浦島夜想曲:あとがき

 今回は旅ものと歴史ムックのコラボレーション。旅ものは前回が豪華クルーズだったので、あれ以上の豪華な旅行は思いつきにくく、近場の温泉旅行にしてみました。クルマを使わない前提にしたのは良かったですが、とりあえず行かせた龍神温泉が拙かった。

 次の宿泊地と観光でハタと困ってしまったです。強引に熊野古道観光にしましたが、龍神温泉から熊野本宮への移動、熊野古道を歩くための荷物の処理と細かい点の問題に困り、コトリに力業で解決させています。

 一方で歴史ムックはおもしろかったです。恥ずかしながら浦島話に原作者がいたとは知らなかったのです。また原作は現代のものと微妙が内容が異なり、話を広げるのに美味しくて助かりました。

 今回のもう一つのテーマはシオリの復活。そのために山本には死んでもらいましたが、これで次のシリーズへの布石は打てたと思っています。まとまりが少々悪い点はありますが、それなりに仕上がったと思っています。

浦島夜想曲:エピローグ

 ここは三十階仮眠室。今日は加納さんも含めて五女神のそろい踏みです。

    「シオリ、よく来てくれたね。今日も泊ってってね」
    「そのつもりだよ」

 食事の支度も整って、

    『カンパ~イ』
    「ところでシノブちゃん、これは、
    『かめえんぎ』
    こう読むのかな?」
    「そう読む人も多いですが、正式には、
    『きえんぎ』
    こう音読みします」

 これはシノブ専務が調査を進めていた浦島のお話。シノブ専務は現代エラン語が話せた人の線であれこれ調べられています。

    「気になる読み方やな。それはちょっと置いといて、宇宙真理教亀縁起ってなってるから、新興宗教団体みたいやけど、仏教系、それともキリスト教系?」
    「あえていえば道教系ですが、道教とはかなり違う独自の教義で良いかと思われます」
    「みたいやな、宇宙の真理はエランにありやもんな。エランが出てくるぐらいやから、最近できたんかな」
    「それが古くて、確認出来たのは明治からですが、江戸期からあったと見て良さそうです」
    「その時からエランやったんか」
    「明治からのものはそうなっています」

 ミサキも妙だと思います。惑星エランの存在は、宇宙船団騒ぎの後ならポピュラーですが、それ以前は誰も知らなかったとして良いはずです。そりゃ、社長や副社長でさえ知らなかったのですから。もしエランの名前を知っているとしたら、

    「ユダと関わりがあるのでしょうか」
    「無いと思います。ユダの表の本業はカソリック、それもヴァチカン勤務ですから、得体のしれない日本の新興宗教と協力関係や、支配関係があるとは考えられません」
    「コトリもそう思う。ユダはあれでも本業はちゃんとやってるし」

 ウィーンのシュテファン大聖堂でユダに会った時の枢機卿姿が思い出されます。

    「だったら・・・」
    「可能性は二つで、タマタマのまぐれ当たりか、本当に知っていたかや」

 ここで社長が、

    「知っていたでイイと思うわ。日本語の語感としてエランはないと思うもの。適当に江戸時代なり、明治時代に作ったのなら、他のもっとポピュラーなものにするはずよ」
    「ユッキーもそう思うか。そうなると、やっぱり浦島の線が出てくるんやけど・・・」

 コトリ副社長はちょっと考え込んで、

    「でもシノブちゃん、教祖は代々女やねんな」
    「そうなんです。乙姫と呼ばれています」
    「それで本拠が竜宮島にあるってことか」

 亀縁起の本山は瀬戸内海に浮かぶ島にあり、本当は黒岩島ですが、亀縁起が本山を置いてから竜宮島と呼ばれるようになっています。

    「ところで現代エラン語を話せたのは亀縁起の誰やったん」
    「はい、乙姫の夫で良さそうです」
    「へぇ、乙姫には旦那がおるんか、うらやましい」

 だからコトリ副社長、そこは注目点じゃないでしょうが、

    「そんなことないで。現代エラン語が話せるってことは、浦島の可能性があるやんか」

 よかった、ちゃんとまともに考えてた。

    「ところでシノブちゃん、その乙姫って、なにか出来るの」
    「はい、いわゆる神通力の持ち主とされ、様々な不思議な現象を起こすとされています」
    「手品じゃないの」
    「その点については、現地調査のハードルが高くて十分に確認できていません」

