渋茶のアカネ:東京出張

 アカネ先輩と麻吹先生がなにやらもめています。

    「堪忍して下さいよ。アカネに時間がないのはツバサ先生が一番良く知ってるじゃないですか」
    「だから、気分転換と思って」
    「でも一週間は困ります。締切が迫ってるのですから」
    「ああ、それ。わたしが頼んで一ヶ月延ばしてもらってる」
    「でも、そんな事をしたら、他の仕事が回らなくなります。どうせ溜まってるんでしょ」

 ここでマドカも呼ばれて、

    「アカネと一緒に行ってやってくれ。アカネは東京に不慣れだし」

 一週間の東京出張の命令です。マドカは助手兼ガイド役みたいです。新幹線の車内でアカネ先輩は物思いにふけっておられました。

    「やはりカレンダーの仕事が気になられますか」
    「あれは東京出張中は忘れることにしてる。ツバサ先生も気分転換だって言ってたし」

 さすがの割り切りです。

    「では東京での仕事についてですか」
    「それは行って見ないとわからないし」

 たしかに、

    「では何をお悩みですか」
    「東京の食い物って不味いというじゃない。アカネは食べないとパワーが出ないから、それをどうしようと思って」

 そんなことをここまで深刻に悩むものかと思いましたが、

    「マドカがちゃんと案内します」
    「それは助かった」
 マドカには楽しみがあります。それはアカネ先輩の仕事ぶりが見られる事です。どうやったら、あんな写真が撮れるかの秘密がわかるかもしれません。麻吹先生がマドカをアカネ先輩の助手にされたのも、きっとその目的もあるはずです。


 依頼されたお仕事は遊園地のポスターとパンフレット写真及びHP写真のリニューアルです。

    「えっと、えっと、東京って広いな。どこにあるん」

 しっかり案内させて頂き遊園地の事務所に。そこからアカネ先輩はとにかく遊園地の中を歩き回られます。もちろん遊具にも乗られるだけでなく、売店や食堂も。

    「マドカさん。せっかくだから撮ってみて」
    「アカネ先輩に見て頂けるのですか」
    「そんな大層な。アカネのヒントになればと思って」

 アカネ先輩はパンフレットにあれこれ書き込みながら、ジェット・コースターなんて五回も乗られています。

    「う~ん、う~ん。ここのポイントは・・・やっぱりあそこか」
    「予算からしてサクラは雇えないとすると・・・」

 ホテルに帰ってから、アカネ先輩はマドカの写真を見て、

    「うんうん、そう撮るよね。わかるわかる」

 ひたすら褒めておしまいです。翌日になにをするかと思ったら、事務所でまず交渉。それから園内に来ている人に交渉。写真撮影での顔出しOKの了解を取っています。そのうえで係の人と一緒にジェットコースターを登り始め。

    「お願いしま~す」

 なるほど、あそこから撮れば迫力ある写真が撮れます。いやまあ、あんな怖いところに良く登れるものだと感心しますが、どこも『えっ』ってポイントを探し出して、次々に撮影を進めます。夜になって、

    「これは、イマイチ」
    「これは、ありきたり」
    「これは、ボツ」

 マドカからすると、どれも迫力満点の素晴らしい写真なのですが、アカネ先輩は気に入らないようです。翌日も、翌日も、翌日もあれこれ撮影ポイントを変えて撮り続けます。それでも合格になる写真はわずかで、

    「アカネ先輩、これなんかイイと思うのですが」
    「それはね・・・」

 その写真の欠点というか、気に入らない点を次々と、

    「・・・マドカさん、遊園地の写真のポイントは、見ただけで乗ってみたいと思わせる事と、動きを写真の中に盛り込む事なのよ」

 麻吹先生も撮影現場に入ると『妥協』の二文字が無い人ですが、アカネ先輩も麻吹先生と同じぐらい、下手するとそれ以上に無いかもしれません。

    「この写真惜しいけど、右から三番目の子の表情が死んでる」

 自分の理想とするイメージにするためには何度でも撮り直されます。まるまる一週間全部費やして、

    「こんなもんで許したろ」

 そこには遊園地の迫力と楽しさが溢れだす作品が出来上がっています。帰りの新幹線で、

    「マドカさんゴメン。予定では一日ぐらい休みにして、マドカさんも家に帰ってもらうつもりだったんだけど、ちょっと欲張って全部使っちゃった。ホンマ言うたら二日ぐらい余裕とって東京見物もしたかった」

 そんなことは気にもなりません。マドカにとってこんな勉強になる取材旅行はありませんでした。アカネ先輩は煌めく才能をお持ちですが、もっと凄いのはその才能を振り絞る努力を惜しみもしないところです。帰ってから麻吹先生にもマドカの写真を見てもらったのですが、いつものように指摘の山を築かれた後に、

    「アカネは凄かったろ」
    「はい、あそこまでされてるのに感動しました」

 麻吹先生は椅子の背もたれで大きく背伸びしながら、

    「アカネみたいのは初めて見た。普通にテク伸ばせばマドカの写真みたいになるんだよ。プロとして食うためには、そこから自分の世界を切り開くのが大きな壁になるのだが、アカネには壁がなかったんだ。すうっと、単なる通過点みたいに通り過ぎて行ってしまいやがった」
    「そんな感じに思います」
    「その上だよ、壁をすうっと通り過ぎた意識さえなくて、あるはずの壁を探し求めて、ドンドン突き進んでやがるんだ。どこまで進むか考えただけで空恐ろしいぐらい」

渋茶のアカネ:マドカの経験

 マドカが写真に魅せられたのは写真好き父の影響もありましたが、父に感化された兄が近くの写真教室に通いだした時に、一緒に入れて頂いたのが始まりとなります。兄の方は中学に入ると陸上部に熱中してしまいましたが、マドカの方は写真に熱中しました。大学生になってからも写真熱は続き、各地のコンクールで多くの賞を頂いたりしております。次第にプロになる事を考えるようになり、父母とも相談したところ、

