黄昏交差点:セカンド・ラブ

 塾の中三クラスに六人目が入って来たのだけど、これが西村由佳。これまた小学生から同じ。家は地区の線引きの都合で別地区だけど、ほんの近所で智子の家よりずっと近いところ。

 由佳とは中学で同じクラスになったことはないし、小学校は・・・・・・忘れた、覚えてない。さすがに小学校から同じだから顔と名前は知ってるけど、それぐらいしか知らないぐらいかな。

 由佳は智子と対照的で良いと思う。小柄なのは同じだけど、スタイルがまず違った。智子は見たことはもちろんないけど、高校卒業時点でも、ありゃAカップじゃないかと思うぐらい。由佳はと言えば中学生とは思えないぐらいのナイス・バディだった。いわゆるグラマーってやつ。

 性格もひたすら物静かな智子に対して陽性として良いと思う。表情だって豊かだし、愛嬌もあり、そこにいるだけで場が賑やかになりそうな感じかな。

 由佳の加入は智子との帰宅時のお話タイムを消滅させるものになってしまったんだ。商店街を抜けて県道に出た時に、由佳と智子は直進し、ボクと山岸は右に曲がってバイバイすることになるからだ。

 まあ近いというか、早い点ではそれが順路だけど、正直なところ寂しかったのは間違いない。だってだよ一年以上かけて智子とやっとあそこまで近づけたのにオジャンになってしまったわけだから。

 由佳が突然入塾してきた理由も不明。これは結果的だけど成績不安はまずあったとは思うけど、それでもってところかな。まず思ったのは山岸狙い。あいつは背も高いし、運動もそれなりに出来るから、悔しいが人気もあって、モテるのは知っていた。彼女だっていた時期があった噂も聞いたことがあるぐらいだ。

 学校では難しいけど、こんな小さな塾ならお近づきになれる可能性を考えたとか。実はこれを智子でもそうじゃないかと思ったぐらいだったんだ。まあ、単純に成績アップが目的で済む話だけど、あれこれ考えた自分がいたぐらいかな。


 さてだけど、商店街の外れで由佳と智子が直進し、ボクと山岸が右に曲がって別れるのだけど、駅前とその次の信号を渡り、さらにその次の四つ角で由佳との帰り道が同じになるルートだった。

 つまりは再合流する可能性があるのは知っていたというか、必然的にそうなるぐらいかな。ただし由佳のルートの方には信号がないから、普通に走れば早くなるんだよ。

 そしたら由佳と再合流できた。次の時も、その次の時も。由佳との会話は楽しかった。というのも智子は話しかけない限り返答しないタイプだし、返答も出来るだけ短くというか、ブチって切る感じかな。要は話になかなか乗ってこないだよな。

 それに対して由佳はノリノリのタイプだし。こっちが話しかけなくとも話題を次々に持ち出してきたんだ。そりゃ、楽しかった。気持ちが智子から由佳に急速に傾いていくのをどうしようもなかったんだ。

 自転車も出来るだけゆっくり漕ぐようになり、ついには押して歩くようになってた。さらには別れ際に話し込むようにもなっていた。もう由佳とは間違いなく友だちだし、自分としてはそれ以上になってると思い込んでたぐらい。

 これもドラマや小説なら告白からキスぐらいに進みそうなものだけど、ヘタレのボクは何もできなかった。この時間を失うのが怖すぎたし、まさか由佳が恋人になってくれるとは思わなかったのもあったんだな。自分への自信のなさも大きかったぐらいだよ。

 それでも次は考えてた。中学を卒業すれば次は高校だと。今はこのまま維持させて、高校で勝負の気持ちってところだ。これはどこでもそうだろうけど、高校受験になれば一番校、二番校、三番校・・・こういう感じで成績順に割り振られることになる。

 当時の高校入試は内申重視で、内申の点で輪切りされてたとしても良いと思う。ボクは五教科こそ悪くはなかったけど、残りの四教科に問題を抱えてた。運動は運痴じゃないぐらいだし、音楽だって楽譜は読めないし楽器が弾けるわけではない。美術は美術教師と折り合いが悪くてひたすら低迷、技術も並ってぐらい。

