輸入ワクチンは無駄であったのか

今日の話題に入る前に佐藤章名誉教授に謹んで御冥福をお祈りします。享年66との事です。





6/28付時事通信より、

輸入ワクチン853億円「無駄」に=ノバルティス社製も一部解約−新型インフル

 厚生労働省は28日、ノバルティス社(スイス)と輸入契約を結んだ新型インフルエンザ用ワクチン2500万回分のうち、未納入の約838万回分(約107億円)を解約することで同社と合意した。ただし既に製品化されているため、違約金約92億円を同社に支払う。

 使われる見込みがなく、余剰となった輸入ワクチンへの支出額は、英グラクソ・スミスクライン社(GSK)製と合わせ約853億円となる。

 ノバルティス社製ワクチンは、約1660万回分(約214億円)が納入済みだが、実際に使われたのは2465回分。すべて30日までに使用期限を迎えるため、同省は廃棄を決める一方、未納入の分について解約交渉を進めていた。

 輸入ワクチンをめぐっては、GSKとも交渉したが、5032万回分(約547億円)は解約できなかった。

 同社製ワクチンもほとんど使用されておらず、今後需要が増す見込みも少ないとみられることから、両社に支払った計約853億円は結果的に「無駄」になる。

輸入ワクチンが結果として853億円も「無駄」になったと報じている記事です。結果としては無駄でしたが本当に無駄であったかをちょこっと検証してみます。とりあえずと言うか、どれだけの輸入量を当初計画していたかですが、2009.10.6付大分合同新聞より、

厚生労働省は6日、新型インフルエンザの輸入ワクチンについて、英国のグラクソ・スミスクライン(GSK)とスイスのノバルティスの製薬2社と購入契約を結んだと発表した。GSKから3700万人分、ノバルティスから1250万人分の計4950万人分を購入する。契約額は2社合わせて1126億円。

記事には10/6に正式契約を結んだとありますが、それ以前に契約交渉は行なわれています。あくまでも参考ですが輸入ワクチンが市場に出回るまでの判る範囲の経緯ですが、

Date 事柄
2009 8.26 専門家会議にて輸入ワクチンの治験実施を決定
9.16 ノバルティス治験開始(成人は11月、小児は12月終了予定)
10.13 GSK成人治験開始(2ヵ月後終了予定)
10.16 GSK承認申請
11上旬 GSK小児治験開始(2ヵ月後終了予定)
11.6 ノバルティス承認申請
12.26 厚生労働省薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会にて条件付き承認
12.28 パブコメ募集開始
2010 1.11 パブコメ募集終了
1.15 厚生労働省薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会にて正式承認を厚労省に答申
1.20 厚労省正式承認
1.29 輸入ワクチン出荷
2.10 市場に出回る


当然ですが8/26に治験実施が決まる以前に仮契約的なものは結ばれていたと考えるのが妥当です。そうじゃないと予算折衝も出来ません。では何故に4950万本になったかです。これも推測にはなりますが割り出す事は不可能ではありません。

季節性ワクチンの実使用量は2000万本強程度です。季節性も1回接種の比率が高いですから、これは大雑把ですが4000万人程度に接種しているとしてもよいかと思います。新型ワクチンへの予想として、季節性以上の接種希望者が出ると想定するのは何の不思議もありません。低く見積もる人間はまずいなかったと思います。

どれぐらい接種希望者が増えるかですが、5割増しの6000万人程度は予想しても過大とは言えません。ここでワクチン輸入を考えた時の接種回数は2回です。そうなれば単純計算で6000万本(レギュラー換算)必要です。単純計算では6000万本ですが、100%効率での使用は不可能ですから、90%効率としたら6700万本ぐらいになります。

これも輸入ワクチン導入時の国内ワクチンの生産見通しが1800万本ですから、不足分は4900万本になります。そして輸入計画量は4950万本です。

新型接種の希望者が5割増しと設定したのが過大かどうかが問題にはなりますが、当時の情勢として多数の接種希望者が出ると予想するのが当然でしょうし、少なく見積もってワクチン不足パニックを引き起こすのは可能な限り避けたいはずです。むしろ「これで果たして足りるか」の懸念をもったぐらいかもしれません。私が考える限り過大な輸入ワクチン量を設定したとは思えません。



