渋茶のアカネ:アカネの採用秘話

 サキ先輩の退職騒動が収まってくれて嬉しかったんだけど、サキ先輩の抜けた穴を埋めるのは大変。マドカさんはアカネも通った下働き修業過程で役に立つどころか、足を引っ張るばっかりだし。

 でもサキ先輩もアカネが足を引っ張りまくっていたのを、文句ひとつ言わずに支えてくれてたんだと良くわかったもの。そうそう、サキ先輩が抜けちゃった後にマドカさんから言われたんだけど、

    「アカネ先輩はこれで麻吹先生の筆頭弟子ですね」

 マドカさんはいくら言ってもアカネを『先輩』って呼ぶから困ってる。麻吹先生も他人行儀だからツバサ先生って呼ぶように言っても、

    「それはマドカが麻吹先生に認めて頂いてからにさせてもらいます」

 赤坂迎賓館スタジオの徒弟修業って『どんだけ』って思うぐらい。オフィス加納はそんな堅苦しいところじゃないといくら説明してもムダみたい。筆頭弟子もそうで、サキ先輩がいなくなりゃ、ツバサ先生の弟子は二人しかいないんだから、筆頭と二番しかいないだけなんだけどなぁ。筆頭弟子になにか意味があるのか聞いたんだけど、

    「弟子の頂点でプロに一番近い地位です。なにより先生に直接指導して頂けます」

 撮って持ってきゃ、ツバサ先生はホイホイ見てくれるっていくら言っても、

    「それはアカネ先輩だからです」

 こういう教育もアカネの仕事なんだろうか。マドカさんから見るとアカネはよほどの扱いを受けてるように思えるらしくて、

    「だってオフィス加納に、他のスタジオ経験なしで入門を許されるなんて信じられません」
 これも言われてみて気が付いた。マドカさんもそうだけど、サキ先輩も、カツオ先輩も他のスタジオの経験者だものね。ツバサ先生はアカネの何を見込んで弟子にしてくれたんだろう。

 そりゃ、さあ、誰でもホイホイ弟子にするスタジオだったらわかるけど、ツバサ先生も、サトル先生もなかなか弟子を取らないじゃない。アカネの前だって二人だけだし、アカネの後もマドカさんだけ。昼休みの時にツバサ先生に聞いてみた、

    「一つ聞いてもイイですか」
    「なんだい」
    「アカネのどこを見込んだのですか」

 そしたらツバサ先生は笑い出し。

    「アカネは拾いものだった」
    「はぁ?」
    「あの時に面接に呼び出したのはアカネじゃなかったんだ。それがどこをどう間違えたのか来たのはアカネ」

 なんだって、なんだって、アカネは間違って呼ばれてたなんて、

    「事務の方も追い返しましょうかって言われたんだけど、さすがに失礼過ぎるんじゃないかって話になって、形だけでも面接だけはやろうって話になったんだ」

 形だけってなんちゅう扱い。そういえば部屋に通されてからエライ待たされたんだけど。

    「ああ、あれ。サトルがせめて応募の写真でも見ておこうって言い出したんだけど、とっくにボツにしてたみたいで探しても見つからなかったんだ」

 えっ、えっ、アカネは本当はボツだったってか。

    「仕方がないからロー画像を見たんだけど、サトルが妙に興味を持ってね」

 たしかにそんな感じだったけど。

    「なにか光るものがあったんですね」
    「ちがうよ。アカネも緊張してたんだと今なら思うよ」
    「どういう事ですか」
    「そっか、未だに気づいてないのか」

 ツバサ先生の部屋に連れたかれたんだけど、しばらくあれこれ探して、

    「あった、あった、これだよ」
    「これは弟子入り志願の時に持ってきたロー画像ですが」
    「そうなんだけど、いっぱい他にもあったんだ」
    「あっ、ダメ、絶対ダメ、それを見たらダメェェェ・・・」

 なんちゅうこと。USBで持って行ったんだけど、他の写真もテンコモリ。それもアカネの百面相写真じゃない。

    「笑うのをこらえるのに苦労したから、とりあえず外に撮りに行ってもらったんだ」

 えっ、えっ、あれは写真を評価したんじゃなく、笑うのをこらえるのが大変だったから、アカネに席を外させただけだとか。

    「それじゃ、アカネの採用は外で撮って来た写真が決め手になったんですよね」
    「ちがうよ。あれじゃ評価の内にも入らない素人写真」

 ギャフン。

    「決め手は百面相写真。あれってホントに百枚ぐらいあったじゃない。あれだけの百面相を工夫できる点が面白いと思ったんだ」
    「どういうことですか」
    「写真の技術ぐらいなら後からでも叩き込めるじゃない。プロが本当に必要なのはユニークな発想力だよ。それをアカネに教えてもらった気がしてる」

 アカネが評価されたのは写真の腕じゃなかったんだ。

    「でも、さすがに手がかかった」
    「そんなに下手だったんですか」
    「そりゃ、次の年に弟子を取れないぐらい手間がかかった」

 これまたギャフン。だから拾いものか。ちょっと待って、ちょっと待って、『拾いもの』ってことは今は良くなってるってことだよね。

    「先生、今はどうなんですか」
    「うん、わからないかなぁ。前にアカネが高校の同級生と喧嘩したじゃない」

 けしかけて写真勝負まで持って行ったのはツバサ先生だけど、

    「あの男の写真の評価は低かっただろ」
    「そうなんですよ、あんなヘタクソになってると思いませんでした」

 ツバサ先生は笑いながら、

    「それほど悪い写真じゃないよ。あの男も祝部先生のところで、ちゃんと勉強していたんだ。ちなみにあの写真教室ではダントツだよ」
    「なんちゅうレベルの低い写真教室」
    「そうじゃないよ、アカネがそれだけ伸びてるってこと」

 実感ないけどなぁ、

    「まだわかんない。マドカとあの男とどちらが上だ」
    「そりゃ、マドカさんの方がずっと上です」
    「それぐらいマドカの写真は上手いって事だよ、わたしが見込んで弟子にするぐらいにね。あれだけ撮れればどこのスタジオでも一発合格するよ。そんなマドカの写真をイマイチって感じるぐらいにアカネはもうなってるってこと」
 へぇ、上手くなってるみたい。