ローマに着いてツバサ先生は、アカネをしげしげ見て、
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「これじゃ、拙いか」
連れて行かれたのはリナシェンテ。トレビの泉の近くにあるデパートで、上から下まで一揃い買ってもらったんだけど、
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「こりゃ、まさに馬子にも衣裳だわ」
大きなお世話だ。ホテルは相変わらずの安宿。夕方になってアカネは買ってもらった服に着替えたんだけど、
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「もうちょっと化粧と髪型をなんとかしないと。サキ、手伝って」
ツバサ先生とサキ先輩の二人がかりで、
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「これでちょっとはマシになったやろ」
うぅ、セットされた髪が引っ張られて痛い。そのまま夕食に。慣れないヒールが辛いんだけど、
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「ここだよ」
案内されたテーブルには若い女性が二人。うへぇ、この二人も素敵で綺麗。ツバサ先生と三人並ぶと美の競演って感じ。アカネは・・・言わんとこ。アカネだってね、アカネだってね、可愛いって言ってくれた人もいたんだよ。保育園の時だけど。
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「ユッキー、こっちは仕事」
「まあね」
「こちらはコトリね、久しぶり」
どういう関係なんだろ。見た目はツバサ先生と同じ二十歳過ぎだけど、ツバサ先生のは見た目だけで実は二十八歳。でもタメ口だから同級生とか。じゃあ、この二人も歳より若く見えるとか。
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「こちらの可愛い方は」
ほらみろ、ほらみろ。見える人にはアカネの真価はわかるんだ。
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「わたしの弟子。渋茶のアカネ」
ツバサ先生、『渋茶』は余計だ、
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「へぇ、そうなの。ここではユッキーと呼んでね」
「うちもコトリでエエから」
見た目だけならアカネも同じぐらいのはずだけど、どうにも年上の感じがする。それもずっと上の感じ。
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「ユッキー、見えるってこんな感じなの」
「そうよ、おもしろいでしょ」
何が見えてるって話なんだろ。
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「記者会見場のは、どれぐらいだった?」
「そうねぇ、コトリちゃんよりちょっと暗い感じかな」
見えてるのは明るい暗いなのか。いわゆるオーラってやつかな。
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「それは相当よ」
「そうなの? たいしたことはなかったけど」
「だろうね。わたしの五倍ぐらいは確実にあるもの」
「そんなに! でもどうしてあそこで襲われたの」
ユッキーと呼ばれる女性は少し考えてから、
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「イナンナはアンを砕いたけど、トドメを刺すとこまで行かなかったようなのよ。おそらく一撃を使ったと考えてるけど、使ったイナンナも冥界に引きずり込まれたしまったんじゃないかと考えてる」
アンって誰なの赤毛のアンとか、
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「エレシュキガルは冥界には繋ぎとめるけど、殺しはしない。でもアンにはイナンナと共にある秘法を施していたで良さそう」
「なんなの」
「叙事詩ではイナンナは七つのメーを冥界に持って行ったとなってるけど、あれは砕かれて七つの部分に別れたアンが再び一つになるのを防ぐメーと見て良いと考えてる」
メーって牛か、いやヤギか、それともトトロに出てくる女の子? あれはメイか。
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「パリの事件の時にエレシュキガルの軛を逃れたアンは地上に復活したんだろうが、メーの存在に気づいたんだと思う。これを外せるのはイナンナかエレシュキガルのみ」
「でもフェレンツェで襲わなくとも。それもあんな白昼堂々」
「本当のところはわからないけど、イナンナをようやく見つけたのがフェレンツェだったのはあると思う。神だって見る範囲しか見えないでしょ」
神だって・・・ドラゴンボールの世界かここは、
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「おそらくだけど、七つのうちで神のパワーが充電できるのは一つだけ。残りの六つは放電すれば終り。焦ったんじゃない。それに白昼堂々でやっても飛んだら終りだよ」
「でもわたしを殺そうとしてた」
「メーを外せるのはエレシュキガルかイナンナだけだけど、殺したって外れるんじゃないかしら」
なんか話が殺伐としてきた。美女同士の会話じゃないよこれは。
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「初代主女神が遺していた粘土板があってね」
「だからコトリちゃんはエレギオンに行ったのか」
「そうよ、HDが全面支援したのも、そのため」
エレギオンって港都大が発掘調査に行ってたやつのことね。ニュースで見たことあるけど、あの調査の支援をしたのは、えっと、えっと、エレギオンHDだ。
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「神韻文で書かれていて解読が大変だったんだけど、驚きの五重構造でビックリした。普通はせいぜい多くても三重ぐらいなのよ」
「でも教えてくれて助かったわ」
「当然よ。でも誤算だったのはフェレンツェだったこと。ローマだと確信してたんだけどなぁ。だからコトリにも来てもらって、出来ればシオリを巻き込まずに始末する予定だったのよ」
えっ、えっ、ツバサ先生を『シオリ』って呼んでる。
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「コトリちゃん、わたしってどう見えるの」
「自分は見れへんから、わからへんと思うけど、前にいるのも怖いぐらいやねんよ」
「わたしはイナンナになっちゃったの。愛欲と戦いと残忍な野心家の神に」
「そうならへんと思う。そのイナンナには戻らないとなってた」
ツバサ先生は、なにか考えこんでるから聞いちゃえ、
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「ちょっとイイですか」
「アカネちゃんだったね。可愛いね」
「ありがとうございます」
嬉しいけど、そうじゃなくて、
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「シオリ、この子は見込みあるの」
「あるから弟子にしてる」
「で、どうなの」
「頑張ってるよ。これから怠らずに精進したらサトルに匹敵するほどになってもおかしくない」
「だから渋茶なんだ。なるほど」