女神伝説第1部:恋は突然に

 首座の女神のユッキーさんに会いに行く話はとりあえず保留になりましたが、次にコトリ部長がミサキに持ちだしてきた話はわたしを混乱に叩きこみます。コトリ部長は次の缶ビールを開けながら、

    「ところでミサキちゃん、マルコと上手くやってる」
    「はい、なんとか」
    「どう思う」
 どうって言われたって困るのですが、
    「職人気質で細かい点にウルサイのは確かですが、仕事を離れれば陽気なイタリア男ってところです」
    「マルコはミサキちゃん褒めてたよ。マルコも日本で仕事を再開するのに不安があったみたいだけど、すべてミサキちゃんが準備してくれたって。あれだけ、やってくれれば、やる気も出るって」
    「マルコ氏がそう思ってくれるのなら、頑張った甲斐がありました」
 コトリ部長は何を言いたいのだろう。
    「コトリがカズ君と婚約まで行ってた話を聞いた」
    「はい、シノブ部長から」
    「その時に抱いてもらったんだ。そりゃ、どれだけ良かったことか。シオリちゃんにカズ君を取られちゃったことは、かなり心の整理はついたけど、あれを二度と経験できないのだけは今でも心残りなぐらい」
 ありゃ、エライ話だ。まあ、女同士だからイイようなもんだけど、
    「あれだけ良い思いは二度と味わえないと思ってたけど、マルコも凄いの。コトリ、びっくりしただけじゃなくて感動しちゃった」
 あらあら、ノロケ。コトリ部長がこんな話をするなんて珍しいけど、
    「マルコは仕事をする時は気難しい面もあるけど、なかなかイイ男よ」
 それはミサキも知ってる。
    「で、ミサキちゃんはどう思う」
    「はぁ? どう思うも、こう思うもマルコ氏はコトリ部長の恋人じゃありませんか。わたしはお似合いだと思いますよ」
 ここでコトリ部長はニヤッと笑って、
    「マルコはミサキちゃんにお熱よ」
    「そんなぁ、コトリ部長をさしおいて許せません」
    「コトリにマルコはやっぱり無理」
    「歳の差ですか」
 コトリ部長は台所に行き、ワインを持ってきました。これをワイングラスに注ぎながら、
    「マルコも頑張ってくれたけど、やっぱり子どもに見えちゃうの。前にも言ったじゃない、コトリも歳取ったって。もう十年、いや五年でもイイから若かったら考えたけど、さすがにね。だから別れちゃった。コトリは他のを探すわ」
    「ホントにイイのですか、コトリ部長」
 コトリ部長はワイングラスの中でワインをクルクル回しながら、
    「どうもね、次座の女神はそういう宿命にあるみたい。イイ男なのは見抜けるのよ。シオリちゃんに取られちゃったカズ君もそうだし、シノブちゃんに紹介した佐竹君もそう。もちろんマルコもそうよ。でも最後は結ばれないの」
    「そんなことは・・・」
    「もちろん、あきらめてないわよ。世の中の半分は男だから、きっと見つけてみせるよ。そうそう、話は戻るけどコトリが選んだ男は保証付よ。ミサキちゃんどう思う」
 急にそんなこと言われても、
    「これって、コトリ部長が前に仰ってたマルコ氏に掛けようとしている保険ですか」
    「その意味もあるけど、それだけじゃないよ。マルコはコトリが保証できるイイ男よ、ミサキちゃんもそう。結ばれれば必ず幸せになるわ。へへへ、次座の女神は縁結びの神の役割もあったみたいなの。ただし自分を除くみたいな感じかな」
    「相手はイタリア人だし・・・」
    「関係ないでしょ。実はね、あの時の撮影にミサキちゃんはまだ予定に入ってなかったの。ミサキちゃんをイメージモデルにするのは決まってたけど、まだ構想段階でドレスだって出来てなかったから」
    「でもアクセサリーは・・・」
    「マルコがこの話を聞いたら『絶対作る』って言いだしたのよ。コトリは口だけと思ってたら、本当に作っちゃったのよ。それだけじゃないのよ、新郎役は絶対にボクがするって。これはミサキちゃんとの結婚式の予行演習だって」
    「そんなぁ」
    「ミサキちゃん、ネックレスもらったでしょ」
    「えっと、それは・・・」
    「イイのよ。コトリも指輪もらってるから。でもね、コトリがもらった指輪はマルコと知り合ってから作ってもらったもの、ミサキちゃんがもらったネックレスは、これまでマルコが作った最高傑作の一つで、売り物にせず大事に持っていたものなの」
 マルコ氏からもらったネックレスが凄いのはミサキにも良くわかります。シンプルそうな金細工だけど、軽やかさの中に気品と優美さが見ただけで漂って来るもの。あれがエレギオンの金銀細工師の最高傑作なんだ。
    「コトリも見せてもらったことがあるけど、あのネックレスは自分の結婚式の時に、生涯愛し抜くと誓った女性に付けてもらうんだって。マルコは本気だよ」
 ミサキの頭の中がひたすら混乱しています。マルコ氏はたしかにイイ男です。これだけ一緒に仕事でいるので、良いところ、悪いところは自然に見えてしまいますが、それでも間違いなくイイ男です。これまでは、コトリ部長の恋人と思ってましたから、恋愛対象とは意識したこともありませんでしたが、余裕でOKの男です。

