ツーリング日和27(第30話)家路

 国道九号は桂川を渡ったのだけど、渡った近くに桂離宮があるのを初めて知った。だから桂離宮って言うんだな。やっとこさ市街地を抜けたら川沿いの山道になったのだけど、なるほどここが京都と亀岡の境になってるのか。トンネルを潜ったのだけど、

「このトンネルの上ぐらいが老の坂になるで」

 老の坂って光秀が亀岡から京都に向かって進軍した峠だよね。光秀はどこで『敵は本能にあり』って宣言したの。

「光秀がそう宣言した記録はあらへんそうやねん。そう叫んだかもしれへんけど、光秀は死んでもたし、明智軍かって散り散りやん。カエサルみたいに記録に残らんかってんやろ」

 それはそれで惜しいな。それでも日本では『賽は投げられた』並みに定着してるから以って瞑すべしとしとこう。それとだけど、この辺にも大江山があって酒呑童子の伝説が残ってるのか。

「ここと丹波の両方にあるみたいやねん。現実的に考えたらどっちの山にも山賊がおっったんやろうけど。これまた現実的に考えたら、源頼光と四天王が退治した酒呑童子はこっちの気がするわ」

 あちゃ、またこれは現実的な取りようだ。だって理由は丹後の大江山は都から遠すぎるからだって。

「だってやな、丹後の大江山で酒呑童子がいくら暴れたって都の貴族が気にするとは思えへんやんか」

 それはそうかもだ。丹後国府でも占領して、都に攻め上って来そうとかになれば話は変わるだろうけど、周囲の住民や旅人の安全を脅かす程度だったら、

「せいぜい丹後の国府になんとかせいって命令するぐらいやろ」

 なんかそうなりそう。これは今だってそうで、東京の事はすぐにニュースになるし、マスコミだってすぐに大きく取り上げるけど、地方なら神戸ぐらいでもほんの片手間だものね。亀岡の酒呑童子は伝承では京都市内でも暴れ回ったとされてるから、

「貴族連中かって身近つうか、自分の身に降りかかる災難やから朝廷でも問題になって討伐軍が送られたはずや」

 その命令を受けたのが源頼光ってことか。酒呑童子の伝説は亀岡や丹後だけじゃなく伊吹山とかにもあったって言うけど、

「まずやけど酒呑童子って鬼やんか。そやけど現実に鬼なんかおらへんやん。朝廷の連中からしたら、逆らう連中はすべて鬼としとったぐらいでエエはずや」

 平安時代ってたしかに朝廷の武力が落ちてるって意味では平安なんだろうけど、武力って当時的にはイコールで警察力だから、各地に山賊みたいなものがいたはずだって。亀岡の酒呑童子もその一人なんだろうけど、

「朝廷が討伐隊を送って討ち取ってるやん。あれは討ち取っただけやのうて、打ち取ったことを宣伝したんもあったはずや。宣伝せんでも貴族の間で話題沸騰みたいな状態になったはずやねん。言うまでもないけど源頼光かって宣伝しまくっとるはずや」

 結果として京都まで脅かした大山賊ってことになり、山賊側にしたら英雄視されたと言うか、討たれた後もその手の山賊連中が、

『我こそは酒呑童子なり。ここに生きてるぞ』

 こんな感じで頑張ってたんじゃないかって。言われてみればそんな気がするな。後はあれこれ尾鰭が付きまくって今に至るみたいな感じだ。亀岡からだけど、

「帰り道って不思議やねんけど・・・」

 ああそれわかる。旅行って楽しみにして、楽しみにして行くじゃない。旅行中だって、こんな旅が永遠に続いて欲しいって思うのよ。なのにもう帰るだけみたいになったら、

「一刻も早く家に帰りたい気分が強なってまうんよな」

 これはあれだろうな、現実への回帰が勝手に起こると思うんだ。だいたいは旅行の翌日から仕事があることが多いから、早く家に帰って明日からの仕事に備えなくっちゃになるんだと思うよ。

「社畜やな」

 それは言い過ぎだと思うけど、旅行帰りの翌日にボォっとしてたら、

『いつまでも旅行気分のままでは困る』

 これぐらいの定番のお小言を浴びせられるもの。なんだかんだ言っても、

「人はパンのために働くもんや」

 憲法に書かれている三大義務の一つでもあるよ。義務というより、

「働かざる者、食うべからずは社会の真理や」

 現実は嫌でもそうだ。そういう訳じゃないけど予定変更だ。もともとは亀岡から古代山陰道でもある国道三七二号を北上して、天引峠から篠山に入り帰るつもりだったけど、国道四二三号を南下する事にした、つまりは川西の方に向かったんだ。川西まで来たら今度は国道一七六号に乗り、宝塚から名塩道路を走り、六甲北有料道路だ。

「どっちが早いかわからんけど、心理的にこっちの方が近い気がするねん」

 篠山回りだと北に向かうから神戸から遠ざかるって気分になるものね。実際には六甲山を越えるために六甲北有料道路に乗るかの話なんだよね。篠山回りで三田から乗ってもあんまり変わらないような気がするけど、宝塚まで帰っただけでも気分は違う。

