宇宙をかけた恋:だからイヤだって言ってるのに

 やっべぇ、寝坊しちゃったよ。アカネは朝が弱いんだよね。おかげで今日も朝飯抜きの出勤だ。

    「アカネ先生、今日も滑り込みセーフですね」

 ふぅ、なんとか間に合った。そしたらツバサ先生が、

    「アカネ、後で部屋に来てくれ」

 勢い込んで部屋に入ると、

    『ガッシャ~ン』

 痛い、やられた。朝っぱらから金ダライを仕掛けてくるとは油断だった。

    「アカネ、注意力が足りんぞ」

 そういう問題じゃないだろ。ここは写真スタジオでコント教室じゃないんだから。ちなみにだけど、マドカさんは一度も引っかかってないのよね。アカネは今月だけで三回目だけど。

    「今週末だけど予定を空けとけ」
    「なんですか」
    「メシ食いに行こう」

 別に予定もないからイイけど、今週末、今週末、ちょっと待った、ちょっと待った、今週末と言えばあの恐怖の、

    「まさか三十階」
    「そうだが」
    「ツバサ先生はともかく、アカネが出席するのは変です」
    「それは問題ない。わたしの弟子だからな」

 そんな理由でイイはずないよ、

    「ツバサ先生の弟子だけじゃ、出席理由として弱いんじゃないですか。アカネは女神じゃないし」
    「あそこの出入りは厳しく制限されている」
    「だったら、だったら」

 ツバサ先生はニヤッと笑って、

    「今は三座と四座の女神が宿主代わりで不在なのだ。だから集まるのは三人しかいない」

 そうなんだよ。結崎専務も香坂常務も亡くなられたものね。

    「それじゃ、寂しいから来て欲しいってさ」
    「それだけの理由で入ってもイイのですか」
    「あそこの入室資格は途轍もなく厳しいとなってるが、要はユッキーが認めるかどうかだけなんだよ。アカネも女神の秘密を知っている。これを教えるのはユッキーが認めた人のみになる」

 じゃあ、アカネもユッキーさんに認められたってこと。それでも、

    「アカネはイヤだ」

 そしたらツバサ先生の顔色が変わって、

    「許さん。そんなに行きたくなければ、この場でマルチ・・・」
    「もうそればっかり」

 わぁ~ん、絶望の週末、

    『コ~ン』

 首根っこをつかまれ、引きずられるようにマルチーズ部屋に、

    「いらっしゃい、待ってたよ」

 この部屋で一つだけイイところは食い物が美味いこと。アカネはイマイチ実感ないけど、エレギオンHDの社長と副社長の手料理を食べられるのは、特別待遇なんてものじゃないかも。

    「カンパ~イ」

 しっかし、毎度のことながら女神どもは良く食うな。アイツらはいくら食っても体型が絶対に崩れないから・・・あれ、アカネもそうなってるとか。

    「あん、当然そうなってる。死ぬまでそのスタイルは変わらん。アカネにはダイエットもシェープアップも不要だ」

 やったぁ、ダテにマルチーズの試練を潜った訳じゃないんだ。

    「ただ、酒は別だ。あれだけは女神依存性みたいだ」
 そうなんだよ。アカネもソコソコ飲める方だけど、女神どもは底なしなんてレベルじゃないものね。あの三人が飲み放題の店になんか言ったら、店ごと潰しちゃいそうだし、もし五人そろったらチェーン店ごと潰したって不思議ないもの。


 話題はなぜか宇宙船騒動に。とはいうものの、第二次宇宙船騒動ですら二十六年前でアカネはまだ生まれてないのよね。もっとも現代社会の教科書に載るぐらいの大事件だから、そんなことがあったぐらいは知ってる。

    「ユッキーさんが全権代表になった理由はなんですか」
    「あの時は色々あったけど、とりあえず言葉が通じなかったのよね」

 エランは宇宙船団を飛ばして来るほどの先進文明だけど、言語は一万五千年前ぐらいに統一されてるんだって。これは羨ましいと思った。エラン人は英語の勉強で苦労しなくて済むんだもんね。

    「アカネさんの言う通りかも。でもそのために、通訳とか翻訳技術が退化しちゃったのよ」

 なるほど。言語が一つだからいらないものね。これも、おそらくとしてたけど方言みたいなものもなさそうだって。ユッキーさんは第二次宇宙船騒動の時に逮捕されたエラン人の尋問もやってるんだけど、見事なぐらいに一緒だったって。

    「さすがに地球に来る時に作ったみたいだけど、これがまあトンデモナイ代物だったのよ。そうだ、見てもらおうか。コトリ、あれまだ動く?」
    「動くと思うで」

 えっ、そんなものがあるのかと思ってたら出てきた。

    「やってみるね」

 ユッキーさんが何か話すと、しばらくしてから、

    『コンネチダ』

 はぁ、なに言ってるんだ。これは『今日は』だそうだけど。これで星の命運を懸けた外交交渉をするのはムチャなのはアカネにも良くわかった。この先はアカネには難し過ぎる話だったけど、

