エミの青春:北翔高校のお掃除

 これはコトリもユッキーも関わっとらへんけど、北翔高校もエゲツナイ事やっとった。あの時にヤクザの幹部の息子や主だった連中は逮捕されて即退学処分になっとった。誘拐に、傷害に、監禁と婦女暴行未遂で逮捕やから、ここまではわかる。

 北翔高校と言うか極楽大は、これをチャンスと見て学校改革に乗り出したんや。いわゆるゴミ掃除。北狼会は幹部連中がゴッソリいなくなったけど、下っ端は残ってるんや。こいつらは虎の威を借りてた狐みたいな尻馬連中やねんけど、放っておいたら、また悪さするんよ。

 ゴミ掃除やからまとめて退学処分にするかと思てたんよ。ところが学校はそいつらの有効活用を考えたんよね。

 下っ端は退学になった連中ほど根性ないから、せめて高校ぐらい卒業したい小心者ばっかりみたいやねん。そこに学校は目を付けたぐらいや。親も呼び出して突きつけられた通告は、

 『新生ハンドボール部で頑張るか、退学を選ぶか』

 不良連中はせせら笑っとったみたいやねん。それで済むなら、またブイブイ言わせたるみたいな感じかな。でも学校が狙っとったんは、

 『不良からの奇跡の逆転劇』

 そうゴミ掃除やのうて、ゴミのリサイクルやってんよ。コトリもこれ聞いて感心したわ。とにかく北翔はイメージが悪いやんか。イメージ・アップするには、ゴミ掃除だけじゃ難しいと見たんやろな。

 ゴミのリサイクルに成功したら、ゴミはああいう目に遭うってアピールになるから、ゴミは近づかんようになるし、そういう姿勢の学校ならまともな生徒が集まりやすくなるぐらいやろ。知恵者がおると思たわ。

 そやからゴッツイ予算かけてやったと思うで。まず建てられたんがプレハブの寮。ありゃ、タコ部屋言うより見ようによっては監獄かもしれん。窓には鉄格子入ってるし、エアコンどころか網戸もカーテンも無し。そこにハンドボール部員は問答無用の強制入寮させられとった。

 そこに集められたのが鬼のような監督とコーチがゴッソリ。さらに舎監には気の荒い猛者連中が五人ぐらい常駐する感じや。そこまでしてやらされる練習の目標は、

 『全国制覇』

 これが特別待遇の練習体制で午後の授業が免除って代物。今までロクロク練習してない連中やから、初日から半殺し状態。倒れたぐらいやったら、水ぶっかけて叩き起こして練習するぐらいは序の口やそうや。

 「それだけじゃないのよね」
 「奇跡の逆転劇は欲張りやと思うわ」

 もちろん午後だけやなく五時ぐらいから始まる朝練もみっちりあるんやけど、そこまでシバキあげといて、夜は午後の授業の補習が行われるんや。これも補習言いながら甘いところは全然あらへん。そりゃ目標は、

 『東大合格』

 ムチャクチャやと思たわ。だいたい、そんなヘロヘロの状態で勉強なんか出来るはずがないやんか。それにコトリでも鬼と思たけど、頻繁に試験が行われて、目標点に達しなかったら、

『練習が足りん』

 勉強が足りんやのうて、昼間の地獄の練習が足りないと決めつけられて、シゴキがアップする仕組みやねんよ。もちろん脱走しようとしたのもおったけど、寮の周りは塀こそないものの、びっちりセンサーが張り巡らされていて見つかってまうんよ。

 練習中もゴッソリとコーチがおる上に、警備員まで雇って監視してるから、逃げようと思ても、すぐに見つかってまうんよね。

 こういうところでは脱走は重罪やけど退部とか退学にはしてくれへんねん。やらされるのは反省。どうやって反省させるかと言うと、

 『練習が足りん』

 普通にやっても半殺し練習やのに、反省させるための練習が遠慮会釈なしに追加されるんや。もちろんそれで勉強に支障が出たら、

 『練習が足りん』

 こういう仕組みやねん。見せつけられた連中は震え上がったそうや。

 「よく死人が出ないものね」
 「そういう意味でプロみたいなもんやし、専属の医者付けて健康管理までやってるねん」

 まあ元がゴミみたいな連中やから、それぐらい鍛えんと地区大会さえ難しいのはわかるけど、

 「奇跡を起こすタネって大変ね」
 「まあな、あれだけ逃げ場を塞がれたら死ぬ気でやらんとしょうがないやろ」

 新生ハンドボール部には北狼会の残党だけやなく、他の不良グループの連中も、なんだかんだと理由を付けられて次々に放り込まれたそうや。次々言うけど、寮を建て増ししたり、次の寮を作った訳やないから、寮の中は鮨詰め状態になったらしいんや。

 そこまでしといて学校側はニンジンぶら下げたんや。たいしたニンジンやないけど、パンパンに鮨詰め状態の寮の隣に第二寮を建てて、一軍に上がれた奴はそっちに移れるとしたんよ。

 「第二寮と言っても、やっぱりエアコンも、網戸も、カーテンも無しでしょ」
 「ああ、一人当たりのスペースが広なるだけやけど、あそこまで追い詰められるとニンジンになってまうんよ」

 そりゃ、目の色変えて競争してるらしいは、

 「これで北翔高も、もう少しマシな学校になるね」
 「今どき、不良の巣窟みたいな学校じゃ生徒は寄って来んし」

 やり過ぎと思わんことないけど、親も散々手を焼かされてたから、これを更生させてくれるチャンスがあるんやったら、白紙委任状の百枚ぐらい書く気がするわ。

 「成果は期待できるかなぁ」
 「そこそこ行くんちゃうかな。若いから強制的でも体力付くやろし、それだけシゴかれたら全国制覇は無理でも県代表ぐらいやったら可能性はあるやろ」

 そやからハンドボールやったんかもしれへん。野球やサッカーじゃレベル高すぎるからな。

 「勉強の方は?」
 「体力ついて来たら余裕も出来るやろから、ちょっとは出来るようになるんちゃうか。さすがに東大は無理でも、そこそこのところに合格しただけでも宣伝になるで」

 聞いたとこやったら、校内の風紀がムチャクチャ良くなったらしい。そりゃ、校則違反が一つでも見つかったら、ハンドボール部に放り込まれるのを目の前で見せつけられてるからな。軍隊並いうよりそれ以上の気がするわ。

 まあここまでの人生のツケ払う気で頑張らんとしゃ~ないやろ。あのままヤクザな生活になだれ込むより、マシな人生になると思うで。