宇宙をかけた恋:女神の招集

    『コ~ン』

 今日は女神の集まる日。なぜか女神じゃないアカネも顔を出してるけど、逃げたくともマルチーズの刑が待ってるから出席。あれっ、今日は新しいお客様みたいだ。

    「アカネさん、いらっしゃい。紹介しとくね。こっちが霜鳥梢さん。常務をやってもらうわ」
    「じょ、常務ですか?」
    「そうよ、見てもわかんないかな。ミサキちゃんだよ」
    「こ、香坂常務ですか」

 三座の女神だ。

    「こちらが夢前遥さん。専務になってもらうの」
    「もしかして結崎専務」
    「ピンポ~ン、当りよ。シノブちゃんだよ」

 四座の女神だ。これでエレギオンの五女神のそろい踏みだ。

    「二人ともしばらく休学にしてもらってる。さすがにエラン相手に社長業の片手間に対応するのは大変だからね。それと休学中はここに住んでもらうわ。もちろん事件が片付けば花の女子大生に戻ってもらう」

 エレギオンHDもついに臨戦態勢に入るってことみたい。しっかしなんて呼べばイイんだろ。

    「えっと、えっと、香坂常務じゃなかった、霜鳥常務」
    「アカネさんも三十階仮眠室のメンバーになられたそうですから、ミサキとお呼びください」
    「私もよ、シノブって呼んでね」

 なってない、三十階のメンバーなんかになってない。来ないとマルチーズにされるから来てるだけなのに。もう抜けられないんだろうか。そうこうしてるちに、

    『カンパ~イ』

 さすがに五人そろって食べ出すと壮観。料理がみるみるなくなっていく。そしたらユッキーさんは嬉しそうに、

    「ほら、鶏の丸焼きよ」
    「北京ダック焼いてみた」
    「子羊のローストよ」

 次から次へとテンコモリ。そしてガブガブとビールにワインにシャンパン。

    「・・・ミサキちゃんも、シノブちゃんもホントにゴメンね。こんなことはしたくなかったんだけど」
    「とんでもありません。宇宙船の報道があってから、いつ呼ばれるかと待ってました。女神の秘書無しで対応しようなんて思い上がりです」
    「そうですよ、呼ぶのが遅すぎるぐらいじゃないですか」

 そしたらユッキーさんがこれ以上嬉しそうな顔が出来ないぐらいの表情になって、

    「ありがとう。コトリもやったけど、最初はちょっと大変みたい。でも、すぐに慣れるわ。なんとか早く仕事を済ませるつもりだから、そこまでよろしくね」
    「もちろんです。このまま復帰しても構いません」
    「私も」

 そしたら、

    「それは許さない。必ず大学に戻ってもらう」

 そこからコトリさんが二人にこれまでやって来たことと、当面の役割分担の説明に入ったので、

    「ユッキーさん、エランはどうなってるのですか」
    「わかんない部分が多すぎるんだけど・・・」
 ユッキーさんの話も半分以上、訳わかめの世界だったけど、地球も含めて神の発生は、エランの意識分離技術が始まりだって。これも長距離宇宙飛行のために開発されたそうなんだけど、意識を分離して戻すだけで人の能力は飛躍的にアップするんだって。これがいわゆる神。

 ただ神は覇権欲と猜疑心が非常に強くて、そのうえ覇権欲が満たされると享楽欲が出るんだって。アラルガルが亡命を余儀なくされたのもそこみたいで、人を信じることが出来なくなり、享楽欲を押さえることが出来なくなった結果だとしてた。

 アラルガルが戦った千年戦争は覇権欲に燃える神々の抗争だったで良いみたい。千年の戦争の結果、アラルガルは他のすべての神を打倒し、覇権を握り、意識分離技術を封じ込んだぐらいかな。

    「でもね、エランでは大変な兵器が使われてしまったらしいのよ」
    「なんですか」
    「人類滅亡兵器」

 原爆とか、水爆の類かと思ったら、そうじゃなくて、もっと穏やかで、確実なものでイイみたい。世代を経るごとに女性人口が減り、さらに妊娠出産できる女性が減っていくらいしいの。

    「この兵器が使われたことを知ったエラン人たちは、地球への移民計画を立てたのよ」

 計画は二段だったらしく、まずは意識分離装置のために必要なシリコンを地球から持って帰ること。エランでは地球と違ってシリコンが乏しいらしいのよね。そうやって持って帰ったシリコンで意識を分離させ、地球に運び込むのが二段目の計画。