 亀縁起の本山である竜宮島に渡れるのは信者の中でも特別に選ばれた者だけで、それ以外の者が入り込むのは島と言う事もあって困難だそうです。

    「ただですが、予言は良く当たるとの評判です。このために大企業の社長クラスも入信して、乙姫の予言を聞いているようです」
    「高いの?」
    「かなりです」

 もっとも乙姫の予言は口外を固く禁じられているそうで、具体的に何を予言し、それがどう当たっているのかは確認出来ていないとの事でした。

    「悪さは?」
    「それが具体的には。予言料が高いのは確かですが、これも当たればのもので、依頼者も無駄金を払っているとは思えません」
    「信者募集は?」
    「とくに強引なことはしていないようです」
    「献金とか、お布施がムチャクチャ高いとか」
    「それなりにしますが、ボッタクリって程ではありません」

 社長がビールをグッと飲み干して、

    「裏は?」
    「とくに怪しいつながりは認めません」
    「加納賞の一件との関連は?」
    「あれもどう調べても、スタジオ・ピーチの桃屋社長が黒幕です。ただ・・・」

 シノブ専務もお代わりが欲しいと一休み、

    「あの事件に関係するかどうか不明ですが、まず桃屋社長は亀縁起の信者です」
    「おっ、やっと何か出てきそう」
    「乙姫の夫と見られる人物とかなり懇意であった可能性があります」
    「うんうん」
    「あの事件以来、乙姫の夫が竜宮島に渡って、出ていないようなんです」
    「う~ん、関連がありそうやけど、えらい微妙な話やな」

 ここで加納さんが、

    「でも江戸紫は妙なのよ。ここ十年ぐらいだけど、とにかく依頼を地引網のように取りまくっているのよ。そうやって取りまくった依頼を仲介業者のように下請け化した中小スタジオに売りつけるてるのよ」
    「はい、実はスタジオ・ピーチだけではありません。他の業界でも似たような事象が起っているところがあります」
    「あら、そうなの。さすがはエレギオンHDの調査力ね。それと不思議なのは江戸紫はシコタマ儲かっているはずなのに、裁判になったら弁護費用の工面も四苦八苦し、あっと言う間にスタジオ・ピーチは倒産しちゃってるのよね」

 どこかでつながりそうだけど、

    「亀縁起とインドラ・スペース社との関係は」
    「あると見て良さそうです」

 インドラ・スペース社はインドの宇宙開発企業。最近になってロケット打ち上げに成功し、世界の人工衛星ビジネスに進出しようとしています。

    「ユッキー、やはり」
    「コトリの推測が当たってるかもしれない」
    「でもやけど、遠大すぎる計画はどう思う」
    「そうでもないかもよ。まだ千三百年ぐらいだし。これから千年かければ可能じゃない」
    「それはそうやねんけど」

 どういう事かと聞けば、浦島が黒幕でカネを集めていたとしたら、エランに帰るつもりではないかの見方です。今の技術では、いつになるかわからない代物ですが、とにかく不死の神ですから千年でも待てると言えば待てます。

    「でも浦島は望郷の念から地球に帰ったのでは」
    「そこやねんけど、丹後国風土記逸文では、
    『所望暫還本俗 奉拝二親』
    ちょっと帰って両親に挨拶してきたいぐらいとしてるんや」
    「それじゃ、エランを捨てて故郷に戻ってしまうのではなくて、ちょっと里帰りぐらい」
    「そうや、故郷を見て満足したらエランに戻るってなってるんや」

 そりゃ、そうかもしれない。当時のエランでも今の地球より遥かに進んでるから、ずっと住み着くのは無理になってると見るのが自然だわ。

    「それと亀比売が玉手箱を嶼子に渡した後やねんけど、
    『即相分乗船』
    別々の船に乗ったとなってるんよ」 「それって宇宙船が二隻編成だったってことですか」
    「そうやないやろ、それやったら同じ船に乗るやんか。亀比売は地球まで追っかけてきたんちゃうやろか」

 言われてみれば、

    「じゃあ、玉手箱は」
    「そこのところはこうなっとる、
    『君終不遺賎妾 有眷尋者堅握匣 慎莫開見』
    あなたが私の事を思ってくれるなら、箱を固く握りしめて、中を見たらいけないぐらいや。これを仮に意識移動装置とすると、稼働するなの意味に取れるやんか。稼働して他の人に移ってもたら、亀比売は誰が浦島かわからんようになるぐらいや」

