ある敗戦記録

とある病院の労働実態へのマスコミ報道があり、これに反応して労基署に告発に及んだ者がいます。その時の告発状を少々長いのですが紹介しておきます。

告発状
三次労働基準監督署
司法警察員 労働基準監督署長殿

 私、○○は、報道、資料により、三好市が運営する市立三次中央病院の違法労務管理を知りました。

 平成22年6月22日の毎日新聞の記事では、「市立三次中央病院の勤務医の時間外労働時間は、平均70時間を越えており、また13人においては、百時間を越えている」、と報道されております。

 また、報道を受けて、○○氏が、三次市に行った情報公開請求においては、以下が明らかとなった。

  1. 市立三次中央病院の平成22年度の36協定の限度は、1日3時間、1月45時間、1年360時間であること
  2. 労働基準法41条3号による断続的勤務に関する宿日直許可書を得ていないこと
  3. 報道の根拠となった平成21年度の医師の時間外労働時間の一覧
 36協定に加えて特別協定があったとしても、年に6回しか援用できないため、一年を通して平均的に月45時間を越える時間外労働を命令していることは、労働基準法32条に違反する行為であることが明白である。

 報道によれば、「24時間診療態勢をとる小児科は過酷で、常勤医4人が月7、8回の当直をこなす。」とも報道されており、「当直(午後5時〜翌朝8時半)」との事実から、1回15時間半、月 108.5時間から120時間の時間外労働を命令されたことはあきらかである。”当直”を除いた通常勤務を超える労働も、あったことは想像に難くないことから、実際の時間外労働時間は、更に過酷であったものと思われ、勤務時間に合致しない、被告発人らの意図的な賃金台帳の作成があったものと思われる。

 報道によれば、昼間の通常勤務に引き続いて、夜間の救急診療を”当直”という明目で、強制的に、かつ計画的に、時季の選択なく、勤務医に命じていたことは明らかであり、宿日直許可があっても許可される労働に相当しないことは明らかである上、”市民のための医療”と称して、精神的に拒否できない強制を行っていたものと思われる。

 この賃金台帳に補足されていない時間外労働については、時間外労働時間に算入せず、時間外割増賃金の支払いを免れ、労働基準法37条に違反していたと考えざるをえない。

 市立三次中央病院は、地方公営企業法の一部適用企業であり、運営に当たっては病院管理者としての院長のみならず、開設者たる市・市長が責任を負うべきものであり、法人としての両罰規定が適用されるものと考える。

 以下の違法事実について、厳重な処罰を求め、告発します。

<違反事実>

  1. 労働基準法32条1項および2項違反


      市立三次中央病院において、被告発人は、平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間、時間外休日労働における協定書(36協定)で定めた時間外労働の許可範囲を超えて、少なくとも4人の小児科医師に対して、月45時間を越える時間外労働を強いたこと。またそれを年6回以上、命じていたこと。


  2. 労働基準法37条1項違反


      市立三次中央病院において、被告発人は、平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間、少なくとも4人の小児科医師に対して、時間外労働させたにも関わらず、2割5分以上の割増し率で計算した時間外賃金を支払っていないこと


  3. 労働基準法37条2項違反


      市立三次中央病院において、被告発人は、平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間、少なくとも4人の小児科医師に対して、午後10時から午前5時までの時間外労働させたにも関わらず、2割5分以上の割増し率で計算した時間外賃金を支払っていないこと


  4. 労働基準法5条違反


      市立三次中央病院、被告発人は、違法な宿直を拒否できないよう精神的に、少なくとも4人の小児科医師に対して追い込み、強制的に夜間勤務に就かせたこと
平成22年9月3日

でもってこの告発状は受理されています。ちなみに「労働基準法5条違反」は労基署のアドバイスにより削除したとの事です。しかし不起訴処分になり、告発者は検察審査会に第2ラウンドを敢行しています。その結果ですが、

平成23年広島第二検察審査会審査事件(申立) 第17号ないし第21号
申立書記載罪名 労働基準法違反
検察官裁定罪名 労働基準法違反
議決年月日 平成24年2月17日
議決書作成年月日 平成24年3月13日

議決の要旨

審査申立人
 (氏名) ○○○○

被疑者
 (地方公共団体の名称) 三次市
 (氏名) ○○○○
 (氏名) ○○○○
 (氏名) ○○○○
 (氏名) ○○○○

不起訴処分をした検察官
 (官職氏名) 広島地方検察庁 検察官事務取扱副検事 槇川高之

 上記被疑者5名に対する労働基準法違反被疑事件(広島地検平成23年検第104785号、第104786号、第105189号ないし第105193号)につき、平成23年10月12日上記検察官がした不起訴処分の当否に関し、当検察審査会は、上記申立人の申立てにより審査を行い、次の通り議決する。

議決の趣旨
本件不起訴処分はいずれも相当である。

議決の理由

  1. 被疑事実の要旨
     被疑者らは、共謀の上、被疑者法人の業務に関し、法定の除外事由がないのに


    • 平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間、労働者Aほか4名に対し、1週間について40時間を超えて1時間55分ないし25時間30分の労働をさせ、また1週間の各日について延べ588日、1日8時間を超えて30分ないし11時間30分の労働をさせた(労働基準法32条1項、2項違反)