    「意識だけ運んできて、どうするつもりだったのですか?」
    「地球人を宿主にすれば、人類滅亡兵器の影響から逃れられるってところかな」
    「宿主にされた地球人は?」
    「記憶も人格も失いエラン人になる」

 ひぇぇぇ。でもそうならなかったでイイみたい。問題は人を神にする点で、神同士はすぐに覇権争いを始めちゃうんだって。ユッキーさんの予想では、アラ追放戦争、その後の神々の抗争でエランはさらに荒廃し、地球まで宇宙船を送る余力は無くなるだろうと見てたみたい。

    「でも、来ちゃったのよ。アラが言ってたけど、エランを以てしても、あれだけの宇宙船を地球に送るには莫大なエネルギーと、資源が必要で、物見遊山で送り出せるものじゃないって」
    「やはり地球になにかを要求するため」
    「他に考えられないわ」
    「でも一隻でしょ」

 ユッキーさんはお代わりの缶ビールを取ってきて、

    「可能性は二つよ。後続船団があるかもしれない」

 まだ来るのかよ。

    「一隻でも十分積める可能性」

 ツバサ先生が言ってたやつだ。

    「たとえば?」
    「若い女。エランでは子どもを産める健康な女性が貴重品扱いになってるらしいの」

 いやだ、そんな星に連行されて、エラン人相手に初体験して、エラン人の子どもを産むなんて堪忍の世界じゃない。アカネは地球人がイイ。

    「もっとも女だって、せいぜい二百人ぐらいしか積めないと思うから、違う可能性が高いと思ってる」
    「他は?」
    「地球移住のための領土要求はあるかも」

 ジョーカー大統領なら沸騰しそう。

    「ところで通訳の話は来てるのですか」
    「来てるけど断ってる。受けるのは神戸に来た時に全権代表になる時のみよ」
    「神戸に来なかったら」
    「来てもらうさ」
    「全権代表は?」
    「呑んでもらうさ」

 そこから悪戯っぽく笑って、

    「でもねアカネちゃん、別にエランに行ってもイイかなって思ってる。だって、五千年生きてて宇宙旅行やったことないし、異星人とアレやったことないんだもの」

 そういう問題じゃないと思うけど、やってきたコトリさんまで、

    「ユッキーは行ったらアカンで。行くならコトリが行く」

 そしたらミサキさんとシノブさんが血相を変えて、

    「冗談でも口にしないで下さい」
    「そうですよ、私たちとエレギオンHDを見捨てる気ですか」
 なるほど五人そろう必要があるんだ。

宇宙をかけた恋:混乱続く

 緊急国際会議が開かれたんだけど、今の世界の首脳はアクの強いのばっかりで、大混乱だったみたい。アメリカのジョーカー大統領も相当なんだけど、中国の劉主席、ロシアのメンデルスキー大統領も負けず劣らずらしくて、

    「私こそが地球の代表だ!」
 これで一歩も譲らなかったみたいなんだ。これは国連の安全保障理事会で前哨戦をやっていたから予想はされてたみたいだけど、首脳同士が面と向かって言い争う状況は修羅場だとなってた。

 だからEUのブラゼル代表が出していた地球防衛軍構想も同じ展開になってしまい、誰が総司令官になるかで、

    「私以外に適任者はいない」

 ブラゼル代表は、地球代表と防衛軍総司令官分離案で収拾を図ろうとしたそうだけど、ここで中国とロシアが突然手を組み、中国地球代表、ロシア総司令官案で押し切ろうとしたからジョーカー大統領が激怒、

    「アメリカはアメリカを守る」

 こう宣言して帰っちゃったんだ。ジョーカー大統領が抜けて中国・ロシア案でまとまるかと思ったら、今度はアメリカが抜けたもので第二ラウンドのゴングが鳴り、劉主席も、メンデルスキー大統領も、

    「私が代表も総司令官もやる」

 これも、もめまくった末に、この二人も帰っちゃったんだよ。まったく、子どもの喧嘩じゃないと思うけど、困ったもんだ。米中露が抜けたら今度はインドのシン大統領が、

    「それなら私だ!」

 そしたら、今まで周旋役に回っていたブラゼル代表が、

    「いや私だ!」

 第三ラウンドで大モメ。みんなくたびれ切ったところで岡川首相の、

    「宇宙船が着陸した国が地球代表となり、地球防衛軍構想は無しにする。代表国から要請があれば援軍を送る」

 この提案が結論になり会議は終了。これじゃ、会議をやった意味ないじゃんと思ったけど、ツバサ先生は、

    「結束するのが無理とわかったのが成果」
 もちろんそれで済むはずがなく、ジョーカー大統領は世界各地に展開していた米軍を続々と撤収させちゃったんだ。在日米軍もいなくなっちゃった。そうしたら中国もロシアも撤収させちゃって、自分の国だけを守る姿勢を鮮明にさせちゃった。

