医者はホワイトカラーか

昨日書いた労働法制の見直し論議ですが、他にも問題はあるのでしょうが、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)が大きな焦点となっているのは間違いありません。これは労働時間の概念として自律的労働時間制度の創設を認め、これの適用を受ける労働者は「労働時間や残業代の規定を適用しない」となっています。別名として裁量労働制とも呼ばれています。これの適用を受ける労働者はこれも別名の一つであるWEの名の通り、ホワイトカラーと呼ばれる職種が対象になるそうです。

医者は直感的に直撃と感じるでしょうし、私もそう感じます。もちろん労働者側は猛反発していますから、「ハイ、そうですか」で明日にも成立と言う情勢ではないでしょうが、国はこれを何とか成立させたいし、経営者側も国と一体となってこれの成立を熱望していますから、まさに予断を許さないと言えると思います。

昨日のコメントに返事を返しながら考えていたのですが、WEの適用概念であるホワイトカラーに医者が入るかどうかに少し疑問が湧いてきました。ホワイトカラーとはどんな職種があてはまり、ブルーカラーとはこれもまたどんな職種が該当するかです。その色分けの中で医者はどちらに属するのかと言う疑問です。

ホワイトカラー、ブルーカラーの語源の検索は比較的簡単で、青の作業着で工場で働く人をブルーカラー。それに対し白のカッターシャツでオフィスで働き、労働者を経営的に管理したり、その他の事務的業務に従事する人をホワイトカラーと呼んだのが始まりのようです。自動車工場なんかを思い浮かべれば想定しやすく、たしかにそういうところでは全く違う職能集団として区別できそうです。

だから今でも基本的に事務職をホワイトカラーとし、現場の肉体労働者をブルーカラーと漠然と色分けしています。ただし人間の職業はそう簡単に二分化できません。たとえばIT業界はどうでしょう。工場でPCを作ったり、街中でネット回線を敷設している人はブルーカラーでしょう。それではプログラマーはどうだという事になります。これについては技能職という考え方があり、特殊技能を持った現場労働者ではないかと考えられています。そうなればブルーカラーになるのですが、もう一方の見方として、オフィスで働いているのだからホワイトカラーとも考える人間も少なからずいます。

境界線領域の色分けは、業務形態、業務場所によって非常に曖昧で、ホワイトとも取れますし、ブルーとも解釈できる事があると言う事です。ここで医者はまず単純労働者ではありません。特殊技能者であることも間違いありません。また事務職とは言えない職種です。医療という現場での肉体労働者であるとは思います。そうなればブルーカラーに属してもおかしくありません。一方で医療機関というオフィス類似の現場で働くため、就業場所だけでホワイトカラーと無意識に思われている側面があります。まあ医者自身は3K職場の現場労働者と考えている者が多いですけどね。

長くなりましたが労働形態のみでは、労働者は簡単には色分けできない事だけは分かると思います。ここまで色分けは労働形態で考えてきましたが、もう一つの色分け法として収入で分けるというものがあります。これも古典的概念ですが、ホワイトカラーは高給取り、ブルーカラーは低賃金と言う考え方です。この考え方は相当強い傾向があります。つまり同じ職種であっても給与だけの差で色分けしてしまうと言うものです。

例えば輸送業。バスの運転手やタクシーの運転手、電車の運転手の色分けはと聞かれればブルーカラーと答える人間は多いと思います。ところが旅客機のパイロットとなると反射的にホワイトカラーと答える人間が大多数となります。ではパイロットならすべてホワイトカラーかと言うとそうではなく、セスナやヘリで遊覧飛行を行なっているパイロットをホワイトカラーと呼ぶ人間は少ないと思います。船でもそうで、豪華客船の船長はホワイトカラーと見なされそうですが、明石のタコフェリーの船長をホワイトカラーとはなかなか思いません。

労働法制見直し論議で経営者側が持ち出しているホワイトカラーの定義は収入論によるもののようです。職種や業務形態で分けると論議が果てしなくなり、定義の数が膨大となるからでしょう。そのため至極大雑把に年収で色分けしようとの提案のように思います。この提案ならほとんどの医者がホワイトカラーに分類されます。経団連の主張する色分け年収ラインは400万。これは交渉のための駆け引きで、妥協ラインは1000万の腹積もりと伝えられます。それでも医者はホワイトカラーに属してしまいます。

400万では話にならないので妥結ラインとされる1000万がどうかと言うことです。1000万を高収入と見るかどうかですが、労働者の平均年収が600万程度なので高収入には分類されるでしょう。しかし「労働時間や残業代の規定を適用しない」ほどの、人も羨む高収入かと言われればやや疑問符がつきます。

だいたい経営者サイドが提案する「労働時間や残業代の規定を適用しない」労働は考えただけでも怖ろしい気がします。良心的な経営者も少なからずいるでしょうが、逆にこの制度をしゃぶりつくすまで拡大解釈して適用しようとする経営者も続出するのは容易に想像がつきます。1000万が高収入の部類に属するのは労働者側から見てもそうですが、経営者側から見れば途轍もない大金を支払ってやっているの意識が間違い無く生じます。途轍もない大金ですから、元を取るために思いつく限りの労働を課そうとするのもある意味当然です。普通の経営者の感覚はそんなものでしょうからね。

私はこれでも経営者なんですが、どうにもまだ労働者の感覚が抜け切っていないので、医者がWEで働かされた時の状況が想像できてしまいます。具体的な例が例の5500万円の産婦人科医辞職事件でありましたが、あれがWE適用後の医者の労働形態のモデルになると考えます。あそこでは文字通り途轍もない(あそこの自治体感覚で)大金を支払ったので、医者が生身の人間であると言う思考がすっかり消えていました。常駐発言は置いておくとして、

    「拘束は月、水、金の外来診察、入院回診、出産で、そのほかは自由時間。院内の部屋で待機しているが、リラックスできる時間もある。常勤の休日は当てはまらない。
つまり具体的に目に見えている労働時間のほかはすべて労働時間とみなさないという事です。仕事の合い間に少しでも空き時間が出来、休息でも取ろうものならそれはすでに労働時間ではなく、すべて細分化された休日であると言う考え方です。具体的に目に見えてやっている仕事は無いが、仕事場に拘束されているという概念は消滅します。仕事場で拘束されていても「リラックス」さえすれば、これは細分化された休日を味わっていると言う考え方です。こういう労働形態がお墨付で認められると言う事です。そういう労働の価値が1000万で高いか安いかは私になんとも言いかねます。もちろんこれは医者だけの話ではありません。

もう一度だけ念押ししておきますが、WEとかいう労働形態は労働者側が要求したものでなく、経営者側が提案したものです。経営者側はWEの美点だけを強調しますが、WEには美点だけではなくたっぷりと毒も盛り込まれていると言う事です。世間的な関心は高いか低いか良く分かりませんが、私は強い関心を抱いています。