 もっとも宝塚から西宮に南下する道も考えたけど、あっちはあっちで混んでる気がするから回避した。船坂を越えて有馬街道を走るのも同上だ。六甲山の道はさすがに辛いのよね。

「オレもそう思う」

 なんとか六甲北有料道路にたどり着き、六甲山トンネルを抜けた時に帰って来たぞって気分になっちゃった。そこで気を抜くと表六甲ドライブウェイに殺されるから、気を緩めずに鶴甲の坂を下り、ついに帰宅だ。リビングのソフェに座り込んじゃったのだけど、

「洗濯機回してまうわ。千草、下着を出せ」

 洗濯機を回してしまうのは賛成だけど、どうして下着を出せなのよ。こういう時は服を出せとか、もっと無難に洗濯物を出せでしょうが。

「千草の下着を見たらテンション上がるやん」

 コータローはフェチかよ。昨夜だって千草の生身の体を存分に弄んでるでしょうが。

「オレはフェチやで。正真正銘の千草フェチやって胸張って言えるわ」

 そんなもので胸張るな。誰かに聞かれたら変態としか思われないぞ。実態も変態性欲煮え滾り野郎だけどね。昨夜だってだぞ、もう許してくれって言ったのに、それからどんだけ弄びやがった事か。

「あそこでやめた方が良かったんか」

 やめてたら絞め殺してた。それぐらいの機微がわからないのなら千草の夫の資格はない。夫って存在は妻をどれだけ喜ばせ満足させるかがすべてだ。あの時の千草が許してくれって言葉を素直に取っていたら論外だ。あれはここでやめるのは許してくれって意味しかないだろうが。

 あそこから先ってね、途轍もないのが来るのよ。それを受け止めるのは体がバラバラになりそうなぐらい強烈なんだ。あれを喰らわされるのは許して欲しい気分はどこかにはある。真剣にそう思ってた時期もあったし、今だって無意識に逃げようとはする。

 だけどね、千草は教え込まれて覚えさせられちゃったんだよ。だからね、心の奥底の本音の本音は欲しいだ。あれを喰らいたくて仕方がない体に変えられてしまってる。でもね、さすがに自分の口で欲しいは言えないってこと。

 わからないかな。本音の本音で欲しいから、口や体で嫌がっても、千草を無理やり抑え込んで追い詰めて欲しいんだ。追い詰められたら半狂乱ぐらいにはなるけど、そうなってでも欲しくて欲しくて仕方がない状態だってこと。

 あそこから喰らうのは体感的には女の限界を超えてる気さえする。でも千草は覚えさせられた。限界と思うから限界で、それを越えた世界は存在するんだって。ただあの限界は自分では越えられない。

 それを越えさせて妻を喜ばせるのが夫の勤めだろうが。そもそもで言えばそんな体に千草を変えてしまいやがったのはコータローだ。そりゃさ、コータローに体を開いた時にすべてを許す覚悟はしてたし、それは今だって変わらない。

「そういうけど、あの時に千草かって、ここまでになるとホンマに思うとったんか」

 女を舐めるな。いくら経験が浅くても知識だけはあるに決まってるじゃないの。女と生まれたからにはそうなりたいと願ってるのは当然だ。男だって女をそうしたいだろうが、

「それはそうやねんけど」

 もっとも知識こそあったけど、まさかここまでになるとはさすがに想像を越えてた。女の体ってスゲエェって思ってる。コータローに弄び始められてから、

「弄ぶはやめてくれ。結ばれて愛し合うようになってからやろが」

 やってることは同じだ。

「いやいや、弄ぶ言うたら、まるで千草を監禁調教しとるみたいやんか」

 やってるだろうが。それも合法的にだ。だってだぞ、千草はコータローに弄ばれる女であることを神に誓い、神への契約書にサインし、そういう女であることを国家機関に登録までされてしまってる女だぞ。

「妙な言い回しをせんといてくれるか。結婚して夫婦になって婚姻届けを出してるだけや」

 やってることは同じだ。だってだぞ、千草はコータローがどれだけ千草の体を好き放題にしようが、それを受け止め、耐える事しか許されない女にされてしまってる。それは人前で口に出す事さえ憚れるところだって、コータローが気の済むまで蹂躙され尽くされても文句の一つさえ許されないんだ。

「それって単なる夫婦の夜の営みやんか」

 そうやって言葉を言い換えるのは卑怯だ。侵略を軍事行動、占領を解放ってするのと同じだ。とくにだ、コータローの煮え滾る欲望の象徴が千草を貫く行為はレイプだろうが。それも千草の中で遠慮会釈も無く炸裂させ、ぶちまけてるのはコータローだ。

「レイプは同意なき時に成立するもんで、千草とは夫婦やんか」

 シャラップ。たとえ夫婦でもレイプが成立するぐらいは常識だ。

「そやったら千草は同意してへん時があるって言うのか」

 アホか。それでもコータローは千草の夫か。千草の同意はコータローを愛すると決めた時に無期限でしてるに決まってるだろ。それこそ死が二人を分かつ時までだ。なんのためにハワイまで行って神の前で誓いを立てたと思ってる。

「ひょっとしてあれは好きやないんか」

 目噛んで、鼻噛んで死ね。大好きに決まってるだろうが。そうしてしまったのはコータローだし、そうなれた千草は幸せだ。