第2部桶狭間編:祝杯

・・・数日後に例の旧友から電話。

    「プロポーズしたんだって」
    「うん」
    「むちゃくちゃビックリしたわ」
    「だってなんかアクションしないと手遅れになるって言うたやん」
    「そりゃ、言うたけど、私は恋人のステップをトットと進めろって言うただけで、ステップを飛ばせって言うたつもりないで」
    「は、ステップって?」
どうも話を聞いていると、旧友が思っていた彼女へのアクションとはキスするとか、それこそエッチしたり、旅行に行ったりの恋人ステップを踏んでいくお話で、手ぐらいしか握ってくれない私の行動に、コトリちゃんは物足りなさから不満というか不安を感じていたぐらいだったようです。旧友の言葉も合わせて考えると、コトリちゃんの目には恋人になっているはずの私からの次のアクションがあまりにも乏しくて、私に『本当に恋愛対象にしてくれてるんやろか』の疑問さえ出ていたようです。そこで前の彼氏の復縁攻勢があり、グラッと来てしまったようです。
    「それやったら、そうって言うてくれたら良かったのに」
    「そんなもん、わからん方が鈍すぎるやろ。だから前の時にもいうたやん、コトリちゃんは天使じゃなくて普通の女の子だって」
丹生山の日もデートじゃなくてハイキングだったもので、言い方は悪いですが健全過ぎるというか、健康的過ぎる印象はあったようですが、それでもシチュエーション的に紅葉の下でキスも悪くないぐらいは心づもりしていたようです。まあ、さすがにドライブじゃなくてハイキングですから、汗かいた後のエッチはないだろうぐらいです。でもそこまで進めば、恋人ステップはなんとか一段でも進みますし、自分が恋人である実感も出来て、前彼とモヤモヤした関係や感情もかなり整理できるかもしれないと思っていたようです。

ところが、ところが出て来たのは恋人ステップを全部踏み飛ばしてのプロポーズ。不意打ちも度が過ぎたってところです。ただ前の彼氏はそれなりに長く付き合ってはいたものの、結婚の話は出て来ず、乗っても来ずで、それが前の彼氏への不満だった点の一つだったようで素直に感動してくれたようです。一つ間違えば討ち死にだった思うと冷や汗タラタラですが結果オーライとはこのことです。信長は桶狭間の教訓を後に活かしましたが、私は別に活かす必要はありません。だって次はあり得ないからです。今日は待ちに待った祝杯です。

    「マスター、チェリー・ブロッサムを作って」
    「祝杯ですか?」
    「そう、本当の意味での祝杯」
    「おめでとうございます。では、お二人にプレゼントさせて頂きます」
珍しく鼻唄交じりでマスターはカクテルを作り始めました。隣にはもちろん天使のコトリちゃんが微笑んでいます。薬指に輝く指輪が眩しい。
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