    • 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、労働時間を延長し、又は休日に労働させながら、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算の2割5分以上5割以下の範囲内で政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった(同法37条1項違反)

    • 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、午後10時から午前5時までの間において労働させながら、その時間の労働について、通常の労働時間の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった(同法37条4項違反)

    • 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、労働時間が6時間を超える場合において少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなかった(同法34条1項違反)ものである。


  2. 検察審査会の判断
     本件不起訴記録並びに審査申立書、審査申立人が提出した資料を精査し、慎重に審査した結果、検察官がした不起訴の裁定を覆すに足りる証拠がないので、上記の趣旨のとおり議決する。
広島第二検察審査会

これも結果だけで言えば、

    本件不起訴処分はいずれも相当である
不起訴は妥当なものであるの結論になっています。ここで簡単な表を書いておきます。







違反法規 違反理由 違反ソース
労基法32条1項、2項違反 平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間、労働者Aほか4名に対し、1週間について40時間を超えて1時間55分ないし25時間30分の労働をさせ、また1週間の各日について延べ588日、1日8時間を超えて30分ないし11時間30分の労働をさせた。 情報公開による
  1. 市立三次中央病院の平成22年度の36協定の限度は、1日3時間、1月45時間、1年360日であること
  2. 労働基準法41条3号による断続的勤務に関する宿日直許可書を得ていないこと
  3. 平成21年度の医師の時間外労働時間の一覧
労基法37条1項違反 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、労働時間を延長し、又は休日に労働させながら、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算の2割5分以上5割以下の範囲内で政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった
労基法37条4項違反 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、午後10時から午前5時までの間において労働させながら、その時間の労働について、通常の労働時間の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった
労基法34条1項違反 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、労働時間が6時間を超える場合において少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなかった


まずこの病院は労基法41条3号に基づく宿日直許可を取っていなかったとあります。ただここについては刈谷豊田訴訟で勉強した様に、労基署は宿日直許可書を保管しておく義務はないようです。つまり探せば古色蒼然とした宿日直許可書が、病院の書類棚の奥から出てくる可能性は残されています。ただ許可書があっても余りに古いとその有効性は議論の出るところになります。

ただ36協定は確認されたようで、

    1日3時間
    1月45時間
    1年360時間
具体的な時間外労働時間の確認は、
    平成21年度の医師の時間外労働時間の一覧
これは公式記録ですから、宿日直許可に関係なく、
  • 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、労働時間を延長し、又は休日に労働させながら、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算の2割5分以上5割以下の範囲内で政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった
  • 前記日時の間、労働者Aほか4名に対し、午後10時から午前5時までの間において労働させながら、その時間の労働について、通常の労働時間の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなかった

この2項目の労基法違反は少なくとも公式記録として存在したと考えて良さそうな気がします。事実が存在すれば労基法違反と言う事になるのですが、違反だから即罰せられる事には必ずしもなりません。様々な事情を考慮して検察が不起訴の判断を下しても構わないのが日本の刑法です。現実に検察は不起訴処分としています。

ここで判る事は、この程度の賃金不払いは刑罰を下す(起訴する)に値しないの判断が出ると言う事です。これが一般例なのか特異例なのかの判断は私にはできません。

さらに検察審査会でも不起訴処分を追認しています。ここも、この程度の賃金不払いは刑罰を下す(起訴する)に値しないの判断が出ると言う事です。これもまた一般例なのか特異例なのかの判断は私にはできません。



告発者は相当悔しそうでしたが、これも判断ですから服さざるを得ないところです。ところで何故に検察で不起訴になったかです。刑を下すほどの重さ・悪質さはないとの判断もあるかもしれません。また検察が起訴する時は「100%勝利」を目指すのが原則ですから、起訴しても必ずしも勝てないと踏んだのかもしれません。さらにはこの事件で起訴することの影響力の大きさを慮ったのかもしれません。

一方で検察審議会の不起訴追認理由なんですが、案外あっけないものであるのに少し驚きました。

    本件不起訴記録並びに審査申立書、審査申立人が提出した資料を精査し、慎重に審査した結果、検察官がした不起訴の裁定を覆すに足りる証拠がないので、上記の趣旨のとおり議決する。
まあ、こんなものみたいです。検察決定を覆す時には長い理由が必要なのでしょうが、追認する時はアッサリです。不起訴を追認する理由まで、長い解説は必要ないと言う事でしょう。良い悪いではなく、検察審議会が検察の決定を覆す時はえらく長いものであったので、「そんなものか」と思っただけのお話です。


ここで私はあえて不起訴になったもう一つ理由を挙げたいと思います。これは告発状にあるのですが、

    平成22年6月22日の毎日新聞の記事では、「市立三次中央病院の勤務医の時間外労働時間は、平均70時間を越えており、また13人においては、百時間を越えている」、と報道されております。
ここに重大な問題が存在している気がしてなりません。ここがあったばっかりに告発状の信憑性・真摯さが検事及び検察審査会のメンバーに認められなかったんじゃないかです。もう少し他のソースを使うか、なければこの部分自体を使わなければ「ひょっとして」結果が変わっていたかもしれません。このソースが心証に及ぼした影響は永遠に不明ですが、なんとなく私は「理由もなく」そう感じてしまいます。

どうしてだろう? 何故だろう?? 不思議だな???