ツーリング日和4(第18話)実戦とスポーツの差

 ユリたちが連れて行かれたのは長崎温泉。長崎と言っても九州じゃないからね。高山から二時間以上かかってようやく到着。これも庄川峡を延々と走り、最後は橋を渡って、こんなところにそもそも家があるのかと思うところに宿があったんだ。

「民宿みたいね」

 そう書いてあるものね。話は通じていたみたいで女将さんは歓迎してくれた。

「古民家だよね」
「なんか立派だよ。この廊下なんて黒光りしてるもの」

 部屋も純和風だけど、

「外人さんにも評判が良いから安心してくだはれ」

 だからユリは生まれも育ちも日本人だって。そう言ったっら目を丸くしてた。そうとしか見えないのはヤマほど経験してるけど、やっぱりちょっとウンザリする。仕方ないのだけどね。

 お母ちゃんはもうひと眠りしたいというから、布団を敷いて寝てもらった。ユリも逃避行で大変だったけど、お母ちゃんなんて拉致監禁されてたものね。ユリも眠たくなったから一緒に寝ちゃった。

 お腹が空いて来たので目が覚めたんだけど、お母ちゃんも一緒だったみたい。そうしたらコトリさんたちが到着。お母ちゃんがお礼を言いかけたのだけど、

「北白川先生のお手伝いを出来て光栄です」
「そういうこっちゃ、風呂行こう」

 風呂は母屋とは別になっていて、露天風呂付で快適だった。あれからコトリさんたちはどうしたかだけど、

「そりゃ、白川合掌村や」
「ついでに菅沼と相倉の合掌集落も見て来たよ」

 ちゃんとツーリングやってんだ。

「高山陣屋は残念やったけど」
「また来たら良いだけよ」

 ここでお母ちゃんが、

「ここまで来たら大牧温泉かと思いましたが」
「あそこも悪ないけど・・・」
「あのクラスになるとウルサクなることもあるし」

 どういうことだろう。お風呂をあがると晩御飯。この宿もお食事処システムだけど、

「ホンマもんの囲炉裏とは風情があるね」
「料理もいかにも心づくしって感じがたまらん」

 近江牛とか飛騨牛みたいな豪華な料理はないけど、どれも美味しい。コトリさんたちも一品、一品味わってる感じ。

「追加はされないのですか」
「TPOや」

 はぁ? コトリさんに言わせると、こういう宿では四人前なら四人前の分しか仕入れていないそう。大きなホテルとか旅館なら予備の食材があるけど、こういう小さな民宿でドカドカ追加するのは良くないって。それで足りるのかなぁ。