 強国の軍事支配がなくなると世界各地の紛争が激化すると懸念されたけど、どうもどの国も軍事支援だけじゃなくて資金援助もやめちゃったみたいで、紛争こそ起ったけど、スケールがグンとダウン。それだけじゃなく、世界各国が自国防衛のために兵器購入に走ったから相場が高騰。ゲリラじゃ買えなくなったんじゃないかとされてた。

 日本国内はそれでも平穏なんだけど、日々せまりくる宇宙船への緊張から、とにかく自粛ムード。アカネが楽しみにしていたお祭りも中止になっちゃったし、バラエティー番組も無くなっちゃった。

 そうなちゃったとしか言いようがないんだけど、とにかく楽しいとか、おもしろいとか、派手は目の仇にされて、叩かれまくられる感じ。ひたすら真面目で、お固くて、地味じゃなきゃならないの空気でパンパン。

    「ツバサ先生、仕事が・・・」
    「予想してたけど早かったな」
 こうなるとフォトグラファーも用無しの仕事の一つになっちゃうんだ。派手めの仕事はキャンセルに次ぐキャンセル。新規の仕事も、まあ、これ以上は無いほど地味な仕事で、なおかつ地味に撮らないといけないから、どうにも盛り上がらない。

 街行く人の服装も実用性重視ばかりで、うっかり軽口も叩けない感じ。これだって関西は随分マシみたいで、東京ぐらいになると笑顔一つするのも気を使うみたい。別に陽気にやろうが、陰気にやろうが結果は変わらないと思うけど、今はどうしようもない感じ。

    「ツバサ先生、これも後一か月ぐらいですよね」
    「違う、そこからが始まりだ」

 前々回の宇宙船団の時には三ヶ月ぐらい地球周回軌道にいたんだものね。地球の戦力じゃ、そこにいる限り手が出せないのよ。今回もそうなる予想は多そうだもの。それから一番理想的な展開は友好使節として下りてきて、トットと帰ってもらうだけど、

    「手ぶらで帰らんだろうな」
    「お土産にケーキぐらいを欲しがるとか」

 ツバサ先生が聞いたところでは、エランの状態は良くないそうなんだ。例のアラルガルが地球に亡命した後に内戦状態になってるはずだって。いかにエランでも地球まで、タダの挨拶目的で宇宙船を送らないだろうって。

    「おカネが欲しいとか」
    「地球の通貨じゃ意味ないよ」

 宇宙船は大きいけど、星単位で考えると、なにを持って帰っても、宇宙旅行代をペイするのは難しいだろうって。それでもやって来るからには、なんらかも目的があるはずだって。

    「ユッキーの予想では、まず交渉で勝ち取ろうとし、それがまとまらなければ武力行使の可能性があるとしてた」
    「でも、武器こそ強力ですが、そんなに兵士は乗れないだろうし」
    「そう考えたいところだが、それだけの兵士と戦力で奪い取れるものと見てるよ」

 なるほど、そう考えるのか。

    「地球側が手軽に渡せるものなら話は簡単だ」
    「第一次宇宙船騒ぎの時のシリコンみたいなものですね」
    「そうだ。でも、今回は一隻だから予測が難しいとしてた。とにかく、こっちにはエランの情報がまったく入って来ないからな」
 柴田屋の極渋茶じゃ無理だろうな。

宇宙をかけた恋:エランの武器

    『コ~ン』

 また来ちゃった。来てしまったからには聞いときたいことがある。

    「前回の時の『神戸の真相』ですけど・・・」
    「あれ? コトリがやった」

 それって『愛と悲しみの女神』で次座の女神が反乱鎮圧のために使った集団金縛り。あれって本当だったんだ。そういえば映像にあった若い女性が誰かは不明になってたけど、立花前副社長だったことになる。

    「目に見える範囲なら出来るよ」

 う~ん、宇宙人にも通用するんだ。スゲエな。

    「じゃあ、また神戸に来たら同じように」
    「タイミングによるけど難しいな」
 前回の時はユッキーさんのところに着陸予告の連絡があったんだって。だからコトリさんは予め空港で待っていて、宇宙船が着陸した時に単身で船内まで乗り込んで行ったで良さそう。