    「エラン人は地球に植民基地を作ったのだけど、その頃には統一語になっていたらしいの。少なくとも植民基地で使っていた言葉が、エラン統一語の母体になったのだけは間違いないわ。この言葉がエラム語からシュメール語になって地球に残ったぐらいかな」

 ユッキーさんはエラム人で、エラム語がネイティブであっただけでなく、女官として祭祀で古ラム語と言うより、原エラム語に堪能だったから、なんとか話せたってさ。

    「だからコトリも話せるし、ミサキちゃんにもわかるよ。シノブちゃんや、シオリちゃんも聞けばわかるようになるわ」
    「じゃあ、地球で五人だけが、エラム統一語がわかるのですか」
    「いえ、六人よ。ユダも話せるから。他にもドゥムジや浦島、乙姫もいるかな」

 ドム爺って誰だ。それに浦島と乙姫って浦島太郎と関連・・・してるわけないよな。そうそうユダって前にも聞いたことがあって、ずっと湯田さんだと思ってたんだけど、

    「イスカリオテのユダだよ」
    「椅子借りおっての湯田?」
    「椅子を借りるじゃなくて、ヘブライ語でイーシュ・カリッヨート。カリオテの人ぐらいの意味。カリオテはユダヤの村の名前だよ」

 へぇ、日本人じゃなかったんだ。

    「ユダはイエス・キリストの弟子だったんだけど、最後の晩餐で裏切ったから、裏切り者のユダとも呼ばれてるよ」
    「最後の晩餐って、人生の最後に食べたいものを芸能人にインタビューして実際に食べてもらうヤツ」
    「まあ、近いけど、あの番組のオリジナルみたいなもの」

 イエスはゴルゴダの丘で死刑になったそうだけど、その前夜の食事を最後の晩餐って言うらしい。

    「さぞ豪華だったんでしょうね」
    「う~ん、パンとブドウ酒だけ」

 貧乏だったのか、イエスがケチだったのか。そんな貧相な最後の晩餐を食べさせられたから裏切ったとか。うん、うん、うん、イエスって二千年前の人じゃない。

    「ユダも神よ」

 だから生きてるのか。

    「今はどこに」
    「イタリアよ」
    「そんな悪そうな人だからマフィアのドン」

 そしたらユッキーさんはニッコリ笑って、

    「もっとよ。マフィアからカネ巻き上げるのが趣味」
 どんな大ボスかと思ったら、キリスト教の神父さんで、なおかつ枢機卿って言って、すっごいエライさんだって。神の世界はとにかくよくわかんない。なんでイエスを裏切ってるのにキリスト教のエライさんで、なおかつマフィアからカネ巻き上げてるんやろ。


 この日をキッカケにアカネはなし崩し的に三十階のメンバーにされちゃった。どんなに嫌がってもツバサ先生はマルチーズの刑を振りかざして連れて行くんだもの。

    「アカネが来てもイイのですか」
    「イイよ。来てもらえると楽しいじゃない」
    「そや、コトリもぶっ飛んでると言われる事もあるけど、アカネさんには負けそうだもの」

 わぁ~い、褒められちゃった。とにかく歓迎してくれるのだけは間違いなくて、ユッキーさんも、コトリさんも可愛がってくれるんだ。もっとも、

    「犬でも飼ってるのですか?」
    「ああ、あれ。アカネさんがここに来るのにダダこねて、シオリが怒ってマルチーズにしちゃった時のため。備えあれば、憂いなしって言うじゃないの」

 そんなものを用意するな! ますますツバサ先生に頭が上がらなくなるじゃないか。

    「あん、アカネにはこれぐらいの脅しが出来てちょうどイイぐらいだ。とにかく、言うことを聞かないからな。そうだそうだ」

 なにをするかと思ったら、犬小屋になにやら貼り付けて、

    『アカネ(予定)』

 うぇ~ん、逃げられないよ。最初に来たのが拙かった。あの時はサトル先生が来るべきだったんだ。ウッカリ乗せられて来たばっかりに・・・でも、ここでマルチーズの試練に耐えてなきゃ、骨格標本のペッタンコ。う~ん、顔とスタイルは今の方がイイけど。そう言えば、

    「サトル先生は呼ばないのですか?」
    「誘ったんだが、秋田犬になるのはイヤだってさ」
 サトル先生は賢い。

宇宙をかけた恋:さびしん坊

    「カンパ~イ」
 ほほう、今日は中華料理か。それにしても二人とも上手いな。もっともあの二人は中国四千年以上の人生経験あるから、どこかで中華料理に関わった時期があるかもしれないよな。とくにユッキーは見ればすぐに覚える能力もあるし。

