雷怖い

サッカー落雷判決の要旨が9/18神戸新聞朝刊にあったので手打ちで引用します。

【高校と教諭の注意義務違反】

 教育活動の一貫として行なわれるクラブ活動では、生徒は担当教諭の指導に従って行動するので、教諭は事故の危険性を予見し、未然に防止する措置を取り、生徒を保護すべき注意義務を負う。

 落雷の死傷事故は1993-95年に全国で毎年5-11件発生し、3-6人が死亡している。また96年までに落雷事故予防の文献上の記載が多く存在していた。

 試合開始直前には運動広場の南西の上空に暗雲が立ち込め、雷鳴が聞こえ、雲の間で放電が目撃されていた。サッカー部の引率者兼監督の教諭は落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能で、注意義務を怠った。

【事故の回避可能性】

 運動広場ではコンクリート製柱を中心とする半径8メートルの円内で、かつ柱から2メートル程度以上離れた部分が避雷のための保護範囲となっている。柱は50本あり、保護範囲は広場にいた約200人の生徒が避雷する場所として十分な面積があった。

 引率教諭は生徒らを避難させ、相手チームの監督と協議し、安全な場所への退避方法を検討するなどの措置を取ることが可能で、そうしていれば試合開始間もなく発生した事故を回避できた。

【学校の責任】

 教諭は試合開始直前までには落雷の危険を予見する事は可能であったが、注意義務を怠って事故回避の措置を取らず、北村さんを出場させ事故に遭わせた過失があり、学校は民法上、引率教諭の使用者責任を負う。

【体育協会は主催者か】

 協会は、加盟団体で権利能力なき社団であるサッカー連盟に実行委員会を設置させて大会を開催し、高槻市から運動広場の貸与を受けており、パンフレットの主催者に「財団法人高槻市体育協会サッカー連盟」の名称が記載されているところから主催者と推認される。

【協会運営担当者の注意義務違反】

 主催者の協会や運営担当者は、事故の危険性を予見し、防止措置を取り、参加する生徒を保護する注意義務を負う。

 事故があったコートの会場担当者の教諭は試合開始直前ごろまでには、事故の危険を予見でき、注意義務を怠った。

 この担当者は対戦チームの監督として、土佐高校監督の教諭に危険が去るまで開始延期を申し入れ、他校の生徒も避難させるなどの措置を取っていれば、事故を回避できた。

 担当者は回避の措置を取らず、試合を開始させ、、北村さんを事故に遭わせた過失があり、協会は主催者として担当者に業務させていたので、使用者責任を負う。

あくまでも新聞社がまとめた要旨なので情報として十分とは言えないかもしれませんが、ちょっと考えて見ます。他にも注目しなければならない点はあるのですが、今日はあえて「事故の回避可能性」を中心に考えます。判決では落雷回避のために保護範囲と言うのを重視しているのがわかります。結果として落雷の気配を感じた時点で保護範囲にさえ避難しておけば事故は無かったの判決と考えて良いかと思います。

恥ずかしながら落雷に対する「保護範囲」という言葉を初めて聞いた様な気がします。雷については非常に断片的な知識しかなく、雷警報機を販売している機器販売のあおば屋のサイトを参考にしながら勉強してみます。判決要旨にはコンクリート製柱からの保護範囲が書かれています。

コンクリート製柱を中心とする半径8メートルの円内で、かつ柱から2メートル程度以上離れた部分が避雷のための保護範囲

これだけでは漠然としてわかりにくいのですが、イメージとしては

こんな感じの範囲が保護範囲になるそうです。もう少し具体的には、
  1. 高さ5〜30mの物体(樹木、建物、ポール、電線、電柱)の保護範囲 物体から、4m以上離れる。(コンクリート電柱は、2m以上で十分。)
  2. 張り出している葉や小枝からも必ず4m以上離れる。
  3. 物体のてっぺんを見上げる角度(仰角)が45度以上の位置。
判決要旨ではコンクリート製柱から8mが保護範囲の限界になっていますが、コンクリート製柱の高さがわかりません。そこで9/17付Yahooニュースから引用します。

落雷の安全対策として裁判長は、4メートル以上の高い物体の頂上を45度以上の角度で見上げる「保護範囲」の中に入ることが一般に知られていたと指摘。その上で、グラウンド周囲には10〜11メートル間隔で高さ8メートルのコンクリート柱があったとして、「直撃に遭う危険性は軽減されることが明らか」と述べた。