    「マドカさんの思う道を進みなさい」

 こういう温かい了解を頂きました。写真教室の先生にも御相談させて頂いたところ、赤坂迎賓館スタジオ勧められました。赤坂迎賓館スタジオは名門ですし、

    『東京一厳しい』
 こういう評価で有名なところございです。ここに入門し鍛えて頂ければプロへの道が開かれるともアドバイスを頂きました。ここへの入門審査は厳しく、写真知識を問われる筆記試験、屋内・屋外で、それぞれ一日かけて行われる実技試験、さらに筆記・実技の二つの試験を合格した者に対する面接試験が行われます。マドカは難関を突破し無事入門することが出来ました。


 赤坂迎賓館スタジオの育成方針は、

    『カメラマンたるもの写真道を極めるべし』
 こう謳われております。具体的には礼儀作法はもちろんのこと、家事一般が完璧に出来る事が目標となっております。マドカは礼儀作法こそ小笠原流を学んでおりますが、家事については疎く精進が必要と感じた次第でございます。

 礼儀作法と家事一般の修得のために入門生たちは先生のお宅に通うことになります。そこでは洗濯・掃除・炊事、庭の草引きから、犬の散歩、子守りまで厳しく鍛え上げられました。マドカも不慣れなことが多かったですが、これこそ写真道の始まりとひたすら修業に励まさせて頂きました。

 先生の自宅修業での成果が認められると待望のスタジオ勤務に昇格となります。ここでもまず先輩方の付き人として厳しく仕込まれます。事務所の掃除はもちろんのこと、あらゆる雑用を命じられます。スタジオでは一般教養と称されていましたが、その最高位置は先生へのお茶くみになります。

 事務所での一般教養が十分に身に付いたと認められると撮影機材の整備が許されます。これも少しでも不備があれば厳しく叱責されるだけでなく、一般教養の修得が不十分と見なされ掃除からやり直しになることも珍しくありません。指導法は、

    『見て覚えられないものにプロの資格なし』
 マドカも懸命になって頑張りました。機材整備が認められると、ついにスタジオのアシスタントに昇格となります。マドカは三年目でアシスタント見習い補佐になれましたが、同期でトップという思いがけない成績となっております。


 いよいよカメラマンとしての勉強が始まると夢を膨らませていたマドカでしたが、先生に呼び出されたのです。入門以来、

    「おはようございます」
    「おつかれさまでした」

 これ以上の会話の記憶がないぐらい雲の上の人でございましたから、緊張しながら先生の部屋を訪れました。

    「新田君、君は優秀だね」
    「とんでもございません。まだまだ修行が始まったばかりの未熟者です」
    「プロを目指すために君に特別授業を行う」
    「ありがとうございます」

 そう仰られると先生は椅子から立ち上がり、マドカの背後に回られます。

    「新田君、君は女性だ。女性としての能力を十分に発揮できるトレーニングが必要だ」
    「あ、はい」
    「そこでだが、魚心あれば水心ありという言葉を知ってるよね」

 先生は背後からマドカを抱きしめ、その手がマドカの胸にかかった瞬間に、

    「エイッ、ヤッ」

 マドカはカメラにも熱中していましたが、小学校の頃から護身術として合気道を学んでおりました。中高六年間は合気道部で主将も勤めさせて頂き恥ずかしながら四段となっております。本格的な実戦は初めてでしたが先生は、

    「こんな事をしてタダで済むと思うな」
 赤坂迎賓館スタジオは退職を余儀なくされてしまいした。父母はこれを機に写真の道はあきらめたらどうだろうかと忠告を頂いたのですが、マドカの決心は揺らぐことはありませんでした。

 しかし他のスタジオに入門希望を出させて頂いても、どこも断られてしまいます。爺やと婆やが調べて頂いたところでは、赤坂迎賓館スタジオの先生から、マドカは入門を断るようにの要請があるらしいとしていました。

 さすがに途方に暮れそうになったマドカですが、最後の希望をオフィス加納に託すことにしました。ここは世界の巨匠である加納先生が開かれたスタジオで、日本中の写真を志す者の聖地のようなスタジオです。

 ただ入門が非常に厳しいのも有名で、マドカのような未熟者には手が届くところでないと思っておりました。入門希望を出させて頂いても返事はなく、半年が過ぎ、やはり駄目かと思いかけていた頃に面接試験の連絡がありました。

 関西には修学旅行で京都や奈良こそ訪れたことはありますが、神戸は初めてですし、もし入門となれば家から離れて暮らすことになります。父母も爺やも婆やも大変心配されましたが、マドカの固い決心についに折れて頂きました。

 神戸に到着し、憧れのオフィス加納を見た時には胸躍るものがありました。一方で赤坂迎賓館スタジオでも多くの入門希望者と、あれほど厳しい入門試験があったのですから、オフィス加納ではどれほどの試験が行われるのか身の引き締まる思いもございました。

 受付で来意を告げると控室ではなく応接室に案内して頂きました。信じられない事に入門希望者はマドカだけだったのでございます。さらに応接室に現れたのは社長でもある星野先生と麻吹先生なのです。これから何が起るかと身を固くしてましたが、簡単な面接と、実技を見るための三十分ほどの写真撮影だけあり、

    「弟子にしてもイイよ。でもこれだけは言っとくね。弟子になったからってプロになれる訳じゃないからね。それで良ければ付いて来な」

 あっさり合格し、あの麻吹先生の弟子になれたのです。オフィス加納は別世界のようなところです。マドカは朝早くから出社して掃除をしたのですが、他のお弟子さんが誰も来られないのです。それでも一生懸命掃除して、買ってきた花を飾ったりしたのですが、スタッフの方々が出社してくるとちょっとした騒ぎになってしました。

    「おい、どうなってねん、これは」
    「花だぞ、花」
    「ここはどこのオフォスだ」
    「会社を間違えたかと思った」

 麻吹先生は出社してくると、

    「お~い、マドカ、悪いけど機材の準備頼む」

 麻吹先生自ら声をかけて下さったのです。それはもう張り切って、心を込めて手入れしました。そしたら先生は自らチェックされ、

    「ちょっと遅いけど、とりあえず合格だな」

 そしたら次の日にはいきなりスタジオ入りなんです。

    「なにをすれば良いのですか」
    「アシスタントを頼む」

 オフィス加納に入ったのは麻吹先生の撮影現場を見れるのも期待の一つだったのです。見れたのは感動でしたが、とにかく猛烈なスピードで動き回られ撮影されます。マドカは唖然とする思いで必死で付いて行こうとするのですが、

