女神伝説第1部:パーティ

 コトリ部長とシノブ部長が、エライ気合で人数を集めた歴女の会は大盛り上がりでした。歴女の会は名前の通り女性だけの会なのですが、今回は特別にゲストとして男性も参加しています。マルコやマルコの工房のお弟子さんも呼ばれていますし、シノブ部長の旦那様の佐竹課長も来られています。さらに高野専務や、綾瀬副社長まで顔を出され最後に、

    「いやぁ、私まで参加して良いのかね」
 社長まで来られたのは驚きました。いつもならダラダラと歴史談義をしながらの飲み会なのですが、コトリ部長とシノブ部長は次々と盛り上がる趣向を仕込まれます。仮装あり、カラオケあり、チークダンスあり、ビンゴゲームありです。

 そうやってワアワアやっていて、途中で全員の記念写真を撮ろうと言う話になって、店の人がカメラを構えたのですが、急に音楽が流れ出し、カメラマンが踊り出すのです。どうなってるんだと思っていたら、ウエイターの人も踊り出すし、ウエイターからさらに指名された人々がさらに踊り出します。隣に座っていたマルコに、

    「どうなってるの」
 こう聞いたら、
    「これは日本の習慣じゃないの」
 こう聞き返されてしまいました。カメラマンやウエイターだけでなく、歴女の会のメンバーやマルコのお弟子さん、コトリ部長やシノブ部長まで指名されたら踊りだし、最後の方で十人ぐらいが一斉にマルコを指さし、
    「マルコ!」
 指名されたマルコが踊る踊る。これまで指名されて踊っておいた人がマルコの前で踊ったかと思うと、さっと二手に別れてそこに花束を持ったマルコがミサキの方に進んで来ます。
    「ミサ〜キ、ボクと結婚してください」
 やられました。公開プロポーズと言うか、二人の婚約の公表みたいなものです。もちろんみんなの前で熱烈キス。その後も、
    「アンコール、アンコール」
 もう何度したか覚えていないぐらいです。恥しいやら、照れくさいやら、嬉しいやらでもう大変。マルコの工房のお弟子さんにはイタリア人も多いのですが、とにかくノリが良くて、これが熱狂に油を注いだ感じです。もちろんマルコ自身もノリノリで、この後もお姫様抱っこで場内一周されるわ、そのままキスされるわ、そのキスのアンコールもあるわです。そんな熱狂的な会を四時間ぐらいしてお開きになったのですが、コトリ部長が、
    「マルコ、ミサキちゃん借りるよ」
 興奮冷めやらぬ他のメンバーと別れて、バーに連れて行かれました。
    「カランカラン」
 バーなんて殆ど来たことが無かったのですが、カウンターに座ったシノブ部長は、
    「ああ、楽しかった。コトリ先輩、これで思い残すことないね」
    「やだシノブちゃん、別に命のやり取りをする訳じゃないんだから」
 さっきまでの興奮した顔はすっかりおさまり、ただひたすら静かにグラスを傾けておられます。わたしもフルーツカクテルを頂いていたのですが、どうにもこれだけ会話がないと間が悪い感じがします。そんな時間が三十分も続いたでしょうか、
    「ミサキちゃん、マルコはイイ男でしょう」
    「はい」
    「もう、何回見せつけられたか。独身には目の毒よ」
    「すみません」
    「イイのよ、気にしないで」
 そこからまたお二人は黙られました。これだけ話をしないお二人を見るのは初めての気がします。お二人はひたすら物思いに耽っておられようです。やがて、
    「シノブちゃん、やっぱり行くの」
    「行きますよ、コトリ先輩」
    「そっか止めても無駄か・・・」
 そこからまた黙り込まれました。そこからポツリと、
    「ミサキちゃんはマルコと必ず幸せになれるわ」
    「ありがとうございます」
    「だから、来ない方がイイと思う」
 ああ、あの話だ。そっか、だから、今日の歴女の会だったんだ。あれはお二人のみんなへのお別れのパーティのつもりで行われんだ。
    「そんなに危険なんですか」
    「だから命のやり取りをする訳じゃないって言ったよ」
    「じゃあ、ここまでやらなくとも」
    「そうね、最悪のケースで、天使のコトリがタダのコトリになるぐらいかな。さすがにコトリは無理だよね、歳相応の小島知江になるだけのお話」
    「私だって、タダのシノブちゃんになって、佐竹忍になるぐらいかなぁ」
    「それって・・・」
 ミサキにも話が見えました。首座の女神は他の人に宿す女神を取り上げてしまうことが出来たはずです。会いに行って首座の女神と諍いになれば、お二人から女神が去り、タダの人に戻ってしまいます。
    「そうなっても、行かなかったミサキちゃんの女神まで取り上げないと思うよ。ミサキちゃんはこれから女神を楽しまなくっちゃ。コトリはこの歳まで楽しませてもらったから、もうイイよ」
    「私だって、突然もらったようなものだから、突然取り上げられても仕方ないって思ってる。けっこう楽しませてもらったし。だからミサキちゃんは行かない方がイイよ。これからマルコとラブラブをもっと、もっと、しなくっちゃね。そういう時に役に立つ能力だよ」
 歴女の会のお二人の異様なほどのハシャギ様と、このバーでの沈黙を考えると、首座の女神と会うリスクをどれほど高く見積もられているか、イヤでも思い知らされます。
    「コトリ部長、いったい何が起るのですか」
    「わかんないよ、わかんないから大変なの」
    「じゃあ、会わなきゃイイじゃないですか」
