ツーリング日和24(第32話)身だしなみ

 今夜は三宮に飲みに来てる。それもだぞ、なんとなんと回らない寿司なんだ。この店もさすがだね。それにいかにも神戸らしいじゃない。この店が高級店なのは、

「わかるか」

 店に入った瞬間にね。あのカウンターの向こうにいる女はお水だ。隣に座っているオッサンとこれから同伴出勤するつもりだ。同伴出勤前に夕食を食べるのは定番だし、そういう店は高級店に決まってるじゃない。

「したことあるんか」

 あるはずないでしょうが。千草は女だぞ、

「それは知っとるけど、ホステスやっとったとか」

 顔見て物を言いやがれ。こんなホステスがいるものか。もしいたって同伴客なんか捕まえられるはずがないだろうが。

「そやったら、ホストと同伴出勤」

 それこそ趣味じゃない。ああいうところに入れ揚げて、借金まで作る女もいるぐらいは知ってるけど、千草には理解できないよ。それこそ他人の好みだけどね。それを言うならコータローこそ同伴出勤ぐらいやったことあるのじゃない。

「キャバクラぐらいなら行ったことあるけど」

 ほら見ろ。やっぱりだ、

「三回ぐらいでおもろないから飽きた」

 たったの三回なの。それだったら同伴まで遠いよね。男ってああいう店は大好きのはずなのに。

「何がおもろいかわからんかった。だってやで、ひたすら高い酒を注文させられて、若い姉ちゃんと薄っぺらい話をするだけやんか」

 エラい言い様だ。あの手の店ってそういうのを楽しむ店だけど、

「だからおもろなかったんや。あんなとこに通い詰めるやつの気が知れんわ」

 そういうけど、通い詰めて常連になったら、

「同伴出勤して何がおもろいんや。飯食わせて店に行くだけやんか」

 言い切ってしまえばそれだけだけど、そういう客になれば、

「あの手の女を買う趣味はあらへんねん」

 なるほどね。そう見ちゃうと面白くないかも。あの手の店の遊びの原理は疑似恋愛なんだ。店の子に惚れて口説くゲームみたいなものとしても良いかもしれない。本当の恋愛ならデートになるけど、それが店で会うに置き換わってるぐらいかな。

 店で客は店の子の関心を惹くために高い酒を飲んだり、プレゼントを贈ったりもするそうだ。そうやって仲が良くなったら、同伴出勤になったり、店外デートに進んで行く感じかな。そのゴールがホテルだ。

「あれってあくまでも疑似やし、ゲームやし、なにより商売や」

 そうなるのよね。店の子は恋愛ゲームに客をなんとかして引きずり込もうとするし、そのゲーム中にいかにして客にカネを使わせるかのプロみたいなものなんだ。中にはなんて話も、

「そんなもん小説とかマンガの世界だけや」

 まあ、そうなる。疑似恋愛と言っても店の子が相手をするのは一人じゃない。どれだけそういう客を集めるかが手腕なんだよね。客がどれだけ入れ込もうが、

「福沢諭吉にしか見えんやろ」

 なんか渋沢栄一に代わるらしいけど、こいつは誰なんだ。渋沢栄一はともかくホテルまで行くのも、それだけの見返りをキッチリ計算してる商売だものね。コータローの言うように商売女を買っているようなものと言えなくもない。

「そんな疑似恋愛のフルコースなんかやらかしたらナンボかかるんよ。相手はのぼせ上がった客からゼニを搾り取るプロやで」

 醒めて言えばそうなるのよね。店の子は商売だしプロだから、それは上手に相手をしてくれるだろうけど、それを本気と勘違いしてひたすら注ぎ込み尽くすのもいる。

「男かって注ぎ込み過ぎてエライ事になるのもおるけど、女もおるもんな」

 ホスト狂いよね。なんかホストに貢ぐために体を売ってカネを稼ぐどころか、借金を重ねた挙句、その返済のためにソープに沈められるのもお決まりのコースだとかなんとか。

「そうなってしまった女の支援団体かってアホちゃうかと思うたわ」

 あの話か。そうなってしまった女を支援するまではわかるのだけど、そうなる原因の一つのはずのホストクラブは全力擁護だもの。

「ああいうのは遊びやねん。遊びやと割り切ったところで楽しむもんのはずやんか。騙そうとするのも遊び、騙されたふりをするのも遊びや」

 コータローもドライだね。

「あくまでも自分の財布の範疇でうたかたの時間を楽しむ遊びや。オレには合わんけど、そこのとこをよう知っとる大人の遊びのはずやねん」

 千草も好きじゃないけど、どういう遊びなのか割り切れない子どもが手を出すものじゃないと千草も思う。

「こんなもん好みに過ぎんけど、同じカネかけるんなら本物の恋に使う方が千倍楽しいやんか」

 正論だけどそれが出来ない人がはまり込むんだろうな。それにしてもコータローって案外真面目なんだ。

「どこが案外や。千草にはどう見えてるって言うんよ。オレは普通や」

 だから琴平の宿にあれだけ、

「あたり前や。誰と一緒やと思うてんねん。千草にチンケな宿なんかに泊めさせるわけあらへんやろが」

 それにしてもの宿でビビったんだから。

「社長令嬢が何言うてんねん。あれぐらい、いっつも泊まってるやんか」

 あのね、そんなこと本気で思ってるの。

「ちゃうんか」

 そんな訳ないでしょうが。千草は社長令嬢ではあるけど、先妻の娘だから家に居場所なんてなくなってるって言ったじゃない。せめてお見合いで玉の輿に乗せて厄介払いしようとしてくれたけど、これだって惨めに三連敗した女だよ。

 だから就職してからは、ごくごく普通どころか、うだつの上がらない会社員だし、今やコネ入社のお局様状態だ。そんな千草があんな超が付く高級旅館に縁があるはずないでしょうが!

「そうやったんか」

 しらっと言うな。だいたいだぞ、服見たらわかるだろうが。

「悪い。その手の服とか、アクセサリーの価値は未だにようわからんのや」

 ああ、男ってそんなのが多いらしい。女の方があれこれ頑張ってるのに気が付かないっていうものね。あれは気が付かない以前に興味が無く、興味がないから価値もわかんないんだよ。だってさ、今夜のコータローの服からしてそうだ。

「これでもブランド物やぞ」

 あのね、ブランド物って意味がわかってるの? あれはその上に高級が付くんだよ。

「リーバイスはちゃうんか」

 ユニクロよりマシ程度だ。それもだぞ、ちゃんと買い替えろよな。

「なに言うてんねん。ずっと着取ったらビンテージになるのを知らんのか」

 それ根本的に間違ってるよ。コータローがいくら長く着たって古くなってゴミになるだけ。それに靴だって、

「世界のミズノや」

 それはスポーツブランドだ。もうちょっと綺麗でマシな靴はないの。これでも一応デートみたいなものなんだから。

「これ一足しか持ってへん。だから黒にしてるねん」

 黒なら冠婚葬祭すべてカバー出来るって本気で言ってるの。

「ちゃうんか?」

 よくそんなのでモノホンのお嬢様と付き合おうとしたものだ。そりゃ、上手く行くはずないよ。モノホンのお嬢様なら、そういうところがすっごくうるさいんだから、

「そやったんか。なんであんな訳のわからんとこで、あないに機嫌が悪くなったんかの理由がやっとわかった気がするわ。千草もそうなんか」

 えっと、えっと、いきなり振らないで。