 それにしても氷の女神であり、氷の女帝でもあるユッキーがあれほどの寂しがり屋なのは、エレギオンの極秘事項かもしれない。とくにコトリちゃんが不在の時が大変みたいで、ミサキちゃんも、

    「ミサキやシノブ専務だけではどうしても・・・」
 よく十年も耐えられたと思うよ。そのくせ社交家でもないのだ。社交家どころか誰も信用を置いてないとして良いと考えている。ミサキちゃんやシノブちゃん、さらにわたしでさえも一定のマージンを置いてる感じがするからな。おそらく無条件に信用を置いているのはコトリちゃんだけだろう。

 でも仕方ないかもしれない。政治のトップに座ってる期間が長過ぎたからな。今だってエレギオン・グループの総帥だが、そういう地位にいる人は常に裏切られるリスクを背負っている。だから、心の中で裏切られてもイイように計算してるんだと思う。無暗に信用して裏切られたら国が亡ぶからな。

 それにしてもコトリちゃんが居ない時のユッキーは、外出すら滅多にしなくなったそうだ。これもミサキちゃんがボヤいてた、

    「出張に行ってもらうのがどれだけ大変だったことか」
 下手すれば、三ヶ月ぐらいクレイエール・ビルから一歩も出なかったって。そりゃ、社内に住んでるから、仕事には困らないだろうけど、ちょっと極端だな。男遊びもゼロだし、恋人を作ろうとする努力もゼロ。とにかくコトリちゃんがいないとユッキーの活動性はガタ落ちになるで良いみたいだ。


 ユッキーがあれほどの寂しがり屋になった原因だが、やはりアングマール戦の後遺症で良さそうだ。アングマール戦と言ってもマンガの『愛と悲しみの女神』を読んだ程度だが、最終決戦前から戦後のエピローグ部分にカギがありそう。

    「シオリちゃん、その通りでエエと思うよ」
    「そんなことないったら」
 アングマール戦の終盤の大きな山はズダン峠攻防戦。この頃にはエレギオンもアングマールも戦力枯渇が深刻になっており、序盤戦みたいな新兵器投入なんて不可能になっていたのだ。取れる戦術は肉弾戦による力押し。地形的にもそうだし。

 戦場の指揮を執っていたのは、ほぼ一貫して次座の女神。微笑む女神のはずだが、ズダン峠攻防戦の頃には微笑みは完全に消え、莫大な犠牲を払う作戦を表情一つ変えずに冷徹に断行していた。十年にも渡る凄惨な戦いの末にズダン峠を突破した時にもニコリともせずに、

    『三万か。予定より多かった・・・』

 ただこの時点でエレギオンの戦力は、ほぼ尽きて、首座の女神との相談になったが、

    『アングマール本国への進攻は無理よ。ズダン峠を守ろう』
    『いや、アングマールに進む。ここでケリを付けられんかったら永遠に勝てん』
    『これは魔王の罠よ。兵站線を伸ばして逆襲するつもりなのが見えないの』
    『罠であっても進む』
 無謀な輸送計画が立てられ、ついにアングマール本国に進み最終決戦になるのだ。最終決戦でも劣勢だった。それでも次座の女神の土壇場の奇策により、ついに勝利を得るのだが、次座の女神は表情を変えなかっただけではなく、一言もしゃべらなくなっってしまうのだ。

 これも悲惨なエレギオン本国への帰還を果たすと、次座の女神は部屋に籠って一歩も出なくなってしまう。これが実に五十年となっている。

    「ホントだよ」

 エレギオンの戦後復興を一身に背負った首座の女神は多忙の中でも次座の女神の部屋を訪れるのだが、最初のうちは部屋にさえ入れない状態になる。

    「だって、剣とか槍とかブンブン飛んでくるんだもの」
 やっと部屋に入れるようになっても、無表情、無反応のまま。それでもやっと部屋から出てくれたんだが。やはりしゃべってくれない。あの頃のマンガの首座の女神の描写が切なかった。

 なんとか話してもらおうと、あれこれするのだが、徒労に終わり、部屋に帰って明日はどうしようって最初はあれこれ考えるのだ。そうしているうちにドンドン悲しくなってきて、泣き崩れてしまうのだよ。

    『お願い、帰ってきて、そしてなにか話して・・・』
 その頃に次座の女神がやってたのは叙事詩の破壊。女神の力は原則として人には使わないはずなんだが、情け容赦なく使うのだ。街で叙事詩を歌い上げてる人を見つけようものなら、三日ぐらいの金縛りをかけていた。

