ツーリング日和17(第8話)現場の乱闘

 少弐屋敷のセットは大掛かりだったのだけど、さすがの神戸アート工房も応援を呼んでた。そりゃそうだよ、あれはセットを組んでるのじゃなくて、屋敷を建ててるようなものだ。その規模になると工務店だって一手で出来るところは少ないんじゃないかな。

 その日もシナリオの検討会が終わってからスタジオに見学に行ったんだ。何回か行ってるから現場の人とも、そこそこ顔馴染みになっていたのだけど、その日の現場の空気は悪かった。原因は、

『オラオラオラ・・・』

 初めて見る顔だけどオラオラ男がいたんだ。オラオラ男は目立つ。目立つ理由は金髪、ピアス、タトゥーの三点セットだったから。ここも誤解したらいけないところだけど、ここは営業セールスじゃなく建設現場だ。

 金髪、ピアス、タトゥーの三点セットだってマナー違反じゃないし、こういう作業員にはヤンキー崩れが多いぐらいは知ってる。さらに言えばヤンキー崩れだって殆どの人は真面目に作業員をやってるし、アリスにだって親切にしてくれる。

 だけどオラオラ男は空気が違う。ヤンキー気分が抜けきっていないとしか思えない。そうだな相手かまわず絡んでマウントを取ろうとしているように見えた。二言目には喧嘩自慢、やんちゃ自慢を吹っ掛ける感じと言えば良いのかな。

 こういう現場の人は大人しそうに見えても甘くないはず。この手の調子に乗る野郎がいたら現場の制裁ってやつが起こるんだよ。なんかヤバイと思ってたら、

「そこの小僧、口動かさんと体動かせ」

 これぐらいは入るよな。そしたら、

「オラオラオラ・・・」

 なんと逆ギレして怒鳴り返し掴みかかったんだ。オラオラ野郎は顔も凶悪そうで、胸板も分厚くて、腕だって太い。そうだな、街で出くわそうものならカツアゲされそうと言えば良いのかな。ぶっちゃけチンピラみたいなものだ。

 注意した作業員を逆に威嚇して制圧してしまったんだよ。もう現場の空気は最悪だ。それでますますオラオラがヒートアップした。そしたらアリスに飛び火してんだ。

「そこの姉ちゃん、エエ乳とケツしとるやんか。今から付き合え」

 アリスの方が年上のはずだから姉ちゃんはまだ許す。だけどこんなところでナンパするって最低男だ。それも口説き文句が乳と尻って品性のカケラもないじゃないの。聞こえないふりをしていたらこっちに來るじゃない。

「オレのスケにしたる言うとるのが聞こえんか」

 聞きたくもあらへんわ。とは言うものの怖い。さっきの威嚇で他の作業員の人も委縮してるみたいだ。これは困ったと思っていたら誰か入ってきた。オラオラ男もその気配に反応したのか振り返ったんだ。

 見たところ現場主任って感じの人だったのだけど、オラオラ男に真っすぐに歩いてきた。そこからオラオラ男に注意したのだけど、

「オラオラオラ・・・」

 さっきと同じようにオラオラ男は逆ギレして喰ってかかりやがった。だけど現場主任は一歩も退く気配もなく注意してる。どうなるんだと思っていたらオラオラ男はアリスの予想の斜め上を行きやがった。

 いきなり現場主任の頭を掴み、そのまま上半身を引き下げて膝蹴りだ。こんなところでここまでやるかだ。これは鈍い音もしたし、アリスが見ても強烈そうだった。いくら荒っぽい現場と言ってもこれはやりすぎだ。ここまでになったら警察を呼ぶしかないと思ったもの。

 でも膝蹴りを喰らった現場主任は蹲るどころか、腹も抱えたりもせず、まるで何事もなかったかのように体を起こしたんだよ。あれっと思った瞬間にオラオラ男はスタジオの壁まで吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ばされたオタオラ男のところに歩み寄った現場主任は、ヒョイって感じで気を失っていたみたいなオラオラ男を肩に担ぎ上げ出て行った。それから二度とオラオラ男の顔を見ることはなかったな。


 なんか白昼夢を見たような気分になったのだけど、思い返すと現場主任はどれだけ強いのかと感嘆しそうな気分になっちゃった。オラオラ男は顔も、態度も、言動もクソだったけど、それが出来るぐらいは強そうだったのは間違いない。

 だって他の作業員が注意した時には威嚇だけで制圧しちゃったもの。あの制圧されてしまった人だって腕には自信があったはずだし、あったからこそ注意したと思うんだ。それが威嚇だけで制圧されてしまったのは、オラオラ男は喧嘩になっても強いと感じたからじゃないかと思ってる。

 ああいう人たちってその辺の強弱をわかるって言うじゃない。強弱だけでなく、どれぐらいで手を出すかもわかるのだと思う。年長者としての注意を聞いてくれないと喧嘩になってしまうし、喧嘩になって怪我でもすれば仕事に差しさわりが出るから引き下がったはずなんだ。