あおば屋さんの情報はJIS規格に基づいていますから「4m」の判定は問題がありそうですが、とにかくコンクリート製柱は8mであった事は正しいとしてよいでしょう。8mの柱から45度の円錐形が保護範囲になりますが、8m地点では高さはゼロになります。そこは平面状では保護範囲になるでしょうが、三次元的には保護範囲に当らないと考えられます。座る事を想定しても落雷時には激しい雨を伴いますし、避難時間は短時間ではありませんから途中で生徒が立ち上がることも想定しなければなりません。そうなると生徒が立ち上がっても安全である高さが保護範囲には必要です。そうなると2mの高さは欲しいですから、保護範囲は8mではなく6mと考える方が安全ですし現実的です。

柱の数ですが、

柱は50本あり

最初これを読んだ時にギリシャ、ローマ遺跡の様な円柱が並んでいる姿を想像しましたが、そんな事があるはずがなく、サッカー場を囲むフェンスの柱であると考えられます。判決要旨にある高槻市の運動広場ですが、調べてみると数ヶ所あり特定が出来ないのですが、そのうちの青少年運動広場の写真があったので見てください。

青少年運動広場が会場であったかどうかは不明ですが、50本の柱はこういう風に立っていたと考えて間違いないかと思われます。ここで保護範囲を設定する上で問題なると考えられるのはフェンスかと思われます。フェンスの材質が何かが分からないのですが、金網であれば当然電流は流れるでしょうし、ナイロン製であっても、
    屋根が布またはビニール製ほろで出来ている自動車・列車 オープンカー、ゴルフ場のカート、ほろで覆ったトラックの荷台は危険。
ビニールとナイロンは材質がやや違うとは言え同様に危険そうですし、ナイロン製のフェンスであっても柱と柱の間を繋ぐワイヤーは金属製のものである可能性はあります。もちろんナイロン以外の素材の可能性もありますが、素人目にはそれが何かを判断する事、とくに落雷に対してどうかの判断は難しいと思われます。私もあおば屋さんのサイトを何回か読み直したのですが、こういう場合の判断はよく分かりませんでした。ただ
    張り出している葉や小枝からも必ず4m以上離れる。
コンクリート製柱から張り巡らされているフェンスも、この小枝や葉に準じて考えられそうな可能性があります。この考えが正しいかどうかは分かりませんが、コンクリート製柱に付けられているフェンスが保護範囲と考えるのは危険かと考えられます。落雷は生死に関わるものですから、判断がつかない時には最低でもコンクリート製柱並みの2m、もしくは樹木に準じて4mの距離を取る方が安全かと考えます。

ここまで考えて保護範囲を考え直すと、



こう考えるのが現実的ではないかと思われます。これを平面状に直すと判決要旨および各種マスコミ報道による保護範囲は、



これを生徒が立ち上がったら危険な地域を考慮し、さらにフェンスの近くも危険と考え、コンクリート製柱なみの2mの距離を取ると、



さらにコンクリート製柱ではなく樹木並みの4mにすれば、



かなり狭苦しいゾーンです。狭苦しいと言っても50ヶ所もあるのでから約200人の収容能力としては十分でしょうが、教師はともかく生徒に保護範囲を短時間で正確に伝えるのは容易とは思えません。もちろんですが保護範囲はグラウンド上に白線で示されているわけではなく、知識に基づいた目分量ですから、保護範囲の概念と知識を正確に持っていないと相当難しい作業になると考えられます。


ところでもし避難を決断するとしたらどの時点であったかになります。判決要旨には、

試合開始直前には運動広場の南西の上空に暗雲が立ち込め、雷鳴が聞こえ、雲の間で放電が目撃されていた。サッカー部の引率者兼監督の教諭は落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能で、注意義務を怠った。

この状態がどういうものかになりますが、あおば屋さんにはこうあります。

    雷鳴が聞こえた時には、すでに落雷の危険域に入ってしまっている。
    厚い雲で周りが暗くなったり、積乱雲の成長を見つけた時にも、すでに逃げ遅れてしまっている可能性が高い。(人間の経験や五感では、雷の危険域を認識できない。)
    激しい雨が降り出してから避難するのは、完全に逃げ遅れ。
落雷に対しては「逃げ遅れ」状態ですから、避難するにしても即座にダッシュで行なわなければならない事が分かります。これで判決がグラウンドから他の場所への避難が争われず、グラウンド上の保護範囲への避難を争っていたかが分かります。即座にダッシュという事になればそこしかない事になります。

もう一つ、いつまで避難を続けるかですがこれもあおば屋さん情報ですが、

    落雷の危険は、雷雲が消滅するまで続く。
落雷時には激しい雨が伴いますから、雷雲が去って雨がやむまで避難を続ける必要があります。問題点として他に生徒のパニックの問題があります。雷鳴が轟き、激しく雨が降り続く中で屋外で避難を続けるのは相当怖いものです。また保護範囲と言ってもそこに落雷しないというだけで、例えば真ん中のコンクリート製柱には落雷の可能性は当然あります。落雷場所から最大でも8mしか離れていないのですから、落ちればパニックになって不思議ありません。