 今回も同じようなシチュエーションなら可能かもしれないと言ってたけど、友好使節を装われるとお手上げだって。

    「そうなったら警察や自衛隊がビッシリと空港の警備に当たっちゃうよ。そこを突破するには警備員全員を金縛りにしたらイイようなものだけど、そんな事したら後が大変」
 第一次宇宙船騒動の時は警察だけだったそうだけど、それこそ全国から駆り集められて、何千人って規模だったらしい。そこをタダの民間人が通り抜けようとても無理だし、それでもとなると大騒動になるのはアカネにもわかる。それにしても次座の女神の力ってそこまで出来るんだ。


 武器の方も聞いてみた。前回の時の宇宙船は無傷で政府が手に入れて、空港北側に移動させ、宇宙船全体を覆うような施設が作られて調査研究が続けられてるそうなんだ。

 つうか、全然知らなかった。空港の北側にやたらと細長い建物があるのは知ってたけど、あれが宇宙船研究施設だったとはビックリした。とにかくやたらと警備が厳重で、見学どころか近づくこともできなかったからね。

 その調査研究だけど、とにかく難航してるみたい。地球文明のものと似てるところもあるそうだけど、進歩の度合いが万年単位で違うから、遅々として進んでないみたい。だから一部は民間に研究が委託され、その中にエレギオン・グループの科技研も入ってるって。その関係で、ある程度情報が入手できるみたいだけど、

    「前回の時のエラン側の武器は貧弱だったそうですが」
    「見た目はね。携帯兵器だけだったからね」

 ユッキーさんもすべてを知ってる訳ではないって言ってるけど、そこはそれCIA並の調査力があると言われてるエレギオンHDだからかなりの精度で知ってた。エラン人が持っていたのは銃というかライフルみたいな形だったらしいけど。

    「そうね、イメージとして思い浮かべてもらうなら、光線銃と言うかレーザー銃みたいな感じかな」

 さすがはエラン、鉛玉じゃないんだ。

    「ただね、動いたのは一丁だけだったの」

 そんなに故障していたのかと思ったけど、そうじゃなくて安全装置が掛かっていて動かなかったんだって。でもって、現在でもその安全装置の外し方はわかんないそう。動いたのは安全装置が故障していたか、なんらかの理由で外れたままのがあったらしい。

    「自衛隊で威力をテストしてるのだけど、かなりどころでないぐらい強力よ」

 武器のイメージはやっぱりレーザー銃みたいなもので良さそう。使い方は撃ち抜くのもありそうだけど、横薙ぎも可能だとしてた。

    「横薙ぎすると、そうねぇ、クレイエール・ビルぐらいなら、スパッと切れちゃうぐらいよ」

 ひぇぇぇ、こりゃ怪獣並だ。

    「出力は調製出来るみたいだけど、最大出力にすると神戸空港から関西空港まで余裕って話だわ。仮に水平射撃すれば、神戸市内のビルを全部貫通して、六甲山も貫く可能性があるって」

 なんちゅう、こりゃ怪獣以上だ。

    「照準はよくわからない部分が多いのだけど、銃単独でも高性能なんてものじゃない上に、宇宙船のレーダーとも連動できるで良いようよ。ジェット戦闘機でも余裕で撃墜出来るんじゃないかとなってた」

 それじゃ、その銃一丁で地球上のすべての兵器に対抗できるとか。

    「エネルギー源はカートリッジ式になっていて、簡単に交換できるし、カートリッジもたくさん船内にあったみたい。さらにエネルギー・チャージも可能みたい」

 そんな兵器が百丁も二百丁も出てきたら、

    「自衛隊の戦車の装甲でもバターのように切り裂かれたみたいなの。とにかく強力だし、射程は長いし、照準は正確無比だし、もし侵略されたら、地球の兵器で対抗するのは容易じゃないみたいよ」
 だろうな。そんなバカ強力な武器相手じゃ、なにかを盾にしての銃撃戦をやったら全滅するものね。だって相手は遮蔽物に隠れて撃てるけど、こっちはコンクリートの壁でさえ撃ち抜かれ、切り裂かれるんじゃ勝負にならないじゃん。

 戦車や装甲車を繰り出しても同じ。なにしろテストでは、五キロ離れたところからでも装甲を切り裂けるって言うし、主砲どころか、機関銃の銃口に余裕で撃ちこめたって言うから驚異的なんてものじゃない。

    「自衛隊の研究員の人と話をしたこともあるのだけど、おそらく対レーダー技術も優れているはずとしてたわ。現在の兵器はレーダーとかからの誘導兵器が多いけど、余裕で麻痺させたり、コントロール出来るだろうって。地球の技術じゃ防ぎようがないぐらいかな」
    「じゃあ、地球は勝てない」