 あれっ? 二人は深く愛しあってたんじゃ、

    「浦島伝説では三年やけど、実際の結婚は何年目かわからへんやん。浦島夫婦は危なかったんかんかもしれへん」

 ありゃ、話がえらい生臭い方向に、

    「ここでやねんけど、亀比売はエラン人やと思てるかもしれへんけど、地球人だった可能性もあるねんよ」

 言われてみれば、

    「地球人やったら、エランに連れて来られて二百年ぐらい夫婦やってた可能性もあるんよ」

 無いとは言えないかも。エランでは地球人は優遇されたみたいだけど、逆に言えばエラン人に紛れ込んで消え去るのは難しそう。ずっと監視されてるようなものだし。

    「じゃあ、浦島は奥さんから逃げるためにわざわざ地球に?」
    「かもしれへん。でも遅れて来た亀比売は探査装置持って来てたんちゃうかな。浦島がそうするのを予想してや」

 女はそういう怖いところはあるものね、

    「亀比売は浦島を見つけ出して、また夫婦やったと思うねん」
    「でも、それだったらエランに連れて帰るはずじゃ」
    「宇宙船が故障したのかもしれん」

 ここでコトリ副社長は、

    「ユッキー、会わん方がエエ気がするけど」
    「コトリもそう思う?」
    「別にたいした悪さやってるわけじゃなし、エレギオンHDかって、いうほど被害受けてないし」

 共益同盟のナルメルとは次元が違うのはわかるけど、

    「ミサキちゃん、キ・エン・ギはシュメール人が自分の国を呼ぶ時のものやんか」
    「ええ、そうですが」
    「これは惑星エランの古い呼び方でもあるんや。日本やったらヤマトみたいな感じかな」

 そうなんだ。

    「浦島と亀比売はエランに帰りたいんちゃうかな。夫婦喧嘩もあったり、旦那が逃げようとしたりもあったけど、二百年も夫婦しとったら、そりゃあるで」

 無いとはミサキでも言いきれない、

    「でもな、地球に取り残された格好になってもたから、ヨリ戻したんちゃう。コトリとユッキーがどんな喧嘩をしても、絶対に相手を信じてるのと似た感じかもしれへん」
    「では浦島が現代エラン語の知識を見せびらかしたのわ」
    「エラン人に見つけて欲しいアピールやった気がする」

 エランの宇宙船は当分の間、いや下手すると二度と来ないかもしれません。

    「エランの実情を教えてあげれば如何ですか」
    「それは可哀想な気がする。二人の夢やし、生きがいやんか。地球の宇宙技術でエランに到達するなんて、千年でも難しいかもしれへん。そこまで夢見てた方が幸せな気がする」

 そうかもしれない。知ったところで、浦島も亀比売も何も良いことは無いものね。今回の件は少しやり過ぎだったかもしれないけど。二人がエランに帰りたいの願望を思うと、二人の神を処分するのがベストとは思えないところがあるもの。

    「まあ、また悪さしたら叩き潰したらエエだけやん」

 こっちだって不死で監視してるようなものだから、それでイイかも。

    「それと今回は無理やったけど、千五百年前のエランの様子と浦島伝説の真相知りたいやんか」
 やはり歴女だ。それでも今回の女神の仕事は平穏理に終ってくれました。そりゃ、パリの時はいきなりエレシュキガルの冥界に強引に押し込まれましたからね。ただ主女神の加納さんまで三十階仮眠室のメンバーになられましたから、次が怖いかも。

浦島夜想曲:舞台裏

 今回の理事会でのバトルですが、小山社長もよくこんな詐欺みたいな手法を思いつくものと感心しました。小山社長は、

    「あそこの理事会の会議規定は誰が決めたか知らないけど、普通とはだいぶ違うのよ」
 委任状に議決権が生じるのは、通常は事前に提示された議題のみです。ところがあの理事会は緊急動議にまで議決権が発生します。加納先生の排除を予想していた小山社長は、加納先生の委任状をマリーに出すようにしていたのです。