 それでも口先だけってのもいるけど、オラオラ男は喧嘩慣れもしていた。いきなりの膝蹴りなんか普通はやるか。でもあれは先制攻撃であり、不意打ちで優位に立とうと考えてのもののはずだ。

 それも決まっていた。オラオラ男はこれで決まったみたいな顔をしてたから手応えも十分だったと思うんだ。あれで現場主任が崩れ落ちるはずだから、雄叫びでもあげる気もあったんじゃないかと思うぐらい。

 まあ、そんなことをしたら仕事が無くなると思うのだけど、ああいう手合いは後先を考えないところがあるし、ああいう仕事は慢性的に人手不足だそうだから、ここでの武勇談で次の仕事場でオラオラする腹積もりだったのかもしれない。

 オラオラ男の行く末まで心配する必要はないのだけど、渾身の膝蹴りを受けたはずなのに、ビクともしなかった現場主任の強さは目眩がしそうだ。だって殴り返したら壁まで本当に吹っ飛ばされていたもの。

 あれって十メートルぐらいは余裕であったはず。人があんなに吹っ飛ばされるところを初めて見たもの。漫画とかならよくあるけど、リアルで起こるなんて今でも信じられないぐらい。

 そうそう、オラオラ男を吹っ飛ばした後も平静そのものだったのよ。怒ってる風とか、興奮している風なんかどこにもなくて、にこやかに笑いながら、

「来るのが遅くなってすみません。ちょっと注意しておきますから、お仕事お願いします」

 なんか暴漢を制圧したと言うより、建築現場に紛れ込んで悪戯している子どもを外に連れ出したぐらいにしか見えなかったもの。いやいや、子どもを連れだしてるようには見えたのは見えた。そりゃ、肩に担いで出て行ったからね。

 だけどだよ、オラオラ男って大きいんだよ。そうだね、アリスの二倍ぐらいは余裕であるはずだ。それなのに、まさにヒョイって感じで肩に担いじゃったのもの。まるで落ちてるゴミを拾ったみたいに見えたもの。

 そう言えば他の作業員の態度も不思議と言えば不思議だった。あそこまでになったら、なにかリアクションがありそうなものじゃない。それこそ、よくやってくれたの歓声ぐらいあってもおかしくないと思う。これも後から思い出したのだけど、現場主任がスタジオに入った瞬間に空気が変っていたと思う。

 アリスは怖いわ、面倒だわで、その時には気づかなかったけど、現場主任が姿を現した瞬間にトラブルは終わったみたいになってた気がする。そうなると他の作業員はあの現場主任がどれだけ強いか知っていたことになる。

 そりゃ、一緒に働いているのだから知っていても不思議無いけど、相手はオラオラ男だよ。イキるだけのチンピラとは違うと思うし、見た目だって歩く暴力みたいな男じゃない。それでも負けるなんて夢にも思ってなかったことになるじゃないの。

 なんか惚れたかな。女はなんのかんのと言っても強い男が好きなのよ。それも単純に喧嘩が強い男をね。だからあれだけ不良やヤンキーが主役のマンガや映画が作られるのじゃない。ああいうのに熱中するのは、強さに憧れる男だけじゃなく、女もそうってこと。

 あの強さもちょっと変わってて、正統派の強さより、そうじゃない方が人気があるかな。正統派って妙な言い方だけど、武道なりをキチンと修行して身に着けたものより、ナチュラルな喧嘩の強さの方により魅かれるみたいなところはある。

 ちょっとと言うかだいぶ違うけどアリスの会社員時代にもいたな。なにかあれば喧嘩自慢を持ちだす男。『オレも若い時は』式だったのだけど、それにキャーキャー言う女はいたもの。アリスはウザイぐらいにしか思わなかったし、あんなの口だけと思ってたけど、あんなタイプに夢中になる女がいるのだけは学習したぐらい。

 もちろん社会人、それもアラサーになればそんな単純なものじゃない。そんな喧嘩での強さより、社会的な強さを重きを置く。ぶっちゃけ年収だ。それが大人になるってことだけど、どこか単純に強い男に魅かれる面が女にあるのは否定しない。

 だって弱いより強い方が格好良いじゃないの。イケメンはもてるけど、あれってイケメンで強いと言う暗黙の前提も実は入ってると思ってる。だってだよ、軟弱なイケメンなんて言葉が成立しないじゃない。

 男の強さは美点だ。ここも誤解がないように言えば、喧嘩が強くないといけないものじゃない。喧嘩は強くなくても、ここ一番では勇気を見せられる心の強さだ。女は優しい男は好きだけど、気弱でヘタレで軟弱な男は嫌いだ。

 一番格好の良い強さは、それを普段は見せないけど、いざ見せようものなら圧倒的が理想かな。さらに言えば、そこまで強いのに強がる素振りなんて一切見せない感じ。一言で言えば、

『渋い男』

 そんな男の強さの理想像を見せつけられた気がした。あんな男が実際に存在するのだってね。