芸術家には奇人が多い

先に弁明ですが、今日のエントリーのネタ元は中間管理職様です。よしもとばなな氏の著書の話がおもしろかったので、私も書こうと思い(実際に下書きは完成)ましたが、どうしても中間管理職様を越える出来栄えには至らなかったので、話の中心をよしもとばなな公式サイトにある日記の話に差し替えて書き直しました。

これなら二番煎じでも少しは新味があると思っていたら、中間管理職様をなめたらあきまへん。きっちりこちらもエントリーに上げられていますし、内容も充実しています。ここで余力があれば、他のネタに差し替えるのですが、正直なところ夏枯れ状態で時間切れになってしまいました。休載も考えましたが、ここまで書いているのが悔しいので「埋め草」でも上げさせて頂きます。つう事でネタ元を明記させて頂き、完全な二番煎じをお贈りします。

まず活字中毒R様のよしもとばななさんの「ある居酒屋での不快なできごと」をお読み下さい。これはよしもと氏のエッセイ『人生の旅をゆく』(よしもとばなな著・幻冬舎文庫)の一つですが、内容をかいつまんでだけ紹介しておきます。
  1. よしもと氏御一行がチェーンの居酒屋に行った
  2. 居酒屋で無断持込をやり店長に咎められた
  3. 咎められた事に逆上した
こんな内容です。逆上した上で店長に対する『アドバイス』として、

 もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。それが成功する人のつかみというもので、本屋さんに行けばそういう本が山ほど出ているし、きっと経営者とか店長とか名のつく人はみんなそういう本の一冊くらいは持っているのだろうが、結局は本ではだめで、その人自身の目がそれを見ることができるかどうかにすべてはかかっている。うまくいく店は、必ずそういうことがわかる人がやっているものだ。

エッセイを読む限り店長の対応も間違っていませんが、杓子定規すぎる面もあるとは思います。それでも「私を有名人と見抜けない店長は低脳」の表現は感じが良くないものです。

よしもとばなな氏は1964年7月24日生まれですから現在45歳です。「人生の旅をゆく」は2006年出版ですから、これを書かれた頃は30代後半から40代前半ではないかと推測されます。あらかじめ断っておきますが、よしもと氏の本は残念ながら1冊も読んだ事はありませんので宜しくお願いします。「人生の旅をゆく」はエッセイ集ですが、「ある居酒屋での不快なできごと」は創作ではなく体験談であると考えられます。もちろん創作部分を加えているところもあるでしょうが、多くの部分はよしもと氏が体験し、そう感じた部分をエッセイにしていると考えられます。


よしもと氏の著書は読んだことがないので、このエッセイ一つでよしもと氏の事を評価するのは憚られるのですが、よしもと氏はブログも書かれているようです。ブログと言うより日記に限りなく近いものですが、「よしもとばなな公式サイト」にありますから、本人の手によるものであるのは間違いないと考えられます。

これの2009年5月版によしもと氏の人柄をしのばせる記述があります。5月によしもと氏は水痘に罹患されたようで、その時の体験を綴られています。どうやら発症したのは連休中の5/3からのようで、5/4に眼科診療所を受診しています。その時の様子は、

きっとこれは帯状疱疹に違いない、と思い、あわててあいている戸倉眼科へ行く。すばらしい先生だ。今回命を救ってもらった。英断でとにかく5日分の薬を出してくれたのだが、それがなかったら、死んでたかも。あいてるってこともすごい。

夜、もうぜんと発疹が出始め、姉が「あんた水疱瘡はやってないわ」と言い出し、これは大人の水疱瘡だとわかる。しかしどの病院も絶対受け入れてくれない。やむなく日赤にかけこみ、薬を確認してもらう、ちゃんと診てくれた。この薬でいいとのことだった。

どうも受診された眼科は休日も診療しているようです。確認するとそれらしい眼科はあり、

※土・日・祝日は10:30〜19:00

どういう体制で診療されているかHPでは分かりませんが、立派な眼科診療所かと思います。よしもと氏は「帯状疱疹」として治療薬を受け取り、どうやら「水痘」と気が付いてから、日赤で診断と治療薬を確認されています。水痘の治療も、帯状疱疹の治療もやる事は同じですから、治療としてはこれで十分な事がわかります。もっとも連休中とは言え、帯状疱疹なり、水痘を診察された眼科医に御苦労様と言いたいところです。

ただ成人の水痘は甘いものではありません。子供とは少々レベルが違うと言う事です。経過からすると適切な時期に、適切な治療薬を投与されていますが、それでも症状は激烈になります。5/6のよしもと氏の状態です。

    一日中39度。解熱剤を飲むと一瞬下がる熱。この中で読む「三国志」臨場感爆発!
    でもたいていは読めずに寝込んでいる。顔がボコボコで面白いくらいだ。

これぐらいは起こってもさして不思議ではありません。余ほどしんどかったのか、この日のよしもと氏は妄動を繰り返しています。まずなんですが、

家の中で急にバタンと倒れたので、救急車を呼んで、点滴でもしてもらおうと思ったら、日赤は「もうできることないからじっと辛抱しろ」と拒否。まあそりゃそうなんだけど。これはまだ、説明があっただけまし。