 栗田理事の寝返り工作もしていたのでマリーには常に三票あることになり解任決議は常に阻止できることになります。この状態を出現させておいて、

    「だったら次の時は・・・」

 前回の緊急理事会ではマリーがスキャンダラスを暴露して暴れ回ったのですが、最後に出した解任決議案を理事長側に握り潰させています。

    「マリー、これで会議の終了宣言を出せば握りつぶせると思ってるはずよ」

 そう思い込ませるための日本語にたどたどしい白人の演技を続けていたとして良さそうです。今回の会議の前の情報収集も凄かった。竹本理事がマスコミ攻勢の心労で急遽入院となった情報をつかんでいたのです。

    「マリー、チャンスよ。竹本理事は松原理事長に委任状を出すはずよ」
    「それで票数が変わる訳じゃありませんが」
    「解任決議のような重大決議は議長も含めた理事全員の投票の三分の二が必要だし、それが可決できないのはアイツらも知ってるのよ」
    「そうですが」
    「だったら過半数決議を持ちだしてくるはずよ」
    「でも過半数は無理ですよ。こっちは三票だから四対三で負けます」

 ここで社長は笑って、

    「マリーもそう思い込んでるぐらいなら成功するわ」
    「どういうことですか」
    「過半数決議の時は理事の投票のみで決まり、議長である理事長が投票権を行使できるのは賛否同数の時だけなのよ。たとえ理事長が百票分の委任状を握っていても行使できないってこと」

 マジックみたいですが、竹本理事が理事長に委任状を渡した時点で理事長派は既に少数派に追い込まれていたのです。

    「強引に会議を打ち切ろうとしたら」
    「緊急動議があるうちは終れないのよ。それでも打ち切りたければ過半数の決議が必要だけど、それも無理」
    「強引に退席したら」
    「これもあそこの規定で、理事会の成立は会議開始時の出席者が委任状も含めて過半数であれば良いだけなの。途中退席しても理事会は無効にならないのよ。その代りに、退席したら議決権を失うの」

 それでも綾の多いバトルで、たとえば最初の定例理事会の時に加納先生への解任決議案が否定された後に、懲罰決議案的なもので加納理事の議決権行使が妨げられていたら、どうしようもありませんでした。一回目の緊急理事会もそうで、スキャンダルの暴露に対して懲罰動議を出されたら可決されています。これについては会議が終わった後で小山社長は、

    「そうさせないように心理戦をやったのよ」
 マスコミへの情報リークがそうだったみたいです。理事長派の関心は記者会見対策に集中しており、理事会を固めるのに必死になっていたで良さそうです。ここにもマリーの演技も重要で、定例理事会で加納理事の解任に反対したのはロッコールとの関係だけだと思い込ませていたぐらいでしょうか。

 そんなマリーが決定的ともいえる証拠を次々と出してきたので動揺が走り、とにかく時間を稼いで対策を練る事のみに動いたと言えます。とくにマリーが出した解任決議案は否決するのは簡単ですが、スキャンダルに対しての否決はイメージが悪すぎると逃げの一手に終始したぐらいです。


 二回目の緊急理事会では小うるさいマリーの排除をまず目的にしたぐらいで良さそうです。マリーを排除した上で、

    『人の噂も七十五日』

 これぐらいでやり過ごそうぐらいです。それ以上の何かを考えていたかもしれませんが、今となってはわかりません。

    「でも社長、竹本理事が理事長以外に委任状を渡すリスクを、どれぐらい考えておられたのですか」
    「マリーも見たと思うけど、委任状の書式は議長一任が原則で、他の理事に委任状を渡そうとすると、結構めんどくさいのよね。あれは理事会成立のための出席者確保のために作られたものとして良いわ」

 たしかに。何がメンドクサイって、議長一任の時には、委任状に丸して、サインして同封してある封筒に入れて送り返すだけでイイんだけど、他の理事に委任する時は、委任理由も書かなきゃいけないし、その理事宛に自分で封筒を用意しなきゃいけないのよね。

    「それにね、理事会で意見が分かれて採決になったこともないでしょ」

 だよなぁ、いっつもシャンシャン理事会だったもの。

    「とにかくマリーが三票握ってるわけじゃない。だから理事長も竹本理事が欠席するとわかった時点で委任状の獲得に大慌てで走り回ったに違いないわ。あの入院は理事会の前日だったし」
    「だからいつものように」
    「九分九厘そうなると読んでた」