    「マドカ、そうじゃない」
    「こら、そこにいたら邪魔」
    「もたもたしない」

 やっているのはアシスタントじゃなく撮影の邪魔にしかなっていません。悔しくて、情けなくて、思わず涙ぐんでしまったら、

    「泣くな、止まるな、動け」

 これが連日なのです。もう申し訳なくて、申し訳なくてアカネ先輩に相談させて頂いたのです。アカネ先輩はマドカより四つ下の二十二歳。麻吹先生の弟子になられて三年目でございます。

    「アカネでイイよ、年下だし、まだ三年目だし」

 マドカは年上ですし、他のスタジオの勤務歴が三年ほどありますが、ここでは新米です。口が裂けても呼び捨てなんて失礼なことが出来るはずがないじゃありませんか。でも心の広い方で、マドカが何回お願いしても、

    「マドカさん」

 どうしても呼び捨てにしてくれません。撮影現場での醜態をお詫びして、まずは見学から始めたいと相談しても、

    「アカネもここから始めたし、もっとひどかったよ」

 アカネ先輩にはあれこれ教えてもらったのですが、ここでは先生の家どころか、オフィスの掃除も弟子の仕事ではないのです。そうお茶くみすらです。飛び上るほど驚いたのは麻吹先生や星野先生がお茶を淹れてくれるだけではなく、

    「ツバサ先生、薄いですよ」
    「そうですよ,茶っ葉のケチりすぎ」
    「そんなんじゃ、誰もお嫁にもらってくれませんよ」

 思わず飛びかかって投げ飛ばしてやろうかと思ったぐらいです。無礼にも程があるじゃありませんか。でも、

    「そうかい、ふだんアカネが渋すぎるの出すから薄めとかないと」
    「ツバサ先生、そこまで言うのだったらアカネの新兵器を・・・」
    「それはやめてくれ」

 そうなんです。ここではごく普通の会話なのです。近頃は少し慣れましたが、先生相手に軽口がなんのためらいもなく飛ぶのです。アシスタント業務では連日の悪戦苦闘なのですが、麻吹先生は、

    「マドカ、良く見ておくんだよ。あの場合はこう動くんだ。わかるか、わたしがこう撮ってるだろ、そうだったら・・・」

 そりゃもう、手取り足取り、丁寧な指導がみっちり入ります。ここでのアシスタント修業は。単にアシスタント業務を覚えるのではなく、カメラマンとして撮影する時にどう考えて、どう動くのかを叩きこまれているのです。半年ほどしてようやくドタバタがマシになったぐらいの時に、

    「マドカもやっと動けるようになったからギアあげるよ」

 そうなるのはアカネ先輩から聞いてはいましたが、聞くと実際にやるのでは大違いです、ここから四ヶ月ぐらい死に物狂いで頑張ったら、

    「じゃあ、いつものペースで宜しくね」
 早送りの動画のような猛烈な撮影ペースです。一年以上かかって、なんとかこなせるようになった次第です。ここまで体験してわかったことがあります。それはアカネ先輩がいかに出来る人かということです。

 アカネ先輩は三年目と言いながら、一年目は秋から入門されています。それも大学を中退していきなりでございます。マドカが一年以上もかかったアシスタントも、わずか半年足らずでマスターされ、二年目には麻吹先生とともにヨーロッパに長期の撮影旅行にも出かけられておられます。

 さらに二年目の終り頃には早くも指名依頼の仕事が舞い込んでおられるのです。三年目に入ると指名の仕事がますます増えただけでなく、

    『渋茶のアカネ』

 と言えばオフィス加納の三人目のエースとして誰からも認められています。あれこそ天才としか思えません。マドカからしたら、

    『アカネ先生』

 こう呼ぶのが当然なんでしょうが、アカネ先輩はそれこそ拝み倒すような勢いで、

    「それだけは呼ばないで。オフィス加納で先生と呼んでイイのはツバサ先生とサトル先生だけ。アカネなんて話にもならいなんだから」
 そのアカネ先輩の写真ですが、まさに創意工夫に富んでいます。いや富み過ぎてるものばかりです。どこをどう考えたら、こんな発想が出て来るのか感心するしかないのです。

 それもテクニックが鼻に付くようなものじゃなく、ナチュラルにひたすら楽しさが画面から噴き出す感じなのです。そこまでの写真が撮れるというのに、怖ろしいほど謙虚な方です。自分の写真を、

    「あんなものはアイデアだけで笑いを取ってるだけ。それだけの価値しかないよ」

 あれはアイデアだけではありません。この仕事ではなにを撮らなければいけないかを即座に見抜かれ、それにいかにインパクトを与えるかを考え抜き工夫を重ね上げたものです。麻吹先生にも聞いたのですか、

    「マドカもよく見てるね。アカネは自分では全くと言って良いほど意識してないけど、猛烈な速度で成長して、既に一流の域に入ってるよ」
    「どうして意識されないでしょう。あんなに凄い写真が撮れますのに」

 麻吹先生はニヤッと笑われて、

    「マドカは赤迎の時に自分より下手な先輩がいただろう」
    「えっ、その、あの」
    「ここじゃ、マドカが入るまでアカネが一番ヘタクソだった。アカネが見てるのはわたしとサトルなんだよ。これを追い抜くまでたぶん意識なんかカケラも持たないと思ってる」
    「それって」
    「それもアカネの武器であり、長所だよ。最近ではわたしやサトルでさえ、通過点と思い出してる感じさえある」

 麻吹先生や星野先生が通過点だって、

    「もちろん、やすやす抜かさせる気はないけど、アカネはすでにわたしのアングルの秘密を見抜けるぐらいになってるし、かなり使いこなせるようにさえなってるよ」
    「あの誰にも真似できない麻吹アングルをですか」
    「そうだよ、それもコピーじゃない。自分の流儀に取り込んでいるよ。もう一つマドカに教えといてやろう。アカネのイイところは、小さくまとまろうとする気が微塵もないんだよ」