「拒否」とは楽しい表現ですが、これは説明に合意したという表現の方が適切かと思うのですが、当り散らす様に「拒否」です。もっとも「合意」はしていなかったようで、

そして近所の有名な恐ろしい外科病院に運ばれた

表現が微妙なんですが、一つの可能性としてよしもと氏はまず救急車を「呼びつけ」、5/4に受診した日赤に「行け」と「命令」したようにも思われます。ところが日赤が「診断も、適切な治療薬も出ているから受診不要」としたと考えられます。そこで救急隊は他の当番病院に搬送要請を行い、よしもと氏の表現する「有名な恐ろしい外科病院」に搬送されたと推測されます。

その外科病院の受診の様子が面白いのですが、

入院しろというが、まずいきなりくそババーに「あなたこのくらいで救急車呼ばないでね!」と怒鳴られ、「子供じゃないんだから自分で熱はかって38度以上あったら座薬を入れなさい!」と怒られ、そいつの下手な点滴でおおアザができたので、むかついてきて、絶対帰る!と言い張って帰った。

成人の水痘は重症化しますし、「救急車」で「搬送」されるぐらいの「重症」であれば、医師の判断として「入院」を勧めます。まさか点滴を受けるためだけに救急車で成人の水痘患者が搬送されるとは思わないからです。またよしもと氏が「くそババー」と表現されている方は、外来看護師と思われます。よしもと氏は年齢で相手を考えるクセがあるようで、

  • 「店長というどう考えても年下の若者」(『人生の旅をゆく』(よしもとばなな著・幻冬舎文庫)から「ある居酒屋での不快なできごと」より)
  • 「くそババー」(よしもとばなな公式サイトの2009.5.6の日記より)
よしもと氏は45歳ですから、御自身及び同年輩の女性は「おばはん」とか「オバタリアン(チョット古いですが)」と日常的に御表現されるのでしょうか。よしもと氏の日常など知る由もありませんが、そうではないかと思わせる表現です。

よしもと氏は「くそババー」看護師の事を罵っておられますが、冷静に読むと的確な指摘を行なわれていると考えられます。よしもと氏のここまでの記述からして受診時に「点滴だけしてくれ」と「命令」した事は容易に推測できます。救急車で搬送された患者が、そんな風に強硬に要求すれば医療関係者は鼻白みます。「くそババー」看護師が考えた事は、

    点滴をするためだけに救急車を呼びつけ搬送させた患者
これは「くそババー」看護師だけでなく、救急に従事している医療関係者すべてが同じ思いを抱くと考えます。「くそババー」看護師はそれでも思いやりのある人物であるらしく、今後の事も考え、こういう場合の対処法をアドバイスしています。

  • 「あなたこのくらいで救急車呼ばないでね!」
  • 「子供じゃないんだから自分で熱はかって38度以上あったら座薬を入れなさい!」

どう読んでも親切なアドバイスにしか思えないのですが、点滴だけが目的のよしもと氏にとっては「怒鳴られ」「怒られ」と受け取られております。次は入院しなかった病院の描写です。

だって(多分換えるのが面倒だからっていっぺんに)2リットルの点滴を下げながらトイレに行けっていうんだけど、トイレが狭すぎて入らねえんだよ!点滴のスタンドが!しかたなく戸をあけてしました。廊下はものすごくタバコくさいし、ババーもタバコくさいし、喫煙所の隣にすっごい咳の人が入院してるし、長屋みたいな衛生状態だし、冷蔵庫には「他の人の食べ物を盗まないで!通報します」と書いてあるし、ベッドには得体の知れない血や膿がついたままだし、死ぬと思って。「帰るので、ごはんはけっこうです」と言ってるのに、「ごはんですか!おかゆですか!」しか言わない。それはまだいいとしても、ナースコールをしたら、がちゃっと切るんだよ!

病院と言っても様々で、ピカピカの新築病院もあれば、老朽化が著しいところもあります。どうもよしもと氏が受診された外科病院は老朽が進んでいる病院と思われます。設備が老朽化して汚いの感想を抱かれるのはやむを得ないかもしれません。ここはよしもと氏が入院を勧められても気乗りしない病院であったと受け取るのが宜しいようです。この後に入院できなかった批判が展開されています。

ガンの人だってたいてい手術後4日で帰宅だし、お産もそうだし、今の世の中、大けがか危篤でないと病院には入れてくれない。家で倒れたり、なんだかわからないけれど熱が下がらなかったり、ちょっと胸が苦しいとか、頭が割れるように痛いです、という場合は病気ですらないとされて断られる。

何を根拠によしもと氏が力説されているか不明ですが、当たっている部分もあれば、勘違いされている部分もあります。それについての指摘は長くなるので省略しますが、ここでのよしもと氏の病院批判はもっと低レベルある事がわかります。次のところが分かりやすいのですが、

じゃあいったいだれが病院にいるんだろう?コネのある人?死にかけた人?けがの人?急な人?じゃあその人たちは、いちおうモノではなく人扱い?さっぱりわからん。

医療関係のだれに聞いても、忙しいから、こちらはこちらで精一杯だと言う。それはそうだろう。でも「水疱瘡とか高熱程度なら薬飲んで自分で寝てろ」というのは、おかしいと思う。患者が甘えてるの?

