女神伝説第2部:偽カエサルの脅威再び

 ポートアイランドで起った誘拐犯逮捕事件ですが、指名手配されていたマッソン商会のベルモンド社長の逮捕のニュースが社員食堂のテレビに流れています。

    「コトリ部長、偽カエサルが逮捕されたみたいですよ。これで一件落着ですね」
 相槌を打ってくれると思ったコトリ部長が、難しいを越えて厳しい顔になっています。そしてポツリと呟かれました。
    「珍しいタイプの武神だ・・・」
    「逮捕されたことですか?」
 また何か考え込んでおられましたが、ミサキの声に気づいたみたいで、
    「あれはベルモンド社長だけど偽カエサルではないよ」
    「どういうことですか」
    「クソエロ魔王みたいなのがもう一人いるとは・・・」
 魔王みたいなタイプってどういう意味? 魔王は、えっと、えっと、
    「まさか偽カエサルは宿主を乗り換えた!」
    「たぶん。神のほとんどは宿主が死ぬまで乗り換えられないのよ。さらに、乗り換えた時に前宿主時代の記憶も失われるのよ」
    「主女神みたいな感じですか」
    「そう。エレギオンの四人の女神が生き残れたのは、前宿主時代の記憶も受け継いでた部分が大きいのよ。記憶は知識だからね。クソエロ魔王は記憶も引き継げた上に宿主も乗り換えることが出来たの。かなり珍しいタイプだわ」
    「ユッキーさんみたいな感じですか?」
    「そう理解しても良いわ。だから生き残れたのかもしれない」
 またコトリ部長は考え込まれ、完全に箸が止まっています。
    「やはり日本に残ってると見てよさそうだわ」
    「でも、もうベルモンド社長じゃないから、マルコを誘拐したりしないですよね」
 またコトリ部長は考え込まれ、
    「そうとは限らない。たしかに人としては別人になるけど、クソエロ魔王型の組織運用なら、すぐに動いてくる」
    「魔王型の組織運用って?」
    「宿主が変わっても、クソエロ魔王の記憶と能力を示せばそのまま組織を率いるスタイルだよ」
 ここでコトリ部長は何か重大なことを思いついたように、
    「偽カエサルの組織は活動資金に困っていた」
 さすがコトリ部長、偽カエサルとアレだけに熱中していただけじゃなかったんだ。ちゃんと組織の実態も観察していたみたいです。
    「休みの日に偽カエサルとラブホに泊ったときのことだけど」
 エライところに話が飛びます。
    「お昼にコトリがミックスフライ定食を食べたいって言ってるのに、電話で頼む時にサービス定食に勝手に変えられたのよ」
    「ミックスフライ定食って高かったのですか?」
    「ミックスフライ定食が千八十円で、サービス定食が八百六十四円よ。消費税込みでね。これは活動資金の枯渇の明らかな証拠だわ」
 偽カエサルもみみっちいけど、コトリ部長も二百円の差で明らかな証拠とまで言い切るのはどうかと思います。でもそう考えるなら、
    「コトリ部長、一つイイですか」
    「ミサキちゃん、な〜に?」
    「ホテルに行く前の夕食を別々に取ったのもそうじゃないですか」
    「あれは違うわよ。ホテルで過ごす時間を少しでも長くするためだから」
 椅子から転げ落ちそうになりました。どうしてそっちよりミックスフライ定食が気になるのか理由は不明です。よほどミックスフライ定食を食べ損なった恨みは深いようです。
    「それだけじゃないの」
 さすがにミックスフライ定食とサービス定食との二百円ぐらいの差額で、組織の資金源の枯渇を説明するのは無理ありますもんね、
    「偽カエサルはこまめにメンバーズ・カードを作るのよ」
 たしかに、みみっちいですが、どうにもコトリ部長の目の付け所を追いかけて行くのが大変です。なにか変な方向に話題は広がってしまってますが、メンバーズ・カードに目を付けたのなら、