 そんなアカネ先輩がウンウン唸りながら大きな仕事に取り組まれています。これも麻吹先生に聞いたのですが、

    「アカネ先輩の仕事はなんですか」
    「ああ、及川電機のカレンダーだよ」

 これは大きい仕事です。

    「テーマとかあるのですか」
    「えっと、神戸の点景だったかな。要は神戸を題材とした風景写真だ」

 異人館とか、ポートタワーとかでしょうか。

    「それだったら、あそこまで」
    「この仕事は前任者がいてね。それに負けない仕事をするのがアカネの課題だ」
    「前任者はどなたですか」
    「加納志織だよ」
    「えっ、あの、世界の加納先生・・・」

 アカネ先輩があれだけ苦悩されてる理由がよくわかりました。でもマドカは信じてます。アカネ先輩なら必ず成功されると。その時にはアカネ先輩にどう言われようが、満身の敬意を込めて

    『アカネ先生』
 こう呼ばせて頂きます。

渋茶のアカネ:アカネ2の秘密

 相変わらず打倒! 加納志織に悪戦苦闘中なんだけど、カメラはアカネ2がメインになってきてる。同型機のはずだけど、どうにもこっちの方が良い気がしてる。どういうのかな、撮った画像のヌケが格段にイイ気がするんだ。

 どうしてだろうと思うのよね。どうしたって古い機種だから画像処理エンジンの能力は現行機より劣るんだ。ここについては、PCでロー画像を処理すればカバーできるけど、イメージセンサーだって古い。

 でもさぁ、でもさぁ、これだって必ずしもハンデにならないって今度の仕事で勉強した。そうだよあの加納先生の作品。あの作品は何年前の作品よ。このカメラが出来る前に撮られてるじゃない。そりゃ、まったく同じ力量の人が競い合ったらカメラがイイ方が有利だけど、その差なんて思うほど大きくないってこと。気になるのはアカネ2に付いてるレンズ。岡本社長に聞いたら、

    「本体しかなくて、レンズは申し訳ありませんがあり合わせのオマケです」

 でもロッコールじゃないかと言ったら、

    「ロッコールといえば高級品のイメージがあるかもしれませんが・・・」
 ロッコールのレンズといえば加納志織モデルを筆頭にとにかく高級品ぞろい。加納志織モデルの正式名はR100って言うんだけど、R80でもぶっ飛びそうな値段。普及品とされるR60でもアカネではちょっと手が出にくい感じ。

 このロッコールだけど潰れそうになった時期があったみたい。どういうのかな、ロッコールブランドを使って粗悪品を販売していた感じ。この頃はロッコール・ブランドは地に堕ちそうになってたらしく、その頃の中古品はまさに二束三文の価値しかないらしいの。だからアカネ2のオマケにくれたってお話。

 でも使うと明らかにイイ。だったらとアカネ1に付けてもやっぱりイイ。やっぱりイイけど、アカネ2の方がはるかに相性がイイのよね。もっと不思議なのは今までアカネが使っていたレンズをアカネ2に付けるとイマイチ過ぎるんだよ。


 ツバサ先生にも相談したことがあるんだけど、アカネ1と2を使い較べて、

    「サウザンド・オブ・ワンじゃない」

 なんのこっちゃと思ったけど、量産品でもやっぱり微妙に製品ムラがあるんだって。サウザンド・オブ・ワンは銃の話だそうだけど、千丁に一丁ぐらいムチャクチャ精度の良い銃が出来るところから付けられたみたい。

    「今は製品管理が良くなって少なくなったけど、かつては多かったそうよ」
 いわゆる同じ製品を買ってもアタリ・ハズレがあるってやつ。にしては極端な気がするけど、他に適当な理由が思いつくわけでもないから、今のアカネのカメラ使いは二刀流。アカネ2で出来るだけ撮ってるけど、とにかくパンケーキ・レンズ一個しかないから、他のレンズを使う時にはアカネ1を使ってる。


 カメラの方はそれでイイんだけど、カレンダーの方は完全に行き詰ってる。あの華麗で美しい加納先生の写真に太刀打ちする突破口がどうしても見つからない感じ。ずっとあちこちの風景を撮って回ってるんだけど、悔しいぐらい差があると認めざるを得ないのよ。

 そりゃ、十年先とまで言わなくても、五年先、いやせめて三年先なら話は少しは変わるかもしんないけど、この限られた期間じゃ、埋めようもない差なんだ。だから目先を変えて勝負したいんだけど、チャチな思いつき一つじゃ話になんない。

 でもね、目先を変えるのはポイントだとは思ってる。そう言えば感じが悪いけど、同じ土俵で勝負しても仕方がないぐらい。あっちが加納先生の世界なら、こっちはアカネ・ワールドで勝負するしかないって。

 どう言えば良いのかな、写真というジャンルは同じだけど、写真と言うジャンルの中でさらに違うジャンルで勝負する。この辺までは浮かんできてるんだけど、そもそもアカネのジャンルってなんなのよ。


 ひたすら撮りまくって今夜もオフォスで撮った写真のチェック。ツバサ先生も気になるのかよく顔を出してくれる。

    「おっ、写真が良くなってるじゃない」

 風景写真ばっかり朝から夜まで撮りまくってるから、ちょっとは腕も上がってるみたい。

    「この辺なんか、アカネにしたらよく撮れてる方だと思うよ」

 これも最近になって気が付いたんだけど、ツバサ先生が主に褒めるのはアカネ2で撮った写真が多い。それを言ったら、

    「道具には相性があるんだよ。アカネにはよほど相性が良かったんじゃない。こういうものは思い込みも入るから、これで上手く撮れると思えば、余計に上手く撮れることもよくある話だよ」

 ここのところツバサ先生はアカネの写真を見ても褒めることはあっても、前みたいにガンガン指摘の山を気づくことが少なくなってる。

    「あははは、だいぶ煮詰まってるようだね。ちょっと飲みに行こうか」
    「いや、そんな時間は・・・」
    「焦る気持ちはわかるけど、あんまり根を詰め過ぎると見えるものも見えなくなるよ」

