新型ワクチン接種回数は政治主導案件

昨日は失礼しましたが、土日も休載にさせて頂きます。悔しいですが能力の限界です。


余震が続いている接種回数論議ですが、へたばりきった頭脳でもう一度考えます。接種回数論議は様々な周辺事情、たとえば流行とワクチン供給のギャップの政治問題もあり、あれこれ絡ませると複雑なのですが、とりあえず医学に重点を置いて考えたいと思います。

接種回数論議の発端になったのが国産ワクチン臨床試験の中間報告(速報)です。この治験の概要を再掲すると、

 9月17日より200名の健康成人を対象に国立病院機構病院4施設で、新型インフルエンザ国産ワクチンの免疫原性についての臨床試験を実施した。

 本臨床試験では、国産ワクチン(北里研究所)を通常量(15μg:皮下注射)と倍量(30μg:筋肉注射)を接種した。今回、1回目接種の3週間後の結果(HI 抗体価)が判明したので報告する。

中間報告で注目された結果が、

  • 抗体保有率(接種後≧40 倍):15μg 1回接種群では、HI抗体価40倍以上の人が96人中75人(78.1%)
  • 抗体陽転率:抗体価4倍以上上昇しHI抗体価が40倍以上の方の割合は、15μg 1回接種群では96 人中72人(75.0%)
この2項目であると考えられます。私はこの辺の知識が手薄なのですが、ここは単純に解釈して、
    健康成人は1回接種で75%以上の有効率があるから、1回接種でOK
この健康成人が妊婦や基礎疾患を有する者まで拡大して結論したのが専門家会議で、健康成人のうち治験対象であった医療従事者のみに限定したのが足立政務官の主導です。


さてなんですがこの治験はこれで終わりではありません。全体の検査(採血)のスケジュールは、

ワクチン1回目接種前、2回目接種前、事後観察の3回

こうなっていますから、中間報告は接種前と2回目の接種前の成績を中間報告したものになります。2回目の接種(採血)は10/7、10/8に行なわれたとなっています。これは1回目接種の3週間後にあたりますから、事後観察の採血もそのあたりに設定されているかもしれません。ちょっとだけまとめると、

Date スケジュール
9/17、18 1回目接種前採血とワクチン接種
10/8、9 2回目接種前採血とワクチン接種
10/16 専門家会議
10/29、30 事後観察採血(?)


1回目のワクチン有効率は75%程度です。75%でも有効と判断するようですが、もっと高くなって悪いわけではありません。1回接種より2回接種の方が効果は間違い無く上りますから、まだ結果の出ていない2回接種で90%以上の効果が見られればどう判断するのだろうです。1回接種の反応が良好ですから、ひょっとすると100%近い結果が出ることも可能性としてあります。

上の表で事後採血を「10/29、10/30」としていますが、あくまでもこれは推測でどこにもスケジュールは明記されていません。それでも仮に10/29、10/30に事後採血が行なわれたとすれば、いつ結果が速報段階で判明するかです。これは2回目接種前採血から中間報告までの日数が参考になると思われます。採血は10/8、10/9に行なわれたと記載されていますし、10/16の専門家会議では活用されています。そうなると1週間で報告可能と見れます。

そうなると事後採血が10/29、10/30にもし行なわれていれば11/6に速報として結果が報告されてもおかしくありません。事後採血が3週後でなく4週後であったなら11/13になります。またインフルエンザワクチンは2回目接種から2週間後に十分な抗体を獲得するとされていますから、事後採血が2週間後に行なわれていれば10月末に報告が出るはずです。

いっぱい仮定がありますが、1回接種の75%が2回接種で100%近くなっても1回接種の方針は変わらないのでしょうか。かなり重大な判断と思っていますが、ワクチン学的にどう考えるか御助言下さい。


それと個人的に大変気になるのは、この治験の対象者を「健康成人」として広く取り扱っているようです。別に医師が不健康な人種であると言う気はないのですが、治験の対象者にバイアスがかかっている気がします。中間報告にも対象者の詳細は記載されていませんが、おそらく殆んどが医療従事者であろうとされています。

これは治験対象になった病院に勤務している医師からのアングラ情報ですが、

対象になったのは呼吸器科の関係者が多かった気がする

あくまでも「気がする」ですから、全体の構成は不明ですが、呼吸器科でなくとも医療従事者と言うだけで十分にバイアスの様な気がします。9月の後半にはインフルエンザは既に拡大期に入っていました。当たり前の話ですが、医療従事者であればインフルエンザ患者への接触機会は多いはずです。9/17に1回目接種というのが微妙な時期で、バイアスとして思いつくのは、

  1. 1回目接種の前に不顕性感染(血清感染)を起しており、9/17時点ではまだ抗体価が上っていなかった
  2. 1回目接種から次の採血までに血清感染を起し抗体上昇を助けた可能性
対象施設のインフルエンザ受診状況が不明ですが、医療従事者であれば患者からの暴露の可能性が高くなると考えても不思議ありません。当然のように3回目の事後採血までにも血清感染による影響はあると考えられ、これをバイアスとして考える必要は無いのかと言う事です。なんと言っても200人ほどの小規模治験ですから、2〜3割程度の濃厚接触者がいるだけで結果に影響しそうな気はします。

