっちが潰される」