事実関係を整理しておきます。

  1. よしもと氏は水痘に罹患し適切な治療薬を投与された
  2. よしもと氏は救急車で点滴を受けようと日赤に連絡させた
  3. 日赤に「拒否」されたので外科輪番病院に搬送された
  4. 外科輪番病院で入院を勧められたが「拒否」して帰った
よしもと氏の水痘に対し、入院を受け入れる病院があったことは、よしもと氏の日記に明記されています。それでもかなりのスペースを割いて、自分が入院できない愚痴を並べられております。よしもと氏が訴えたいのは、水痘で入院できなかった事ではなく、自分が「指名」した日赤に入院できなかった不満である事は余りにも明瞭です。

活き活きとした描写を行なった外科病院は、よしもと氏の考えではそもそも入院する病院ではなく、よしもと氏の入院する病院とは日赤クラスを指すと考えれば話がわかりやすくなります。もう少し言えば

このレベルで考えておられると受けとれます。エッセイ『人生の旅をゆく』(よしもとばなな著・幻冬舎文庫)の中の作品の発想法に非常に似た論旨展開になっているように感じます。ちなみにこれが5/6ですが、3日後の5/9には、

本気で青山葬儀場に行きたかったけれど、水疱瘡をばらまいても…と思い、そしてまだ立っていられないので、自粛して、ふとフロルへ行った。
たまたま田神さんが担当してくれて、フロルの二階でのリフレは最後の二日間だったことを知った。一階でリニューアルするそうだ。

完治はされていない様ですが、出歩くぐらいは回復されたようです。水痘で凄い形相になっていたとは思いますが、そういう形相で完治もしていないのに出歩く「おばはん」をよしもと氏がどう表現するかを考えるのは楽しいところです。さぞや強烈な表現がされるかと思います。



芸術家には奇人変人が昔から多いとされます。これは常識的な発想では、新たな創造ができないためとよく説明されます。それぐらい創造と言うのは大変で尊敬されるお仕事で、創造される芸術作品のために芸術家が奇人変人であり、なおかつ少々の奇行乱行を人々は容認します。偉大な芸術家には、しばしば想像を絶するエピソードがありますし、周囲の人々は芸術家の偉大な創造のために見守ってきています。

これは個人的な狭い見解ですが、それでも奇行乱行と創造作品は分離される方が望ましいと思います。奇行乱行そのものが創造作品になるわけでなく、あくまでも奇行乱行を平然と行なう束縛されない自由な精神が、新たな創造の源と考えるからです。社会規範・社会常識に縛られきった感覚では新たな創造作品が出来難いのは理解しますが、自らの奇行乱行そのものを創造作品と言われるとチト辛いと言うところです。

創造作品でもとくに大衆芸術に属する範疇のものはとくにそう思います。芸術家は新たな創造を行ないますが、受け入れるのは常識人であるからです。常識人の半歩先からせいぜい一歩先までの創造は受け入れられますが、五十歩も百歩になれば理解不能になり、芸術家として生計を立てるのは不可能になるだろうと言う事です。

常識人の乏しい発想では、作品の中の世界と著者の実生活は同じではなく、日常生活とは別個の創造世界が展開していると考えるからです。もちろん少々の奇行はあるだろうぐらいは考えても、作品中の登場人物が汚い言葉を吐き、奇行乱行を行なっても、著者が登場人物そのままの生活を送っていないと考えてしまうからです。同じとなればかなり興醒めします。

実際には作品中の人物の行動と著者の奇行乱行が同じという事も珍しくないそうですが、それは伏せられる事柄です。伏せるという行為は著者が最低限の良識で伏せる場合もありますが、むしろ著者の才能を愛する周囲の人間が懸命にカバーするとも聞いた事があります。そうやって著者の創造作品を世に出されるのを助けるという働きです。

ところがよしもと氏周辺にはそういう人材がおられないように思います。恵まれなかったのか、よしもと氏が叩き出したのかは知る由もありませんが、取り巻きはおられても、本当によしもと氏を心配して献身的に行動してくれる人間がおられないとしか考えられません。かつて日本から国際ペンクラブの第1号会員にまでなった島田清次郎という作家がいました。それだけの才能を持った作家のようでしたが、過度の自信から奇行乱行の度が越え、周囲の人間も島田を守りきれなくなり、今では知る人ぞ知る程度の存在になり下がっています。

よしもと氏と島田清次郎を同列に置くのも難しいところですが、ほんの少しですが類似性を感じます。よしもと氏が芸術家として奇人であろうが、変人であろうが仕方がない面はありますが、周囲にそれをfollowしたりカバーできる人材がいないと、他人事ながらこの先の活動が続けられるかを心配します。まあ、私自身は読書の嗜好が異なりますから、困らないのは確かですが・・・。