第2部桶狭間編:決戦

幸い天気にも恵まれて気持ちの良いハイキングになりました。コトリちゃんはホントに天使級の晴れ女です。桶狭間も佳境なので自然にその話題になるのですが、

    「でさぁ、問題の義元本陣はどこにあったの」
    信長公記を追ってけばわかってくるよ、とりあえず雷雨の中の突撃はあらへん」
    「そうやね突撃の時は

    空晴るゝを御覧じ

    だもんね」

    「次に信長公記には義元本陣が後ろに崩れたとなってる」

    「うんうん

    後ろへくはつと崩れなり

    だもんね」

    「ここはもうちょっと注意深く読みたいところで

    くずれ逃れけり

    やから義元本陣は信長の突撃に崩されて、おけはざま山から下ったと読んで良いと思う」

    「そう読んでイイと思う」

    「そうなると次の描写は義元が本陣を構えていた『おけはざま山』から桶狭間道を沓掛城方面に逃げる途中の描写になるんやけど

    旗本は是なり、是れへ懸かれと御下知あり、未の刻、東へ向かってかかり給う。

    織田軍は沓掛城に逃げる義元を東に向かって追撃してると、ここは素直に解釈できるやろ」

信長公記の義元本陣への突入シーンですが、織田軍の突撃により短時間で本陣は混乱状態に陥ったと見て良さそうです。しかし義元は本陣で討死していません。本陣である桶狭間山を下って東向きに逃げ延びようとしているのがわかります。ここは素直に義元は桶狭間道に下りて沓掛城を目指していたと解釈して良いと考えています。可能性としては大高城別動隊との合流を目指していたかもしれませんが、どちらでも結果としては変わらなかったぐらいです。
    「ところでさぁ、信長は襲撃したところが義元本陣って知ってたんかな」
    「知ってたはずやで、信長公記にも佐々・千秋の惨敗を見る描写や、義元本陣から謡が聞こえるシーンがあるやん。つまりは織田軍も義元本陣がどこにあるか知っていたとしてエエと思う。義元本陣の場所が不明って話の出どころはやはり甫庵太閤記でエエんじゃない」
    小瀬甫庵の影響恐るべしやわ」
    「でもこれで義元本陣が桶狭間の北側丘陵だってことがわかるやん」
    「そやね、義元が桶狭間道を『おけはざま山』から下りて沓掛城方面に逃げるのやから、もし南側の丘陵地帯に本陣があたっら、そこをさらに南側から攻め落とさなあかんから、そんなのは時間的に無理やもんね」
    「そういうことやねん。これは完全に推測やけど、鎌倉往還のどこかから桶狭間北側丘陵にあった義元本陣に向かい、そこから義元を桶狭間道に追い落としたと読んで良いと思てるねん」
    「でもこれだけじゃ、北側丘陵のどこかわからへんやん」
    「そこなんやけど、佐々・千秋の突撃が参考になる気がするんや。佐々・千秋は中島砦近くにいて、桶狭間道を東に突撃した可能性が高いと思うねん」
    「私もそう思う」
    信長公記の義元が佐々・千秋の敗北を喜ぶシーンを鵜呑みにしたらの前提やけど、佐々・千秋は義元本陣から見えるところで戦った可能性があるねん」
    「そうとしか読めへんもんね」
    「つうか、もし信長が強襲策を最初に抱いていても目標は義元本陣にしたいはずやから、見えてたはずやと思うねん。それに本陣位置は必ずしも秘密にするもんやなくて、むしろ味方に御大将が見ているぞと示す必要もあると思うねん」
    「そうね。采配を揮うにも、敵味方がどうなっているかを見れる位置じゃないと困るもん。だいたい未の刻にもなって御大将が本陣も構えずウロウロ移動中とか休憩中ってのは油断しすぎもイイとこだし」
    「最低限、佐々・千秋の敗走兵から義元本陣の位置を信長は確認してると思てんねん」
    「義元本陣の位置がわかっているから鎌倉往還迂回戦術が出て来たとも言えそうやね」
    「その辺から推測すると、こんな感じじゃなかったかと考えてるんや