 ここでコトリさんが、

    「アラは必勝の作戦を授けてくれたわ。エランの武器は携帯用でも強力だけど、持久戦をやれば勝てるって。エネルギーが尽きれば武器は使えなくなり、エラン人だって鉛玉に当たれば死ぬからね」
    「どれぐらい持久戦をやれば」
    「三年ぐらい頑張れば必ず勝つだろうって。ただしそのためには、空港に釘付けにしないといけないから、もしやってたら神戸は瓦礫の山に変わってたと思うわ」

 コトリさんは次座の女神モードになると、口調が変わるんだよね。それは置いといて、

    「だからあの時に乗り込んだ」
    「瓦礫の山の神戸は見たくないし」

 下手すりゃ、アカネも生まれてなかったかも。再びユッキーさんが、

    「自衛隊もあれこれ研究したけど、勝つなら一斉攻撃によるロケット攻撃しかないだろうって」

 ロケットもミサイルも似たような兵器と思ってたけど、ロケットは誘導装置がなくて、ミサイルは誘導装置があるんだって。おそらく誘導装置は通用しないだろうから、遠距離からのロケット弾を浴びせかける作戦なら通用するんじゃないかって。

    「ただね、あの宇宙船には戦車こそ乗ってなかったけど、ある種の移動式の対空砲みたいなものはあったそうなのよ。これもロックが掛かっていて動かないんだけど、ロケット弾の一斉攻撃でも全部撃ち落としてしまう可能性はあるとしてた」

 こりゃ、ガチの侵略作戦だったかもしれない。たったそれだけの武器と人数で、地球側は戦力を総動員しないと勝てそうにないよね。う~ん、大昔の映画で自衛隊が戦国時代にタイムスリップして合戦に巻き込まれるってあったけど、そんな感じがする。

    「もしまた神戸に来て戦争になったら」
    「もちろん逃げるわよ。女神だって生身の人間だから、当たれば死ぬし」

 もちろんアカネも逃げる。

    「そうだ、着陸前に戦闘機で撃ち落とす作戦は?」
    「まずミサイルは当たらない可能性があるわ。戦闘機の照準も無効にされそうだし、戦闘機と言ってもコンピューター制御の塊のようなものだから、近づいただけで墜落させられる可能性だってあるもの」

 なるほど。

    「それより何より、仮にも友好使節を名乗られたら攻撃なんか出来ないよ」

 これもわかる。それにしてもだ、こういう情報って軍事機密なんてものじゃないはずだけど、よく集めたもんだ。

    「これぐらいは集められないと、今時の会社経営なんて出来ないよ」

 この辺の情報戦争の実態は物凄くて、ハッキングのためには情報セキュリティ会社ごと買収するなんてのも、ありふれた手法らしい。情報戦争のことはアカネにはあんまり興味がないけど、アカネがこの夜に理解したのは、

    「戦争になったら、宇宙船一隻でもヤバイ」
 こりゃ、どの国も大騒ぎになるはずだ。

宇宙をかけた恋:世情騒然

 三十階で宇宙船の話を聞いてから一週間ぐらいしてから、彗星出現のニュースが小さく報じられてた。扱いは天文トピックスぐらいかな。この時の世間の反応は乏しかったんだけど、一か月ぐらいしてから彗星が地球に接近しそうの続報が出た時には反応があった。

 二十六年前の第二次宇宙船騒ぎと結びつける動きがあったから。コースの類似性からもしかしての興味本位の感じかな。第二次宇宙船騒動の振り返り番組とかもあったんだけどNASAが、

    『あれは間違いなく彗星、地球にもさほど近づかない』

 こう発表して一過性のニュースでおさまりかけてたんだ。ところが今度はヨーロッパ天文局が、

    『地球に大接近する可能性あり』
 こう発表してから盛り上がり始めたんだよ。持ちだされたのは三十九年前に地球に激突したセラーノ彗星。アカネも記録映像を見たけど、九つの壮大な尾を引く昼間でもクッキリ見える大彗星なのよね。あれが再び見れるとなって、世間はあっと言う間に彗星ブームになっちゃった。

 彗星関連グッズが次々に売り出された。彗星パン、彗星ケーキ、彗星ソーダ、彗星饅頭、彗星煎餅、彗星ヌードル、彗星チップス、彗星ビール、彗星カレー・・・そんな商品が溢れすぎて彗星関連商品以外を買うのが難しいぐらい。ツバサ先生は、

