まず刑法230条の名誉毀損のお勉強です。
第二百三十条
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀(き)損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
第二百三十条の二
- 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
- 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
- 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
解説はWikipediaを引用します。
- 公然:多数または不特定のものが認識し得る状態をいう。
- 名誉:通説はこれを外部的名誉、すなわち社会に存在するその人の評価としての名誉(人が他人間において不利益な批判を受けない事実。人の社会上の地位または価値)であるとする。
- 毀損:事実を摘示して人の社会的評価が害される危険を生じさせることである。
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公共の利害に関することであれば、後からでも真実の立証が出来れば免責となる。
医療事故:こども病院で手術ミス、女子高生の足にまひ 県、慰謝料支払いへ /長野
毎日新聞 2007年9月21日
http://mainichi.jp/area/nagano/news/20070921ddlk20040473000c.html
◇慰謝料6800万円支払いへ
県は20日、県立こども病院(安曇野市)で06年1月、手術を受けた女子高校生(当時16歳)が治療後に足のまひが残る医療事故があったと発表した。県は女子高校生に慰謝料6800万円を支払う予定で、9月定例議会に提出する補正予算案に盛り込んだ。
女子高校生は、06年1月に消化器系の病気のため、同病院で手術を受けたところ、足がまひする障害が残ったという。県側はこれまでに同病院の過失を認め、女子高校生との間で慰謝料を支払い和解することで合意したという。
医療事故を公表しなかった理由について、県衛生部では「原因がはっきりしなかったためと、家族との交渉が始まり公表することについて、家族の同意が得られなかったため」(県立病院課)としている。【仲村隆】
この記事だけではどんな病気にどんな手術が行なわれたか推測しようが無いのですが、とにかく治療後に足の麻痺が残る医療事故があり、慰謝料6800万円を支払う事になったようです。この件については病院と家族が和解交渉を行い、訴訟に至らず示談にて解決した事がわかります。また事故が公表されなかった理由も明記されており、県立病院課のコメントとして、
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公表することについて、家族の同意が得られなかったため
もう一つのポイントとして、医療事故について家族と和解交渉を合意し、賠償額を県議会で承認されている事です。県議会で承認を得る為には、県立こども病院は長野県に詳細な報告を行なわなければなりません。事故の経過、事故の原因の検討、予防策も求められるでしょう。その中に事故の公表についても報告事項の内に当然入っていると考えられます。家族の意向を尊重する事は、県立こども病院の独断ではなく長野県と協議した結果に基づくものであり、組織上の責任は設置者である長野県に移ると考えられます。
ただしこの点は今日のお題の名誉毀損には該当しません。事故の事実を公表することが名誉の毀損に当るかは何とも言えませんし、また該当したとしても、県立病院及び医療という公共の利益に関することであり、この報道自体は真実を伝えているからです。
続報というより関連記事があります。これも中間管理職様のところから引用しますが、
しらかば帳:「別に」。女優の沢尻エリカさんが先日… /長野
毎日新聞 2007年10月3日
http://mainichi.jp/area/nagano/news/20071003ddlk20070298000c.html
☆「別に」。女優の沢尻エリカさんが先日、主演する映画の舞台あいさつでいかにも不機嫌な表情で連発した。よほど虫の居所が悪かったのだろうが、観客の印象を悪くしたのは間違いない。「別にあなた方に説明する必要はないでしょ」。大相撲の時津風部屋で力士が死亡した。ビール瓶で殴り、金属バットで暴行し、家族に知らせず火葬しようとしたという。報道陣の説明を求められた親方はぶぜんとした表情だった。一人の命が失われたのに親や世間への説明がない。県立こども病院の医療事故にしてもそうだ。なぜ事故が起きたか説明が果たされていない。「別に」で済まされるほど世間の目は甘くはない。(健)
何かコラム欄のようですが、この記事の構成は、
この3つを並列にして、-
「別に」で済まされるほど世間の目は甘くはない。
沢尻エリカについては単なる女優のワガママ事件です。刑事どころか民事にもならない芸能ニュースに過ぎません。人気女優の事件であるだけに世間の注目を集めているようですが、それ以上でもそれ以下でもありません。この事件でポイントを挙げれば、人気女優の傲慢さになります。世間的には増長した人気女優の傲慢として印象付けられている事件です。
最後の県立こども病院事件ですが、時系列から考えて、女子高生の医療事故であると誰しも見ます。事件の特定はしていませんが、まさか2年も3年前の事件を引用しているとは考えられません。事件の紹介も遥かに簡略であり、誰がどう考えても直近の事件記事の引用として既知のものとして使っていると考えられます。
県立こども病院事件は記事の通りで、医療事故があり、病院と家族は和解しています。事実をマスコミに公表しなかったのは「家族の意向」です。事故を隠蔽したわけでなく、公表を家族が希望しなかったので、県立こども病院の独断ではなく長野県の判断として、その意向を尊重しています。記事には、
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なぜ事故が起きたか説明が果たされていない
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原因がはっきりしなかったため
ところが沢尻エリカの傲慢さ、時津風部屋の隠蔽という世間を賑わしている2つの悪印象と同等に並べる事により、県立こども病院が医療事故に対して沢尻エリカのように傲慢に振舞い、時津風部屋のように隠蔽を行なったとの印象を持つような記事になっています。しかし記事の記載を拾うだけでも、「傲慢」に対しては家族と和解交渉が合意していますし、「隠蔽」に対しては長野県の判断として家族の意向を尊重することに決定しています。
名誉毀損の成立条件は上記しましたが、
- 公然:新聞記事ですから言うまでもなく公然です。
- 名誉:県立こども病院の評価としての名誉を傷つける内容と考えます。
- 毀損:時津風部屋事件と同等の説明不足を県立こども病院が行なったと印象付けられ、社会的評価が害される危険を生じています。
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なぜ事故が起きたか説明が果たされていない