では何故にまるまる余るような事態に陥ったかですが、これも理由はほぼ明らかで、幾つもあるのですが物理的・人為的要因としては、

  1. なぜか国産ワクチン生産量が1800万本から2700万本に急に増えた
  2. 接種回数が突然2回から1回に変更された
  3. 輸入ワクチンの出荷がなぜか2月まで行なわれなかった
1.と2.は大きくて、それまで1800万人分しかなかったのが一挙に5400万人分に増えてしまった事になります。これで机上では国産ワクチンでほぼ足りる状態になります。それでも輸入ワクチンが使われるチャンスはありました。

これは「いつ」輸入ワクチンが日本に実際に届き、出荷できる状態であったかの情報がありませんから確たる事は言えない部分はあるのですが、10月なり11月の初旬のワクチン希望者がもっとも多かった時期に供給されていたら情勢が変わった可能性は十分あります。国産ワクチンのこの時期の供給量は不十分で、さらに鉄の優先順位で接種を希望する者に接種できない時期が続いたからです。

上の表を確認して欲しいのですが、8月の終わりに治験の実施を決定してから承認・出荷までに5ヶ月以上かかっています。もちろんまともにやれば年単位の時間が必要であったでしょうから、それに較べれば超特急であったかもしれませんが、当時の新型対策の緊急性・重要性を鑑みると間の抜けた時間の浪費に見えて仕方ありません。

目的が違うので同列に比較できませんが、接種回数の変更の時は中間報告が出て、1週間以内に結論を出して変更を答申しています。その気であれば、治験スケジュールを繰り上げ、もっと早期に承認・出荷は可能であったと考えます。治験のための日数はある程度以上は短縮できませんが、審議会は委員さえかき集めれば、即日でも召集できますし、必要なら連日開催も可能です。

そこまでの努力は行なう必要があった事態と考えますし、行っていれば9月から10月に承認し11月上旬には出荷は不可能でなかったと考えます。ところが実際は行われず2月になってようやく出荷されています。当然の様にそれまでは国産ワクチンの使用しか出来なかった事になります。


後は現実の事態がさらに輸入ワクチン使用をさらに妨げます。新型インフルエンザの早期流行です。本番はやはり冬であろうと誰もが予想していましたが、秋に流行のピークが訪れ、年が明ける頃には既に下火になっていました。さらにこれも理由は現在でも不明としてよいでしょうが、流行したのは子どもを中心とする若年層で、成人への感染は少ない事実が周知されていきます。

加えて言うなら、新型であっても「どうも季節性と大差はなさそう」の認識も急速に広がります。その上さらにになりますが、漠然とある「輸入ものはできれば忌避したい」の素朴な感情論、医療機関側も散々手を焼いた国産パーティボトルをさらに凌駕するパーティーセットでは食指を伸ばしようが無くなったのが実相です。



ここは憶測になりますが、11月に輸入ワクチンが豊富に供給され、鉄の優先順位がなくなっていれば、ワクチン接種の様相は変わったはずです。11月時点ではワクチンは渇望されていましたし、周囲にワクチン接種者が増えれば「オレもしておこう」に流されやすいものです。企業サイドも供給が豊富にあれば、職種によっては補助してでもワクチン接種を勧める方向が出てきても不思議ありません。

誰もがワクチンを希望した時期にワクチンが十分に供給されず、待ちくたびれているうちに流行が下火になれば見向きもされなくなって当然かもしれません。でもって結果として853億円は「無駄」になりましたが、あまりにも結果論で語りすぎている様に感じてなりません。ワクチン供給が不十分であった影響は新型ワクチンの接種者数にもあらわれています。

新型インフルエンザワクチンの接種後副反応報告及び推定接種者数についてという厚労省報告があり、そこには、

接種開始第24週〜第27週(3月29日〜4月26日)の国産ワクチンの医療機関納入数量は、5千人分であった。接種開始からの推定接種者は最大2283万人と考えられる。

ここの「最大」とは納入本数ベースで考えられていますから、医療機関が購入したワクチンが、すべて無駄なく接種された仮定と考えて良いでしょう。そうなると実販売本数は、1141.5万本が実売されたと推測されます。実販売本数と行っても医療機関に在庫がたんまり残っていますし、パーティーボトルの使用効率の悪さは説明するまでもありません。そうなると実接種者数は1500万人を割り込んでいてもおかしくないでしょう。



ウダウダと検証しましたが、輸入ワクチンを4950万本とした決定は、決定時の状況を考える限り間違っていません。輸入ワクチンがほぼ全部余ってしまったのは、ワクチン接種計画・運用の拙さに起因していると考えるのが妥当と思われます。そこをまったく考察せずに余ったから「無駄」と断じる記事の浅さにいつもながらゲンナリします。これで給料もらえるんですからうらやましい限りです。