インフルエンザ・ワクチンへの懸念

現場としては頭の痛い問題です。まず8/20付Asahi.comより、

 厚生労働省は20日、新型インフルエンザのワクチンについて、全額自己負担の「任意接種」とする方針を明らかにした。同日午前、都内で開催された専門家や患者団体との意見交換会で上田博三健康局長が説明した。

 上田局長はワクチン接種の目的について、「蔓延(まんえん)防止」よりも「重症化防止」に力点を置く必要があるとの認識を示したうえで、「流行防止ではないなら、基本的には任意接種になる」と説明した。

予防接種には定期接種(公費接種)と任意接種(自費接種)があり、新型インフルエンザ・ワクチンは自費接種にする方針との厚労省のお言葉です。これを読んで少し驚いたのは、新型インフルエンザに公費接種の余地があったことです。私も技術的な事は詳しくないのですが、今年の新型インフルエンザ・ワクチンも、もう少し時間があれば、通常の季節性インフルエンザ・ワクチンに含ませる事は可能であるとのお話があります。

この話が本当であれば、今年だけは公費接種にする選択も考慮しても良い様に思います。理由としては、

  1. 来年以降は季節性インフルエンザ・ワクチンに吸収される
  2. 供給本数が少ないので、公費なら対象をコントロールしやすい
小児科の場合、これも記事にありますが、

 ワクチン接種は1回5千円前後かかる。意見交換会に出席した岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長は「小児の場合は新型のワクチン接種が2回、季節性の2回を合わせると計4回にもなる。任意接種にするなら保護者の費用負担は大きい。何らかの対策が必要だろう」と指摘している。

インフルエンザの接種価格は地域差が大きく、自治体による補助が大きいところから、完全自由価格のところまであります。神戸では2回接種して6500円程度ですが、兄弟が多いとバカにならない負担に成ります。仮に新型も季節性と同程度と仮定し、3人兄弟に接種すれば4万円弱ほど必要になりますし、両親も接種すれば5万円以上になる可能性も出てきます。

その程度の金額を高いと見るか、安いと見るかの見解は分かれるでしょうが、やはり高いと考えたいところです。季節性だけでも負担が高くて躊躇される家庭も少なくありませんから、これに新型の負担が重なれば、

    貧乏人にはワクチンが接種できない
こういう声が上がる事も懸念されます。接種者全員の公費負担は無理でも、所得に応じての補助ぐらいは考慮すべき問題と思います。ちょうど選挙中ですから、次期政権を握りそうな党首に誰か「公約」として問い質して欲しいところです。


コントロールの問題も現場は深刻で、明確な基準を打ち出してくれればまだ良いのですが、お決まりの「優先するのを原則とする」みたいな曖昧な方針は堪忍して欲しいところです。小児科でなくとも親子同時接種は診療所ではありふれた光景ですが、子供は新型を現在の優先順位からして接種できそうですが、親は微妙です。接種の申し込みをされた時に「子供はOK」「親はダメ」の説明は現場になります。

これが明確な基準であればまだ説明はしやすいですが、曖昧な方針であれば医療機関が断る説明をしなければなりません。曖昧な方針で接種できる余地が解釈上あるのに断り、新型に罹患されて重症化され、責任問題でも浮上すれば今どきの事ですから嫌な感じです。自費接種では基準が曖昧になりそうですから、公費接種として対象を明確に決めてくれたら現場の対応はかなりやり安くなると思ったりしています。


コントロールの問題は季節性の方にもありまして、生産量が去年の8割程度になるとメーカー筋の人間が説明に来られていました。現在のところ昨年度使用実績の8割しか供給に責任はもてないとの事です。これもメーカー筋のお話ですが、生産量は昨年度実使用実績のさらに1割減程度になっているそうです。ここは単純に去年並みの希望者が来られても2割は接種できないことになります。

それと子供は2回接種ですから、2回目の接種ワクチンの確保を考えながらのコントロールが必要になります。このコントロールは毎年大変で、職員が予約リストと必要ワクチン数を懸命に数えながら行なっています。去年はワクチン供給に不安が少なかったので、「足りなければ買う」ですみましたが、今年は2割カットの供給ですから非常に難しいコントロールが必要になります。1回目は接種して2回目は「知らない」とは言えないからです。

この2割カットの問題はうちの診療所だけではなく、すべての診療所で発生しますから、かかりつけで毎年接種をしていた希望者があちこちから溢れる事になります。これも開業医ならよくお分かりかと思いますが、12月になって周囲がワクチン接種をしたのを聞いて、急に接種したくなるタイプの方が直撃になる様な気がします。

予防接種の予約は冗談みたいですが、7月でも問合せがあります。まだ予約は受けていませんが、この調子なら11月中旬には年内のすべての予約枠は埋まってしまう懸念もあります。早い年はそんなものですし、今年は早くなる要因があるだけに、どうなるかに強い懸念を抱いています。


もう一つ、これは前にも書きましたが、季節性接種の実人数は確かに2割減ですが、それ以上の新型接種人数の増加は考えられます。これは8/20付読売新聞ですが、

 専門家らは「重症化や死亡の予防といった目的を明確にしたうえで、接種対象者を決めるべきだ」などと指摘。重症化の報告が多い「持病のある人」「妊婦」「小児や幼児」や、医療従事者への優先接種を求める意見が多かった。高齢者への接種の検討を急ぐべきだとの意見もあった。ぜんそくや難病の子供を持つ患者団体などは、介護する親なども優先するよう要望した。

 政府は、今冬の新型ワクチンの必要量を5300万人分と見積もり、国内生産だけでは足りないため、約2000万人分の輸入方針を打ち出している。輸入の是非や接種順位については、政府新型インフルエンザ対策本部の専門家諮問委員会などで、交換会の意見も踏まえて最終的に議論する見通しだ。

輸入の話は最終的にどうなるかわかりませんが、「小児や幼児」は確実に優先対象になっていますから、最終的には新型・季節性を合わせた接種のべ人数はかなり増えるとも予想されます。人数が増えれば「儲かるやないか」と言われればそれまでなんですが、問題はそういうレベルではなく、接種する側の受け入れ能力が現実として足りるかです。

小児への対象をどこまで広げるかで変わりますが、小学生まで広げたら今でも1500万人ぐらいはいるはずですから、接種率50%で750万人、もう少し低くても500万人ぐらいは必要とも考えられますから、う〜ん、どうなるかと言うところです。中学生・高校生はどうなるかも予想の難しい問題です。とくに受験生は切実でしょうから、勝手にやきもきしています。


ここで愚痴を並べても、個人診療所レベルでは何にも対策が出来るレベルの問題ではありませんし、実際に始まらないと具体的な対応策も講じようがないのが正直なところです。ワクチン不足パニックでも起こり、「今さらそんな事を言われても」みたいな通達が毎週の様に舞い込む悪夢が脳裡をよぎっています。

そんな悪夢が杞憂になる様に祈るばかりです。季節性でも「足りる、足りる」と強調されて、最前線で困惑するのはうちのような診療所ですし、「足りない」のをまたぞろ「一部医療機関の買占め」みたいな話で「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」作戦で糊塗して欲しくないところです。ワクチンなんて買い占めても、別にプレミアが付くものではなし、旬の短い生ものですからね。