山鹿市の奨学金

ちょっと話題になっていますが、5/28付け西日本新聞(Yahoo !版)より、

山鹿市 市立病院の医師不足解消 医学生奨学金制度 予算案提案へ 10年勤続で返済免除

 山鹿市は27日、山鹿市立病院の医師不足を解消するため、大学の医学部1年生を対象にした奨学金制度を創設すると発表した。卒業後、同病院に10年間勤務すれば、返済を全額免除する。県内の市町村で初の試み。関連条例案と1000万円の予算案を6月1日に開会する定例議会に提案する。可決されれば、7月にも募集を始める。

 市健康増進課によると、入学金(限度額100万円)と授業料(年間限度額150万円)、生活費(月額7万5000円)を卒業までの最長6年間、学生に貸す。学生は卒業後2年以内に医師免許を取得し、市立病院に10年間勤務すれば、返済を免除。他の病院に勤務した場合は5%の利息を含めて一括返済しなければならないとしている。

 募集定員は3人、年齢や出身地は問わない。選考は市立病院の病院幹部や市職員が行う。

 市立病院には診療科が10科あり、常勤医は15人。小児科は現在、非常勤医による週2回の診療のみ、産婦人科も休診が続いている。同病院は「地域医療を守るには約20人の常勤医が必要。時間はかかるが、確実な医師確保につなげたい」としている。

 県医療政策総室によると、同様の奨学金制度を設けているのは全国で13市あり、九州は大分県中津市が導入済み。

まず奨学金の総額ですが、限度額をもらうとして、

    入学金:100万円
    授業料:150万円 × 6年間 = 900万円
    生活費:7万5000円 × 12ヶ月 × 6年 = 540万円
合計で1540万円です。もちろんタダでくれる訳ではなく、この条件を満たせば奨学金の返済は免除されますが、様々な事情で他の病院に勤務した場合は、
    5%の利息を含めて一括返済しなければならない
なにかかつて看護師のお礼奉公が問題になったときの条件と非常によく似ていると素直に感じるのですが、そういう法的な面はキチンと整備されているんでしょう、きっと。お礼奉公問題は少し調べた事があるのですが、奨学金の契約条件を工夫する事によりクリアできそうな話はどこかにありました。残念ながらどこかは忘れました。

問題になるのは山鹿市立病院がどんな病院であるかになります。卒業後に勤める病院によって医師の成長は大きく左右されますから重要な点です。とりあえず記事にある紹介は、

市立病院には診療科が10科あり、常勤医は15人。小児科は現在、非常勤医による週2回の診療のみ、産婦人科も休診が続いている。

どうも魅力に欠ける紹介ですが、病院ホームページを確認してみます。HPは手作り感溢れる出来栄えですが、情報が確認し難いタイプの作りです。医師紹介のページには数える限り26人の名前が確認できるのですが、このうち常勤医は15人と記事は伝えています。小児科と産婦人科医がいないようなんですが、他に足らない医師はおそらく医師募集のページにある、

  • 内科系医師
    • 消化器科
    • 神経内科(当院では高気圧酸素治療装置を設置しております)
    • 代謝内科     
    • 呼吸器科
  • 小児科医師

小児科は募集して再建を図る意図も見えますが、休診中の産婦人科医の募集はありませんから、当分は休診のままであると考えたほうが良さそうです。ちなみに産婦人科が休診となったのは2007年の6月のようです。

他に目に付くところを拾ってみると、病棟は改築工事中である事はわかります。どの程度の規模の改築なのか具体的な事が見つからないのですが、完成予想図を見ると現在より大きくなっていそうな感じもするのですが、なんとも言えません。現在の規模は院長挨拶のところに、

現在では、診療科数も10科に増え{内科・外科・整形外科・小児科・泌尿器科耳鼻咽喉科・眼科・麻酔科・リハビリテーション科・産婦人科(休診中)}、病床数201床(うち感染病床4床)、常勤医師数20名と、その診療体制も充実してまいりました。

現在の病床数は201床であることはわかりますが、改築後にどうなるかは不明です。個室でも増えるのかな??。他は2006年12月に病院機能評価(Ver.4)を取得していることがトップページに飾られています。

それと興味を引いたのは救急方針のところで、

  1. 365日 24時間 患者を受け入れる
  2. 二次医療機関として 地域の医療機関と三次医療機関の連携を図り、円滑な救急医療に努める
  3. 救急医療の資質の向上に努める
非常勤の応援はあるのでしょうが、常勤医15人で24時間365日はチト大変そうな気がしないでもありません。山鹿市と言われても地理的にピンと来ないところですが、実態はどうなんでしょうか。


ところでよく記事を読めば返済条件がやや微妙なニュアンスとなっています。再掲すれば、

学生は卒業後2年以内に医師免許を取得し、市立病院に10年間勤務すれば、返済を免除

普通に読めば国家試験合格後、引き続いて10年間と考えられます。だからこそ、これに続いて、

他の病院に勤務した場合は5%の利息を含めて一括返済

こうなるとは思うのですが、国家試験に合格してから2年間は公的な研修をしなければなりません。財団法人医療研修推進財団によれば、山鹿市立病院のある熊本県の研修病院は、