「それか。コトリたちは食べようと思えば大食い大会にも出られるし、無ければ小食でも問題あらへんねん」

 こうやって改めて見ると箸使いも綺麗だし、食べ方もすこぶる付きで上品なんだよな。不思議な人たちだ。聞いてみたいことはたくさんあるけど、

「扇子一本であれだけ強いなんて驚きました」

 そしたらユッキーさんが含み笑いしながら、

「コトリ、見せてあげなよ」
「そやな」

 見せてくれた扇子は・・・なんだよこれ。

「鉄扇って言ってね、武器の一つよ。鉄扇もいくつか種類があるけど、これは骨組みを鉄にしたものに紙を張ったもので、普通の扇としても使えるよ」

 よくこんな重いもので舞ってたものだ。扇子が武器なのはわかったけど、あの圧倒的な強さの秘密は剣道の達人とか。

「剣道やってたのはあっちの衛兵だよ。あっちの国流の剣道だからサーベル道かな」
「剣道は武術やのうてスポーツやからな」

 どういう事かと聞くと、剣道は昔の剣術から受け継がれたものだけど、今や実戦から遠ざかり過ぎてスポーツに近いって。

「剣術はな、刀での切り合い術、殺し合い術やんか。刀同士で稽古したら怪我するから竹刀が発明されてるけど、今じゃ竹刀と真剣は別物になっとる」

 竹刀の現在の寸法は三尺九寸だから百二十センチぐらいあるらしい。これって本物の刀と較べると、

「刀の長さは柄も含めてのものやけど、江戸時代で二尺四寸、七十三センチぐらいが決まりやった。幕末になって斬り合いが激しくなって三尺、九十センチぐらいや」

 刀って随分短いな。竹刀の長さも最初は刀に合わせていたみたいだけど、

「決まりなんかあらへんから伸びて行ったんや。長い方が基本有利やからな」

 さらに重さも違うって。現在の三尺九寸の竹刀より、定寸の真剣の方が二倍ぐらい重いのだそう。だから竹刀でいくら剣道が上手になっても、

「真剣で同様に扱えるわけやあらへん。短すぎるし重いやんか」

 さらに剣道で評価されるのは面と、胴と、籠手と喉への突きだけだって。それ以外に打ち込んでも一本にならないのがルールだけど、

「実戦はちゃうで。どこを切っても相手に傷を負わすことが出来る。たとえ、その一撃が致命傷にならなくとも、数が増えたら出血でダウンするやろ」

 うわぁ、生々しい。でも確かにそうだ。面を叩き割ったら致命傷になるだろうし、喉を貫いてもそうだし、胴だってそんな気がする。籠手を切り落とすって手首から先が無くなるから戦えなくなるのもわかる。

 ほんじゃ、それ以外のところを斬ったらどうかだけど、突きだって胸を貫いたら致命傷になるだろうし、肩でも、腕でも斬られたら切り傷ができて出血するよね。とにかくどこか斬られたらダメージが大きいし、それがその後の戦いのハンデになるよ。

「言うまでも無いけど、足切るのも、首切るのもありやからな」

 こ、殺し合いだ。

「実戦ってそうや。そもそも三本勝負なんかあらへん。一本目で面を叩き割られたらあの世行きやん。腕が互角に近かったら、どうやって致命傷を避けながら、相手に致命傷を与えるかがポイントみたいなもんや」

 リアル肉を切らせて骨を断つの世界だ。生き残るためには相手を殺さないといけないのが実戦だよな。

「だからスポーツと実戦は根本的に違うって」

 さらにがあるとコトリさんはしてた。剣道でいくら上達しても、相手を実際に刀で人を切るのは別次元としてた。剣道だったら竹刀でいくら殴っても、防具もあるから打撲かせいぜい骨折するぐらいだろうけど、

「刀で切れば相手を傷つけてまうし、切りどころによっては死ぬやん。そんな覚悟は剣道を百年やっても付かへん。相手を平気で斬れるような気迫の鍛錬なんか誰もやらんからな」

 そんな鍛錬をするのは、それこそ暗殺者ぐらいだよね。

「あんときにウィーニスはサーベル抜かせたやんか」

 あれでコトリさんが切り殺されると思ったもの。

「あれでラクになったで。あの連中が本気で人なんか斬れるもんか」
「だよね。パンチやキックの方が本気だものね」

 そこまで見切ってたとか。言われてみればそうかもしれないけど、あの連中だってサーベル使いのはずだよ。

「本気で人を斬るには、体ごと相手にぶつかるぐらいに踏み込まんと無理や。そやな、踏み込んだ足が相手の股に入って、そのまま体当たりするぐらいや」

 そんなに! 時代劇とかなら、もっと遠くから斬り倒してるように見えるけど。

「ユリにもわかるように言えば野球のバットみたいなもんや。バットは八十五センチぐらいやから二尺八寸ぐらいになる。それでボール打つ時に打席で体ごとぶつかっていく感じになるやろ」

 たしかに。打席とホームベースの距離って目の前みたいなものだよ。それなににアウト・コースになるだけで、あれだけ遠くなるものね。刀が届く距離も似たようなものか。

「野球やったらボールを打つだけやけど、斬り合いは自分が斬れる距離は相手からも斬られる距離になるねん。人を斬ると言うのはその距離まで踏み込まんとあかんねん。そやけど、その距離に入らんと人は斬れん」

 当然そうなるけど怖そう。

「そんなん出来るのは実際に人を斬った事がある奴ぐらいや。いくら怖くとも、そうせんと斬れへんのを知っとるからな。それが出来へん奴は腰が引けて刀ばっかり伸ばして来よる」
「その上だよ。本当に切ってしまったらどうしようの動揺がモロに出てたよ。あんな甘々の踏み込みの相手なんて、コトリにしたらお遊戯ダンスにしか見えないよ」

 理屈はそうかもしれないけど、当たれば切れちゃうじゃない。コトリさんって、どんな修羅場を潜り抜けたと言うのだろ。人を斬った事があるとは思えないけど。

「コトリ、チャンバラを楽しんでたでしょ」
「バレたか」

 コトリさんが武術の達人なのはよくわかったけど。今日の担当はジャンケンで決めたはず。

「わたしならもっとスマートにやるわ」
「あれがスマートか」
「チャンバラやるよりスマートじゃない」
「チャンバラの方がスマートや」

 なにをする気だったのかな。