都道府県別にみた分娩を実施した施設の状況・新生児特定集中治療室病床数なるものが厚生労働省の統計調査にあり、1985年から3年おきに行なわれているようです。NICUはどうかは分かりませんが、分娩施設のデータは存在しているようです。ずっと探していたのですが、2005年分しか発見できていません。ところが第27回社会保障審議会医療保険部会の配布資料にその一部が引用されていました。
まず生データに出生数を加えた表です。
分娩施設数及び出生数 | ||||
年度 | 総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
1996 | 3991 | 1720 | 2271 | 1206555 |
1999 | 3697 | 1625 | 2072 | 1177669 |
2002 | 3306 | 1503 | 1803 | 1153855 |
2005 | 2933 | 1321 | 1612 | 1114643 |
データは1996年からのもので、2005年まで計4回の調査結果が書かれています。結構減ってるなという感じなんですが、これを前回調査からの減少数に直してみます。
前回調査比減少数 | ||||
年度 | 総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
1999 | 294 | 95 | 199 | 28886 |
2002 | 391 | 122 | 269 | 23814 |
2005 | 373 | 182 | 191 | 39221 |
分娩施設の減少は昨日今日の話でないことが良く分かります。2000年頃と言えば、訴訟問題も今より遥かに穏やかで、産科よりも小児科の危機のほうがクローズアップされていた時代かと思います。当然ですが医療危機なんて言葉とは無縁の時代です。しかしその頃より分娩施設が急速に減少している事が分かります。分娩施設の減少は表からまず診療所で発生し、一歩遅れて病院にも波及したと解釈できます。
病院の減少数の増加は驚異的で、'97-'99には95だったものが、'00-'02には121(1.3倍)、'03-'05には182(1.5倍)に膨れ上がっています。診療所の方は'00-'02が269とピークだったようで、減少傾向は落ち着きつつあるようにも解釈できます。もっとも落ち着きつつあると言っても、その減少数は異常なハイレベルである事には間違いありません。
これをパーセンテージの表に直してみます。
前回調査比減少率 | ||||
年度 | 総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
1999 | 7.4% | 5.5% | 8.8% | 2.4% |
2002 | 10.6% | 7.5% | 13.0% | 2.0% |
2005 | 11.3% | 12.1% | 10.6% | 3.4% |
病院の減少率が鰻上りである事が改めて確認できますが、分娩施設全体が3年間で10%のペースで減少しているのが良く分かります。また近年の産科危機が大きくクローズアップされたのは、病院の減少が大きいとも考えられます。病院と言ってもピンからキリまでありますが、比率として二次救、三次救をも引き受ける基幹病院も多数含まれていると考えられ、診療所より「目に見えて」減少から不足が体感できたのも一因かと思います。
さらに先行した診療所の減少は、本来診療所で十分の妊婦が病院に押し寄せる事になり、高次救急の役割を病院が十分果たせなくなったとも言われています。高次救急の病院は、ハイリスク妊婦は今までどおり、ないしは他の病院が減少した分の増加分を受けいれ、なおかつ診療所減少分のローリスク妊婦を大量に抱え込む状態になります。そのため病院産科医の疲弊が進み、妊婦や周産期の救急を受け入れる余地を急速に減少させています。
この表をデータがある1996年を100とした表に直してみます。
1996年調査比減少率 | ||||
年度 | 総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
1999 | 92.6% | 94.5% | 91.2% | 97.6% |
2002 | 82.8% | 87.4% | 79.4% | 95.6% |
2005 | 73.5% | 76.8% | 71.0% | 92.4% |
1996年からの分娩施設の減少率は26.5%、一方で出生数の減少率は7.6%。分娩施設の減少率と出生数の減少率は必ずしも相関しないかもしれませんが、出生数の約3.5倍の分娩施設の減少は非常にバランスを欠くと考えられます。この統計は冒頭で述べたとおり、厚生労働省の統計であり、この数字を十分把握する立場にあった、どこかの厚生労働大臣が「産科施設の減少は、出生数が減っているから仕方がない」との趣旨の発言が、いかに思慮の無いものであったかの傍証になると考えられます。
ここでこの調査は3年おきとなっていますが、次回は2008年になります。この10年ほどの推移を考えて予想すれば、病院数は200、診療所は180程度減少するかと考えられます。出生数は1996年度比で90%になるかと考えられます。そうなれば、
2008年度予想 | |||
分娩施設数及び出生数 | |||
総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
2553 | 1121 | 1432 | 10858995 |
1996年調査比減少率 | |||
総施設数 | 病院数 | 診療所数 | 出生数 |
64.0% | 65.2% | 63.1% | 90.0% |
怖ろしい数字ですが、病院数で言えば現在確認されているだけで141あります。集約化こそが産科危機回避の唯一の手段として厚生労働省が旗を振り、マスコミも集約化が十分でない事を非難してますが、12年前に較べて2/3にまで減少した分娩施設を、そうは簡単に集約化できるとは思えません。出生数は10%しか減っていないのです。これ以上の分娩施設の減少はアクセスの非常な悪化に直結します。今でもアクセス低下に困る地域が急増中であるのに、集約化はこれに拍車をかけることになります。
これをグラフにしてみます。
産科施設は集約化するのではなく、現存している施設を充実させる事が正しい方針かと考えます。言ったら悪いですが、この12年間の減少で必要以上に既に「集約化」されています。充実させるために必要な産科医を養成する事がなにより政策の要のはずです。目減りした産科医を机上の計算で集約してみたところで、医師への配慮を欠くと「2+2=2」みたいな悲惨な結果を巻き起こすだけですし、そんな悲劇は枚挙に暇がありません。
また基幹病院である病院産科を充実させる一方で、病院産科の負担を減らすために診療所の増設も必要です。病院の産科医を少々増やしたところで、診療所が潰れてそこの妊婦が病院に押し寄せれば、病院機能は麻痺します。現在でも麻痺状態なのは周知なので多くは書きません。
最後に産科危機マップを書いたときにssd様から頂いたコメントを再掲します。
前にも書きましたが、もう産科医は、全数調査の必要なレベルなんですよ。
冗談でなく、今、保護しないと、絶滅する。
産科危機を煽れば煽るだけ、新人は入らなくなり、逆効果。
具体的な危機管理を見積もりを見せない限り、まともな判断能力をもった人材は産科を選択しません。
この通りだと思います。
かつて日本はどこにでも飛んでいた鳥である、トキもコウノトリも絶滅させました。絶滅間際にようやく保護に乗り出しましたが、いかなる手を尽くしても及ばず、日本原産のトキもコウノトリも絶滅したのは御存知の通りです。産科にはまだ幸い数千人の熱意を持った医師が存在します。手遅れ感は山ほどありますが、それでも今からでも適切な保護育成政策を行えば間に合う可能性はあります。
少なくとも
妊婦の緊急受け入れ、診療報酬で優遇へ…厚労省検討
奈良県で救急搬送中の妊婦が9病院に受け入れを断られ死産した問題などを受け、厚生労働省は5日、妊婦の緊急受け入れに応じた病院を診療報酬で優遇できるよう検討に入った。
2008年度の診療報酬改定を議論している中央社会保険医療協議会(中医協)の診療報酬基本問題小委員会で提案された。
緊急に受け入れた妊婦に何らかの異常があった場合、病院が「受け入れ料」などとして診療報酬を加算できる方法を検討する。自然な出産に至った場合は対象から除外する方針で、来年1月までに詳細を詰める。
(2007年10月5日23時54分 読売新聞)
こういうレベルの認識では確実に手遅れになります。問題はまったく別次元の話であることを理解してくれる事を切に願います