 もちろん予測ですから、マリーも懲罰動議の採決の時は緊張してました。あの日の天王山として良いかと思います。理事長が自分の一票と委任状の一票を持ちだした時に、ホッとすると同時に勝利を確信したからです。あの後に退席騒ぎが起りましたが、退席しなければ懲罰動議で議決権を奪って解任させるだけでしたし。

    「ところで社長、もし委任状を梅木理事なり、桜田理事に出していたらどうなっていたでしょう」
    「そりゃ、今の結果と逆になっていたよ」

 これもそもそもですが、

    「竹本理事が急遽入院になって欠席してなかったら、どうだったのですか」
    「その時も同じ。本当の狙いは、マリーが解任される事で話を大きくし、世論を味方に付けて追い出す作戦だったの。それが相手のエラーでお手軽に済んでくれたってところかな。時間も節約できたし、手間も省けてラッキーだったわ」

 これはこれで、なんと陰険な。マリーが理事会で理事長以下の解任に成功してようが、してなかろうが、確実に社長の毒牙が襲いかかってた事になります。

    「今回の件はね。エレギオンHDが調査に動いた時点で勝負はついてたのよ。シオリはもうイイと言ったからやらなかったけど、あれだけの証拠があれば背任で勝つのは確実よ」

 戦略としてはそうなってたのか。さらに言えばエレギオンHDを敵に回した時点で終ってたと見ても良さそう。でも裁判と言えば、

    「でも加納さんは一人だけ訴えられましたが」
    「ああ江戸紫のこと? あの男だけは許せないって。それはわたしもコトリも大賛成で協力してる」
    「どうしてですが」
    「それが女神の仕事だからよ」
    「これが女神の仕事のすべてですか?」
    「こんなものオードブルよ、本番はこれから」
 まだ何があるみたいです。

浦島夜想曲:理事会バトル(2)

 記者会見場に協会職員が出向き、集まっていた記者に、

    「皆様、申し訳ありませんが、本日の記者会見は中止とさせて頂きます」

 一斉に上がる不満の声と怒号、

    「どういうことなんだ」
    「事情を説明しろ」
    「なにかやましいことでもあるのだろう」
    「とにかく理事長を出せ」
    「理事でもかまわん」

 協会職員は慣れていないものでシドロモドロ状態です。そこにマリーが顔を出し、

    「協会理事のマリー・アンダーウッドです。私で良ければ皆様の質問にお答えしましょう。ただし、ここは協会が設定した記者会見場です。ここで私が記者会見を行うと宜しくありません。場所を変えさせて頂きます」

 協会職員はあわてて、

    「アンダーウッド理事、そんなことをされては・・・」
    「私は協会理事ですが、私的に記者会見を開く事まで制限されておりません」

 そこで全部公開してやりました。そりゃ、もうお祭り騒ぎ。翌日からは裏帳簿の分析から遊興の実体まで暴き放題。理事長以下の四人は自宅まで報道陣が押し寄せ大変な状態になります。そんな中で再び緊急理事会が招集されます。

    「アンダーウッド理事への懲罰動議を提出します」
    「理由は」
    「協会の名誉を貶めたからです」

 本当は解任したかったのでしょうが、解任のための三分の二確保は加納さん解任決議で無理と知っていますから、過半数で決議可能な懲罰動議に切り替えたようです。

    「懲罰内容は?」
    「理事会への出席を当分の間、差し止めた上で正式の処分を後日決定します」
    「私が記者会見で発表した内容は、私が調べ、先日の理事会でも公表し、これについての有効な反論はありませんでした。これは理事会も内容を認めたと受け取っておりますが」
    「いや、あの時は後日検討としただけで、理事会が認めた訳ではありません。それにしても、その日本語は・・・」
    「だから日本語は話せると言ったはずです」

 これは理事に就任した時の話で、あまりにマリーの日本語が怪しげだったので通訳を入れるかどうかが問題になり、これを断った経緯を踏まえてのものです。

    「では採決に移ります」

 この日は栗田理事が所用を理由に欠席、もちろん委任状は握ってますから、マリー一人で加納さんの分も含めて三票です。ここでさらに竹本理事が病気療養を理由に急遽欠席となっています。票決はマリーの三票が反対、梅木理事、桜田理事が賛成で三体二になります。ここで理事長が、