 近所の居酒屋かと思ったら、なんとタクシーで三宮に。なんか裏通りみたいなとこに入り込んで、怪しげなビルの二階にすたすたと。木製の重々しそうなドアを開くと、

    『カランカラン』

 カウベルが付けてあるみたい。中は長いカウンターがあって、

    「いっらしゃいませ」

 品の良い白髪の老紳士。及川氏ぐらいかな。最近の年寄りは元気だな。カウンターの向こうがはお酒がずらりと並んでる。話に聞くバーッてやつかも。

    「なんにいたしましょう」

 何って言われたって、バーならカクテルを注文しなくちゃいけないだろうけど、メニューもないし、壁に張ってあるわけでもないし、えっと、えっと、えっと、

    「この子にはフルーツでなにか作ってあげて。そうねぇ、パイナップルにしとこうか。わたしはダークラムをロックで。後は任せるわ」
    「かしこまりました」

 うわぁ、格好イイ。あんなアバウトなオーダーが出来るんだ。まさに大人って感じだよね。しばし待つうちに。

    「お待たせしました」

 うひょ、本格的。なんかドラマのワン・シーンみたい。

    「こちらは」
    「わたしの弟子。渋茶のアカネよ」

 だから『渋茶』は余計だ。

    「へぇ、それはユニークなお名前で」

 ほっとけ。

    「カンパ~イ」

 うわ、美味しい。酎ハイより美味しいし、お酒の感じがしないもの。

    「アカネのカメラだけど」
    「どっちですか」
    「アカネ2」

 ツバサ先生は遠くを見る目をしていた。

    「あれは特別製だよ。アカネ1と違うのはアカネが感じた通り」
    「そうでしょ、そうでしょ、同じカメラとは思えませんもの」
    「そう、あれはわたしが知っているアカネ2ですらない」

 えっ、どういうこと。どうしてツバサ先生はアカネ2を知ってるんだ。

    「さすがのわたしも驚いた。小次郎もよほどアカネを気に入ったんだろうなって」
    「小次郎って」
    「ゴメンゴメン、及川さんの事だよ」

 うん、前もこんなことがあったぞ。えっと、えっと、そうだ東野の野郎ともめた時に祝部先生のことを弦一郎って呼んでた。

    「あれはね、正真正銘のルシエン。世界でたった二つだけ作られた本物のルシエンなんだ」
    「それって及川氏が作り上げたっていうプロトタイプですか」

 そこからの話は驚愕の世界だった。あの及川氏と加納先生が付き合ってた時期があったって言うのよ。

    「加納先生の旦那さんがお医者さんなのは知ってるよね」
    「ええ、旦那さんが学生時代に同棲されてて、その時にあの光の写真を会得したって」
    「でもね、同棲からそのまま結婚したわけじゃないんだ」

 加納先生の旦那さんは一浪だそうで、医者になったのは二十六歳になるけど、卒業の時に一度別れたんだって。あんなに綺麗な加納先生を振る男は存在しなだろうから捨てられたんだろうな。それがヒョンな事から再び巡り会ったんだって。

    「でもね、その時には加納先生は及川さんと付き合ってんだ。及川さんが加納先生に惚れて口説き落とした感じかな」

 及川氏は加納先生の二つ下だから、ちょうどカレンダーを初めて依頼した年になりそう。

    「ちょっと待って下さい。そうなると加納先生は及川氏を捨てて、旦那さんと結婚したのですか」
    「そうなる。及川さんはショックだったんだろうな。ついに結婚しなかったぐらいだよ」
    「えっと、でも及川さんの次の社長は娘婿だって」
    「そうだよ養女だよ」

 うわぁ、知らなかった。そうなると娘婿はもちろんだけど、娘も孫も血のつながりはないんだ。

    「その辺が及川電機の内紛に発展したで良いと思う。赤の他人だからね。そこはまあ、置いとくけど、まだ及川氏と加納先生が付き合っていた時に、ある約束をしていたんだ」
    「なんですか」
    「世界一のカメラを作ってプレゼントするって」

 なんか話がつながってきたけど、

    「及川氏はまず及川CMOSを作り上げたんだけど、さすがにカメラ本体まではなかなか手が回らなかったんだよ」
    「だから六十歳で会長になって専念したとか」
    「そうなる」

 でもさぁ、でもさぁ、加納先生は及川氏を振って捨ててるんだよ。どうしてそこまで、

    「最後のところはよくわからないけど、及川電機のカレンダー依頼は加納先生が引退するまで続いてるよ。それに加納先生は及川電機のカレンダーのすべての写真を撮られてる」

 たしかにそうだ。

    「まさか不倫関係だったとか」
    「男女の仲だから最後のところはわからないけど、たぶん無いと思うよ」

 アカネも無い気がする。加納御夫妻の仲がいかに睦まじかったかは、今でもオフィスの伝説として残ってるぐらい。

    「先ほどプロトタイプは二台あったってお話ですが」
    「及川氏は一刻も早く撮って欲しかったんだろうね。出来上がったプロトタイプを加納先生に渡したらしい」
    「もう一台は?」
    「カメラ事業を売り払われてしまった時に一緒に持っていかれたそうだよ」

 じゃあ、そのプロトタイプは加納さんのが持ってる事になるけど、十年前に亡くなった時にどうなったんだろう。

    「加納先生は亡くなる前に形見分けしてたんだ。子どももいなかったからね。わたしが使っているレンズもその時の遺産さ。どうもそのカメラも及川氏に返したらしい」
    「加納先生はそのカメラでカレンダーを撮ったのですか」
    「撮らなかった。とにかくあの騒ぎになったものだから、カメラは使われずにそのままだったでイイみたいだよ」

 アカネにとっては複雑すぎる話だけど、加納先生が結婚されてからも、どこか心の奥底でお二人は通じ合っていたんじゃないかな。強いて言えば良き異性のお友だちって感じかな。たぶんだけど四十年越しのカメラのプレゼントを喜ばれたと思うけど、及川氏があんなことになってしまって使う気にならなかったのだろうって。

    「でもアカネ2がその時のカメラの証拠はあるのですか」

 ツバサ先生はグラスを静かに傾けながら、

    「プロトタイプと後に発売されたカメラでは微妙に仕様が異なるんだ」

 たしかにちょっと違う。

    「それだけじゃない、アカネ2にはさらに改造が施されている」
    「改造ですか」
    「そう、プロトタイプのイメージセンサーは及川CMOSだけど、アカネ2のは及川の新型センサーだよ。そんな事が出来るのは及川電機の関係者以外には不可能なんだ」