    「セラーノ彗星の時がそうだった。歴史は繰り返すってホントだな」

 お堅いはずの柴田屋さんまで彗星渋茶を売り出してたもの。この辺まではまだ平和だったんだけど、ヨーロッパ天文局の次の発表が衝撃的だった。

    『あれは彗星ではなくエランの宇宙船である可能性が極めて高い』

 NASAは真っ向から反論して否定したんだけど、各国の天文台はヨーロッパ天文局の意見を次々に支持していったのよね。これもツバサ先生に言わせると、

    「第一次宇宙船団の時がそうだった。もうすぐNASAも認めるよ。そうしたら・・・」
    「どうなるのですか」
    「三十四年前の時は自粛ムードで大不況になり、オフィスも開店休業に追い込まれたよ」

 その日の朝もアカネは寝坊。コンビニで買い込んだ彗星サンドイッチ抱えて滑り込みセーフ。ただなんか、電車の中もコンビニの店内も変な感じやったの。なにか落ち着かないというか、そわそわしてるというか。これはオフィスでも同じ。いや、オフィス内は騒然って感じなのよ。

    「アカネ、NASAが発表したよ」
    「エランの宇宙船をですか」
    「そうだ」
 この日の報道だけでも凄かった。国会は臨時国会の開催を決めるわ、街頭では変な団体の宣伝活動が活発化するわ、レギュラー番組が根こそぎ吹っ飛んで、NHK教育とテレビ大阪以外は緊急特番で横並びだもの。そうだ、そうだサンテレビも阪神の中継やってた。その状態に油を注ぐ大ニュースが飛び込んで来たんだ。

 第二次宇宙船騒動の詳細は極秘事項として伏せられたんだよね。アカネが知っているのは、神戸空港に宇宙船が強行着陸したものの、乗組員は謎の病気で全員倒れていて保護されたって話になってたんだよ。ところが、

    『神戸の真相』
 こう題された特番では、宇宙船の乗組員は着陸時にも元気で勢い良く宇宙船から降り立って来たとしてた。さらに、その時の映像も放映されたんだ。映像ではその時に一人の若い女性が宇宙船に向かうと、エラン人たちは次々に硬直して動かなくなったと言うんだよ。映像でもそうなってた。

 その若い女性は船内にも入り込み、しばらくしてから出てきて、それから警官隊が逮捕に向かったとなってた。それだけでもビックリ・ニュースなんだけど、エラン人は武器を持って出て来てるって言うんだよ。特番は極秘情報の暴露として、

    『第二次宇宙船騒動のエラン人は地球侵略の意図があったと分析されている』
 ここからは世情が騒然となっちゃった。エラン文明が地球より格段に進んでいるのは、宇宙船を送り込んでるだけでもわかるじゃない。そんなエラン人が地球侵略を行ったら、大変な事になるのは誰だってわかるもの。

 株式市場は世界中で大暴落、海外では暴動のニュースも続々と出てた。緊急国際会議が開かれるとか、国連でも討議されてた。国会でもこの特番の真相を明かすように迫る議論が白熱化してる。

 日本はそれでもまだ平穏だけど、国によっては戒厳令が敷かれたり、政情不安からのクーデター騒ぎや、内戦にまで発展してるところも出てるみたい。まったくなにやってるんだと思ったけど、日本の国会でも、その情報の隠ぺい問題が焦点化して、野党は政権交代、与党は反主流派の倒閣運動で盛り上がってるから変わんないか。

 政府は野党や与党内の追及で、第二次宇宙船騒動の時に真相を小出しににしながら、なんとか宥めようとしてた。前回の宇宙船に侵略意図の可能性があったことも認めながらも、

    『携帯兵器のみで、二百人程度だったから、自衛隊でも制圧は可能だった』

 さらに武装はしていたが、本当に侵略意図があったかは不明と頑張ってた。逮捕されたエラン人を尋問したのはユッキーさんだけど、司令官的な人物が重度の記憶喪失であったために、真の意図は不明であったと答弁してる。世界の関心は次に来るエランの宇宙船が、

    『友好使節なのか侵略部隊なのか』
 これで果てしない論争に突入してる感じ。どっちも大問題で、友好使節であれば誰が地球側の代表として相応しいのか、誰が通訳をするのかで紛糾してるってところ。通訳となればユッキーさんが候補に挙がってくるというか、ユッキーさんしかいないのだけど、とにかく頼みにくい状態。

 第一次宇宙船騒動の時もクレイエール社長だったけど、今やエレギオンHD社長。ユッキーさんに頭ごなしに命令なんて、総理大臣はもちろんのこと、アメリカ大統領だって無理。

