お父ちゃんは頑固なところもあるけど世話好きで人情に篤い人。お母ちゃんも世話好きでレストランの常連さんには肝っ玉母さんとして慕われてる感じ。人に恨みを買うようには見えないけど、我が家で黒田の名前は鬼門。
どうもお父さんは子どもの頃から仲が悪かったみたいで、甲陵の厩務員を辞めたのも黒田と喧嘩したからって聞いたことがあるぐらい。
ちなみにお父ちゃんは喧嘩も強いみたい。背は高くないけど、肉体労働ばっかりやってるようなものだから、あれって筋肉の塊みたいなもの。喧嘩のやり方も、酒乱のお祖父ちゃんと年がら年中やってたみたいで、筋金入り。お祖父ちゃんとは成人してからもやってたと言うから驚き。
でも普段はそんな素振りは絶対に見せないのよね。あれで商売人で、客あしらいもなかなかのもので、上手に愛想振りまいてるし、家でもそんな感じだもの。ただ黒田が絡むと話が変わる。
絡むって言っても、相手は黒田物産の社長だし、こっちは貧乏乗馬クラブの社長だから、接点なんかないはずなんだけど、黒田は甲陵倶楽部の馬術会長なんだよな。同じ市内の乗馬クラブだから、役員会議とかでどうしても顔を合せちゃうんだよ。
甲陵の馬術会はとにかく日本でも有数のレベルだし、会員だってリッチ。というかリッチじゃなけりゃ、あんな年会費を払えないもの。うちが他のところの七割程度で、甲陵は逆に三倍以上、いやもっとかな。そのうえ自馬会員オンリー。入会金なんて十本行くって聞いたことがあるもの。
そんな甲陵の会長だから黒田も鷹揚にしてりゃイイものを、お父ちゃんに聞く限りだけど、一言も、二言も多いタイプみたい。これは因縁のお父ちゃん相手だけじゃなく、他のクラブの会長にも聞いたことがあるから、そういう性格みたい。他のクラブはとにかく大勢力の甲陵相手だから、
『ご無理ごもっとも』
これぐらいで聞き流してるみたいだけど、お父ちゃんが聞き流すはずもないから、いつも嫌味の応酬になってるみたい。だから他の役員も気を使って、なるべく二人が同席しないように、同席しても出来るだけ離すようにしてるって聞いたことがあるぐらい。
それでも顔合わせることがあるけど、帰ってからが大変。あのお父ちゃんが愚痴をこぼしまくるんだよね。それだけでも大変だけど、お母ちゃんが宥め役になってくれないんだよ。それこそ火に油を注ぎまくる感じ。
エミは黒田に会ったことないけど、話だけは耳にタコが出来るぐらい聞かされてるから、自然に黒田は極悪非道のイメージがこびりついてる。簡単に言えば小林家にとって黒田は、
『不倶戴天の仇敵』
こうなっちゃってる。だけど一つ不可解な点があって、お父ちゃんが黒田と仲が悪い理由はなんとなくわかるけど、お母ちゃんがどうしてあれだけ黒田にヒートアップするかってこと。
あれってお父ちゃん以上の気がしてる。だって最後の最後は最初に愚痴ってたお父ちゃんが宥め役に入るぐらい。その頃にはもう泣きが入ってて、
「どうして、どうして、悔しい･･･」
あれはどう見てもお母ちゃんも黒田に何か因縁があるとしか思えないのよね。聞いたこともあるけど、
「そりゃ、お父ちゃんが憎む相手だから、憎いに決まってるじゃないの」
それだけに見える訳ないよ。でもいくら聞いても教えてくれないんだ。お父ちゃんに聞いても、
「あれか、お父ちゃんが愚痴り過ぎて、お母ちゃんもああなってもた」
絶対違う。だってお母ちゃんは店に余裕があれば、お客さんの悩みを聞いてあげたり、愚痴の聞き役なんかもやってるんだよね。だからあれだけ慕われてるんだけど、怒った姿なんか一度も見たことないもの。
今のお母ちゃんには黒田との接点はないようなものだけど、かつてになるとあるんだよね。そう、お母ちゃんは甲陵のレストランの元ウエイトレス。その頃には黒田は甲陵の会員だったから、そこで何かがあったと考えてる。お父ちゃんが黒田と取っ組み合いの喧嘩をしたのも、それが原因だったかも。
「ちゃうで、あれはオレが黒田の馬の担当になってもて、黒田がオレの調教した馬で成績が悪かったことがあったんや。そしたら黒田が、
『小林、お前の馬の世話が足りんから負けた』
『アホ抜かせ、黒田の腕が悪すぎるからや』
これで喧嘩になっただけや」
これはこれで理由になるけど、ホントにそれだけだったか疑問があるのよね。お母ちゃんに聞いても、
「甲陵のウエイトレスになったら玉の輿に乗れる噂があるけど、実際は滅多にないわよ。お母ちゃんも話に聞いたぐらい」
これはホントらしくて、ああいうセレブ連中の結婚はある意味不自由らしくて、家と家との釣り合いもうるさいし、商売上の政略結婚なんてのも絡んでくるんだって。今どきって思ったけど、下手に玉の輿に乗ったりすると、家風とかなんとかの嫁イビリで大変な目に遭っちゃうらしいのよ。
「甲陵のウエイトレスになるメリットは、甲陵のウエイトレスに選ばれたって点だよ。エミにわかりやすいように言えば、えべっさんの福娘に選ばれたようなもの。もちろん今宮の方よ、西宮とか柳原はタダのバイトだから」
えらく現実的な話だけど、合コン行っても、婚活パーティ行っても、格段の扱いになるとかならないとか。キャビン・アテンダントがもてる様なものでも良さそう。そうなるといつもの疑問になるのだけど、
「どうしてお父ちゃんだったの？」
「見てわからない？」
わかんないから聞いてるんだけど、
「この世で考えられる最高の人よ」
なんかヒーローに憧れるような目でウットリしながら言うんだから参っちゃう。絶対に趣味が悪いと思う。ああ、誤解しないでね、お父ちゃんが働き者のイイ人なのは、他の誰よりも知ってるから。