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    今川軍は鳴海城方向に対して北西を向いて布陣していたのやけど、桶狭間道を挟むように布陣していた可能性が高いと思てんねん。そういう今川軍の陣地伝承跡もあるし。中島砦の東側にいた佐々・千秋隊は桶狭間道を東に進んできたはずやけど、有松村のあたりで包囲殲滅を喰らったぐらいと見れそうな気がするんや」
    「そんなに無理ないね。でもちょっと今川陣地からしたら深いけど」
    「まあ、桶狭間道でも有松村のあたりは少し広いから、狭いところをそれなりに通しておいて、広くなったところに誘い込こんで包囲したぐらいはあると思てる」
    「まあ、あると思う」
    「有松村で合戦があって、義元が本陣を置いて見ているとしたら、地図で『義元本陣』としたところぐらいが一番可能性が高そうに思てんねん」
信長が義元の不意を衝いたのは信長公記の描写から確実ですが、信長が意図して義元本陣を襲ったのか、たまたま襲ったところが義元本陣であったのかは意見が分かれるところもあります。ですが小瀬甫庵が義元の所在地を不明にした創作を除外して考えると、信長はひたすら義元本陣を目指したと考えています。
    「なるほどね。ほんで青の点線のところを織田軍が進んで来て南側に追い落とされたら、桶狭間道になるもんね、鎌倉往還から外れたのは

    沓掛到下の松の本

    こうなってるから松に関係する地名がある『八つ松』あたりかもしれへんねぇ」

    「そうやって東に追われて討ち取られたとしたら、伝今川義元墓辺りでもおかしくないし」

    「ところでさぁ、私は信長がこの地形を知ってた気がするの」

    「コトリちゃん、どういうこと」

彼女がなにか閃いたようです。
    「鷲津・丸根砦を始めとした付城群が築かれたのは永禄二年なんやけど、信長の性格・行動力からして自分で見に来て砦の設置場所まで陣頭指揮していた可能性は高いと思うねん」
    「信長ならあり得そうやな」
    「鎌倉往還もこの時期には赤塚から文木がメインみたいやったけど、茶屋ヶ根の方も自分で見て確認してた気がするの」
    「もし今川軍が善照寺砦間際まで寄せてきたら、茶屋ヶ根通って古鳴海に出られてしまうからね」
    「そういうことなの。当時の信長は今川軍との決戦を嫌でも意識していたと思うから、決戦の時の地形を他人ではなく自分の目で確認していたと私は思てるの」
    「そんなキャラが信長やし、そんな手間をかける時間も信長にはあったし」
    「そういうこと、だってそもそも鳴海・大高城の包囲が始まってから一度も信長が前線に出てないと思う方が不自然やと思わへん」
信長はこの時点でも歴戦の将です。その上ずば抜けた行動力があったとして良いはずです。清州で他人任せにして、ふんぞり返っていたと考える方が余程不自然です。
    「たしかに。ちょっと歴史小説風にしてみるわ。信長が善照寺砦の佐久間信盛のところに視察に行ったぐらいの設定で、

      信長:『沓掛峠は』
      信盛:『ここを通っての軍勢の移動は無理でござる』
      信長:『しかとか』
      信盛:『見た者に聞いたところでは・・・』
      信長:『たわけ、見に行く』

    こんな調子で沓掛峠ぐらいまで足を延ばすぐらいの行動力は信長にはあると思うわ」
    「それぐらいは信長ならやってない方が不思議なぐらいやもんね。実際の桶狭間の時ほどの大軍が来るとまで予想していなくても、付城築いて包囲戦やってれば、いずれは今川軍が救援に来るのは当然やし、迎え撃つのはこの近辺になるのは間違いないし」
    桶狭間道の方だって自分で行って見てないほうが不思議なぐらいや」
    「だから中島砦で中入り戦術を選んだってことやね」
    「まあ義元があんな大軍を動員してくるのは信長の予想を越えていたかもしれへんけど、地理の方は信長はしっかり把握してたんでエエんじゃない」
    「これじゃ梁田政綱がわざわざ登場する余地は少なそうやね」
桶狭間では、とにもかくにも信長はなんらかのルートを使って迂回奇襲を行ったのは確実です。そのルートを信長は予め把握していたと解釈するのが自然な気がします。信長が付城群を築いた理由として今川軍をおびき寄せる説がありますが、おびき寄せたからには勝たなければならない訳で、勝つための必要条件として地形やルートの把握は絶対に必要です。
    「さて、桶狭間道に追い落とされた義元もある程度は東に進んでるんや信長公記にも

    初めは三百騎計り真ん丸になって義元を囲み引きたるが、二三度、四五度、帰し合い、帰し合い、次第次第に無人となって後には五十騎ばかりに成りたる也。

    義元を囲んで退却しようとしてるのがわかるんや」

    「うん、時代劇でよくある本陣で義元が討ち取られるシーンは甫庵の創作だってわかるわ」

    「でもって、退却戦は難しくて、基本は相手を一旦押し込んで距離を取って、その隙に下がり、陣を整えて追撃してくる敵軍を迎え撃つみたいな感じになると思うねん」

    「うんうん、相手はかさにかかって攻め崩そうとするから、退却戦の殿は難しくて被害も大きいのよね。秀吉が方面司令官に抜擢されたのも金ヶ崎の退き口を成功したからやもんね」