    「ミサキちゃん、そのことはシノブちゃんと何回も話し合ったけど、コトリはどうしても会いたいの。いや、会わなきゃいけないの。四百年の時を越え、やっと巡り合えたのは訳があるはずよ。コトリも次座の女神として首座の女神のユッキーと会うよ」
    「私もよミサキちゃん。私だって四座の女神だから会いたいの」
 どうして、そこまでしないといけないの。
    「心配しなくても、なにがあったかは後で話してあげるから」
    「そうよそうよ、女神がいなくなるだけだから、普通にお話できるし、一緒にご飯だって食べれるし、お酒だって飲めるのよ」
    「その代り、ちょっと老けてても口にしないでね。シノブちゃんはそんなに変わらないと思うけど、コトリはかなり一気に来るかもしれないから」
    「それとね、私もコトリ先輩もちょっとオツムの回りが鈍くなってると思うから、そこはミサキちゃん我慢して聞いてね」
 イヤだ、イヤだ、イヤだ。あの格好の良い、颯爽としたコトリ部長が二度と見れなくなるなんて、シノブ部長のあの光輝く姿がこれで見納めになるなんて耐えられない。入社してからこのお二人にどれだけ可愛がってもらったことか、マルコと引き合わせてもらったのもコトリ部長なのに、
    「大好きな、大好きなコトリ部長や、シノブ部長がそうなってしまうのなんて絶対、絶対、絶対、イヤだ。やめましょうよ、もっと三人で楽しく仕事しましょうよ、その仕事だって、もっと、もっと、教えてもらうことは、たくさん残っているのに。お願いですから、行かないで下さい、行かなければ、これからも、ずっとコトリ部長や、シノブ部長とこうやって、こうやって・・・・イヤだぁ、絶対イヤだぁ、お願いだから行かないと言ってください・・・・」
 こう言いながら、涙が止まらなくなりました。いえ、もうワンワンとあたりかまわず泣き叫んでいました。
    「そうそうミサキちゃんには保険を掛けといたわ」
 保険ってなんなの、
    「マルコよ。今のコトリには見えるの、運命の赤い糸がクッキリと。ミサキちゃんは、放っておいてもマルコと結ばれるはずだったけど、今回の件があったから、ちょっと手を出して早めたの。運命の人と結ばれた女神は、どれだけの効力があるかわからないけど、とにかく守られるのは確かなの。コトリが女神としてミサキちゃんに贈った最後のプレゼントと思ってね」
 あれは、会社のためだけではなかったんだ。すべてミサキのために、コトリ部長が仕組んだことだったんだ。
    「そこまでしておいたら、ミサキちゃんは、まずだいじょうぶと思うけど、それでもダメだったらゴメンね。悪いけど怒られてもコトリもシノブちゃんも覚えていないかもしれないけど。あははは、そうなってたらミサキちゃんも一緒だから、怒らないかもね」
 せめてシノブ部長だけも思い止まってくれないかと、
    「シノブ部長、佐竹課長はなんて仰られてるんですか」
    「ミツルはね、イイよって。どんなにシノブが変わっても愛してるって。その言葉だけで嬉しかった。でも、私から女神が去ったら、捨てられるかもしれない。ううん、ミツルは誠実で信頼できる人よ。でもね、ミツルが愛しているのは、女神を宿した私であって、タダの人の結崎忍じゃないの。さっきは佐竹忍になるって、言ったけど、それも無理って思ってる。ここまで、子どもが出来なかったのも、この時が来るのを待ってたからかもしれない」
    「どうして、そこまでの犠牲を払わなきゃいけないのです。どうしてなんですか、ミサキにはわかりません。そんな四百年前のことなんて、関係ないじゃありませんか。シノブ部長は佐竹課長を愛していらっしゃらないのですか」
    「ミツルはだ〜いすき。今だって結婚した時と一緒ぐらい好き、いやそれ以上の自信はあるわ。これからだってそうよ、死ぬまで大好きであり続ける自信なら、テンコモリあるわ。でもね、今回は行くと決めたの」
 ミサキにはわからない、そこまでこだわる理由が。
    「まったくミサキちゃんは心配症なんだから、ちょっと脅し過ぎたのは謝るけど、ハッピー・エンドになる可能性だって十分にあるのよ。コトリはユッキーの高校時代からのお友達よ。そのコトリの女神を取り上げたりしないかもしれないじゃない。シノブちゃんだってそうよ、あれはカズ君とユッキーからのプレゼントなんだから、取り上げたりしないかもよ」
    「ハッピーエンドになる可能性は?」
    「六四か七三ぐらいかな」
    「六か七がハッピーエンドですか」
    「逆よ、だからミサキちゃんには来てほしくないの」
 五分五分以下じゃない、いや、これだって本音はもっとハッピー・エンドになる確率は低いと思ってるに違いない。そうでなきゃ、あれだけのお別れパーティする訳ないじゃないの。
    「ホントに悪いと思ってる。前にこの話を持ちかけてしまったのは反省してる。大失敗だったわ。これはシノブちゃんも同じ。コトリだけ黙って行けば済んでたお話のはずだったのよ。つい、五人の女神がそろう点にこだわちゃったの。シノブちゃんはもう聞いてくれないからあきらめたけど、ミサキちゃんだけでも守りたいのよ」
 お二人がミサキを気遣ってくれているのが痛いほどわかります。ミサキは女神である事だけはわかりましたが、お二人に較べるとまだ目が覚めていません。かつての記憶だって取り戻していません。女神としてのミサキにどんな能力があるのさえわかっていません。すべてはこれからなのです。