 粘土板に叙事詩を刻んでいた工房を見つけた時もそうで、いきなり扉を粉砕し、工房に入るや否や、目がピカッと光って工房内のすべての粘土板を粉々にしてしまうのだ。ついでに職人たちも金縛り。

    「ホントだけど目は光らないよ」

 この無言の叙事詩破壊が五十年続いたのだ。それでも残ったのは、

    「あれだけの戦争じゃない。どうしても記録したかったのよ」
 アングマール戦から百年してやっと次座の女神も口を利くようになったのだが、話すのは必要最低限だけで相変わらずの無表情。それでも首座の女神はなんとか次座の女神の微笑みが戻ってくれるように懸命の努力を続けるのだ。

 そんな首座の女神だったが、ついにおかしくなってしまう。顔はますます怖くなっただけでなく、訳のわからない事をやり始めるのだ。気まぐれのように無駄としか思えない大工事を始めたり、必要な工事や事業を突然中止にさせたり。さらに首座の女神の狂気は進み、

    『この辺は目障り、取り壊してしまえ』
 もう民衆は恐怖のどん底に叩きこまれてしまうのだ。勇気を振り絞って陳情に行った者もいるが、金縛りにされて半死半生で突き返されてしまう。三座の女神が諫めにくるのだが、怖い顔のままで金縛りにしてしまうのだよ。

 これを宥めに入った四座の女神も同様。延々一週間も金縛りにした上で、毎日怖すぎる睨みを浴びせかける。二人の女神はボロボロにされて追い払われることになってしまった。三座や四座の女神でさえどうしようも無かったことを知った民衆は最後の願いを次座の女神に託すことになる。

 これも最初のうちは無関心だった次座の女神だが、段々に耳を傾けるようになり、最後に一言、

    『首座の女神は不要』

 これだけ呟いて首座の女神の下に向かうのだよ。そこで決闘になるのだが、マンガの描写では土煙が舞い上がり、お互いの能力をぶつけ合う壮絶なものになって、その辺がエライ事になるんだけど、

    「あれは脚色しすぎよね」
    「そうや。あそこまで派手にやってない」

 ほんじゃあ、実際はどうだったかだけど。

    「あの時やけど、ユッキーを始末にしに行ったはずやねんけど、なんか組み合う気にならへんかったから火着けたってん」
    「そうなのよ、だから水噴き出させて防いで、その水を浴びせかけようとしたんだけど」
    「濡れたらかなわんから、水かかる前に凍らしたんや」
    「そうなのよ。だから氷を加工して矢にして撃ちこんだんだけど、コトリは氷の盾を作って防ぐのよね・・・」

 おいおい、ほんまに『エライこと』になってるじゃないか。

    「そんなんを五時間ぐらいやってたら、決闘してるんじゃなくて喧嘩してるような気分になってもて」
    「わたしのもなのよ。なんか懐かしい気分になっちゃって」

 その程度が喧嘩で懐かしいって、

    「街の半分ぐらい壊れたっけ」
    「半分も行ってないと思うけど」

 そんだけ壊したら、マンガよりスケールがもっと大きいじゃない。ちなみにマンガでは最後に首座の女神が投げつけた、おっそろしく大きな岩を次座の女神は粉砕してニッコリ笑い。

    『帰ってビール飲もか』
    『そうね』

 そう言って神殿に二人で歩いて帰るのがラストシーンだった。

    「あれね、ちょっと違うんよ」
    「そうなの。叙事詩でもそうなってるけど、実際は黙って神殿に帰ったの。そしたら、コトリは何も言わずに部屋に入っちゃったんだ」
    「それで」
    「腹立ったから襲ってやった」

 襲ったと言っても昼間の決闘の続きじゃなくて、

    「ユッキーの悪い癖が出たんだよ」
    「まさかレズったって」
    「そんなんさせるかいな」

 襲うユッキーと抵抗するコトリちゃんがベッドの上でプロレス状態になったみたいで、

    「そしたらベキって音して、ベッドが壊れてもたんよ」
    「あれビックリした」
    「ホンマやで。絶対に女官長に怒られると思って」

 あのねぇ、街を半分ぐらい壊してるのよ。ベッド一つでそんなに気にするのはおかしいじゃない。

    「当時の女神への罰は禁酒やったから、その前に飲んでもたれって話になって、朝までビール飲んでた」
    「よく言うよ。朝は朝でも、翌々日の朝までじゃない」

 どれだけ飲んだのよ。でもそれじゃ、叙事詩の終りがコメディーになるから変えられたんだろうって。

    「ユッキーには感謝してるんや。ユッキーがおらんかったら、部屋から永遠に出れんかったかもしれん」
    「わたしこそコトリに感謝してるの。コトリがいたから魔王に勝てたんだよ。あれぐらいになるのは当然じゃない」

