医療はそんなに不要なのか

7月22日付・読売社説より抜粋

社会保障費は、7700億円と見込まれる自然増を2200億円圧縮する。これも5年連続で同じ内容だ。厚生労働省は、景気回復による雇用保険費用の減少や生活保護費の抑制で、2200億円の圧縮は可能、と早くも目算済みだ。

 それならば、医療費などほかの出費にも的を広げて切り込み、浮かした分を少子化対策などに投入すべきだろう。予算全体のパイを膨らませない形で、メリハリを利かすことを考えて欲しい。

この社説では地方交付税をもっと減らせとかも書いてあって、読む人によればツッコミどころは満載でしょうが、医者のブログなので医療費関係のところのみ抜粋してみました。まあ実に素っ気無いと言うか、何も考えて無いというか、国策のお先棒を担ぐプロパガンダというか・・・。

この社説子の発想の中では、医療費は削る事のみが正義であり常識で、今回削る事が表立って謳われていないと言うだけで大不満のようです。医療費などはゴマの油と同じで、搾れば搾るほど無限に削減できて当たり前と断定しているようです。もはや削減による経済的弱者への影響などは配慮する必要もないと言っているしか解釈できません。

医療費削減路線の歪は現場の医療関係者には肌身にヒシヒシと感じています。感じるどころか、疲弊しつくし、希望をなくし、現場から一人、また一人と消え去りつつあります。消え去った影響は地方医療での医師不足として既に表面化し、とくに産科や小児科の崩壊現象は目に見える形で現れています。産科や小児科は象徴的ですが、他の診療科も比較的目立ってはいないものの、もう崩壊予備軍の領域を越えつつあるところが急増しています。

医療崩壊の原因は多岐にわたりますが、主要原因の一つであり、また他の問題を解消しても崩壊を止められない原因として、医療費削減があります。貧すれば鈍すの言葉どおり、予算不足が他の崩壊原因を誘発し助長させている事はあまりにも明白です。他の崩壊原因を押し留めようと知恵を絞っても最終的には予算不足の壁にぶち当たる構造を持っています。その医療費をまるで忘れ物のように削減し足りないと書き立てる感覚に驚嘆します。医療危機を真剣に考えている人々の結論は最終的に一致します。アプローチの仕方は様々ですが、最終的には医療費を増やせに行き着きます。何をどうするにも予算がないとどうしようもないからです。それでも削り足りないようです。

社説子はどこまで医療費を削れば気が済むのでしょうか。医療関係者の間でささやかれているブラックジョークがあります。

    医療機関が無くなれば医療費は発生しなくなり、医療ミスも根絶できる。また増え続ける高齢者の寿命も短くなって社会保障費も大幅削減できる。十分な医療が無くても生き続ける高齢者はそれだけ元気ですから、ここへの予算はほとんど不要である。
つまり医療があるから、医療費が発生しますし、医療があるから寿命が延びて社会保障費が膨らむ。医療機関さえ無くなれば、財政再建の負担である社会保障費は思う存分削減できると言う極論です。

医者には高度の使命感が求められます。間違い無く高度の使命感を持っています。崩壊しつつある地方医療の最前線で、歯を食いしばってつま先一つで崩壊の最後の一線を支えているのはこの使命感です。「オレまでもいなくなれば、この地域の医療は崩壊する」との絶望的な使命感で支えているのです。その使命感を支える支柱を寄ってたかって取り払っているのが現在の医療政策です。もう支える支柱は数少なくなり、残っている支柱も非常に脆いものしか残っていません。それでも支柱を取り除き弱体させる作業に国、マスコミを挙げて熱中しています。彼らの目指すものは一体何なのでしょう。

医療が危機から崩壊に確実に向かいつつある事が、ようやく最近ごく一部で取り上げられ始めました。取り上げるのは悪いことではありませんが、見事なまでに歪曲されています。どこにも足りていない医者が偏在しているそうです。どこにも足りていない医者の偏在を是正すれば地方の医療崩壊は解決すると厚生労働省は力説し、マスコミは綺麗に鵜呑みしてその延長線上でしか医療問題を論じません。

また産科や小児科医の不足問題は確かに深刻ですが、他のメジャーな診療科である内科や外科でも崩壊の危機は確実に忍び寄っています。しかしその事にはほとんど触れません。幻想の偏在化是正の為に憲法に抵触するような対策を打ち上げます。それに医者が異論を唱えれば、待ってましたとばかりに「医者のワガママ」論を展開します。問題がそんなところで矮小化されているうちに危機はドンドン進行します。

医療は危機です。崩壊から焼野原路線に加速しながら進んでいます。ところが対策として幻想の偏在化問題に故意に執着させ、そこで時間を浪費させているとしか思えません。本当に焼野原路線は止めようがないのかも知れません。おそらくマスコミが次に騒ぎ出すのは、焼野原現象が全国的に拡大した時に、「失われた10年間、医療行政の失策」とか題して、掌を返すようにキャンペインを行なうのでしょう。内容は今からでも予測できます。あの時に多くの医療関係者の懸念を無視し、過度の医療費削減を行なったのが焼野原を巻き起こしたと。もちろんそれに十分すぎるほど加担した責任などは綺麗さっぱり忘れてです。

それでも焼野原後の医療利権に算盤を弾いている人間はいるのでしょうね。彼らにとっては焼野原になることはまるで関心は無く、その後のお花畑に懐が潤う楽しい夢をもう見ているのでしょう。それが誰か?これもまたあまりにも見え見えなので、皆様のよくご存知の方々であるとだけ書き記しておきます。