12/6付神戸新聞より
16病院が受け入れ拒否 姫路の急患男性が死亡
六日午前零時ごろ、姫路市の男性(66)が自宅で吐血して倒れ、家族が一一九番したが、市消防局の救急隊の受け入れ要請を、十六カ所の病院が拒否していたことが分かった。最終的に自宅から約三十キロ離れた赤穂市民病院に着いたのは約二時間後で、男性は救急車内で心肺停止になり、同病院で死亡が確認された。姫路市消防局は「最善は尽くしたが、受け入れ先を見つけるのに予想以上の時間がかかってしまい、悔しい」としている。
赤穂市民病院は、搬送の遅れと死亡との因果関係は「分からない」とし、死因も明らかにしていない。
姫路市消防局などによると、同日午前零時七分、男性の家族から「意識がぼんやりしていて、目がうつろで血を吐いた」と一一九番があった。救急隊は零時十分、自宅に到着。姫路赤十字病院、国立病院機構姫路医療センターなど姫路、たつの、高砂市など十六カ所の病院に受け入れを電話で要請したが、「専門医がいない」「緊急手術中で手が離せない」などを理由に断られたという。
自宅近くで救急車を待機させながら隊員が携帯電話でかけ続けた結果、赤穂市民病院が受け入れることになり、午前一時二十二分に出発した。男性は当初意識があったが、運ばれる途中、出血多量で心肺停止になった。同病院には同一時五十六分に到着。同二時十七分に死亡が確認された。姫路市消防局などによると、男性は肝臓に持病があったという。
同市消防局は「手術が必要な深夜の救急搬送でこれほど時間を要したケースは記憶にない」としている。病院から受け入れを五回以上拒否された件数は二〇〇六年は二百五十九件で、〇三年の三・六倍という。救急搬送をめぐっては八月、奈良県の妊婦が医療機関に相次いで受け入れを断られて死産するなど、全国的に医師不足の深刻化や救急医療体制の不備が問題になっている。
Webにはまだ掲載されていませんが、本日付の神戸新聞には18病院(2病院は電話に出ず)のリストとお断り理由が書かれていました。家から持ってくれば良かったのですが、Webに掲載されているだろうと甘く見た失敗でした。もちろんその他の情報ももう少し詳細に盛り込まれています。
患者の吐血理由についてはマスコミ情報から次のように推測されています。
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末期肝硬変 → 食道静脈瘤破裂
食道静脈瘤破裂は起こってしまうとそれだけで生死に関わる状態になるので、起こらないように小まめに予防治療を積み重ねる事が治療の要点であると消化器系の医師は口をそろえます。他のマスコミ情報を合わせると、患者は十分な予防治療を必ずしも行なっていなかったのではないかの指摘もあります。
治療はSBチューブによる治療が必要と書きましたが、この治療はどこの病院でもホイホイとできるものではありません。この手技自体が簡単ではなく、同時に出血傾向のコントロール、当然ですが失血分の補充(輸血)、血圧コントロールなどの高度の全身管理が必要とされます。行なうにはそれだけの設備と人員が必要と言う事です。つまり十分な数の専門医が必要な重篤な状態であるということです。だから
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赤穂市民病院は、搬送の遅れと死亡との因果関係は「分からない」とし、死因も明らかにしていない。
この事件で問題となっているのは、
- 救急隊は患者の重症度を正確に把握していたか
- 患者の病態に適切な搬送先を探していたか
ただし適切な搬送先探しについては、一考の余地があると考えます。救急隊が救急医療の危機の深刻さについて現状把握していないのであれば、これは職務怠慢かと考えます。個々の患者の状態の把握は難しいとしても、救急医療の危機についての情報は誰よりも把握する責任があります。救急隊の任務は救急患者を適切な医療機関に搬送する事であり、搬送先の病院の情報を収集しておくのは業務と考えるからです。とくに深刻化する救急体制の危機下では、どの病院ならどの程度の医療をその夜に行なえるかの情報把握は患者の生死を分けます。
地域によって違いがありますが、
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救急車を待機させながら隊員が携帯電話でかけ続けた結果
本部レベルの搬送先探しは緊急を要するとの観点から、同時に複数の担当者による搬送先探しを許容すれば良いと考えます。同時に多数の搬送先を探すために、要請受諾後のキャンセルが発生するかもしれませんが、これは緊急との観点から医療機関にも了承してもらうのです。医療機関にも迷惑がかかりますが、現在の情勢からその程度は受け入れざるを得ないと考えます。
ここで誤解して欲しくないのは、今回の提案はあくまでも「その場しのぎ」の対策です。負担が多いシステムですが、現状の医療戦力から今をなんとかするだけの対策です。本当に目指さなければならないのは、搬送先さがしの能力強化ではなく、搬送先探しをしなくても良くなるような、救急医療機関の基盤強化です。こちらが根治療法であり、搬送先さがしの能力強化は姑息療法です。姑息療法強化で「問題は解決」とする方向性を許してはなりません。