 コトリちゃん曰く、その時からユッキーの寂しがり屋が強烈になったって。

    「わたしは寂しがり屋じゃないよ」
    「そうか。ほなら、コトリは引っ越しする」

 これを聞いたユッキーの反応が凄かった。半ベソになって、

    「ちょっと待ってよ。十年間待ったんだよ。コトリがお嫁さんになるのなら仕方がないけど、まだ出て行かなくてイイじゃない。頑張って作ったエレギオン時代のビールも残ってるし、美味しい御飯屋さんも見つけたんだ。そうだそうだ一緒に旅行しようよ、コトリは海外旅行嫌いだから国内の温泉旅行でさぁ・・・」

 こりゃ強烈だわ。氷の女帝のこんな姿を他人には見せられないね。

    「ところで二人はレズったことはないの」
    「あらへん、あらへん。何回か襲われたし、迫られたけど、断固拒否した」
    「一回ぐらいイイと思うんだけど、コトリに本気で抵抗されたらわたしでも無理よ」

 コトリちゃんのレズ嫌いも徹底してるね。それでもこの決闘ならぬ大喧嘩で二人は正気を取り戻したんだけど、コトリちゃんは宿主代わりの度に神の自殺を試みるようになり、ユッキーは寂しがり屋になったで良いみたい。

    「コトリ、引っ越しの話は冗談よね」
    「せえへん、せえへん。そんなんしたら家賃や光熱費払わなあかんし、通勤するのに早起きせなあかんやんか」
 これもミサキちゃんが言ってたけど、この二人はケチじゃないけど、節約術が大好きだって。なにかあれば経費で落とそうとし過ぎて手を焼かされるって。これもミサキちゃんが言ってたけど、この二人には私有財産の概念が乏しいかもしれないって。

 言われてみればそうで、古代エレギオン時代の生活費はすべて公費で、なおかつ暮らしぶりは、

    『女神の暮らしは国民生活のお手本』
 さらにさらに、建国してから千年ぐらいは食べるのにもギリギリ時代が続き、ひたすら倹約生活だって。そりゃ、主要国家収入が二人の織る女神の布だったぐらいだからな。どんなものも壊れるまで使い、壊れても修理を重ねに重ね、修理不能になっても他への転用をトコトン考えるみたいな調子。

 指導者である女神がほんの少しでも贅沢すれば国が亡ぶ状況を延々とやってたのだから、ムダ金は一切使わないし、贅沢なんて考えもしなくなったぐらいかも。ケチじゃないのは、これもまた指導者であったから。自分に使うカネを節約し倒して、浮いたカネは当たり前のものとして国民に回すぐらい。

 もちろん、今の二人はそこまでじゃないけど、間違っても贅沢なんて考えもしないところがあるのよね。そりゃ、エレギオンHDの社長と副社長だから、どんだけ給料もらってるんだぐらいだけど、これもミサキちゃんが言うには、

    「たまには給与明細とか、貯金残高を見て欲しいと思ってます」
 随分前だけど、永遠の時を生きる女神も、食わないと生きていけないって言っていた。二人に取ってエレギオンHDの経営がそれになるけど、本気で食べれたらそれで十分ぐらいに思ってるところがありそうだ。

 たぶん一番凄いというか、誰にも絶対マネが出来ないのは、二人はそんな事をやってる意識が完全にゼロだってところ。それこそ四千六百年もやってたから、生活のすべてが自然にそうなってるんだよ。

 むやみに男にこだわるのだってそう。あれは二人に唯一許された自由だったんだよ。恋だけは何にも縛られずに出来たんだ。女神の男は誰を選んでも良かったっていうもの。やたら尽くし型になってるのも、唯一の自由を楽しめる相手のためなら、なんだって捧げ尽くすぐらいかな。

 ミサキちゃんやシノブちゃんのエレギオン時代の記憶を封じてしまったのも、あんな不自由な生活時代を思い出して欲しくなかったからの気がする。あの二人だって封じたいんだろうけど、神の存在は他の神を呼び寄せるのも良く知ってるから、忘れるわけにはいかないんだろうな。対神戦は命懸けだし。

    「ユッキー、コトリちゃん、今の生活は楽しい?」
    「そりゃ、楽しいよ」
    「そうやで、会社の経営なんて、倒産させても社員が皆殺しにされるわけでもあらへんから気楽なもんや」
 会社経営だって一つの判断ミスで巨額の損失を蒙るのだけど、二人が負ってきたのはそんなレベルじゃなくて、国の滅亡、国民皆殺しとか奴隷化レベルだもの。どれだけシビアな判断を重ねていたか、考えただけでも怖いぐらい。そりゃ、タダの人じゃ相手にならないはずね。経験の桁が違いすぎるもの。

 そんな二人をボンヤリ見てたけど、寂しいのはユッキーだけじゃなくて、コトリちゃんもそうなんだろうって。コトリちゃんの方がはるかに社交家だけど、そりゃ、友だちを大事にするのだよ。

