純情ラプソディ:第10話 港都大

 ヒロコが通っている港都大だけど、六甲山の麓のかなり高いところにある。そこがメイン・キャンバスで、隣接するように三つのキャンバスに分かれてる。法学部はその中でも第一キャンバスと呼ばれてるところなんだ。

 そこに通うには阪急からの徒歩。結構な坂を登らないといけないのがネック。だからバスを利用する人もいるけど、ヒロコは節約のために歩きだよ。バイク通学の人もいるけど歩いてる人が多いかな。

 この港都大だけど沿革はかなり複雑。戦前の学制というか大学からしてヒロコにはわかりにくいのだけど、とりあえず元祖は港都高等商業学校。これは先に東京高等商業学校が出来ていて、二校目を西日本に作るって事で出来たで良さそう。

 当時の位置づけでは専門学校になるのだそうだけど、今の専門学校とは全然違って、大学に次ぐ高等教育機関になるそう。というか大学が帝国大学時代で、港都高商は一九〇二年に出来てるけど、大学は東京帝大と京都帝大しかなかったっていうのよね。

 ここも裏話があるそうで高商誘致については神戸と大阪の誘致合戦になり、帝国議会でわずか一票差で神戸に決まったそう。出来たころの修業年限は四年で、さらに二年の専攻科があったのだけど、専攻科を卒業したら学士号を授けられたってなってるのよね。

 学士って今なら単に大学卒業ぐらいの意味しかないけど、帝国大学が二つしかない時代だからムチャクチャ価値があって、

『学士様なら嫁にやろ』

 こんな言葉があったってなってる。エリートの証みたいなものかな。港都高商が学士号を授与できた理由だけど、

 帝国大学・・・旧制高校(三年)→ 帝国大学(四年)
 港都高商・・・予科(一年)→ 本科(三年)→ 専攻科(二年)

 帝国大学コース七年と高商コース六年が同等と認められたかだそう。だからプライドも高かったぐらいかな。戦前の学制はコロコロ変わるのだけど、まず一九二九年に港都商業大学に昇格し、一九四四年に港都経済大学に改称してる。

 一九四九年に戦後に新制大学になった時に港都大になるのだけど、この時に旧制姫路高等学校、港都工業専門学校、兵庫師範学校、兵庫青年師範学校を合併して出来上がってる。一九六四年に港都医科大学、さらに一九六六年に兵庫農科大学、二〇〇三年に港都商船大学も合併して今に至るかな。

 ヒロコが進学した法学部だけど、この源流は高商にあるとなってるんだ。商業学校に法学なんかと思ったのは本音。たしかに高商教育の中心は経済学、簿記、会計、商学だけど、民法、商法を中心として法律学や政治学も必要とされたんだって。さすがだよね。法学部は新制港都大が出来た時に独立したで良さそうだけど、明治以来の伝統学部と言えなくもないぐらいかな。


 港都大だけど大学ランク的には旧帝と張り合ってるぐらいかもしれない。これは関西の三都のライバル意識もあるで良いと思ってる。というのも、高商誘致で神戸に負けた大阪だけど最終的に大阪帝大が出来てるのよね。

 そう京都にも大阪にも帝大があるけど神戸にはなかったことになる。その代わりに高商があるぐらいのバランスだけど、やはり帝大より下に見られてしまう感じ。これは今でもそうだもの。偏差値的には京大や阪大の下だものね。

 その辺の流れが変化しだしたのがエレギオンHDの存在とされている。エレギオンHDはアパレル・メーカーのクレイエールが発展して出来上がったのだけど、あれだけの世界的大企業グループなのに本社は神戸のまま。東京どころか大阪にも動く気配もないぐらい。

 これも名目上の本社は神戸においても、実質的な機能を東京に移すパターンも多いけど、エレギオンHDの場合はガチで神戸が本社。東京はあくまでも有力支社がある程度になってるのよね。

 エレギオン・グループは産学協同のパートナーに港都大を重視してくれてるのよ。大学の評価は研究成果にあるけど、優れた研究成果を生むには研究費が必要。でも文科相からの予算配分は東大重視で、次が京大ぐらいで、その他は残りを分け合ってる感じなんだ。

 だけど港都大はエレギオンHDからの研究費の流れが大きくて、それでレベルが上がってるらしい。そのためか入試レベルでも京大や阪大と張り合う学部も出てきてるぐらいの感じ。学内的にも追いつけ、追い越せの活気があるぐらいで良いと思う。


 エレギオンHDが神戸から本社を動かさない理由は良くわからないけど、一つはネット時代になって本社位置の不利が小さくなっているとも言われてる。ネットを介せばリアルタイムでコミュニケーションをいつでも取れるものね。

 それと東京に本社を置くメリットは他の企業との連携がやりやすいのはあるとされてる。それはわかるけど、エレギオンHDまでの規模になると話が逆転するらしい。そう、神戸に出向いてでも連携を取りたいぐらいかな。その証拠にわざわざ神戸に本社を移転した有力企業も少なくないらしい。

 もう一つ東京に本社を置くメリットは政治的な影響力の行使もある。経団連とかのメンバーになるっての。その延長線上で政府の諮問機関みたいなものの委員になるとかもあり、それによって国の政策とかを企業サイドに有利にするとかね。

 これもエレギオンHDは超越しているとしか言いようがないのよね。エレギオンHDは財界活動自体はお付き合い程度らしいけど、その政治力は日本の他の企業のすべてを合わせたより大きいとされてるの。

 それこそ首相のクビのすげ替えぐらい朝飯前って評判だもの。その政治力は国内だけでなく国外にも強力で、アメリカ大統領や、中国主席、ロシア大統領だって、いつでもサシで話が出来るとも言われてる。

 とにかく東京一極集中となっていたのが、エレギオンHDが神戸に居るだけで変わって行ってるって言われるぐらい。もちろん神戸だって変わってる。ずっと地盤沈下と言われた時代もあったみたいだけど、今では注目先端都市って言われるぐらい。


 そうそう港都大の校舎も立派なのよね。二十世紀の半ばぐらいに大きく建て替えられたけど、風格があってなかなかのもの。この校舎に通うだけでも値打ちがあるって言われてるぐらい。

「カスミン、学食行こう」

 学食も美味しいし、ちょっとオシャレな高級店風から。安くて気楽なバイキング形式まで充実してるんだ。この辺は港都大周辺が住宅地で、学外に食べに行くにもめぼしい店が近所に無いのも大きい気がする。

 それでもってになると、阪急まで下りるしかないけど、阪急の駅前は狭くて、ハッキリ言って大したものじゃないのよね。だから、もう少しとなるとJRまで下ることになる。バスを使えば手間も時間もあまり変わらないのよね。だからコンパとかになるとJRまで行くことが多いかな。もちろん三宮だって阪急で駅三つぐらいだから近いのよ。

 三宮に行くことも多いけど、ヒロコならJRが多いかな。あそこはとにかく生活するのなら便利なところ。区役所もあるし、郵便局もある。銀行なんか数えきれないぐらいあるし、スーパーだって何軒あるかわからないぐらい。医療機関も充実してるし、お気に入りの美容院もある。御飯屋さんもたくさんあるものね。

 ただし高級品は売ってないかな。そりゃ、欲しければ三宮とか元町に行くか、梅田だって遠いとは言えないし。その代わりでもないけど、手軽なバイト先も多い。学生バイトも色々あるけど、コンビニからファスト・フード、塾講師ぐらいならゴロゴロしてるもの。ヒロコもそこでバイトしてるよ。