 今のアメリカ大統領はジョーカーって人でアメリカ有数の資産家で実業家。かなりエキセントリックな人なんだけど、ジョーカー財閥だってエレギオンHDを敵に回したりしたら大変。いや、アメリカ経済だって大変みたいで良さそう。


 侵略部隊としたら、どこに着陸するかで大論争。また神戸って見方もあるけど、神戸空港クラスなら着陸可能だし、さらに第一次宇宙船団騒ぎの時には砂漠にだって着陸してるから、世界中どこでも可能性があると言えばあるんだよ。

 それを迎え撃つとなれば、これまた大変。そりゃ、クーデターや内戦までやってる国があるから、どうするかで大モメ。ジョーカー大統領なんて、アメリカ本土防衛のために海外展開してるアメリカ軍の撤収するなんて言い出して、これはこれで混乱に輪をかけてる感じ。

 ジョーカー大統領の海外米軍撤退発言は日本も直撃。パールズだったか、ポールズだったかの反戦運動団体が勢いづいて、

    『米軍出て行け』

 この運動が盛り上がったんだ。マスコミも何故か支持してたけど、在日米軍が抜けた後の自衛隊強化にも大反対、これも定番の縮小廃絶の大合唱。でもさすがに宇宙船が確実に地球に来るし、前の二回は神戸。次も神戸だったらどうするかの質問に、

    『宇宙船が日本に来たら酒でも飲んで話をしたらわかりあえる・・・』

 こう答えたもので大顰蹙。さらに、代表になる気はあるかと追及されたら、

    『ボクはエラン語が話せないから・・・』
 まあまだ頑張ってるようだけど、あんまりマスコミにも出て来ない様になってる。もっとも自衛隊強化と言っても、これまた時間がないからやりようもなく、岡川首相もジョーカー大統領を宥めに回ってる様子。

 そうそう、着陸する前に宇宙船を撃ち落としてしまえの意見も出てたけど、これは友好使節の可能性が残る限り無理そう。ジョーカー大統領ぐらいならやりそうだけど、日本なら国会承認やってる間に着陸してしまうものね。もちろん野党は事前承認反対で頑張ってるし。

 まあまあ、毎日宇宙船問題で、ああでもない、こうでもないと、議論ばっかりやってるけど、アカネからしたらなんにもしていない様にしか見えないの。ツバサ先生にも聞いてみたんだけど、

    「あん、前の時もそうだったよ。騒ぐだけで、なにも出来る事がないからね」

 オフィス加納もどうするかの話があったんだけど、

    「宇宙船が神戸空港に着陸するなら休みにする」
 決まったのはこれだけ。後は来てみないとわからないからだって。

宇宙をかけた恋:兆候

 今日も女神の集まる日。アカネもなぜか顔を出してる。ただいつもに較べて緊張感が高いような。

    「・・・コトリ、その情報は確かなの」
    「NASAが認めるのはだいぶ後やろけど、まず間違いない」

 なんの話かと思えば彗星の話。

    「また同じところ」
    「発見位置と言い、コースと言い、他のものを考える方が不自然や」

 ユッキーさんは少しだけ考え込んで、

    「コトリ、準備に取りかかって」
    「もう始めてる」

 ツバサ先生も、

    「到着予想は」
    「三十九年前は一年かかってるけど、三十四年前と二十六年前は半年程やねん。トンネルの太陽系側出口と、地球の公転位置の関係になるけど、今回は半年になると思う」
    「だろうな。三十九年前は地球の公転位置なんか考えるヒマはなかったろうから、今回は最短距離で来るだろうし」

 二十六年前でもアカネが生まれてない時の話になるけど、そんな話が現代社会にあったような。

    「ツバサ先生、もしかして宇宙船?」
    「アカネ、なんてことを。困るじゃないか、明日はロケ撮影なんだよ。天気予報は絶対晴れだったのに、これで雨確実だ。どうしてくれるんだよ。責任取りやがれ」
    「宇宙船が雨でも降らせるんですか」
    「宇宙船は降らせんが、アカネの言ってる事が合ってるからだ」

 ギャフン。そこまで言うか。

    「でも三回っておかしいでしょ。宇宙船騒動は二回のはず」
    「いや、過去に三回で、これで四度目だ」

 三十九年前のものは彗星騒ぎとして記録されてるみたい。そう言えば、お父さんに聞いたことがある。

    「地球が滅亡するとかで大騒ぎになったってセラーノ彗星の事ですか」
    「あれは彗星なんかではない、宇宙船だった」

 ここからの話が三十階のぶっ飛び世界そのもの。彗星はオーストラリアに墜落したんだけど、乗組員は脱出に成功した上で、エレギオンHDに勤務していたってなんなのよ。そしたらコトリさんが、