そういう影響を考慮しても、医療従事者の結果をそのまま健康成人に無条件で当てはめるのはどうだろうと感じます。

またこの治験の結果の説明として、新型はAソ連型と交差免疫を持っており、そのために1回接種で高い反応が出たとの仮説があります。この仮説は現在の感染拡大状況を説明するのにも説得力はあります。もちろん「それじゃ」の反論異論もまたでてくるのですが、仮にこの仮説が正しいとしても、医療従事者であるなら、より強くと言うか、より多数にAソ連型の基礎免疫があると考えられます。

言い出せばキリが無いのですが、Aソ連型の基礎免疫は何歳ぐらいから有効なのかの視点も必要です。現在の季節性ワクチンと同等と考えて良いのか、それとも違うのかについては明瞭な根拠はありません。事実として残っているのは、5月のときに神戸でも大阪でも高校生に広範囲の感染が広がった事です。高校生では弱くて、20歳の成人ならOKと言い切ってしまって良いのかの問題も出てくるとは思います。



重箱の隅をほじくるような話で、ワクチン学、ウイルス学的には的外れのものもあるでしょうが、重要なポイントは

    現時点では確固とたる根拠はどこにもない
これも当たり前の話で、新型が発見されたのは今年の4月で、日本で発見されたのは5月です。半年ちょっとのデータでは何も確実な事は言えないのが現実です。新型ウイルスが実際に体内でどのような活動を行い、どういう症状を呈するかは、実際に感染した人のデータを集めるしか他に手段はありません。どこまでが季節性インフルエンザに類似し、どこからが異なるかは数が集まらないと決められないと言うのが医学です。

接種回数論議も1回接種で良いのか、2回接種が望ましいのかも、結果を見てからでないと「これが正解」とは誰にも言えないはずです。現在、様々に述べられている主張も、現時点で判明している情報からの仮説に過ぎません。仮説は当たることもあり、外れる事もあるので仮説であり、仮説の証明は少なくともワン・シーズンが済んでからではないと出来ないと考えます。

正解が確認できない状況であっても、新型対策は誰かが責任を持って方針を決定しなくてはなりません。限られた情報からの待った無しの状況判断が求められます。ワクチン問題なら、小規模治験の結果、海外データの参照、ワクチンの出荷状況、感染の蔓延を絡み合わせて状況判断を行ない、方針決定しなければならないと言う事です。

万人を満足させる方針決定はありえず、あるレベル以上は、それこそ政治判断になると考えられます。医学で論議しても現段階では百家争鳴の意見しか出てきません。そういう意見や主張の中でどの方針を選択するかの力量が問われていると考えています。民主党が主張する「政治主導」の案件そのものではないかと感じます。

当然ですが政治主導して悪い結果が出れば主導した人物の結果責任を問う声は出るでしょうが、未知の領域での判断はそんなリスクがついて回ります。政治家とはそういうリスクを進んで負う人間と私は考えています。国民は有権者としてそういう政治家を議員として選出しているはずです。もちろん責任問題だけではなく、結果良好なら称賛を浴びるのも政治家です。政治家とはそういう職業であるはずです。


私個人としては1回接種であろうと2回接種であろうと決定には従いますし、その結果を問おうとは思いません。どちらが全体としてベターであるかの正解を知らないからです。わからなくても決めなければならない時はあり、その時に責任をもって判断した人物を結果論から責め立てても得るものが無いからです。

ただしわからない事を決めるわけですから、わからないなりに取捨選択した根拠をしっかり説明して欲しいところです。つまり結果でなく、判断過程を重視します。同様に判断根拠は今後も増えるでしょうから、その時には臨機応変の対応も求めます。

もう一つ注文ですが、臨機応変の対応は必要ですが、朝令暮改は困ります。新型対策は一種の緊急事態・非常事態ですから、司令部たる政府や厚労省のブレで末端は大きく振り回されます。指示を出す時には確固たる方針で出して欲しいですし、方針転換するときには、これもまた確固たる姿勢で転換して欲しいところです。

一番困るのは接種回数騒動のように、厚労省内の内ゲバを外部に曝す事です。内部ではいろいろあるにしても、外部からは常に確固たる姿勢で対策を推進していると見せる事が重要と考えています。司令部のグラグラを外部に露呈してはならないという事です。

と、まあ力説しても無駄でしょうかね? どうも厚労省的には新型インフルエンザ対策の優先度は高くないようで、医系技官を始めとする厚労官僚も政争の具に仕立てたくてしようがないように見えます。医系技官も一応「医師」ですから、現在の情勢で何を医師なら最優先で考えるべきなのか知っていて当然のはずですが、あくまでも「一応」ですから見えるものは・・・いとをかし。