ツーリング日和(第34話)ツーリング日和

 今日もユッキーとツーリングや。まずは港島トンネルを抜けて国道二号線を走り、

「次の交差点やな」
「らじゃ」

 六甲山トンネルを目指すで。ホンマこの坂上がるためにナンボかかったことか。まあ、ラクに上がれるから文句もあらへんが、六甲山トンネル抜けたら唐櫃に逆落としや。

「義経じゃないんだから」

 こっちの坂も一二五CCで登るんやったらきついんよな。そこから三田まで有料道路を快走や。篠山駅の傍を走り抜けるけど今日は篠山観光はパス。前来たからな。そこから一路福知山や。ちょっと早めやったけど腹ごしらえ、

「走り屋にはファミレスね」
「そんなセリフ、誰も覚えとるか」

 頭文字Dやけど、コトリたちは走り屋やないし、バイクや。福知山はまず福知山城や。

「光秀が築いたのね」
「三年しかおらんかったみたいやけど、安土城みたいに天守閣に住めるような構造やったらしいで」
「大坂城もそうだったけど、どうして廃れちゃったのかな」

 さすがにコトリもよう知らんけど、やっぱり不便やったんちゃうかな。日本の古い時代の屋内階段はスペース節約が最優先されたみたいで、とにかく急なんよ。梯子みたいなとこもあるからな。

「そうね。西洋風の大階段なんて見たこと無いものね」

 上の階の方で暮らしたら、腰元みたいなのがメシ持って上がるのも大変やろけど、殿様かって、

「そうよね、トイレが各階にある訳じゃないものね。催したら安土城の最上階から下まで行かないと出来ないのか」
「バリア・フリーの真逆やから歳取ったら大変やろし」

 それやったら別に御殿建てた方が生活するには良くなって。天守閣は攻められた時の展望台になってもたぐらいやと思う。姫路城なんか倉庫みたいやもんな。

「次は?」
「元伊勢内宮」

 ついでに言うと元伊勢外宮もある。社伝によると天照大神は宮中に祀られていたんやけど崇神天皇の三十九年に移って来たとなっとる。ここもおもろうて日本書紀には、

『天照大神・倭大國魂二神、並祭於天皇大殿之内。然畏其神勢、共住不安。故、以天照大神、託豊鍬入姫命、祭於倭笠縫邑』

 大雑把に読み下したら、天照大神・倭大國魂の神さんは天皇の宮殿で祀られとったなっとる。そやけど崇神天皇が神様の勢いが強すぎてビビってもて、一緒の宮殿のおんのが怖なってもたんや。

 ほいでもって天照大神を豊鍬入姬命に預けて笠縫邑で祀らせたとなっとる。これが崇神天皇六年の話しや。笠縫邑がどこやったかははっきりせんとこがある。

「でも元伊勢って結構あるよね」
「とにかく伊勢のあそこに落ち着いたのが垂仁天皇の二十五年となってるねん」

 これも日本書紀にあって、

『離天照大神於豊鍬入姫命、託于倭姫命。爰倭姫命、求鎭坐大神之處而詣菟田筱幡筱、更還之入近江國、東廻美濃、到伊勢國。時、天照大神誨倭姫命曰「是神風伊勢國、則常世之浪重浪歸國也、傍國可怜國也。欲居是國」故、隨大神教、其祠立於伊勢國』

 ちょい長いんやけど、豊鍬入姫命から天照大神が離れたってあるから豊鍬入姫命は死んだんやろ。そやから垂仁天皇は倭姫命に天照大神を預けとるんよ。そこから天照大神の居場所探しのために、近江、美濃、行ってから伊勢に行ったとなっとる。ほんだら天照大神が気に入ったって言うたから今に至るみたいな内容や。

「天照放浪記みたいなものね」
「なんでそうなったかようわからん」

 なんかもめ事があったんやろけど、

「まるで祟り神扱いだもの」

 ユッキーの言う通りやけど、おかげで元伊勢神社がテンコモリ出来て、ここもそうやってことや。ホンマにここが天照が祀られとったかは、わからんけど、結構放浪してるから可能性はあるぐらいや。

