ツーリング日和18(第9話)下関哀歌

 毘沙ノ鼻あたりで海から離れていた国道一九一号だけど再びシーサイドロードに。心地良い潮風を感じながらひたすら北上だ。山口県と言われてもアリスが知っている観光スポットは秋芳洞と秋吉台ぐらいかな。

「萩、津和野もあるやろが」

 そうだった、そうだった、萩、津和野も山口県だった。

「錦帯橋で有名な岩国も山口県だよ」

 あそこって広島県じゃないの。あんまり山口県ってイメージがないな。山口県って幕末の頃は長州藩として時代の主役みたいなところだけど、明治以降はパッとしない感じがするな。

「それいうたら勤王派の薩長土肥はみんなそうやんか」

 えっと、えっと、薩摩は鹿児島県、土佐は高知県、肥前は佐賀県のはずだけど、どこも地方の普通の県だよな。

「維新政府の連中もアホやなかってんやろ」
「故郷への思い入れがあんまりなかったともされてるわ」

 コトリさんに言わせると明治維新は革命の一種なんだけど、かなり異質なものだそう。少なくともフランス革命なんてイメージすると全然違うとか。コトリさんは歴女だけど幕末から維新は好きじゃないらしくあまり話をしたくないみたいだけど、

「維新で功労者になったんは薩長土肥の連中やったけど、そこの下っ端が政権を握ってもたぐらいと見たらエエと思うで」

 それぞれの藩でも内部抗争みたいなのが熾烈にあって、結果として藩の上層部みたいな連中は維新政府に参加できなかったぐらいらしい。それって、

「下の連中は東京でおエライさんになったんやけど、国元に返ったら成り上がりもエエとこやんか。そやから国元優先やのうて、花の東京を栄えさしたぐらいやろ」

 ユッキーさんが笑いながら補足していたけど、維新政府と言っても欧米列強の脅威は痛切に感じていて、なんとかこれに対抗できる国にしたいと頑張ったと見るべきらしい。教科書で習った富国強兵ってやつだな。

 日本なんて当時は極東の小国みたいなものだから、貧しい国力で富国とか強兵にするには無駄な事に予算を費やす余裕なんて逆さに振ってもなかったんだろうって。この維新政府の方針は結果として成功して当時の列強の一角に食い込む程の成功を収めたのだろうけど、

「故郷のことは二の次、三の次になって、そのうち田舎者だって東京生まれの世代になって行くじゃない。東京生まれの人間の故郷は東京だってこと」

 この見方だって偏り過ぎてるらしいけど、そういう見方をするのもありぐらいとしてた。そう言えば幕末の頃の下関はもっと栄えるはずだと見られていた話もあったはず。

「司馬遼太郎やろ」
「その元ネタもどこかにあったと思うけど」

 下関が期待されたほど発展しなかった理由の一つとされるのが、

「下関は長州藩やのうてその支藩の長府藩の領地だったのよね。長州藩は商売感覚に優れていた藩だったけど、方針として下関を栄えさせても長州藩の利益にならないから放置状態どころか冷遇していたともされてるわ」

 なんとみみっちい話だ。

「この辺はあんまり下関が栄えたら幕府に取り上げられるって話もあるで」

 それもそれだ。

「それより、交通の要衝の宿命ちゃうかな」
「わたしもそれに一票」

 交通の要衝とは人や物が動くときに結節点と言うか、自然に集まって来るところぐらいの意味で良い気がする。この辺は地形の問題とかもあるはずだけど、

「交通の要衝は固定地点やあらへんねん。交通体系が変われば要衝も移り変わるんや」

 たとえば険しい峠道があったとして、そこを超えるために必ず泊まるのが必要な場所があるとする。でもトンネルが掘られちゃうと泊まるどころか立ち寄る必要もなくなり衰えちゃうのか。

「江戸時代は河川による物流が大きな部分を占めとって、そのための交通の要衝も栄えとってん。そやけど鉄道が出来たら衰え消えてもた」

 現代なら道路整備とモータリゼーションだろうな。じゃあ、下関は、

「海運の発達や」

 関門海峡は北前航路、瀬戸内海の海運、北九州の海運の集まると要衝で江戸時代の風帆船なら必ず寄港する位置にあったで良さそう。それだけでなく下関でそれぞれの航路で売れそうなものの情報も集まり盛んに売買されてたぐらいかも。

「そこに海のモータリゼーションが起こりよったぐらいやろ」

 船も風帆船から蒸気船、それが大型化し、高速化もする。そうなると貨物船だって出航地から一直線に目的地に向かうようになってくる。途中の寄港なんて必要最低限になって来るのか。

「目的地かってシンプルや。運んだ荷物がより大量に売りさばけるとこや」
「そういうこと、下関には買いたい荷物も、買ってくれる顧客もいないじゃない」

 そうなるよね。下関だって小さな街じゃないしそれなりの産業だってあるんだろうけど、言ったら悪いけど地場産業規模だと思うもの。だから下関に入って来る船は下関の産業規模に応じたものしかなくなってしまうものね。

「世界規模でも似たような例はなんぼでもあるで」
「ヴェネツイアだってそうじゃない」

 ヴェネツイアは地中海貿易で覇を唱えたぐらいの海洋国家だったらしいけど、今や運河とゴンドラの観光都市かも。

「それでもかつての栄華を偲べるところは人を惹きつけるところはあると思うよ」
「それは言える」

 ヴェネツイアもそうだけどコトリさんたちに言わせるとローマもそうみたい。

「今のローマかって大都市やしイタリアの首都や。そやけどローマのホンマの栄光の時代はローマ帝国時代や」

 行ったことないけどローマ遺跡がゴロゴロしてるんだよな。でも下関にそれがあるかと言われたら、

「日本でも少ないで」
「京都とか奈良は別格と言うより例外みたいなもので、他に強いてあげれば鎌倉ぐらいじゃないの」

 じゃあ下関は、

「ここからは趣味の領域や。かつての栄華を偲ぶ言うても目に見えるようなものはあるとこの方が珍しいねん。そやけど見方や。下関には歴史が刻まれてるやん。下関と言う地名に刻まれているしてもエエ。コトリは下関と言う場所を通るだけで歴史ロマンを感じるねん」

 デ、ディープだ。

「そうよね、関門海峡だって壇ノ浦合戦の海だよ」
「ああ平家一門が華麗に滅んだとこや」

 あの二人は平家贔屓だった。