 えっ、えっ。えっ、あの新型センサーが組み込まれてるって。

    「レンズもそうだよ」
    「岡本社長はロッコールの粗悪品のマシな方のオマケって言ってましたが」
    「あははは、粗悪品だって。紛れもない加納志織モデルだよ。新型センサーに組み合わせるなら、このレンズを使わないなと真価を発揮しないからね」

 なんちゅうこと。アカネ2もタダ同然で買ったようなものだけど、このレンズだけで百万円どころじゃないじゃない。カメラ本体だって新型センサーが搭載されてるのはロッコール・ワン・プロ以外ならこのカメラだけだよ。

    「及川氏にカレンダー撮影をアカネに任せたいって言ったら最初は渋ったんだ」

 そりゃ、そうだろ。

    「でもね、アカネが使ってるカメラを聞いたら目の色が変わったよ」
    「ではアカネ1で撮った方がイイのですか」
    「勘違いしたらいけないよ。及川氏は加納先生に最高のカメラをプレゼントすると言ったんだ。あの時は最高だったかもしれないけど今は違う。及川氏がアカネに贈ったのは今の最高のカメラだよ」

 ツバサ先生は次にオーダーしてたマンハッタンを飲みながら、

    「カメラにアカネの名前が彫ってあるだろう」
    「はい」
    「でもアカネ2の方はアルミ・プレートが貼ってあるだろう」

 そうなんだよな。買った時には、そこまで手が回らなかったって言ってた。

    「剥がしたらシオリの名前が刻んであるよ。及川氏も削り落とすのに忍びなかったんだろう」
    「なんかカメラ負けしそうです」
    「ほう、おかしいな。これぐらいのプレッシャーじゃ、ビクともしないように鍛えといたはずだけど」
 ツバサ先生は次から次へと飲むものだから、アカネもつられて飲んでたら酔っちゃった。でもお酒にも酔ってるけど、ツバサ先生の話の方がもっと酔ってる気がする。加納先生と及川氏とアカネのカメラの因縁話に。

 見ようかもしれないけど、これって一種の壮大なラブ・ロマンスだよね。もしかしたら、及川氏は加納先生の旦那さんが早くに亡くなるとか、喧嘩して離婚するのを待ってたのかもしれないね。とにかく加納先生はウルトラ美人の上にちっとも歳を取らないし。

 でもなにか引っかかるものが。そうなのよ、どうしてツバサ先生はそこまで知ってるんだ。ツバサ先生と加納先生の接点なんてないはずなのよ。オフォスの昔からのスタッフにしても、ここまで立ち入った話を知ってるはずがないじゃない。可能性としてはサトル先生が聞いていた可能性があるけど、加納先生がここまで話すかな。

 なにより不可解なのは間違いなくアカネ2を知ってるってこと。そりゃ、今のアカネ2に新型センサーが搭載されてて、あのレンズがロッコールの加納志織モデルであるのを見抜くのはツバサ先生なら可能だよ。

 でもその改造前のプロトタイプを実際に見て、触れていたとしか思えないもの。でもそんなことは加納先生以外に不可能じゃない。アカネ2はツバサ先生の話を信じれば、ほとんど使われなかったで良さそう。使ったとしても及川氏が取締役を解任される前ぐらいまで。

 その後はお互いの苦い思い出とともにしまい込まれていたとしか思えないもの。次に出て来るのは死期を感じた加納先生が取りだした時。贈られた及川氏が使いまくったとも思えないし。

    「ま、アカネ、頑張りな。難しく考えることないよ。アカネが今できる事をひたすら突き進めば答えはあるよ」
    「あるのですか」
    「ああ、答えって言うのは正しくないけど、アカネが進むべき道がきっと見えて来るはずだよ」
 この仕事を始めてからツバサ先生はアカネにすごい期待を寄せているのだけはわかる。きっとこの仕事でアカネがなにか掴むはずだと確信されてるんだ。とにかく明日考えよ。今日はもうなにも考えたくない。

渋茶のアカネ:ルシエン

 アカネの手元にはオーバーホールの終わった愛機が。それにしてもピカピカに磨き上げられてる。修理期間も通常は十日以上かかるんだけど三日で仕上がってた。お代を払おうとしたんだけど、

    「すみません。修理中にカメラに傷をつけてしまい、帳消しということでご容赦ください」

 たしかに大きな傷がついてた。製品名が削られ『Lucien』と変わり、さらに『Akane 1』と新たに刻み込まれてる。

    「こ、これは」
    「つい手が滑り申し訳ございません」
 ルシエンは当時の開発コード名だったらしく、発売時にも使われる予定があったそうなの。アカネ1の掘り込みはオマケのサービスみたいで、ちなみにアカネ2もある。これは、やはり予備機が欲しかったので中古の同じカメラを探してもらってたの。

 きっとプロタイプはこんな感じで出来上がっていたと思うのよね。さっそく使って見たんだけど、すこぶる快調。まさに新品同様の感じ。よっしゃ、これでカメラの不安はなくなった。

 でも解消したのはそれだけ。カレンダーの仕様は二ヶ月で一枚の表紙も入れて七枚。果たして何をどう撮るのか。何と言っても神戸の風景なんだけど、撮影地域が神戸というだけで、後はフリーみたいなもの。

 それにしても加納先生のカレンダーは凄かった。初期のものから凄いんだけど、後期のものになるほどさらに凄味を増してるんだもの。あれを見るだけで加納先生が死ぬまで進化を続けていたことが実感できる。さすがは世界の巨匠と呼ばれてるだけの事はある。

 感心したって始まらないなんだけど、今のアカネの実力じゃ、同じ土俵で勝負しても勝ち目はゼロ。これは諦めてるんじゃないよ、冷静な戦力分析。そもそも同じ土俵で勝負すること自体に意味がないとも言える。

 仮にだよ、加納先生とまったく同じテクニックを身に付けたころで、どこまで行っても劣化コピー。加納先生を越えるなんて不可能だよ。そういう世界はツバサ先生が一番嫌う世界じゃないの。

