第5回奈良事件裁判 法廷内討論・経過表編

煙突掃除様経由で僻地の産科医様のところに裁判の傍聴記があげられています。まず「平成19年(ワ)第5886号 医C3」となっている弁論準備を見てみます。

裁判官 原告、被告ともに主張もそろってきたため争点整理案を出しましょうか。こちらが作ってもいいですか?
被告 書面で通した踏み込んだ意見が反映されるならいいのでは裁判官原案なら修正します。
原告 だいたいでてるのでいいのでは。細かいところはちがいますけど。
裁判官 では、次回までに案を出すので双方補充してください。近日中に争点整理案を出しますので次回に意見をください。立証の検討もしますか?
原告 0時から5時まで。それ以前は関係ないのですか?
被告 それ以前は関係ない。
原告 妊娠中毒症がもんだいないなら証言も限られますね?
被告 4時では遅い、3時ぐらいでは。
原告 それぐらいですかね。
被告 子癇ではなく脳内出血としていれば助かった具体的証拠を示してください。原告側の主張が不明です。
原告 生きていたらもうちょっとね。なくなっているからね。できないです。
裁判官 答えられる範囲でということにします。国循の方はないですか?
被告 原告は問題ありますか?
原告 特に転送先についてはありません。
被告 検討します。
裁判官 次回の予定は主張を整理、争点整理案の修正ですね。立証について検討しましょう。
原告 病棟管理日誌を提出していただいているのですが、これは産科のものだけのように思われる。当時、病棟全体としてどのような医療行為が出来たのかを知りたいので他にもあったら提出お願いします。
裁判官 2月20日までに争点整理案を送りますので双方検討してください。
裁判官 次回は3月24日、月曜日、10時15分から1006法廷で行ないます。


どうも法廷で発言されたのはこれだけのようです。裁判というのは法廷で発言する前に被告原告双方から準備書類というのが交換され、その書類を踏まえた上での発言になるので、これだけ読んでも「主語はなに?」とか「目的語はなに?」の世界になりがちです。傍聴された煙突掃除様も文脈を理解するのに難儀されたかと思いますし、私もある意味同様です。

そうも言ってられないので分かる範囲で解説してみます。今回の法廷討議の主題は「争点整理」で、これはまずわかります。案を作るのも裁判官であるのも分かり、次回は争点整理案の修正討議になることもわかります。その上で前半は事件に関連する時刻範囲の設定のようです。

時刻範囲は被告側が提出した経過表(これも僻地の産科医様提供)に基づいて行なわれているらしく、被告側は0時から救急車が出発する5時までの経過表を出しています。討議部分を抜粋してみますが、

    原告 0時から5時まで。それ以前は関係ないのですか?
    被告 それ以前は関係ない。
    原告 妊娠中毒症がもんだいないなら証言も限られますね?
    被告 4時では遅い、3時くらいでは。
    原告 それぐらいですかね。
原告側の「それ以前」発言の趣旨を推測すると陣痛促進剤問題の関連が考えられます。「それ以前」が含まれないとすれば陣痛促進剤問題は裁判から除外されると考えられるからです。ここで意図が良く分からないのは、はっきり言って理解不能なのですが、討議の結論としては0時〜3時を問題時刻として設定する事に同意したと解釈できそうです。それ以前、それ以後の診療行為に関しては問題としないと考えてもよさそうです。

中盤は裁判の焦点である子癇・脳出血論争ですから力が入るはずですが、どうにもの展開です。書類編を明日やるつもりですが、それ以上は争点化してからをにらんで軽いジャブの打ち合いみたいな感じです。

被告の基本的な主張は「子癇からの脳内出血」ですし、原告側の主張は「子癇と誤診された脳内出血」です。素人が考えれば被告側は子癇症状との合致と脳内出血による症状の鑑別をあげて、子癇説を補強する立証をするはずでずし、原告側は子癇説を否定する主張をして純粋の脳内出血であったとの立証を展開しなければならないはずです。

ところが討議は微妙な展開です。

    被告  子癇ではなく脳内出血としていれば助かった具体的根拠を示してください。原告の主張が不明です。
    原告  生きていたらもうちょっとね。なくなっているからね。できないです。
    裁判官 答えられる範囲でということにします。国循の方はないですか?
    被告  原告は問題ありますか?
    原告  特に転送先についてはありません。
    被告  検討します
原告側は子癇でなく脳内出血であるとの立証の他に、脳内出血であれば救命できたの仮説を立証する必要があります。これは裁判が損害賠償請求なので、被告側がミスを犯しただけでは損害賠償は成立しません。被告のミスが無かったら、結果として残っている損害をどう回避できたかの立証が欠かせません。これは法律用語で言う「注意責任義務違反の立証」と「因果関係の立証」にあたると考えますし、この二つを立証しないと賠償が成立しない理屈になるようです。

原告が損害賠償を勝ち取るために必要な条件ですが、

    第1段階:子癇が誤診であり純粋の脳内出血であるとの立証(注意義務違反の立証)
    第2段階:脳内出血であれば変わった治療手順を示し、なおかつそれならば救命できた可能性の立証(因果関係の立証)
第一段階については病棟日誌の記録をとりあえず証拠として使う気配があります。経過表に1:37の強直性痙攣を

