舞台は首都圏に属するある産婦人科医会での会議です。出所を伏せなければならない関係上ボカしていますが掛け値無しの実話ですし、時期もごく最近です。この地区でも産科危機と言うより産科崩壊は確実に進行しており、分娩予約は妊娠のごく早期に行わないと不可能な地域に属します。基本的に
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分娩需要 >> 産科戦力
通常と言うか、常識的な発想なら、基幹病院の戦力強化であるとか、広域連携によるネットワーク化みたいな話が出てきそうなものですが、そんな話は全く出ません。基幹病院を強化するための産科医を獲得するあてなど全くなく、隣接する地区はもとより、県下全体を一つの単位として見ても、どこも状況は似たり寄ったりで、応援としての連携など望むべくも無い状態であるからです。
会議は見ようによっては泥沼と言うか、答えの無い問題を解いているようなものですが、ハイリスク分娩の受け入れについてはとりあえず玉虫色の先送りになったようです。スッキリしないと言えばスッキリしませんが、現実的にはそれぐらいしか対処の方法はありません。ただ基幹病院側も玉虫色の回答を病院に持って帰っても病院産科医は納得しませんから、最低限の要求を持ち出します。飛び込み分娩問題です。
飛び込み分娩は最近やっとそのリスクが社会でも認知され始めましたが、産科医の間では遠の昔から切実な問題になっています。最近になり数が増えてきた事と訴訟問題への危機感の高まりにより非常に重く見られています。「これをなんとかして欲しい」の提言ですが、これもまた難題です。「なんとか」と言っても誰かが対応しなくてはならない問題であり、基幹病院が断るから開業医が引き受けましょうの話にもなりようがありません。会議はひたすら煮詰まる事になります。
煮詰まった挙句なんですが、ちょっと信じられないような宣言が採択されることになります。言っておきますが、これはブログや某巨大掲示板の話ではありません、ごく普通の産婦人科医会の話なのです。宣言内容は、
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この地区では飛び込み分娩を一切引き受けない
予想される事態は二段階です。
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第一段階:マスコミ、住民、自治体からのバッシング
第二段階周辺地区の同調
第一段階をクリアするか、もしくはこの宣言が受け入れられたりすれば、周辺地区は一斉に右へならえになります。第二段階の始まりです。産科医療の危機的状況は会議が行われた地区だけではなく、周辺地区も同様ですから、宣言に同調しないと行き場を失った飛び込み妊婦が雪崩れ込んでくるからです。雪崩れ込みを防ぐには自分の地区も宣言する以外に手はありません。宣言自体は医師として抵抗があるものですが、既に先例ができ、宣言しないと自分のところに危険が降って来るとなれば次々と飛び火するのは目に見えています。
飛び込み妊婦もある意味切実ですので、未宣言地区を探して周り来襲します。飛び火はやがて大火となり全県を覆うまでは時間の問題となります。大火が全県を覆っても飛び込み妊婦は消えるわけではないので、今度は隣接の都県に流れる事になります。首都圏で目指されそうなところはやはり東京でしょうか。東京がそんなに余裕があるとは間違っても言えませんし、東京の産科医が喜んで飛び込み分娩を引き受ける道理もありません。そうなるとになりますが、最終的に全国に飛び火する危険性も出てくるわけです。
もちろんそこまで火の手が拡がるかは分かりませんが、一つの地区の決定が全国の産科に影響する可能性はあると考えます。産科医療の戦力は極言まで薄く伸ばされ、なおかつ伸ばされすぎてあちこちに亀裂が入りかけている状態です。この宣言自体は産科戦力に余裕があれば、キリで小さな穴を開けた程度のものですが、現在の産科事情なら、小さな穴が見る見る広がってズタズタに切り裂いてしまうインパクトを秘めています。
杞憂に終わるのか、明日の現実になるのか。ちなみにこの産婦人科医会の出席者はおそらく10人程度、多く見積もっても15人は越えませんから、たったこれだけの産科医の宣言が日本の産科を大きく揺り動かすかもしれません。