    「戦国時代でも軍勢は統制が取れていないと脆いし、退却戦ではなおさらだったでエエと思う。秀吉の退き口もすごく高く評価されてるし、関ヶ原の時の直江兼続最上義光戦もそうやと思てんねん」

    「そうよね。義元は『おけはざま山』の本陣から追い崩された時点でも三百人ぐらいはいたみたいやけど、完全に敗走体勢になっての三百人やから秀吉や兼続の時より条件が悪いもんね」

    「そんな感じになってたと思う。三百人でももう少し余裕のある体勢で織田軍を迎え撃っての退却戦なら、桶狭間道自体は広くないから、なんとか義元は逃げきれた可能性はあったと思うねん」

    「そんな崩れそうな義元部隊に織田軍は猛烈に喰らいついたわけやね」

    「なんとなくやけど、わりと短時間で義元を守る軍勢は支えきれずに散り散り状態になり、乱戦の白兵戦状態から毛利新介に義元は討ち取られてしまったってところかな」

桶狭間の話も終り、山頂で紅葉を眺めながらお弁当です。彼女の料理はお世辞抜きで美味しくて、本当に幸せです。そんなランチも終った今からが私の桶狭間決戦になります。まずは善照寺砦から中島砦に移動します。
    「・・・ちょっと話があるねん」
    「そういうてたねぇ。なんのお話?」
    「あの夜にチェリー・ブロッサムで祝杯を挙げてくれたんは本当に嬉しかってん」
    「ありがとう」
    「でもさぁ、チェリー・ブロッサムで祝杯の本当の意味をマスターに聞いた?」
    「彼女が出来たらじゃなかったの?」
    「もちろんそうやねんけど、マスター言うてなかったみたいやな」
    「なになに?」
物凄い緊張感に押し潰されそうなのですが、ここが人生の正念場やから頑張るしかありません。こんな時にTMNのselfcntrolのメロディーが頭の中に流れてきました。
    “言いたいことも うまく言えなかった
     このままサヨナラに するわけにはいかない
     心の中で高まってくリズム
     もう押さえることはできないさ“
笑って誤魔化せる最後のチャンスですが、覚悟を決めて中島砦を出撃。中入り戦術を決行します。
    「付き合ってからもずっと思ってるけど、コトリちゃん以上の女性がこの世に存在するとは思えません」
いつもなら「そんなぁ」「やだぁ」とか言いながら軽く流す彼女も、私の異様な口調と雰囲気を察してか次の言葉を待ってます。後は鎌倉往還を遮二無二突っ走ります。
    「チェリー・ブロッサムの本当の意味は、自分と結婚してくれる素晴らしい彼女が出来た時に祝杯を挙げることなんです」
彼女の顔がビックリして固まっています。一気に義元本陣に突撃を敢行します。
    「絶対に幸せにします。ボクと結婚してください」
この日のために用意しておいた秘密兵器の婚約指輪を捧げながら、彼女の返答を待つ時間が無限と思えるほど長く感じました。彼女の目に涙が溢れそうになっています。
    「無理。私はそんな女じゃないの・・・」
うわん。外したのか、信長にはやっぱりなれなかった。やっぱり梁田政綱の本陣情報が必要やったかも。甫庵先生ゴメンナサイ。
    「前のチェリー・ブロッサムの時に二股の話したやん。あの時の前の彼氏は完全に切ったつもりやってんけど、ゴメンナサイ、切れ切れてないんよ。私みたいな二股女にこのプロポーズを受ける資格はないわ」
こっちに来たか、でもこっちだけは対策を考えてあります。ここで義元じゃなかったコトリちゃんを取り逃がしたらチャンスは二度とありません。熱田の神軍じゃなくてここは丹生都比売の援軍を念じながら、
    「その話は知ってた」
    「えっ!」
    「知ってた上で今日プロポーズしてる」
彼女の顔がみるみる泣き顔になります。
    「前の彼氏よりブサイクで、連れて歩いてもパッとせえへんと思うけど、コトリちゃんを愛する気持ちだけは誰にも負けへん。何があっても絶対に幸せにしたる。コトリちゃんを泣かすようなことは絶対させへん。前の彼氏への未練があっても全部吹き飛ばしたる。もう一度言います。ボクと結婚してください」
これだけ臭いセリフを並べたのは生れて初めてですが、顔は耳まで真っ赤だったに違いありません。彼女も嗚咽していましたが、なんとか絞り出すように
    「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
聞いた瞬間に頭が真っ白になってしまいしたが、気がついたら飛び込んできた彼女を抱きしめていました。どうやら勝ったみたい。それにしても天使の唇は甘かった。