彼女のチョイスはトム・コリンズ。これはジンにレモンジュース、砂糖と氷を入れてシェイクしグラスに注ぎ、炭酸水で割ってステアします。仕上げにピックに刺したレモン・スライスとチェリーを飾る事が多いカクテルです。トム・コリンズは一九世紀半ば、ロンドンのハノーバー街コンデュイット通りにあった『リマーズ・コーナー』にいた伝説の名バーテンダーであるジョン・コリンズ氏が作り、最初は『ジョン・コリンズ』と呼ばれていました。オリジナルのベースはジェノバ・ジンでしたが、これをオールド・トム・ジンに変えた時にトム・コリンズと名前を変えています。現在ではベースをウイスキーに変えたものをジョン・コリンズと呼んでいます。
私はジョン・コリンズの方を頼みました。ちょっとでもコトリちゃんに近づきたいだけですが、トム・コリンズとジョン・コリンズの語呂合わせでは屁のツッパリにもなりません。とにかくなにかをしないといけないのですが、肝心の何かが未だにつかめていないもどかしさがあります。
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「ボクと歴史の話をするのは楽しい?」
「前もいうたやん、とっても楽しいよ。今さら、どうしたん」
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「ほんじゃさあ、ボクと歴史以外の話をするのは楽しい」
「まあ、楽しいよ」
「じゃあ、こうやって一緒に居るのは」
「今日はどうしたん。嫌いやないから来てるんやん」
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「佐々・千秋の突撃の惨敗で桶狭間道から強襲を信長があきらめたのはわかったとして、信長はどうしようとしたの?」
「ボクは中入りをチョイスしたんじゃないかと思てる」
「中入りって、向かい合ってる状態から別動隊を背後に回らせる作戦?」
「だいたいそんな感じ。戦国時代でもポピュラーな戦術だよ」
「ポピュラーなんは知ってるけど、リスクも高いんでしょ。小牧・長久手の時に秀吉が中入り戦術を提案されて渋る話もあるよ。あれも結果的に大失敗やったし」
「そうなんや、中入りはリスクが高いというのも常識だったと見ても良さそうやけど、小勢で大軍に勝つためにはリスクを冒す必要があると判断したんじゃないかなぁ」
「信長公記の信長の動きを中入り戦術に解釈できるの?」
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「・・・中入りのためにはまず向かい合ってる相手に自分の存在を強調しておく必要があると思うんや。つまりは中入りのために軍勢を迂回させているのを気付かれないようにするぐらい」
「うん。中入りが失敗するのは、相手に中入りのための軍勢の分割や移動を察知されて、バッチリ対応される事やもんね。でもさぁ、織田軍は今川軍から見下ろされていたんやろ」
「そうなんや、善照寺砦から中島砦に移動するのに重臣たちが反対したのは、織田軍が小勢であることが今川軍に丸見えになるからって信長公記にはっきり書いてある」
「そんな状態で中入りのために部隊を動かしたらバレバレやん」
「信長はバレバレなのを知って動いたとここは考えたい。気まぐれで善照寺砦から中島砦に移動したんじゃなく、なんらかの意図をもってうごいたはずなんや。まずやけど信長は今川の大高城別動隊が動けない五月一九日しか決戦のチャンスはないと思てたはずなんや」
「そうよね、信長公記に中島砦で信長がこう檄を飛ばしたとなってるよね。
あの武者、宵に兵糧つかひて、夜もすがら来なり、大高へ兵糧を入れ、鷲津・丸根にて手を砕き、辛労して、つかれたる武者なり。
ここは潮が引き始めても、大高城にいる今川軍は五月一九日は動かないの意味も込めてるかもしれないね」
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「じゃ、今川軍はどう考えていたと思う」
「えっと、今川軍のメリットは大軍やけど、必勝を狙って決戦するのなら大高城別動隊が活用できる五月二〇日の方が望ましいぐらいはあるかもしれないよね。決戦するにも時刻は正午は過ぎてるし」
「戦場は水物やし、義元本隊だけでも織田軍を蹴散らすのは容易と考えても、より優位になる五月二〇日が決戦になってくれたら『もうけもの』ぐらいの心理はあったとしてもエエ気がする。つうか、少なくとも五月一九日に今川から積極的に決戦を仕掛けるつもりはないぐらいはあってもエエと思う」
「たしかに。佐々・千秋の突撃は今川の快勝やけど、もし決戦の意図があれば、それに付けこんで出撃してきたはずよね」
「そうなんや。今川軍は佐々・千秋隊を一蹴したけど、その後は陣に戻ってにらみあい状態を選択してるとしか読めへん。だから信長は五月一九日に義元に決戦の意図はないと読んだ気がする」
「なるほど。じゃ、中島砦に移動した理由は」
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「義元の意図の確認のダメ押しかな」
「どういうこと」
「小勢であることを相手に見せて、それでも決戦する気が起こるか、起こらないかのテストだよ」
「もし今川軍が織田軍が小勢と判断して決戦ってなったら」
「そんときゃ信長も織田軍もオシマイ。とにかく不利な信長は、それぐらい危険な橋を渡らないといけなかったぐらいに考えてる」
「じゃあじゃあ、こうは考えられないの。信長はわざと義元に小勢を見せて、義元に『あれは小勢にみえるが罠で、攻めれば伏兵が出てきて大変な事になるに違いない』と思わせる」
「牽制かい、諸葛孔明じゃあるまいに。ちょっと考えれば意味ないとわかるよ。まず誘いに乗られたらそれでオシマイやん。それと牽制が成功して今川軍の攻撃開始の時間稼ぎが出来ても状況は好転せえへんよ」
「なるほどねぇ。でもそれだけじゃ、中入り戦術になってないよ」
「そうなんや。中島砦でも善照寺砦でも織田軍の動きは今川軍に監視されてるから、通常の中入り戦術の様に隠れて軍勢を移動させるわけにはいかないんや」
「じゃあ、どうしたの?」
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「なんか今日は変よ」
「うん、ちょっと調子が悪くて」
「前から思ってるんだけどさぁ」
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「山本君って一つの事に熱中すると、他の事は同時に出来ないタイプじゃない?」
「そうかなぁ、そんな事ないと思ってるけど」
「そう感じるの。前の彼女の時にダイエットしてたやん」
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「その時もダイエットに熱中しすぎて、彼女を構わなかったから別れたんじゃないの」
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「女の子はね、ちゃんと自分を見てくれないと寂しくなる時があるの。そりゃ、自分のためにダイエットしてくれたら嬉しいけど、それだけじゃダメな時もあるんだよ」