女神伝説第1部:天使の仕事ぶり

 コトリ部長に呼ばれたのですが、

    「ミサキちゃん、イタリアは来月に行くことが決まったわ」
 ついにあの話の日程が決まったようです。
    「行くのはコトリとシノブちゃん、そしてミサキちゃんの三人よ」
    「たった三人ですか」
    「そうよ、こんなもの数いたって無駄なだけ。それでね、出発までに頼みたい仕事があるの。しばらくミサキちゃんは、イタリア視察旅行準備に専念してもらうわね」
 コトリ部長から頼まれたのは、イタリアのジュエリー・メーカーの一覧と、その特徴、商品画像等の情報の収集です。さっそくその日から取りかかりましたが、とにかく目的が日本でまだ知られていないメーカーの発掘ですから大変です。二週間ぐらい格闘してようやく一覧が出来上がったところでシノブ部長も交えて作戦会議。
    「ミサキちゃん、頑張ったね」
    「ありがとうございます。では簡単に説明を」
    「イイよ、シノブちゃんと見るから」
 ミサキが作ったレポートは一店に付き一枚のスタイルで作っていたのですが、お二人は半分ずつチェックされます。ただ、そのチェックの早いこと、早いこと。どう見たって、ページを単に繰っているだけとしか見えないのです。その中から時々、抜き出されます。ものの五分もしないうちにチェック作業は終了。
    「シノブちゃんの見せて、それとコトリの見てくれる」
 二人でお互いの選んだものをサラサラと見て、
    「後は行ってみないとわからないね」
    「この中で見つかるとイイんだけど」
    「うん、やっぱりそうなると思う?」
    「今回はそんな調査になりそうな気がする」
    「私も」
 お二人がなにを話しているか、わかりにくいので、
    「すみません、可能な限り網羅したつもりなのですが」
    「ゴメン、ゴメン、ミサキちゃんは良くやったわよ。それじゃ、後は効率的に回れるようにプラン組んでおいてくれる」
    「わかりました。ところで一店に付き、どれぐらいの視察時間を想定しておいたら良いでしょうか」
    「シノブちゃん、五分ぐらいでイイかなぁ」
    「そんなところじゃないですか」
 えっ、えっ、えっ、五分って、まるでウィンドウ・ショッピング以下じゃないですか。
    「五分で良いのですか?」
    「あら、長過ぎる」
    「いえ、短いような気がしたもので」
    「あははは、短くできるように下調べ頑張ってもらったんじゃない」
    「それは、そうなんですが」
 コトリ部長の伝説的な仕事ぶりは耳にはしていましたが、それを目の当たりにした気分です。そんなコトリ部長の仕事に平然と付き合うシノブ部長にも驚かされます。これが天使の能力なんでしょうか。この二人が組んだ仕事がどうなることかワクワクするのと同時に、ついて行けるのか不安がいっぱいです。
    「他に調べておくことは何かありますか」
    「ワイン」
    「イタ飯」
    「はぁ?」
    「イタリアといえばワインじゃない。コトリは美味しいのが飲みたい、いや飲み尽くしてやるんだ」
    「本場のイタ飯を堪能した〜い」
 そこからは仕事の話なんか吹っ飛んでのワインとイタ飯談義がひとしきり。
    「ミサキちゃん、ここでワインとイタ飯の話で盛り上がったのは黙っといてね。そうねぇ、顔付き合わして、あれやこれやとメーカーの選択に真剣な議論を尽くしていたぐらいでね」
    「そうやってコトリ先輩さぼってるんだ」
    「バレちゃったか、でもシノブちゃんもやってない」
    「私はしてませんよ〜だ」
 これだけ仕事が出来れば、これぐらいサボってもなんの文句も出ないでしょうが、それにしてもの手際の速さです。
    「そうだ、そうだ、飛行機だけど」
    関空からの直行便はありませんから、成田からの直行便にするか、関空からならフランクフルト経由もしくはヘルシンキ経由になります。これは少し時間がかかりますが、ソウル経由とパリ経由もあります」
    「イタリアのどこに着くの?」
    「ローマかミラノです」
    「だったら、関空からミラノでお願い、時刻的に早く着く方がありがたいかな。それで、どれぐらいかかるの」
    「おおよそ十四時間ぐらいです」
    「イタリアは遠いよねぇ。ミサキちゃん、三人とも一緒か近い席にしといてね」
    「えっ、一緒と言われましても・・・」
 お二人はあまりにもお若く見えるのと、ミサキのような新入社員にも、これだけ気さくに話してくれるので勘違いしそうになるのですが、本部長代理兼執行役員は重役会議にも名を連ねる会社の重鎮なのです。重役の航空機利用は社内規定ではビジネス・クラスとなっています。もちらんヒラどころか新入社員のわたしはエコノミーです。
    「機内で重要な打ち合わせをするって名目で出しといて。総務部長はコトリだから、それでOKよ。だって十四時間もミサキちゃんが一人ぼっちって寂しいでしょう、コトリもシノブちゃんもお話したいし」
    「サンタ・ルチアですか」
    「それもあるしね」
 やったぁ、初めてビジネスに乗れるんだ。語学留学の時のエコノミーの十四時間は、やっぱり大変だったから嬉しい。そこから、おおよその視察日程を決めて、
    「ミサキちゃん、一人で頑張ってプランを作ってみて。初めてだから大変だと思うけど、これも勉強だから。わからないことがあったら、コトリに聞いてね。それとだけど・・・」
    「わかりました」
 それとヴェネツィアはとりあえず最後にするのと、その後の予定は空けといて欲しいとのこと。
    「サンタ・ルチアですか」
    「それもあるけど、こういうものは行ってみて、わかる事があるからね」
 その日から航空機、ホテル、視察ルートのプラン作成に没頭する毎日が続きました。