ツーリング日和4(第14話)天空の夜

 食事中もコウさんとの会話は大盛り上がり。コトリさんたちはコウさんと単なる知り合いというより旧知の仲みたいで、完全にタメ口。逆にコウさんの方が慇懃になってる。

「コウ、そんなに固くならんでも」
「そうよ、世界のコウなんだから」

 コウさんが飛騨に来たのは高山での仕事のためらしく、

「へぇ、あそこで弾くのか」
「ごくろうさん」

 なんたら国際会議の昼食会でピアノを披露するんだって。高山で国際会議なんてやるんだな。それだったらこんなところに泊まらずに高山のホテルにでも泊まれば良いのに。

「それは、せっかく高山まで来てるのですから、濁河温泉への道を走りたかったからです」

 なるほどバイク・ツーリングもガチの趣味なのか。そのお蔭でこうやってお会いできたのですから文句を言ったらダメよね。

「明日はコトリたちも高山に行くから一緒に走ろか」
「良いのですか」
「イイに決まってるじゃない。ライダー・ピアニストのコウと一緒にツーリングしたら孫子の代まで自慢できるじゃない」

 たしかにそうだ。後でサインもらえるかな。ここでコトリさんが、

「会場はアサシアリゾートやろ。ちょっと頼みがあるんやけど」

 ちょっと、ちょっと。それは無理だよ。そりゃ、コウさんはストリート・ピアノのパフォーマンスなら素人が飛び入りコラボして連弾したり、他の楽器と合奏したりもしてくれるし、その楽しそうな様子が人気だよ。

 でも今回は招かれての仕事じゃない。それも国際会議の歓迎式目じゃない。そこに飛び入り参加なんて許される訳がないじゃない。迷惑なんてものじゃないよ。コウさんも断るよね。

「それは光栄です」

 えっ、イイの。

「だったら・・・」

 マジかよ。明日の打ち合わせを始めちゃったよ。

「後は会場に着いてから連絡します」
「楽しみにしてるで」

 それから部屋に戻ったんだけど、

「飲みなおしよ」

 まだ飲む気だ。おつまみは、

「これ鶏ちゃんと言うのね」

 下呂のB級車グルメだそうで、鶏肉にキャベツやキノコを合わせて秘伝のタレで鉄板焼き風にしたもので良さそう。でも、もう食べられないよ。ここでコトリさんから、

「そろそろ聞かせてくれるか」

 ユリは昨日の異常な体験を話すことにした。昨日の朝はいつも通りに始まった。朝食をとって大学に行ったんだよ。そしたら友だちに呼び止められて、

『ユリ、全部休講だよ』

 はぁって思ったけど、今日の講義を担当する教授や講師連中が全部休みだって言うんだよ。どうやら昨夜に連れだって焼き鳥屋に行ったみたいで、

『連れ立ってかどうかはわからないけど、鳥刺し食べたら当たったんだって』

 バカか! 鳥刺し食べて食中毒なんか自業自得だよ。突然のお休みになっちゃったってこと。友だちにはお茶を誘われたけど、提出するレポートがあったからユリは帰ったんだよ。レポートと格闘してたんだけどお母ちゃんに、

『ユリ、昼はピザにするのだけど、タバスコ切らしちゃったから買って来てくれる』

 ついでに郵便物もポストに入れてきて欲しいと言うから、リュックに入れてバイクで出かけたんだよ。近いけどライディング・スーツには着替えてた。これは距離が短い時こそ転倒事故もあるってサークルの先輩に言われてたからね。

 買い物と用事を済ませてマンションに帰って来ると、まるでヤーさん仕様みたいな黒塗りの大型車が三台も停まってたんだよ。ヤーさん仕様と思ったのはクルマだけじゃなくて、スーツを着込んでサングラスをかけた大男が、いかにもって感じで周囲を睨んでたもの。

 その時に玄関の自動ドアが開いたのだけど、あれにはホントにビックリした。グラサンにスーツの大男に両側から腕を抱えられたお母ちゃんが出て来たんだ。お母ちゃんはユリを見つけて、

『ユリ、逃げなさい』

 どう見たってお母ちゃんがヤバそうな状況にしか感じなかった。お母ちゃんを見殺しにしてしまうのはどうかと思ったけど、あんな大男の集団相手にユリじゃどうしようもないじゃない。さらにだよ、大男連中がユリめがけて走り寄って来たんだ。

 こんなもの逃げる以外にないじゃない。バイクを発進させたんだ。あれも間一髪だった。大男はユリのすぐそばまで来てたからね。走り出してしまえば大男だって追いつけるはずがないけど、なんとだよ、黒塗りのクルマが追いかけて来たんだよ。

 なにがなんだかわからない状況だけど、どうみてもお母ちゃんは拉致されている。さらにあの大男連中はユリも拉致しようとしてるとしか見えないないじゃない。とにかく追ってくる黒塗りのクルマを振り切らないといけないとしか頭に無かった。

 これだって今から思えば警察に駆け込めば良かったと思うけど、大男連中が怖かった。だって物凄い勢いで追いかけて来るんだもの。でもね、バイクならすぐに振り切れると思ったんだよ。

 だってクルマなんか自動運転じゃない。制限速度を越えないものね。ところがだよ、そんな制御がまるでないみたいに追っかけられたんだよ。なんなんだよあのクルマ。それでもバイクが有利なんだ。

 たとえ前にクルマがいてもその気になれば追い抜けるのがバイクだ。路側を使うのもあるし、クルマとクルマの間をスラロームのように走るのだって出来る。もちろん、そんな事は普段はしないよ。危なすぎるし、事故の原因にしかならないもの。

 でもこれは緊急事態。そりゃ怖かったけどユリはそうやって振り切ろうとしたんだ。でもね、あの黒塗りクルマはクラクションを鳴らしまくるだけじゃなく、

『バァーン』

 なんの音かはすぐにはわからなかった。パンクかとおもったけどたぶん違う。そしたら、

『バァーン、バァーン』

 バックミラーに見えたものでションベンちびりそうになった。なんとだよ、窓から身を乗り出してピストル撃ってるんだ。ヤクザ映画だとかギャング映画ならともかく、この日本で白昼堂々起こるなんて信じられないよ。もうユリは焦りまくったし、動揺したなんてものじゃなかったもの。

 逃げ回っているうちに阪神高速の入り口が見えたんだ。今から思えばなんていくらでもあるけど、ユリは高速で逃げようと思っちゃたんだよね。でも追いかけて来たよ。あれは悪夢のようなカーチェイスだった。

 とにかくユリはクルマの間を縫うように追い抜きまくった。何度クラクションを鳴らされたことか。あいつらも追っかけて来たけど、根本的にはバイクが有利なんだ。だけど永遠に高速を逃げ回るわけにはいかないじゃない。

「だから彦根ICで下りたのね」

 なぜかパッと思い浮かんだのが多賀大社の駐車場だったんだ。だってだって、昼からずっと追いかけられっぱなしで、どこかで休まないと体力も神経も限界だったんだよ。でもコンビニとかの駐車場は見つかりそうで怖かったんだ。

「追われる者の心理ね」
「あれは応えるからな」

 追いつめられるってあんな心境になるって良くわかったもの。