    「それなら部屋の広さはどうだったのですか。資金源が枯渇していたら、広い部屋を避けて、狭い部屋ばっかり選んだとかありませんでしたか」
    「部屋の広さなんて関係ないじゃないの。部屋が広くなったからと言ってベッドが広くなるわけじゃなし。ベッドだってむやみに広くてもアレに便利ってわけではないでしょ」
 そりゃ、アレするだけならベッドだけで良いようなものですし、ベッドだって広い方がイイのはイイですが、広ければ広いほど、それに比例して気持ちが良くなるものでもありません。アカン、アカン、そっちを考えるんじゃなくて、組織の資金源の枯渇問題の証拠を見つける話をしているんです。
    「それとバスが広い方がバスでアレやりやすいけど、コトリはベッドの方が好きやなぁ。ミサキちゃんはバスでやるのが好きなの?」
 ミサキだってバスよりベッド。バスで長くやると茹っちゃって・・・そういう問題じゃないでしょうが。そりゃ、アレするだけならそうですけど、いくらラブホでも連泊したら部屋の広さで値段がかなり違うはずで、そっちの問題を考えないといけないのです。部屋の使用料金と言えば、
    「コトリ部長、普通のホテルじゃなくて、そもそもラブホを利用している点で資金が苦しくなっていると見れるんじゃないですか」
    「そんなことないよ。ラブホの方がさすがにアレ専用に作られてるから使い勝手がイイのよ。それとね、色んな変わった部屋があるのよ。たとえばね・・・」
 ミサキだって学生時代に使ったことあるけど、そんなヘンテコな部屋が実際にあるんだ。色んな趣味のカップルがいるから、そのニーズに合わせてるんだろうけど・・・ちょっと待った、ちょっと待った、そんな話題で盛り上がってる場合じゃないではありませんか。なんとか変わった部屋の経験談を打ち切ったのですが、
    「とにかくミックスフライ定食が資金源の枯渇の決定的な証拠なのよ」
 かなりどころでない力業というか、食い物の恨みは怖いといいますか、ここはこれ以上争っても話題が変なところにばかり飛びそうなので、
    「資金源が枯渇するとどうなるのですか」
    「たぶん昼飯は松屋の牛丼になってると思う。それも並か下手するとミニだわ。生卵なんて贅沢の極みってところかな」
 なんで吉野家じゃなくて松屋なんだろう。そっか、松屋なら味噌汁が付く分だけお得感がある点をコトリ部長は重視して・・・アカン、アカン、イイ加減にお昼の定食から離れて欲しいのですが、
    「そこでだよ、ミックスフライ定食を食べれるように、請け負っている仕事の続きを再開するはずよ」
 あのぉ、それってミックスフライ定食なんて関係ないじゃないですか。要するに魔王型組織であれば、マルコ引き抜き作戦が継続されるって事だけです。結論としては同じなんですが、コトリ部長の結論にたどりつく過程を聞いてると、頭がグシャグシャになりそうです。
    「また誘拐してきますか」
    「せえへんかったら連れて行かれへんやん」
 そりゃ、そうだ。前の事がありますから、言葉だけで騙して連れて行くのは難しいところです。
    「また船ですか」
    「活動資金が枯渇してるから、小型飛行機をチャーターするのは無理だろうし、旅客機乗っ取りみたいな派手なパフォーマンスはリスクだけ高いし。それよりなにより空港の方が出入りは厳しいだろうし」
 空港より港の方が管理はルーズなところがあるものね。
    「大変なことに気が付いたわ」
 顔色がサッと変わるのがわかります。これは余程のことだと思い勢い込んで、
    「なんですか!」
 コトリ部長はイマイマしそうに、
    「ラーメンのびちゃうじゃない。ミサキちゃんも、きつねうどんがのびちゃうよ。早く食べよ」
 くれぐれもコトリ部長に食い物の恨みを持たれないように注意しようと心に固く誓いました。それにしても長生きすると思いましたが、十分過ぎるほどしてますよね。