    「私は竹本理事の委任状を持ってるから賛成は合わせて四票だ。よって過半数でアンダーウッド理事の懲罰動議は可決とする」
    「異議あり。理事解任動議は議長である理事長の投票も含めてのものですが、懲罰動議は理事のみの投票で、議長である理事長が投票権を行使できるのは、理事間の投票が同数の時のみです」

 理事長の顔が蒼白に。事務局に理事会規定を取り寄せて確認していますが、覆せません。

    「アンダーウッド理事の異議を認める。懲罰動議は否決とする」
    「では、今度は松原理事長、竹本理事、梅木理事、桜田理事への懲罰動議を提出します」
    「それは認めん」
    「議長の一存で懲罰動議は却下できません」

 ここで、理事長はまたもや逃げの一手を、

    「今日の理事会は・・・」
    「終了できません。緊急動議の採決が終わるまでは、理事長と言えども会議を終了できません」

 それでも強引に会議室から出ようとする三人に、

    「今日の理事会はあなたがたが出席した時点で成立しています。途中退席されても理事会は成立します。宜しいですか」
    「だから会議は・・・」
    「終わりません」

 それでも会議室から出て行ったので、一人残ったマリーは事務局相手に会議を続けました。事務局も思わぬ事態に動揺はしていましたが、

    「宜しいですか。理事長が急用で退席されましたので、議長代行に私がなります」
    「確認しました」
    「松原理事長、竹本理事、梅木理事、桜田理事への解任決議案を提出します」
    「確認しました」
    「満場一致で可決です」
    「確認しました」
    「新理事長に加納理事を推薦します」
    「確認しました」
    「満場一致で可決です」
    「確認しました」
 まるでペテンのように理事長たちは解任され、加納さんが理事長に復活となりました。ここまで上手くいくとはマリーも思いませんでした。この後に前理事長以下が地位保全の仮処分請求を出しましたが手続きになんの瑕疵もなく、あえなく却下。写真文化振興協会は加納さんの支配下に戻る事になります。

 理事長に復活された加納さんは加納賞の審査で賄賂を受け取っていた連中を全員解任した上で、自分が携わっていない加納賞の審査を過去に遡ってすべてやり直しています。これも大きな話題になりましたが、世論は加納さんを支持して収まって行きました。

浦島夜想曲:理事会バトル(1)

 いつも通りのシャンシャンの定例理事会と思ってたのですが、桜田理事が緊急動議を出して来ました。

    「加納理事ですが、ずっと欠席されております。御高齢でもあり、解任決議案を提出させて頂きます」

 マリーも知らなかったのですが、加納さんは協会の前理事長ですが、退かれた後も理事におられたのです。これはマリーもウッカリしてました。だって理事会の椅子は六つしか用意されてませんし、加納さんの欠席どころか、一度も話題にならなかったので見過ごしていました。小山社長には、

