渋茶のアカネ:なんとかしなくちゃ

 サキ先輩は次の日も休んで来なかった。ツバサ先生には追うなと言われたけど、あれだけお世話になってるんだ、このままには出来ないじゃない。仕事が終わってからサキ先輩のアパートを訪ねたんだ。玄関に入ったらビックリした、ビックリした、部屋中段ボール箱だらけ。

    「サキ先輩これは・・・」
    「明日にも退職届を持っていくつもりだけど、この際だから心機一転で引っ越ししようかと思ってさ。ここにいると写真への未練が残っちゃうし」
    「辞めたらダメです」
    「そうだ、そうだ、イイものあげよう。えっと、どこだったっけ、あった、あった。中古で悪いけど、良かったら使ってくんない」

 出されたのはサキ先輩の愛用のカメラとレンズ、

    「いやぁ、アカネのカメラは気になってたんだ。あれも悪いとは言わないけど、やっぱり道具は大事だよ。弘法は筆を選ばずって言うけど、やっぱり少しでも良い道具を使う方が上達も早いと思うよ」
    「そんなもの、もらえません。それにカメラがなくなったら写真が撮れなくなるじゃないですか」
    「プロにならないんだったら、こんな御大層なカメラはかえって不便ってこと。もっと軽いのにするわ」

 ここまで割り切るのにどれだけかかったんだろう。串カツ屋でアカネに話をするまで悩みまくってたに違いないもの。

    「そうそう、サキもアラサーだから男を探さないとね。アカネも気を付けときなさいよ。カメラに熱中するのもイイけど、適当に見つけとかないと大変だから、あははは」
 ツバサ先生はサキ先輩に写真の才能は無いって言ってたけど、アカネはそうは思えないのよ。でも、ここまで割り切ってしまってるサキ先輩に泣き落としをしても通用しないだろうし、それでたとえオフィスに戻っても辛いだけだろうし。どうしたら、どうしたら。

 部屋の中は引っ越し準備中で、物が散らばってる状態。ふと見ると一枚のDVDが目についたんだ。なになに映研文化祭記念って書いてあるけど、

    「先輩、これは」
    「あ、それ、高校の時のやつ。片付けてたら出て来たんだ」
    「映研って、映画研究会ですよね」
    「あれ、話してなかったっけ。うちの高校に写真部はなかったんだけど、なぜか映研はあったんだよ。写真部の代わりってわけじゃないけど、似たようなもんだろうって入ってたんだ」

 映画と写真は似てるけど違うと思うけど、映研しかなければアカネも入ってたかもしれない。

    「映画も撮ってたんですか」
    「小さな部だったから何でも屋だよ。撮影が多かったけど、監督・脚本・演出から、役者もやってた。でもさぁ、なぜかヒロイン役はさせてくれなかったんだ」
    「こんなに綺麗なのに」
    「あははは、お世辞でも嬉しいよ」

 高校とはいえかなり熱中してたみたい。

    「おもしろかったですか」
    「そりゃね。おもしろくなければ、トットと辞めてたよ」

 そこから高校時代の映研の話で盛り上がり、

    「・・・でさぁ、でさぁ、編集はパソコンでやるんだけど、あのソフトってムチャクチャ重いのよね。部室にあったパソコンじゃ能力が低すぎて、何回フリーズしたことか。フリーズしたら、そこまで編集した分がパアになっちゃうじゃん。文化祭の前日に三回もフリーズしやがって、徹夜でやってたよ」
 なるほど、大昔みたいにフィルムで録ってる訳じゃないから、ビデオとパソコン編集だけでもかなりのものが作れた感じかな。せがんで見せてもらったんだ。これがね、良く出来てるの。

 高校生の作ったものだから手作り感に溢れてるけど、ストーリー展開が意外性に富んでるし、演出だってオーバーアクションでおもしろいと思うのよね。なによりその映像。どう言えばイイのだろう、写真で言うなら構図が秀逸。写真と違って動画は動くんだけど、登場人物が活きてるんだ。