 ミサキちゃんも、シノブちゃんもクレイエール時代からの部下だけど、この二人がコトリちゃんを慕う度合いは半端ないもの。この二人だけじゃない、クレイエールからエレギオンHDの部下全員がコトリちゃんを慕ってる。あれは寂しさを少しでも紛らわせようとしているに違いない。

    「シオリちゃん、生き続けてたら色々あるわ。道連れにしてもたけど、イヤになったらいつでも言うてや」
 イヤになる日はきっと来るだろうけど、わたしも同行者よ。いつまでも二人に付いて行ってやる。

宇宙をかけた恋:三座と四座の女神の宿主代わり

 今年はコトリが月夜野うさぎとしてエレギオンHD入社して三年目になる。こういうナレーターはミサキちゃんの担当やってんけど、ついに死んでもたんよね。ホンマに去年から葬式続きで、続いてシノブちゃんまでやもんな。

 二人とも旦那が死んでからちょうど一年ぐらい。そこまで仲が良いかと感心したぐらい。二人もとも新入社員の時から知ってるし、仕事もイチから教えたのが懐かしいな。まあ、死んだ言うても宿主代わりするだけやねんけど、どうするかでかなりもめてん。

 コトリにしたら羨ましいけど、三座や四座の女神は子どもが産めるんよね。ミサキちゃんも、シノブちゃんもちゃんと結婚して子どもも産んで、孫も出来てるねん。家庭も円満で申し分ないんやけど、古代エレギオン式するかどうかが問題になってんよ。

 古代エレギオンの時は、三座や四座の女神はとにかく大家族やってん。そうなったのは、宿主代わりしても同一人物やったからやねん。そやから新しい女神の男を作って、また子どもが出来るんやけど、そんなことを二千年もやっとったら、家族はドンドン増えるんよね。

 なにがややこしいかと言えば、ひ孫より若い息子や娘が出来てまうんよ。古代エレギオン時代はあの二人は上手いことやってたみたいやけど、それでもトラブルはあったんや。そら起るやろ。だから今回からはどうするかやってん。

 ミサキちゃんもシノブちゃんも相当悩んでた。子や孫にも半端ない愛情かけてたからな。そして出てきた最終判断は、

    「別人として暮らします」
 現代で古代エレギオン式をやるのは無理があり過ぎるで同意してくれたんや。もう一つの改善提案も受け入れてくれた。三座と四座の女神の宿主代わりは、特別設計の融合型やねん。元の宿主の記憶を受け入れながら、入れ替わるってやつ。

 実はそうしたんは、シラクサの火炙りから逃げる時に改造したんよ。日本で女神として生きるために必要だろうって。そりゃ、言葉も生活習慣も未知の世界になるわけやから、エレギオン人としていきなり宿主代わりしたら、後が大変やんか。

 でも結局使ったんは一回だけやった。兵庫津に上陸した時にユッキーともめまくって、いきなりお互いの記憶を封印してもたから、ユッキーが主女神も三座、四座の女神抱えてそのままやってん。

 唯一使ったのは香坂岬、結崎忍の時だけやった。でもラッキーやったと思ってる。あの時はユッキーも記憶の封印がまだ完全に剥がれてなくて、移すリスクなんて知りようがなかったんよね。

 もし記憶完全書き換え型やったら、シラクサの火炙り前の記憶の次が現在で、日本語なんか知りようもない状態やもん。そうならんで良かったとユッキーも言ってたし、コトリもそう思う。でも今回は完全書き換え型の方がエエと思うのよ。この点についても二人は、

    「シオリさんみたいな感じですね」

 あれはあれでまったくの別人に突然なるから大変やと思うけど、同意してくれた。後はどうやって宿主代わりするかやけど、

    「わたしがやるわ」
 ユッキーが管理を引き受けてくれた。自力でも出来るんやけど、記憶にないもんな。それに宿主が抜けた後の体を見ない方がコトリもエエと思う。あれはあれで辛い体験になるし。とにかく抜けたら一瞬でシワクチャの老婆になるんよね。

 宿主探し対策もやってるねん。今回も間にあわへんかってんけど、昔で言う孤児院作ったんや。今なら児童養護施設言うけど、ユッキーも大賛成やった。そやからしょぼいもんやないで、場所も一等地にしたし、敷地も広大。

 建物も超デラックス。イメージしてもらうなら、マンガのお金持ち学校の寮そのままや。国が決めた予算で出来るはずもないから、実質的にエレギオンHDの丸抱え。コトリもユッキーも定期的に視察に行ってるけど、