落雷した柱の周囲の生徒はパニックと言うより失神してもおかしくないのですが、他の柱の保護範囲に避難している生徒は間違い無く動揺します。その動揺を教師は抑え続けなければなりません。落雷中は教師であっても保護範囲を離れれば危険なわけであり、声だけでこれを統率しなければなりません。考えただけで想像を絶する修羅場です。

今回の判決は教師に雷についての知識、また保護範囲の正確な知識が「常識」として必要なことを求めています。求めているというより怠れば注意義務違反であるとしています。教師の皆様は是非、雷についての知識を十分に蓄えてください。とくに保護範囲は屋外活動で引率に当たるときには常に注意しておく必要があります。万が一、見逃して避難に失敗しようものなら注意義務違反に明らかに問われます。訴訟では晴れたノンビリした日に隈なく保護範囲を探し出して注意義務違反を問い詰める可能性があるからです。

もちろんですが引率中であれば「雷怖い」と逃げるどころか、そういう素振りを生徒に見せてもなりません。教師が動揺すれば生徒も動揺し、動揺からパニックになるのはアッと言う間です。目の前に落雷があろうとも平気な顔で「心配ない、大丈夫だ」と生徒を落ち着かせ続けないといけません。これは3億円の賠償とともに確定判決ですから、「そんな事は無理だ」の声は残念ながら通用しないと思われます。

それとこれも当然の事ですが、コンクリート製柱があれば即座に高さを正確に目測し、またそこからの保護範囲の距離をこれも正確に計測できる能力が必要とされます。私が提示した保護範囲の狭いほうのものなら横幅こそ9mありますが、縦は最大で2mで、なおかつ人が実際に立てる面積を考えればさらに狭くなります。そんな保護範囲を即座に指定できる能力が必要なことは言うまでもありません。

ただ現実問題として高槻の様な状態に陥った時、沈着冷静に適切な処置を取れる教師は非常に少ないと思われます。雷の知識はあってもそれを現場で実行に移すのは非常に難しいからです。そうなるとこの判決の教訓を受けて、教師側が取りうる行動指針としては、そういう危険な状況に「そもそも」ならないようにするのが一番になります。なるべく未然に危険を避ける行動です。あおば屋さんもこう書いています。

    雷注意報が出発前から出ている場合には、逃げ場のほとんど無い登山やハイキング、森林内でのキャンプ、海や川での釣りなどのレジャーは中止する。
マニュアルとして落雷事故を避けるためには「雷注意報」が出た瞬間にすべての屋外活動を中止するのが妥当な方法となります。他にも
    テレビなどの天気予報で、「大気が不安定」との言葉が出れば、雷の発生が予測される。
こういう日も中止するほうが安全です。屋外活動には校外学習やキャンプ、この事件のように部活動に伴うものがありますが、日常的に行なわれているものとして登下校もあります。やはりこれも十分な警戒が必要ですから当然休校にして対応する必要があります。登下校の間が安全と言う保証はどこにもありませんし、責任を問われない保証もどこにもありません。

登下校はさすがに行き過ぎかもしれませんが、少なくとも教師が引率する屋外行動には今後はより一層の注意が必要となります。雷注意報も遅れることもありますし、落雷はゲリラ的に発生します。また出発時点で雷注意報が無くとも途中から出される可能性もあります。ラジオの天気予報もリアルタイムで出されるわけではありませんし、ラジオの雑音で警戒すると言う手法も、これもあおば屋さん情報ですが、

    AMラジオで雷が発する雑音を聞く事が出来るが、最近のラジオは、雷の雑音が出来るだけ入らないように設計されており、役に立たない。また、ラジオでは雷までの距離が分からず、危険度もよく分からない
そうなると屋外活動時には頻繁に携帯電話で気象情報を確認し、あおば屋さんの商売である雷警報機を持参して常に警戒を怠らない事が必要とされます。警戒網を突破されて危険状態に陥れば、これも油断無く見つけておいた保護範囲に生徒を素早く誘導しなければなりません。これは当然の注意義務として3億円の賠償判決として確定されただけではなく、今後も教師が生徒を引率する時に課せられると考えるべきかと思います。

ただ素朴な疑問として、そこまでして屋外活動のために生徒を引率しなければならないかの基本的な問題が出てきます。何か防衛医療ならぬ「防衛引率」や萎縮医療ならぬ「萎縮引率」が拡がりそうですが、これも致し方ない事かと思います。いずれにしても雷は本当に怖いですね。