    「先輩が撮ったのですか」
    「さっきヒロイン役が当たらなかったって言ったけど、撮影役を押し付けられちゃったからなのよ。ついでに演出もね。脚本だって結局サキが書いてたようなものだし」
    「じゃあ、ほとんど先輩が作ったようなもの」
    「所帯が小さかったからね」
 この時にアカネは閃いたの。これはまだまだ構想段階なんだけど、オフォスでも動画部門に進出すべきじゃないかの意見があるのよね。IT時代に写真一本で食べていくのは厳しいんじゃないかって。

 メインはあくまでも写真というか静止画だけど、動画や音響を組み合わせていくのも今後は必要になっていくんじゃないかって。それって映画じゃないかと思わなくもないけど、動画的な要素が求められていくのはなんとなくわかる。

 ただやるとなると機材もそうだけど、人がいないんだ。そりゃ写真スタジオだから、写真の専門家はいても動画の専門家はいないもの。ツバサ先生ぐらいなら出来ちゃいそうだけど写真で手いっぱいだし。

    「サキ先輩、辞めないで下さい」
    「明日にも退職届持っていくつもりだけど」

 そりゃ必死になって宥めまくった。

    「サキ先輩には絶対に才能があります。アカネを信じて下さい」
    「アカネがそこまで言うなら、ちょっとぐらいは待ってもイイよ」

 拝み倒すようにDVDを借りて帰った。翌日の仕事が終わった後にツバサ先生のところに、

    「先生、見てもらいたいものがあります」
    「写真か」
    「いえ、動画です」

 『?』って感じだったけど、アカネの気迫に押されたのかそれ以上は何も言わずに見てくれた。どうもパロディーらしいんだけど、アカネじゃモトネタ知らないのが多くて、どこが面白いかわかんなかったけどツバサ先生は涙流して笑ってた。

    「そうそう、こんな感じ」
    「いやぁ、このシーンはよく再現できてるね」
    「おっと、こう来たか。あの頃はこれで泣いてたんだよね」
    「いやぁ、懐かしい。みんなこれやってたものね」

 ムチャ受け。映画が終わって。

    「サキが撮ったものだね」
    「はい」
    「アカネは行ったんだね」

 背中に冷汗がベットリ。追うなって言われたのを破ってるから怒鳴られるのを覚悟していたら、

    「わたしとしたことが、この才能は見抜けなかった。サキの才能は静止画じゃ死んじゃうんだ。動いてこそ生きて来るんだ。サキの写真に対する違和感の原因はこれだったとやっとわかった」
    「ツバサ先生、サキ先輩に動画を担当させて下さい」

 アカネは土下座して頼んだんだ。そしたら、

    「アカネの目はユニークだよ。人が思いつかないものが見えるんだ。いや、見ようとしないものが自然に見えるとした方がイイかもしれない」
    「ではサキ先輩は」
    「ああ、頑張ってもらう」

 サキ先輩はオフィス加納の動画部門の担当者になったのだけど、

    「とりあえず専門学校で勉強して来い。知識と技術のアップデートをしないと始まらない。ここでするには機材が無さすぎるし、わたしも指導まで手が回らない。楽しみに待ってるよ」

 サキ先輩は留学扱いになって専門学校で一年間ほど勉強して来ることになったんだ。しばらく会えなくなるのは残念だけどサキ先輩は、

    「アカネ、イイ機会だから男も捕まえてくるね」

 そういって颯爽と出て行かれました。それを見送りながら、

    「サキ先輩なら必ず期待通りの働きをされます」
    「そればっかりは、やってみないとわからないけど、イイもの持ってるよ。あれだけの才能はそうそうは転がってないぐらいは言える」
 ツバサ先生もサキ先輩を相当買ってるよう。