    『ロッコールで手いっぱいだったのはわかるけど、一度ぐらい理事名簿に目を通しなさい』

 叱られてしまいました。長期の欠席と高齢が理事として相応しくないとするのは理由として筋は通るけど、こういう場合はまず辞職勧告ぐらいが穏当な気が、

    「加納理事は理事会の案内状を送らせて頂いても、出欠の返事さえありません。これは理事会及び協会への侮辱とも受け取れます」

 言えない事もないけど侮辱は飛躍の気もする。そうしたら理事たちは、

    「もう四年ですからな」
    「ある種の給料泥棒みたいなものだし」
    「イイ加減世代交代しませんと」

 そんな賛同意見が並んだところで理事長が、

    「みなさん異議はございませんか」

 ここは動く時、

    「NOデス」
    「アンダーウッド理事、反対理由は」
    「NOデス」
    「反対理由をお願いしたいのですが」
    「NOデス」

 こりゃ便利だ。理事長はマリーの日本語が怪しいと思い込んでるはずで、これ以上聞いても無駄って表情になり、

    「アンダーウッド理事が反対意見の様ですから採決にしたいと存じます。加納理事の解任に賛成の方は挙手をお願いします」

 そうしたら竹本理事、梅木理事、桜田理事が挙手。ここで会議室に驚きが走ったのは栗田理事が挙手しなかったことです。理事長は、

    「栗田理事、挙手されないと言うことは反対で宜しいですか」
    「はい」

 理事長の顔に苦いものが走りましたが、気を取り直すように、

    「では賛成多数で加納理事の解任を決議します」
    「いぎアリマス」
    「なんですかアンダーウッド理事」
    「かいにん、ツー・サーズ、イルイル」

 理事長はどうしてそんな事を知っているのかって顔になり、

    「理事長の私も賛成ですから、ツー・サーズを満たします」
    「コレ、コレ」

 マリーが持ち出したのは加納先生の委任状。

    「スリー・オポジット、OK?」

 理事長はわなわな震えながら、

    「どこからそれを」
    「カノウ・セント・ツー・ミー」
    「いや委任状があっても、それは予め通告された議題に対してのみ有効で、緊急動議への投票権はない」
    「NO! パワー・オブ・アトニイ・ハズ・ボーティング・ライト。チェック・ザ・レギュレーションズ」

 理事長は事務局に会議の規定を確認していましたが、

    「なんて規定になってるんだ」

 解任決議は否決せざるを得なくなります。この日の理事会は微妙過ぎる空気の中で終了となりましたが、思えばこの日が皮切りになったで良さそうです。いきなり週刊誌に出たのが、

    『写真文化振興協会でクーデター騒ぎ』

 突然の加納先生の解任決議案提出と、それを防いだアンダーウッド理事みたいな記事です。クーデター言ってもヒラ理事の解任なのですが、事が加納さんに関する事なので、ワイドショーまで乗り出して来てちょっとした騒ぎです。それでも否決されていたので椿事ぐらいで終りそうにも見えましたが、

    『写真文化振興協会の闇』

 協会に不明朗なカネの動きがあり、一部理事が私腹を肥やしているとのスキャンダル記事です。当然のように加納理事解任騒ぎとの関連性が持ちだされます。事態を重視した理事長は緊急理事会を招集。理事長は冒頭で、

    「報道で不明朗なカネの動きとか、私腹を肥やす理事がいると書きたてられているが、根も葉もないことです。理事会終了後に記者会見を開きますが、理事会の意見統一をしたいと思います」
    「チョット、イイデスカ」
    「どうぞアンダーウッド理事」
    「ねニモはモアルノデスカ?」

 日本語が怪しい演技も大変です。

    「ありません」
    「デハ、コレナンデス」

 マリーは理事に資料を配り、

    「コノ、ブックス、ナンデスカ」
    「これは・・・」

 理事に動揺が走ります。理事長は動揺を隠しきれないように、

    「これは偽造だ」
    「ぎぞう、WHAT?」
    「フェイクです」
    「デモ、ココ、アナタ、サイン」
    「それもフェイクだ」

 マリーは新たな資料を配り、

    「ハンドライテイング、チョック、サイン、りじちょう、イコール」

 理事長は必死になって、

    「この筆跡鑑定は信用できない。こんなサインはしていないし、こんな帳簿も見たことない」

 マリーはさらに新たな資料を配り、

    「ミスター・マツバラ、ミスター・タケモト、ミスター・ウメキ、ミスター・サクラダ、ヨワーズ・レシート、イイデスカ」
    「・・・」
    「ソノひノ、フォトグラフ」
    「・・・」
    「きょうかい、デューティー、ノー。イッツ・オール・レジャー」

 動揺しまくりの理事長は、

    「協会の業務が終わってからのプライベートだ」
    「ネクスト・ページ・プリーズ。オール・デューティー・デイズ、オール・レジャー・デイズ、WHY?」

 事態を収拾したい理事長は、

    「アンダーウッド理事が提出された問題は、後日検討したいと存じます」
    「NO、いまハ、マイ・タイム」
    「座って下さい」
    「NO、マイ・タイム。アイ・ハブ・ア・セイ・ライト!」

 それにしても結崎専務は凄腕です。理事長のサイン入りの裏帳簿から、交際費のレシートから横流しによる贅沢三昧まで写真入りで調べ上げています。さすがに出してませんが、愛人とのベッドシーンの動画まであるのです。

    「ミスター・マツバラ、ミスター・タケモト、ミスター・ウメキ、ミスター・サクラダ、かいにんボート、プリーズ」

 理事長は突然、

    「今日の理事会はこれにて終了。予定していた記者会見は延期とします」
    「フィニッシュ・ノー、ボート・プリーズ」
    「今日の理事会は終ったんだ」