    「コトリの恋人でもあってんで」
    「恋人って、ま、ま、まさか宇宙人とアレやったのですか」
    「もち。でも相手は地球人やった」
    「はぁ?」

 乗組員の名前はアラって言うのだけど、

    「佃煮じゃないで、公式にはアラルガル。エランの神」

 なるほど神だから地球に来て地球人を宿主にしたわけか。

    「そうやねんよ、宇宙人言うても意識だけで体はタダの地球人。惜しかった」

 そんな問題じゃないような。

    「宇宙飛行士ですよね」
    「そうや、同時に千年戦争の覇者でもあり、エランに九千年の平和をもたらした英雄やねん。アラ・ル・ガルって読むのが正しいんやけど、ル・ガルは現代エラン語でも王であるけど、おそらくエランでは、
    『偉大なるアラ』
    こう呼ばれていたはずや」

 それだけの英雄だったけど、さすがに九千年は長すぎて、民衆の反乱が起って地球に亡命してきたぐらい。あれ、コトリさんの目が赤い。

    「アラはエラン史上でも最高の英雄、いやもう二度と出現せえへんぐらいの英雄。だからコトリの、いや次座の女神の男として認めたんや。アラには次座の女神の男である資格、至高の勇気の証を立てたんや」

 これは『愛と悲しみの女神』に書いてあった。

    「それって、首座の女神の男には勇敢さ、次座の女神の男には勇気、三座の女神の男には信念、四座の女神の男には意気ってやつですか」
    「そうやで。アラほど相応しい男はセカぐらいしかおらへんかったと思う。セカはユッキーがさらっていったけど、アラはコトリのもの」

 五千年、男を見てきたコトリさんがそこまで言うのなら、どれだけ素晴らしい男だったかが何となくわかる気がする。

    「そこまで強い神だったのですか」
    「強さ? そんなん関係あらへん。魂や、ハートがそうなんや。まあ、強さで言えばエランではダントツで最強やったでエエよ」
    「コトリさんでも敵わないぐらい?」
    「そうやな、三秒もあれば余裕で片付けられるけど」

 どんだけ次座の女神って強いんだよ。そう言えばツバサ先生に宿る主女神は、フェレンツェで戦った時には、コトリさんの五倍以上は強くなってたって話だけど、アカネには想像もつかないよ。まさに化物ワールド。

    「アラは生きてるのですか」

 コトリさんの目から涙が、

    「アラはエランから追放されても、最後の瞬間までエランのことを考えてたんや」
    「最後ってことは・・・」
    「二十六年前に神としても亡くなってる」

 ここもわかりにくかったんだけど、エランの神は自力で宿主を移動することが出来ず、装置がないと出来なかったんだって。ユッキーさんならアラを次の宿主に移すことも出来たそうだけど、アラは断って死を選んだそうなんだ。

    「コトリ、来たと言うことは」
    「ユッキーもそう思うか。予想としては二度と来ないと考えてたけど、来たからには覚悟せんとアカンやろ」
    「エラン相手じゃ戦力不足ね」
    「色んな可能性があるけど、とりあえずそこやな」

 ユッキーさんとコトリさんから、もうすぐ大変な騒ぎが起ると言われちゃった。ツバサ先生も、

    「ユッキー悪いけど・・・」
    「もちろんイイよ。オフィス加納もエレギオンの一部だからね」

 ツバサ先生によると三十四年前の時は世界的な大不況になり、オフィス加納も仕事が無くなり倒産も覚悟しないといけないぐらいなったみたい。その時と較べても今のオフィス加納の経営の余裕は乏しいから、そうなった時の支援を頼んだみたい。

    「コトリ、いつ頃になる」
    「まだ不安定やから三ヶ月は待ちたい」
    「時期が悪いね」
    「そうやけど、コトリがいる」

 こりゃ、本気の女神の仕事が見れるかもしれない。普段はニコニコ微笑むだけのコトリさんが、あの知恵の女神とまで呼ばれた次座の女神にしか見えないもの。同じ微笑みでもこれだけ違うんだ。これでユッキーさんが首座の女神の本領を発揮したら、

    「ユッキーさんも怖い顔になっちゃうんですか?」
    「そのうちなるかもね。首座の女神の本当の怖い顔をお楽しみに」
 やだぁ、あんな怖い顔は二度と見たくない。思い出しただけでもオシッコちびりそう。