「なんかの地域振興策だったとか」
「かもな」

 福知山観光はこれぐらいで切り上げて、バイクは天橋立や。まずは天橋立ビューランド。モノレールもあるけど、ここはリフトで上がって股のぞきや。桜の頃は綺麗らしいわ。股のぞきが済んだら、

「コトリ、天橋立ってバイクが通れるの?」
「原付はな。そやから来たようなもんや。人多いから気いつけてや」
「らじゃ」

 渡りきったら元伊勢籠神社。ここは丹後の国一之宮や。

「ここも元伊勢なのね」

 ここの伝承もおもろいねんけど、元々は豊受大神を祀っとったみたいやねん。豊受大神言うてもピンと来い人もおるかもしれへんけど、伊勢の外宮の神様や。この神様は伊勢の外宮におるわりにはマイナーな神様やねん。

 だってやで天照大神はスターやんか。並び立つぐらいやから、神話でもなにか派手なエピソードがありそうなもんや。

「それはわたしも思ってた。内宮が天照なら外宮は月読ぐらいがバランスじゃない」

 その組み合わせやったら日と月になるもんな。豊受大神もあれこれコジツケが後世にされてるけど、一番真相に近そうなのが丹後国風土記逸文や。元伊勢籠神社の奥宮に真名井神社がるんやけど、そこに羽衣伝説がある。

 定番の羽衣を隠されてやけど、なんやかんやとあった末に地上に留まる神となったのが豊受大神となってるんよ。そやねん、豊受大神は元は丹後の女神さんやった事になる。

「なるほどね。天照は天の神で、豊受は地の神の組み合わせってことね」

 豊受大神は豊饒の神やから、天照が天の恵み、豊受が地の恵みぐらいかもな。そやけど元伊勢籠神社の社伝を信じれば、この二人の神は丹後で初めて出会ったことになる。豊受大神の縁を頼って笠縫邑から来たって言うから、豊鍬入姫命が連れて来たんやろな。

「コトリ。思うんだけど、天照大神って豊鍬入姫命とイコールだったんじゃない」
「依代ってやつか」

 かもしれんな。卑弥呼もそんな感じやし。崇神天皇が恐れたって言うのも、依代の豊鍬入姫命の言葉の方が自分より権威があったんかもしれん。つうかコントロール出来へんかったんかもしれへんな。神託政治の時代みたいなもんやし。

「大和を追い出されたのを豊受大神が引っ張り込んだか」
「それとも監禁したか」

 ありそうな話かもしれん。殺したら祟りが怖いけど、そばにおって神託乱発されても困るぐらいや。あれだけ転々とさせられたんも、都から少々離しても天照の神託が乱発されるから、場所替えして宥めとったんかもしれん。

「天照が伊勢に落ち着くまで九十年となってるけど、あれって豊鍬入姫命と倭姫命の二代の話じゃないかなぁ」
「やろな。伊勢に落ち着いたのは倭姫命の依代機能が無くなったか、倭姫命が亡くなって依代の後継者が途絶えたのかもしれん」

 さて次やけど。北上していって、

「伊根の舟屋に行くで」
「見たかったんだ」

 コトリもや。今日のメインかもしれん。おっとここやな、

「遊覧船もあるんだ」
「舟屋は海から見んと意味ないやろ」

 遊覧船の二階のデッキに上がって。

「海が綺麗」
「カモメも多いな」

 カモメが多いのは船から餌やり出来るせいやけど、

「これだけ居るとヒッチコックの鳥みたいじゃない」
「ユッキーも古いな。カモメと言えばジョナサンやろ」

 どっちも人の感覚からしたら古すぎるやろうけど。ほうっ、あんだけ舟屋が並んどるとは驚いた。観光地の常でチョロっとかと思たけど、こりゃ、ズラっとやな。

「和風ボートハウスみたいなものね」
「よっぽど波が静かやねんやろな」

 遊覧船が終わると伊根の街を走り抜けて、

「奥橋立伊根温泉ね」
「なかなか風情がありそうなとこや」

 天橋立ぐらいやったら無理したら日帰りできるんやけど、こういうとこで一泊するのは贅沢やな。ほう、さすがにリッチやな。全室露天風呂付か。まず大浴場に入って夕食。まずまずやな。部屋に帰ってから、今度は部屋の展望露天風呂や。

「リッチして正解ね」
「おう、ビール飲もか」