 ミサキは行きさえしなければ、マルコと幸せに暮らし、仕事だって思う存分出来るようになるのです。そう、コトリ部長やシノブ部長のようになれるのです。これって、ミサキの夢が全部叶うことなんです。お二人はミサキにそうなって欲しいと願っておられるのです。

 でもイヤなんです。ミサキはコトリ部長やシノブ部長がずっと見ていたいのです。女神を宿したあのお二人を。お二人の決心が変わらないのは良くわかりましたが、自分一人が傍観者であることがどうしても許せません。そんなミサキに出来ることは・・・そうだ、そうだ、コトリ部長だけだったら、いやシノブ部長が一緒でも首座の女神に敵わないかもしれませんが、五人そろうと変わるかもしれない。ミサキがこれだけお世話になったコトリ部長や、シノブ部長にやってあげられることはこれしかない。

    「わたしも行きます」
    「ちょっと待って、ミサキちゃんが行く必要なんてどこにもないよ」
    「いいえ、わたしだって三座の女神です。わたしが行かないと五人そろいません。なにがあっても行きます」
 そこからお二人に心を翻すように散々説得されました。コトリ部長は、
    「すべてを知った上で行くの」
    「三座の女神の誇りにかけても行きます」
 コトリ部長とシノブ部長は、顔を見合わせてため息をつき、
    「三座の女神は静かなる女神とも呼ばれてるけど、大人しいって意味じゃないの。こうなったらお手上げね。コトリとシノブちゃんで出来るだけ庇ってあげるけど、どうしてものときは覚悟してね」
    「覚悟は出来てます」
    「ただし一つだけ条件を出すわ。マルコの許可を取って来なさい」