女神伝説第2部:ミサキのおめでた

 クレイエールに再び平穏の日々が戻ってきました。そうしていたら急に吐き気が襲ってきて、ゲロゲロ状態になっちゃいました。胃腸炎にでも罹ったのかと思っていたら、

    「絶対オメデタよ」
 そりゃ、シノブ部長もコトリ部長もミサキを引きづり込むように産婦人科に連れて行き、
    「三ヶ月です」
 こういう御託宣を頂きました。これをマルコに報告したら、もう飛び上るように大喜びで、
    「男の子、女の子」
 三カ月でわかるはずがないと答えると、
    「なんて日本の医療は遅れてるんだ」
 こう大憤慨。強引にイタリアに連れて行かれそうになりましたが、イタリアだって、アメリカだって同じだっちゅうの。マルコも張り切っちゃって、
    「もうミサキに家事なんてさせない」
 こう言ってくれるのは嬉しいのだけど、とにかくマルコの家事は不安だらけ。とりあえず信じられないレベルでまともな料理が作れない天才なんです。味覚音痴じゃなかろうかと思うぐらいですが、旨い不味いはちゃんとわかっていて、自分が作った料理を、
    「これは神が与えたもうた試練なのでしょうか」
 神が与えたんじゃないよ。マルコの料理センスが異常なだけ。いくら言っても調味料の分量を守らないのは序の口です。その程度なら単に『不味い』程度なんですが、とにかく、いくら監視していてもトンデモないものを加えてしまいます。

 どうして肉ジャガに真っ赤になるぐらいハバネロ入れるのよ、どうしてカツオの叩きにかかってるのがイチゴ・ジャムなのよ、どうしてトンカツの下味が砂糖と七味なのよ。自分でも不味くて食べられないと思うのなら学習しなさいよ。イタリア料理ならだいじょうぶと思ってもダメ。クリーム・パスタのはずなのになぜか真っ黒。イカ墨のはずがないと思ってたら、醤油を『これでもか』ってぐらいぶち込んでました。色見て気づけよな。

 ピザだってダメ。ピザと言っても冷凍の出来合いで、焼くだけのもののはずなのに、焼いてる最中からなにか違う香りが。見てビックリ、ピザの表面がカラメル状になってます。どこの世界にピザの味付けに砂糖をテンコモリ乗せるのよ。とにかくちょっとでも油断してるとすき焼きが塩とウスターソースで出来てて腰抜かしたり、シュガートーストならぬソルト・トーストが出来上がっていたり。そりゃ、数えあげたらキリがないくらい。

 取り合わせのセンスもムチャクチャなんですが、白い調味料なら塩と砂糖は五分五分で間違えますし、赤ならトマト・ソースと唐辛子系が五分五分、そういえば赤にはジャムもあった。黒なら醤油とソース。酒と酢と味醂なんて期待するだけ無駄です。そう言えばアサリの酢蒸しは強烈だった、味醂蒸しもね。ウオッカ蒸しも凄かったけど。

 とにもかくにも、わざとやってるって思うほど新たなトンデモ料理を作り上げちゃうんだよねぇ。ホント、これだけ器用に不正解を考え出し続けるマルコの発想力に驚嘆するぐらいです。とにかく台所にはマルコの出入りは厳禁です。だって、入っただけでなにかやらかすんだから、マルコからの死刑宣告は、

    「ミサ〜キ、ちょっとだけアレンジしたよ」
 炊飯器に砂糖がぶち込まれて砂糖御飯が炊き上がっていたり、炊き込みご飯がウスター・ソース味に変わっていたりとかは日常茶飯事です。ホントに油断も隙もあったものじゃありません。


 洗濯もそうで、マルコは宗教的確信で、

    『洗濯とは洗濯機が勝手にやってくれるもの』
 この信念を頑として変えません。とにかくなんでもかんでも洗濯機に突っ込むのです。色合いだとか、生地による分別だとか、ドライ・クリーニングするものとかという発想が根底からゼロってところです。マルコと結婚してからどれだけ服がオシャカになったことか。前だってマルコが洗濯機の前でなにか格闘していて、嫌な予感がして見に行ったら、
    「ミサ〜キ、この洗濯機は小さすぎる。掛布団が入らないよ」
 入るかそんなものと思った次第です。それでいて料理と同じで手を出したがるのです。帰宅して洗濯機が回っているのを知って、何度絶望感に浸ったことか。
    『ああ、またやられた』
 そんなマルコですが掃除だけはキチガイのように丁寧です。これは仕事場と共通しているところがあるのですが、とにかく汚れてる、散らかってるが大嫌いで、その辺にだらしない弟子にはマルコの瞬間湯沸かし器が炸裂します。

 これがそのまま家に持ち込まれるので、たしかに綺麗で片付いているのですが、ウッカリ素足で床の上を歩いただけでも大変な事になります。とにかくマルコの掃除はキチガイのように丁寧なので、床は常に鏡のように磨かれています。ですからミサキが歩いた後をピカピカに磨き上げないと気が済みません。


 でもね、でもね、マルコがミサキの事を愛しているのは掃除なんか比べ物にならないぐらいなんです。料理だって、洗濯だって、ホントはミサキに喜んでもらおうと懸命なんです。そりゃ、料理と洗濯のヘビー・パンチ、たとえばその夜の食べ物がなくなる、明日着て行く服が消滅したぐらいが起れば夫婦喧嘩にもなりますが、いつもはミサキがちょっと悲しそうな顔をするだけで、マルコはこの世の悲劇を全身に背負い込んだぐらい落ち込みます。

 マルコのそんな気持ちがわかってるから、ラブラブ夫婦でいれるのだけど、どうしても較べちゃうのが佐竹次長。佐竹次長がシノブ部長を愛しているのと、マルコがミサキを愛しているのを較べると、マルコは絶対負けてないと思うけど、その他はね。いや、子煩悩だってきっと負けないはず。でも、それ以外は・・・

 それでもミサキはマルコを愛してます。そりゃ佐竹次長は家事とかになるとマルコなんか鼻息で吹き飛ばしそうなぐらい良く出来ると思うけど、その代り、毎日帰宅してみると何かが起こっているんじゃないかのドキドキ感、緊張感はないと思ってます。そんな新鮮なドキドキを毎日のように提供してくれるダーリンなんて、世界中探してもいないはずです。でも。疲れる時は疲れるんですよね。あれっ、マルコからのラインだ、

    『ちゃんと晩御飯の用意も洗濯も済ませてあるから安心してね』
 またやられた。お願いですからツワリのひどい時期は我慢して下さい。そうだよね、今はミサキだけの体じゃないんだ。お腹の中の赤ちゃんのためにも、ちゃんとしたものを食べなきゃね。妊娠中や病気でなくても、マルコの料理は体に絶対良くないから。うぅ、マルコの作った料理を想像しただけで吐き気が止まらない。