 内申は数学の一点も、美術の一点も同じ評価で九科目の合計点で評価されるからしんどかったのは確かだった。言っちゃ悪いけど、運動部やってるやつと体育の点を競ってるわけだし、ブラバンやってる連中と音楽の点を競ってるようなものだもの。

 それはともかく、中三になった時点でボクの成績は一番校のボーダー。正確には二点足りないぐらい。そして由佳は二番校。このまま順当に行けば自然に高校は同じになる計算をしてた。

 でもそうはならなかった。由佳の成績は低迷したみたいで三番校に志望が変更になり、ボクは当時の担任にケツを叩かれまくって一番校に滑り込み。

 一番校に入れたのは、長期的に見れば三流私立でも医者になれた要因になったと思ってる。だから担任教師は恩師だけど、由佳と離れ離れになるのは悲しすぎた。それぐらい由佳に夢中になっていた自分がいたぐらいだ。

 由佳にはさらにの延長戦があった。高校はボクも由佳も電車通学、最寄りの駅も同じだから、駅までは同じルートを歩くことになる。高校入学した頃の由佳は待ってくれていた。でもボクは下り電車、由佳は上り電車。始業時刻も微妙に違ってたし、いつしか由佳の姿は見えなくなった。

 ボクは言うまでもないけど、由佳もボクに確実に好意を抱いていたと思ってる。二人が恋人になるのに紙一重まで来てたかもしれない。でも、それっきり会っていない。だから由佳の姿は今でも高校一年生のまま。


 さてだけど二十七年ぶりぐらいに小学校の同窓会を開くことになったんだ。その前の年に中学校の同窓会があり、名簿も出来てるから小学校もやろうぐらいかな。この辺は中学校の同窓会に集まったのが多すぎて、小学校規模でゆっくり話をしたいのもあったと思う。

 世話好きの森永が幹事長だったけど、集まったのが女性幹事ばっかりだったのでボクも幹事に立候補してやった。勤務医時代なら不可能だったけど、開業したからこんな時間も取れるようになったぐらいかな。

 幹事会では出席人数を増やすために欠席の返事の者まで誘ってたし、返事のない者も可能な限り連絡を取ろうとしてた。その辺は欠席者の近況報告をする目的もあったぐらいで良いと思う。

 智子は欠席で、由佳からは出欠の返事さえなかった。それでも由佳とは電話で連絡が取れて、自然に由佳の話題になったのだけど、ちょっと意外なものだった。由佳が結婚したのは知ってたけど今の生活は良くないらしい。この辺の事情は由佳と電話した美由紀も口を濁していた感じがする。

 それと由佳とは塾時代しか知らないけど、どうも学校では少し浮いてた感じがする。男連中の評価として恋愛対象にするには難ありぐらいかな。あんなに楽しくて優しい由佳の評価がそんなところにあるのを初めて知ったんだよ。

 あの時にボクに見せていた表情を誰も知らなかったで良さそうだ。そうなるとあの表情はボクにだけ見せていたとか。改めて自分のヘタレ具合に凹んだ気分になったよ。由佳はきっと待ってたんだ。ボクからの告白を待ってたに違いない。

 あの日の幹事会のビールほどほろ苦いものはなかった気がする。あの時にもう少し勇気があったら、きっと違った世界があったはずだと。もっとも、それで由佳を幸せに出来たかどうかは別問題。

 まだまだ青い時代で男と女の間に愛さえあればすべてを乗り越えられると、なんの疑いもなく信じてたぐらいだったよ。そうは甘いものではないのは、それから人生経験を積み上げて知ることになる。

 初恋が智子であるのは間違いないけど、初失恋は由佳になると思う。ああ、あの日に帰りたい。今なら素直に言える。

「愛してます、付き合って下さい」

 由佳は綺麗だった、可愛かった。誰がなんと言おうと、ボクのマドンナの一人。なによりボクに好意を寄せてくれていた。由佳には女性から好意を寄せてもらう意味を教えてもらった気が今でもしてる。

 時は流れた。流れて行った時は取り戻せない。出来るのは後悔と残された記憶だけ。今日はもう帰ろう。