    「コトリ、ここはもうちょっと・・・」
    「そやな。それやったら・・・」
 孤児のハンデ以外は持たしたらアカン方針で、服かって、食事かって、持ち物かって絶対に引け目を持たせんようにしてる。教育はもちろんやけど、礼儀作法も教養も一流の人間になるように、これも一流のスタッフをバッチリそろえてる。

 コトリもユッキーも口に出して言わへんけど、子どもができん寂しさはあるんよね。ユッキーは大聖歓喜天院家時代に産めたけど、コトリはゼロやから、とにかく子どもが可愛いねん。自分の娘、息子のつもりでやってる。目標は古代エレギオン時代の孤児院や。次のコトリやユッキーの時には、宿主選びに使えると思てる。


 孤児院の方はそんな調子。さて二人は、大学生から再開するんやけど、ミサキちゃんは仏文希望やった。フランス語に弱いところがあるから勉強しときたいって。シノブちゃんは面白かった。宇宙工学やってみたいって言うからこれも手配した。新しい名前は、

  • ミサキちゃん → 霜鳥梢
  • シノブちゃん → 夢前遥
    「院も行きたかったら言うてや」

 そしたら二人から、

    「コトリ副社長の十年は長過ぎたと思ってます」

 言われてもた。ユッキーの相手がよほど大変やったみたいや。それでもコトリが先例作ってるからOKやで。それとそっちが面白かったら、そのままでもエエんやで。エレギオンはコトリとユッキーがおるから心配ないし。そしたらミサキちゃんが、

    「お二人しか、おられないから心配なのです」

 これも言われてもた。ミサキちゃん不在中は女神の喧嘩をしないことを誓わされてもたわ。

    「ということは、ミサキちゃんが帰ってきたらやってもエエんか」
    「エエ、一年間のタダ働きが漏れなくついて来ますけど」
    「まだ、あれ活きてるんか」
    「もちろんです。女神懲罰官の記憶も継承されます」

 ユッキーと二人で宿主代わりした二人を確認して、

    「大学生活楽しんで来てね」

 そう言ってしばしのお別れ。帰りにユッキーと、

    「二人が帰って来た時の復帰手順やけど」
    「そうね、コトリ式でイイと思う」

 前にプラン作った時には、コトリなりユッキーの秘書に外部から採用し、一年ぐらいで大抜擢する手はずやってんけど。

    「エレギオンに戻った時に三十階に住んでもらって、トットとトップに戻ってもらうわ。コトリが先例作ってくれたから、次からはスムーズに行くだろうし、そういう存在だと周知させちゃった方が今後のために良いと思う」

 ミサキちゃんもコトリちゃんも休職中だったから、不在なのは前からやけど、宿主ごと変わったんは、なんとなく寂しいのとリフレッシュ感があるわ。それと復帰の目途もこれで確実についたし。

    「ところでユッキー、ちょっと考えてる事があんねん」
    「な~に」
    「イナンナの復活問題」
 あれもわからんところが一杯あるんやけど、主女神の記憶の継承は加納志織を初代として復活してるんよね。能力だってフェレンツェで天の神アンの完全復活を阻止できたぐらい強力。ただ、力はまた眠れる主女神時代にバックしちゃてるけど。

 それでも記憶の継承が出来たってことは、シオリちゃんが神であり、その神はイナンナになっちゃうんよ。

    「そう納得するしかないじゃない」
    「そうやねんけど、ひょっとしたら二人にかかってる呪縛も解けたんちゃうやろか」
    「お互いの妊娠出産と、コトリの寿命?」
    「そうやねん」

 この呪縛を懸けられた意味は永遠の謎やけど、

    「コトリの寿命は置いとくけど、妊娠出産はアラッタの主女神の心づかいの気がする」
    「それはあるかもね。女官は処女であることが条件だから、妊娠出産はタブーだものね。だから、たとえアレやっても妊娠しないようにしてたかもしれない。記憶の継承とは永遠の生と同じだから、ずっと処女のままも気の毒と思ったとか」
    「イナンナはやりまくりやったし」

 ユッキーはしばらく考えてたけど、

    「アラッタの主女神は古代エレギオンの滅亡の日まで見えてたかもしれない。兵庫津のお互いの記憶の封印もね。記憶の封印が解けた時にエレギオンは跡形もなくなっちゃったようなものだけど、そこで二人の使命は終りとしたんじゃないかしら」
    「なんかそんな気がするんや。コトリの寿命は死ぬまでわからんけど、妊娠は注意しといた方がエエかもしれん。男遊びで出来てもたら、あんまりエエことあらへんやろ」
    「そうなんだけど。まず確認しないと。わたしは六十七歳になっちゃうから、ちょっと無理があるけど、コトリならまだ三十一歳だから試してくれる」
    「言われんでも試すで。問題は相手だけやし」