こうなっています。もっともこの2009年版リストは

病院からお送りいただいた原稿につき、到着順に、5月22日現在、769病院を、掲載いたしました。

こうともなっていますから、単にまだ原稿が届いていないだけかもしれません。その証拠に熊大病院が掲載されていません。そこで医師臨床研修マッチングの結果について(平成20年版)で確認してみます。そこで確認される研修指定医療機関は、上記の病院に加えて、

どうやらなんですが、山鹿市立病院は指定医療機関に含まれていない可能性があります。新研修医制度の詳細については疎いところもあるのですが、確か研修医は研修病院に所属と言うか、就職する形態であったかと記憶しています。これが記憶違いでなければ、山鹿市奨学金を得た学生は卒業して医師免許を取得し、山鹿市立病院で研修を行なおうとしてもできなくなります。

ひょっとしたら山鹿市民病院に籍をおきながら、他の病院で研修を行なう便法があるのかもしれませんが、そうでなければ10年勤めたくとも勤められず、5%の利息付の一括返済を迫られる事になります。この解決法としては

  1. 奨学金の学生が卒業するまでに研修指定病院になる
  2. 前期研修期間は拘束期間とせず、後期研修となる3年目から拘束期間のカウントを開始する
ここもよく分からないところなんですが、山鹿市立病院クラスの規模の病院は研修指定病院になれるのでしょうか。ひょっとすると改築計画は奨学金を出した学生が卒業する頃には、研修指定病院になれるようにも考えた改築計画かもしれません。そうであればかなり壮大なプランではあるのですが、それにしては記事にある病院コメントが慎ましいものです。

「地域医療を守るには約20人の常勤医が必要。時間はかかるが、確実な医師確保につなげたい」

現在の15人をなんとか元の20人に増やそうとするのが、奨学金プランに感じられるので、病院規模は改築でもさほど変わらないと考えるのが妥当と思われます。

そうなれば現実的には2番目の方法が有力となります。市民病院の勤務は10年と明記してありますから、実質的に12年間の拘束期間があるとも解釈できます。もっとも山鹿市立病院に奨学金の医師が赴任するのは8年後になります。ただ6年が8年に延びるだけですから大差は無いとは言えますし、前期研修医より後期研修医のほうが戦力としては少しはマシですから、考えようによっては賢明な方法かもしれません。



ネット医師世論の声として、こんな条件に応じる学生がいるだろうかはあります。私も疑問に感じるところは無いとは言えませんが、どんな学生なら応募するかを少し考えてみます。まずは山鹿市を愛する学生で、山鹿市に骨を埋めたいとの熱い心を持つ学生です。実質12年の拘束ですから、ストレートに卒業しても拘束期間が終わる頃には36歳になります。その頃には結婚もしている可能性もあるでしょうから、そのまま山鹿市立病院に永続勤務を期待する戦略です。

もう一つは10年の勤務条件が魅力的に感じる学生です。奨学金による拘束は普通の感覚ではデメリットですが、これをメリットに感じる学生です。つまり10年間の市立病院勤務を拘束ではなく就職保証と解釈できる学生です。他の病院で勤務を行なうと利息5%付きの一括返済を要求するぐらいですから、本人が希望しない限り、どんな医師であっても10年は永続勤務できるわけです。一括返済があるので病院も容易にはクビに出来ないと考えられます。

だからどうしたと言われそうですし、そんな学生がいるかとも言われそうですが、私はいると思います。たとえば3/27付け共同通信(47NEWS版)にこんな記事があります。

最高齢の合格者は54歳の男性だった。

54歳の国試合格者は前期研修が終了した時点で56歳です。前期研修はお国の制度ですから研修受入病院はどこかにあるとは思いますが、その後に56歳の3年目医師を採用したいと考える病院は、この医師不足のご時世でも珍しいかと思います。そこでこの奨学金制度を利用しておけば10年の市民病院勤務が保証されます。通常勤務医の定年は60歳までですが、60歳になったからと言ってクビにするは難しくなります。

本人は勤務を希望しており、他の病院での勤務も望んでいないとなれば、山鹿市として取れる対応は、勤務継続をなんとか認めるか、奨学金の返済条件を緩和するかしかありません。高齢合格者は2008年にも55歳、2006年には64歳と言うのも記録されています。ここまで高齢でなくとも、50歳代がいるのなら40歳代はもう少し多いかと考えられます。

そんな医学生奨学金は出さないという考え方もあるかもしれませんが、募集条件はあくまでも、

募集定員は3人、年齢や出身地は問わない。

奨学金への募集が多ければ選考でふるいにかける手もありますが、応募が3人以内なら不合格の理由をはっきりさせる必要があります。そういう希望者は得てしてマスコミネタになったりしますから、対応は要注意です。こういう医学生であるなら、合計1540万円の奨学金をもらえた上に、就職先も12年保証は相当魅力的ではないかと考えます。さらに高齢であれば進級や国試もなかなかスムーズに行かない事もあるかとは思いますが、

卒業までの最長6年間、学生に貸す。学生は卒業後2年以内に医師免許を取得

ここも取り様なんですが、6年間以上は奨学金を支払わないとはしていますが、卒業さえすれば一括返還は求められなそうに思えますし、卒業後の国試合格も2年の猶予があります。ここまでの好条件ですから、魅力的に感じる人は3人ぐらいなら、いるんじゃないかと思います。もちろん山鹿市を愛する熱い心を持った若い学生もそうですし、高齢合格者も医療への熱い心だけなら負けないと思われます。