 国際結婚となると言葉の問題もありますが、今のミサキはほぼネイティブ並みに話せます。まさか、まさか、コトリ部長はミサキがそこまで話せるようになるために、イタリアに連れて行ったとか。すべてコトリ部長の計画だったとか。ミサキは、ミサキはどうしたら良いのだろう。

    「あははは、ミサキちゃん、迷ってるの。迷ってもイイけど、マルコは迷わせてくれないよ。もうコトリがなにもしなくてもマルコは一直線に来るよ。そりゃ熱烈なんだよ。コトリだって落とされちゃったぐらいだからね。楽しみにしておいたらイイわ」
 コトリ部長の予言通り、翌日からマルコ氏から猛烈なアタックを受けることになりました。さすがに工房の中ではなかったですが、そうでなければどこでもお構いなしです。とにかくイタリア語なので、マルコ氏が大きな声で求愛しても、周囲の日本人は何を話しているのかわからないのです。何度も、
    「ここは社内ですから」
    「今、仕事中です」
    「みなさんが聞かれてます」
 こう言ってたしなめたのですが、それこそ馬耳東風、蛙の面にションベンって感じで気にもしません。スマホを見ればラインにはマルコ氏から愛の言葉の洪水、郵便受けにはラブレターの束、コトリ部長が前に、
    『コトリはイタリア男の口説かれ方を教えてもらったようなものだけど』
 ミサキもフルコースで教えてもらってる状態です。でもね、でもね、悪い気はしないのです。あれだけのことを、あれだけ臆面もなく言われ続けるは恥しい反面、やっぱり女として嬉しいのです。この嬉しいと思った瞬間がミサキの運命を決めたのかもしれません。後は、もう押されまくり状態になってしまいました。自分の心が急速にマルコに傾いて行くのがはっきりわかります。それも、そうなるのが気持ち良いのです。最初の頃にあった抵抗感なんてウソのように流されてしまっています。もうなんの迷いもなく交際はOKしました。

 恋人同士になったら、ちょっとは落ち着くかと思ったのですが、今度はプロポーズの大攻勢です。もう朝の挨拶からプロポーズです。仕事中も、デート中も、ベッドの中でもそうです。なんか洗脳されてる気分です。そうそう夜のマルコはコトリ部長が言った通り素晴らしいものでした。ミサキだってウブなネンネだったわけじゃありませんが、それこそアッと言う間に体ごと持っていかれました。ひたすら天国の中を漂よい、最後は天高く飛ばされるって感じです。もう体がトロトロに溶かされてしまう感じです。あんなもの体験させられたら、もう他の男を考えられなくなります。

 心も体も余すところなくマルコに夢中にさせられたミサキに選べる選択は、プロポーズを受けることだけでした。受けた時には、どうしてここまでOKしなかったんだろうぐらいしか頭にありませんでした。もうマルコ以外のことを考える余地なんてどこにもなかったのです。