除脳硬直様の姿勢、痙攣なし、いびきはない

さらにマグネゾール投与により痙攣が鎮静した事にも

陣痛に伴う痛み刺激に対する反応を強直性痙攣と軽信したため陣痛間隔を痙攣治まるとした

つまり1:37の強直性痙攣は誤診であるとの主張です。あれは強直性痙攣ではなく、

    脳出血による除脳硬直様の姿勢を取っているところに陣痛発作が生じ、マグネゾール投与で治まったのではなく、単に陣痛発作が終わっただけである。
意見はコメント欄にお願いします。

第2段階については第4回裁判で、

    事件病院 → 脳手術(どっか近所) → 帝王切開(どっか別の近所もしくは国循
こういう主張を滔々と述べていたかと記憶していますが、今回はトーンダウンして、
    生きていたらもうちょっとね。なくなっているからね。できないです。
傍聴記ですから、聞き違いや、ニュアンスの取り違いがあっても不思議はありませんが「できないです」なら少し問題ありかと感じます。ここはそうは取らずに、戦略建て直し中と考えたいと思います。つまり今回は手の内を見せなかったと言うところでしょうか。

ここで新たな原告側の戦略を推測する材料として、終盤部分が興味を惹かれます。

    病棟管理日誌を提出していただいているのですが、これは産科のものだけのように思われる。当時、病棟全体としてどのような医療行為が出来たのかを知りたいので他にもあったら提出お願いします。
これだけでは漠然としているのですが、別筋の情報で、大淀病院での帝王切開の可能性についての発言が原告側からあったとされます。その情報と繋ぎ合わせて考えるとこの発言は非常に味わい深いものになります。原告側が構築中の救命のための治療手順として、こういうストーリーを考えている可能性が考えられます。

原告側の主張は、第4回裁判でも3時までに脳手術を行なえば救命可能説です。その主張部分を引用すれば、

少なくても発症した0時からしばらく経った1時、あるいは3時ぐらいのまでの間はJCSが200と反応している状態であるから、早期に診断して、治療は開頭による血腫除去施術しかない

医療訴訟は他の訴訟と異なり、原告側の主張がコロコロ変わることについての寛容度が非常に高いと聞いています。法律用語で「時機に遅れた攻撃防御方法」と言うそうですが、相当遅い時期でも変更が認められるのが常だとも聞いています。ですからこの主張ももう変わっているかもしれませんが、上記の時間設定討議でも分かるように「3時まで説」はまだ変わっていないと考えられます。

前回裁判解説の蒸し返しになるのですが、原告側のタイムスケジュールを確認すれば、

  • 0:00 脳出血を即座に疑いCT準備にかかる。ただし意識消失発作が0:14ですから、ここからと考えるのが現実的でしょう。
  • 1:00 脳出血を診断。CTスタンバイまで原告側の主張でも30〜40分としています。
  • 3:00 血腫除去終了
問題は3時までに血腫除去するのに脳手術としてどれほど必要かです。ある脳外科の医師に目安として聞いたところでは、被殻部出血として、
    入室から開頭でまで1時間、血腫をとるのに1時間
もちろん出血の広がりや、術者の技量により変わるでしょうが、今回の救命シナリオとしては「神の手」医師を仮定する訳にはいきませんから、入室から2時間が血腫除去までの目安になります。ここで血腫除去でなく、開頭だけでも脳ヘルニアに対する減圧効果としては十分であるという意見もあり、納得できる意見でしたのでタイムスケジュールとして、
  • 0:00 脳出血を即座に疑いCT準備にかかる。ただし意識消失発作が0:14ですから、ここからと考えるのが現実的でしょう。
  • 1:00 脳出血を診断。CTスタンバイまで原告側の主張でも30〜40分としています。
  • 2:00 脳外科病院に搬送到着、入室手術開始
  • 3:00 開頭終了
  • 4:00 血腫除去終了
診断から脳手術開始まで1時間です。もちろんその間に家族への説明、搬送先探しや紹介状作成、搬送時間、脳外科病院での同意書作成、手術準備が行なわれます。それだけでも時間は足りないどころの話では無いのですが、その上で帝王切開まで間に挟みこむのは机上の空案でも無理がありすぎます。

まさかと思いますが、陣痛発来中の妊婦の脳手術なんて医学の常識としてトンデモの極致で、机上でいくら主張しても、それを行う脳外科医もいないだろうし、麻酔科医も誰も協力しないの話をどこかで読んだのかもしれません。そうなれば0時から3時までの3時間の間に、「CTによる診断→帝王切開→脳手術」を曲芸でも組み込む算段を考えなければならなくなります。

そうなるとCTで診断された後の1時〜3時の2時間に行なう治療手順として、

これを脳手術の開頭までを2時間で終了させた上で、さらに産婦は帝王切開と脳手術の術後管理を行なえる病院に脳外科病院から搬送されなければなりません。産婦人科の無いどっか近所の脳外科病院では帝王切開の術後管理は不可能だからです。この3つ目の病院として大淀病院が適切かどうかはわかりません。もちろん現実の国循で娩出された時と児の状態は異なるでしょうが、状態が悪ければ児の搬送先の手配も必要です。

今日の最後は経過表の原告側の指摘点です。

    子癇により動かせないからCT検査を拒否したのに転送依頼は矛盾のきわみ
ひょっとしたら原告側に医師のブレインがいないんじゃないかと思ったりします。この部分の指摘に原告側ブレイン医師が関与しているのなら、原告側は人選を真剣に考え直した方がよさそうな気がします。