 冷静に考えれば今のアカネに勝機はないのだけど、今回の仕事はツバサ先生が仕組んでるのは間違いない。そりゃ、請け負った仕事をアカネに回した時点でそうなんだけど、あえて加納先生の過去の作品をアカネに見させ、及川氏に引き合わせ、カメラの話を持ち出させたのも全部計算のうちで良さそう。

 そうなのよ、そこまでしてもアカネは加納先生に勝てる要素があると見ているはずなんだ。ツバサ先生はアカネの何を見て、それをどうすれば加納先生の作品に太刀打ち出来ると判断してるのだろう。

 答えが見つからないアカネはひたすら神戸の街を歩き、ひたすら撮りまくってた。でも撮っても、撮っても、頭に浮かぶのは加納先生の作品。思い浮かべたって勝負にならないと思っても、どうしたって浮かんでくる。PCの前で苦悩してたら、

    「頑張ってるね、アカネ。お茶淹れて来たよ」
    「すみません、先生・・・ぐぇ、渋い」

 やられた。アカネ特製スペシャル極渋茶だ。

    「やっぱ、渋茶のアカネでも渋く感じるんだね」
    「あったりまえです」

 それからアカネの撮った写真をチェックしながら、

    「アカネはこの路線で行くつもりかい」
    「行きません」
    「じゃあ、どうするつもりだい」
    「それを考えてるのです」

 まったく無理難題吹っかけやがって。そないにホイホイ、加納先生の作品を凌ぐアイデアが出てくるわけないじゃろが。

    「そういえばカメラ変えたのかい」
    「いいえ同じです」
    「誰かが変わったって言ってたけど」
    「ロゴが変わっただけで同じです」

 アカネ1を見せたんだけど、

    「ルシエン・・・アカネ1ってあるけど、アカネ2もあるのかい」
    「ええ、この際だから予備機も中古で調達してます」

 それも見せて欲しいと言われたから見せたんだけど、

    「これがアカネ2・・・ちょっと撮ってもイイかな」
    「どうぞ、どうぞ」

 アカネ2はアアネ1と同型機のはずなんだけど、ちょっと感じが違う。岡本社長は、

    「発売中に細かなモデルチェンジがあったので・・・」

 操作フィーリングは同じだけど、筐体もスペックも微妙に違うところがある。というかアカネ1より使いやすいというか馴染む気もしているぐらい。この辺はハンドグリップが付いてるのも理由だと思ってる。ツバサ先生はしばらくカメラを触った後に、

    「こっちもキチンと整備してあるね」
    「絶好調です」
    「アカネはルシエンの由来も聞いた」
    「ええ、なにやら及川氏の夢の跡とかって」

 ツバサ先生は愛おしむようにカメラを抱いて、

    「頑張りなよ、答えまでもう少しだよ。アカネならきっと出来るはず。それとこのカメラだけど、大事にしてやってくれ。きっとアカネの力になってくれるはず」
 それだけいうと、どっかに行っちゃいました。わかるのはツバサ先生が答えを知っていること。ツバサ先生の弟子育成法だけど、基本技術はそれこそ手取り足取り、ガンガン説教付きで教えられるし鍛えあげられる。

 いわゆる『見て覚えろ』的な回りくどい方法を取らないのだけど、次のステップに登るのは放置。自力で上がって来いぐらいの姿勢。ツバサ先生は、

    『当ったり前だろ。受験勉強の手伝いは出来ても、試験本番は独りでやるに決まってる』
 ちょっと違う気もするけど、見方を変えればそのステップに上がれるかどうかは本人の努力と持って生まれた才能で良さそう。でもだよ、でもだよ、今回の相手は加納先生だよ。ツバサ先生がアカネの力量を買いかぶり過ぎてる気がどうしてもしてしまうんだ。

 あかん、あかん、弱気は禁物。アカネの武器は根拠なき自信じゃない。遮二無二頑張って、もがき苦しんで、開き直って今までも難題を突破して来たんだもの。今回だってゴールじゃないよ、及川氏が言う通り通過点なんだ。

 アカネの夢はもっと、もっと、もっと大きいんだよ。世界一のフォトグラファーになるんだよ。そしてね、そしてね、ロッコールに泉茜モデルを作ってもらって、タダでもらうんだ。カメラだって渋茶のアカネ・モデルを作ってもらってタダでもらうんだ。

渋茶のアカネ:カメラの見る夢

 アカネの愛機の不調は微妙なもので、トコトン使い込んでるからわかると思ってた。シャッターの切れ具合、写し取った画像の映え具合が想定したものと微妙にずれる感じ。オーバーホールすればマシになるんだけど、しばらくするとまた悪くなる感じ。

 カメラマンに取ってカメラは命だけど、一方で使い捨ての消耗品でもあるんだ。だからカメラマンによっては不調を感じたらサッサと買い替えてしまう人も少なくない。カメラの不調でシャッターチャンスを逃がす方が重大ってところだと思う。

 及川氏が不調に気づいたのは感心したけど、どうして岡本カメラなんだろう。あそこは通販主体の安売りショップ。そもそも店舗なんかあるのかな。住所を目当てに行ってみると、やはり店舗はなく、あるのは倉庫と事務所だけ。

 受付で来意を告げると話は通じてて、そのまま応接室というか、応接コーナーみたいな一角に案内された。待つことしばしで現れたのは、おそらく岡本社長。だって挨拶も抜きで、

    「カメラを見せて下さい」

 そういうや、触り始め。

    「八年目ですか?」
    「はい」
    「オーバーホールは?」
    「半年前に」

 そこから考え込んで、

    「かなり悪いです。いつ止まってもおかしくりません」
    「えっ、えっ、そんなに悪いのですか」

 すぐさま修理に入ると言われて、社員がカメラを持ってっちゃいました。

    「直るのですか」

 そしたらピクッと眉毛が動いて、

    「この岡本がたとえ命に代えても直して見せます」

 おいおい、たかがカメラだぞ。それも初心者用の入門機だし、八年間使い倒した代物だぞ。ライカとかの骨董品と勘違いしてるんじゃなかろうか。

    「ああ、これは失礼。岡本カメラの社長の岡本俊作と申します」
    「オフィス加納の泉茜です。よろしくお願いします」

 なんか順番があべこべになっちゃったけど、悪い人ではないみたい。少し話をさせて頂いたんだ。

    「あのカメラは及川会長の最後の夢なんです」
 話は六十歳で社長の座を娘婿に譲った時代に遡るっていうから三十一年前の話になるみたい。及川氏が会長になった最大の理由はカメラを作る夢のためと聞いて驚いた。及川電機は及川CMOSこそあるものの、カメラメーカーじゃないものね。