 そこから話はミサキちゃんの留守中に作る予定の新本社ビルの仮眠室設計に、

    「コトリが妊娠して出産できるのなら、二世帯住宅にしようよ」
    「それもエエけど・・・」

 やっぱり仮眠室で家族持つのは無理あるわ。宿主代わりしたからって追い出すわけにも行かへんし、

    「そっか、そっちに引っかかるのか。首座と次座の女神は大変だね」
    「昔からそうやんか」

 ユッキーと話をしながら、二人が妊娠出産できへんかった理由がなんとなくわかった気がする。据え付けトップみたいな二人が、妊娠出産で抜けるのも痛いし、家庭に後ろ髪を引かれても困るぐらいかもしれへん。あのアングマール戦で家庭持っとったら勝てへんかったかもしれへんもの。

    「とうぶん二人だし、妊娠の可能性も確認しないといけないじゃない」
    「言われたって今日明日でどうしようもないやんか」
    「だから・・・」
    「アカンで。いくらユッキーの頼みでもこれだけは聞けん。ややこしい性嗜好はもうコリゴリや」

 ユッキーの悪い癖や。寂しくなるとやりたがるんよ。

    「そうや今度の女神の集まる日にシオリちゃんも来るって」
    「やったぁ。なに作ろっか」
    「そうやなぁ、たまには中華はどうや・・・」
 話題が逸れてくれて助かったわ。

次回作紹介

 小説もついに18作目になります。天使と女神シリーズだけでも14作目です。紹介文としては、

 またもやエランから宇宙船が地球に。前回のエラン船に侵略意図の可能性があった事がわかり地球は大混乱。ウルサ型の大国指導者をまとめ上げ交渉に臨むユッキー。エラン代表ジュシュルの真の意図は。息詰る対決の末に知る真実。そして星さえ越える芽生えるロマンスは実るのか。エレギオンの女神達とエラン人の心温まる交流を描きます。

 まさにスリルとサスペンスになっているかは読んでのお楽しみということで。作品的には「流星セレナーデ」を受けての続編になります。惑星エランを登場させるのは、書く上ではそれだけで非日常世界に突入しますので、書きやすいのは書きやすいですが、ネックは年数経過が長くなりすぎる事です。

 流星セレナーデではあれだけ苦心して再生させた立花小鳥の作品上の寿命を一挙に縮めた結果になったので、今回はその辺の設定を配慮してのものになっています。

 それと毎度のことながら一冊分の分量を書くには、重なり合うエピソードが必要です。メインのエピソードだけではガス欠を起します。そう、脇役クラスが印象的に絡む必要が出てきます。脇役のエピソードが本線に重層的に絡んで話の厚みが増し、話が広がる感じです。

 珍しくシリアス・タッチの部分も多いですが、ああいう浪花節的な話は嫌いではありません。あれもまた作品の味付けだと思っています。

宇宙をかけた恋
 

不思議の国のマドカ:あとがき

 書いた後の感想は『苦労した』これに尽きます。構想が二転三転みたいなレベルじゃなく、空中分解しそうになる話を強引にまとめあげた感じです。思い返せば当初構想が拙かった。

 前作に引き続いてアカネを主人公にする構想だったのですが、どうにも話が続かなかったのです。漫才させるには格好のキャラなんですが、アカネの漫才の点描だけでは話がちっとも広がらなかったのです。

 そこで前作に適当にアカネの対極キャラとして出しておいたマドカの活用を考えた訳です。これもボツにした作品では、政略結婚を強制されたマドカが家を逃げ出したことにして、それを連れ戻しに来た父親と一騒動があり、その背景に神の暗躍があり・・・

 書くには書いたのですが、猛烈に不満というか、おもしろくない。ストーリーの意外性が乏し過ぎるってところです。そこでマドカは二人いて入れ替わってるプランを捻くり出したのですが、これはこれで最後は話の収拾がつかなくなって一旦はボツです。

 もうイヤになって新構想で書き始めたのは神算のコトリ編です。これをある程度書いた時に、ボツ作品との融合を考えたのです。ユッキーとコトリが調べ始めた円城寺家の謎と、二人マドカの話が絡みあいながら進み、一つの話になるプランです。

 もともと違う話であったのに融合させるために修正がテンコモリでウンザリです。本線というか、天使と女神から連綿と続いてるシリーズは、すべてミサキ紀元で年代を統一していましたが、これに明治からの話を連結させるとなると大作業になってしまったぐらいです。

 それと今回のテーマ的な性嗜好の話ですが、捻りにひねり過ぎて、これをまとめるのは途方に暮れそうになる作業になりました。最近では記録的に時間がかかり、この作品には二か月近い時間を要しています。

 しばらくシオリを中心に据えてきたので、そろそろユッキーとコトリにも活躍してもらおうぐらいを考えています。さて、次はちょっと休んでリフレッシュしてから書きたいと思っています。