 カメラ事業に専念するために、他の業務の負担を避けるために会長になり、陣頭指揮を執ってたそうなのよ。カメラを作るためには、レンズ、本体、イメージセンサー、画像処理エンジンが必要だけど、レンズは早期に断念し、本体と画像処理エンジンの製作に専念したらしい。

 及川氏の目標は一流のプロから初心者まで満足できるカメラを作る事だった。ここも言いかえれば一流のプロが使えるカメラを初心者でも使いやすく、なおかつ価格的にも手に入るカメラを作り上げることでもイイと思う。

 かなり欲張った目標と思ったけど、後発もイイところの及川電機がカメラ市場に進出しようと思えば、既存製品を圧倒する性能と価格が必要なのはアカネでもなんとなくわかる。

 岡本社長もその時のプロジェクト・メンバーの一人。岡本社長が今でも及川氏を会長と呼んでいるのは、カメラ事業が始まってから、その手腕を見込まれて迎え入れられたからで良さそう。

 十年の歳月を経てプロトタイプまで完成したみたい。とにかくまったく新規の事業に等しいから、かなりの資金が費やされたみたい。でもそのカメラはついに及川電機から売り出されることはなかったのよ。

 及川氏はとにかく技術屋気質が強くて、ある物を作ると決めたら暴走に近い状態で突撃するタイプみたい。莫大な資金を注ぎ込み、力業でもモノにしてまう感じ。何度も倒産寸前まで追い込まれながらも、最後に成功させて回収してしまう綱渡り的経営で良さそう。

 これに対し及川氏の跡に社長になった娘婿は対照的な性格だったみたい。堅実と言えなくもないけど、守りの経営姿勢で、大きな投資のギャンブルを嫌い、リスクの少ない投資で確実に利益を確保しようぐらいかな。

 そんな娘婿社長からすれば及川氏がカメラ事業に暴走するのは苦々しいものにしか見えなかったみたい。及川氏がカメラ事業に専念している間に、及川氏追放計画を進めていたんだ。

 娘婿社長は及川氏のバクチ的経営姿勢が嫌いなメイン・バンクと手を組み、意気揚々と出来上がったカメラの発売計画を迫る及川氏を取締役会で責任追及したそうなのよ。結果は無謀な投資で会社に損害を与えた責任を取らされ、及川氏は会長にこそ留まったものの、代表権どころか取締役も解任されてしまったって。

 及川氏が育て上げたカメラ事業は他社に売り渡してしまっただけではなく、社内の及川氏派を次々に追い出して行ったで良さそう。岡本社長もその一人。

    「よく知らないのですが、及川氏って大株主では」
    「そうなんですが・・・」

 娘婿社長のクーデターに反発する及川氏派は株主総会での巻き返しを及川氏に迫ったそうなの。岡本社長によると、本気でプロキシ・ファイトまで持ちこめば勝敗はどっちに転んだかわからなかったみたい。しかし及川氏は、

    「これ以上のもめ事は会社のイメージを失墜させるだけで百害あって一利なし。老兵は死なずただ消え去るのみ」

 及川氏が会長職に留まったのは大株主であるが故で良さそう。

    「そのカメラのその後は?」
 基本設計の優秀さはあり、五年後に売り渡したメーカーから発売されたの。安価で使いやすく、当時としてはそれなりの高性能でもあったので、まずまずのヒット商品になりロングセラーになったらしい。

 アカネが買ってもらったのは発売から八年後。実はその二年前にこのカメラの製造は中止されており、アカネが買った時には型遅れの売れ残りの叩き売り状態でイイみたい。そういえば、

    『お買い得品』
 こうデカデカと書かれた、カメラ売り場のワゴンに積んであったものね。在庫一掃処分セールってところかな。

 でもね、でもね、だからアカネは買ってもらえたんだ。とにかく親は渋りまくりだったんだけど、値段がちょっと高めのコンデジ程度になってくれていたから、この値段だったら仕方がないって感じ。岡本社長は、

    「技術は日進月歩で進みます。このカメラが出来た時にはまぎれもなく最先端の機能を持ってました。ところが発売されるまでの五年間で普及機レベルに落ちています。これはどうしようもないことです」
 発売当初からそういう位置づけで始まり、製造中止になってから既に十年。デジイチとはいえ過去の製品と化してしまい、もう現役で活躍しているのは少ないだろうとしていました。

 岡本カメラは中古カメラも手広く扱っているそうだけど、アカネのカメラは中古マーケットにもほどんど出回らないそう。中古で買い取って売るにも市場価格が安すぎて利益を出しにくく、人気もないからそんな値段でも買う人も滅多にいないぐらいかな。

    「でも使いやすいカメラだったでしょう」

 それはそうかもしれない。中学生のアカネでもすぐ使いこなせたし、使えば使うほど、思わぬ機能が見つかったりで楽しかった。

    「及川会長から聞きました。及川電機のカレンダーを再びオフォス加納に依頼すると」
    「ええ、まあ、そうなんですが」
    「担当してくれるカメラマンはあのカメラを使っておられると」
    「あ、え、はい、そうですが」

 岡本社長の目に涙が、

    「及川会長だけではなく、あのプロジェクトに携わった者の夢だったのです。あのカメラでカレンダーを撮ってもらうことが」

 ああ、やっとわかった。及川氏がカメラを作ろうとした真の目的が。加納先生に使ってもらいたくて作ったんだ。岡本社長は立ち上がって深々と頭を下げられて、

    「カメラは必ず新品同様にしてみせます。どうか良い仕事をお願いします」
 うわぁ、今回の仕事はなんて余計なプレシャーが多いんだ。