ツーリング日和20(第27話)こいつらバケモノか

 今日はサヤカと夕食だ。

「カンパ~イ」

 あれこれ話をしたのだけど、イズミのとこの話もしたんだ。

「そんな事があったんだ。でもそれが正解じゃない。その手の店が生き残るのは難しいよ」

 それで瞬さんが悔しがっていた話をした時にサヤカの目の奥がギラっと光った気がした。というか、あんなに怖い目をしたサヤカを初めて見た気がする。

「それは違うね。理想的な正解と現実的な落としどころは違うのよ」

 それはなんとなくわかるけど、

「そういう案件って、タダじゃできないの。前提としてかけられる予算の折衝から始まるのよ。もし再建なり、再生するのならこれだけの予算が必要の見積もりよ」

 たしかにそうだ。

「その予算だって満額出ることはまずないね。もちろん却下だって普通にある。却下されたらそれで終わりだけど、認められたらその予算内でどう成功させるかを工夫するのが仕事よ」

 ビジネスって投資に対する見返りになるのぐらいはわかる。資金回収が出来るのは当然として、どれぐらいの期間がかかるとか、どれぐらいの見返りがあるのかは計算するよな。

「あったり前じゃない。投資のための資金だってカネの成る木を持ってる訳じゃないよ。黒字になったって、より黒字になる案件があればそっちに投資するに決まってるじゃない」

 そうなるのだろうけど、

「秋野瞬は予算無しで臨んでるじゃない。もちろん秋野瞬にとって赤の他人に過ぎないマナミの友だちに投資する理由も義理もないから当然だけど」

 そこまで言うと腹も立つけど、事実関係としてそうなるな。だってマナミだっておカネまで貸す話となったらお断りだ。

「その条件内でベストを尽くしている評価はして良いと思う。と言うかさ、よくまあそんな不良案件に手を出したと思うぐらい」

 シビアだねぇ。わかんなくもないけど、

「そこで出した最良の答えが場所替えよ。味の評価をわたしはしていないからわからないけど、秋野瞬が下した判断をわたしなら尊重するね」

 でも渋られた。

「そりゃ、おカネがないもの。本来ならそこで資金協力を申し出て次に進むのよ。でも秋野瞬にはそれが封じられてる」

 そ、そうなるか。

「だから引き下がらざるを得なかった。これはそちらになる結論を予想していなかったからじゃなく、一番行って欲しくない答えになってしまっただけ」

 でも準備が不十分だって言ってたよ。

「秋野瞬を誰だと思ってるのよ。それぐらいあり得るのは余裕で予測してるよ。だからカマイタチなの」

 でも結局、どうしようも無いのは同じじゃない。そしたらサヤカはくすっと笑った気がした。

「ちゃんと正解を話してるよ。秋野瞬の理想の正解は神戸にでも新たに店を出すことよ。でもそれはおカネの問題で出来ないでしょ」

 だから後は破産して倒産を待つだけ、

「そこも秋野瞬なら見切ってるよ。その時に秋野瞬が落としどころにしたのは、もうわかるでしょ」

 わかるか! それにしてもビジネスになるとサヤカはこんな感じになるのかもしれないな。こんな上司がいたらおっかないだろうな。これでわからないなんて答えようものなら、良くて叱られ、悪けりゃ、無能の烙印を押されてお払い箱にされそうだ。

「あのね、仕事の時はここまで甘くないよ。マナミだからここまで説明してあげてるの。こんなに説明させられたらブチ切れるよ」

 おっかないな。左遷ぐらいさせられそう。

「このクラスならブルキナファソかな」

 それってどこにあるんだよ。

「ブルキナファソはね・・・」

 マジレスするな! たとえだろうが。日本なら礼文島とか、石垣島ってぐらいだと思うけど、これがビジネスの皇帝陛下とされるサヤカなんだろうな。

「まあ良いわ。マナミはこういうやり取りに慣れてないからね。秋野瞬はその店の未来はないと言ったよね」

 そう言った。

「だから一流店への就職を勧めたじゃない。それが答えよ。これぐらい誰だってわかるでしょ」

 わかるか!

「その友だちの旦那さんならわかったはず。その旦那さんには少なくとも二つの悩みがある」

 なんだそれ、

「一つは店が繁盛しないこと。だって腕には自信があるじゃないの。数々の食通を唸らせてきた腕がね。それなのに店はジリ貧になってるじゃない」

 だからイズミに呼ばれた。

「もう一つは今の腕の評価よ。現実がそんなのだから、腕が落ちたと人は考えるのよ。不味いから客が逃げてるはずだってね」

 貧すれば鈍すってやつだな。

「だから秋野瞬はその腕が今だって一流だと評価してやったのさ。それでも流行らない理由も添えてだ。だったら次にする行動は一つしかない」

 どこかの名店への就職ってこと?

「もし秋野瞬が後悔してるとすればそこだろうな。あの場で決めてくれたら就職先の口利きぐらい出来るからね」

 そんなコネを持ってるんだ。

「そりゃ、持ってるよ。秋野瞬はレストラン事業も手掛けていたもの」

 だからあれだけ味に敏感なのか。

「まあ、口利きぐらいは後からでも出来るから、そんなに後悔してるとは思えないけど」

 なんだよ、この連中の思考能力とか、判断能力は。こんなレベルで即断して動いてるって言うのかよ。

「こんなもの遊んでるのと同じ。大きな案件ならこんなお手軽に行くわけないでしょ」

 ビジネスの最前線ってこんなクラスの化け物とか妖怪がウヨウヨしてるんだろうな。よく生き馬の目を抜くっていうけど、こいつらならホントに抜きかねないよ。そういう世界の連中からカミソリだとか、皇帝陛下だとか、カマイタチって怖れられるのはどんだけなんだよ。

ツーリング日和20(第26話)真実は苦いかも

 帰り道で瞬さんに聞いたのだけど、

「いくつか対策を用意していたのだけど、まさかああなるとは・・・」

 まずイズミの旦那さんの腕は一流としてた。

「朱雀園の桑島さんに昔聞いたことがあったんだ」

 桑島シェフは名人とか達人とも呼ばれるけど、一方では地獄の閻魔様より怖いって言われるぐらいの人だそうなんだ。その弟子の中でお勧めできる人はいるかって聞いたことがあるんだって。そしたらしばらく考え込んでから、

『ロクな奴がおりまへんわ。そやけど・・・』

 一人だけ惜しがっている人がいたそう。家族の事情で辞めることになったのだけど、

『事情が事情やから認めんとしゃ~なかってんけど、あいつは惜しかった』

 その人って、イズミの旦那さん。

「それでよいと思う。東陽閣の味を受け継いでるのは桑島さんだけだし、ボクでもすぐにわかるぐらいの味を出せていたもの。あの桑島さんがあれほど惜しがっていたのがやっとわかったぐらいかな」

 だったら、

「だから困ったんだよ。ああは言ったけど、あれ以上町中華の味にするのは難しいと思う。というか、あの味なら神戸なら余裕で繁盛店になれるはずなんだ。あそこまでの味が出せる店なんてそうはないと思うもの」

 でも現実は銀将に押されまくって潰れそうになってるけど。

「それこそ地域性だ。それは結果が示しているじゃないか。あの味ではあの地域に受け入れられず、銀将に勝てないってことだ」

 だったら本来の腕を活かして、

「それは前に言っただろ。一流店路線はあの地域では成立しない」

 そうだった。でもなんかもったいないじゃないの。そこまでの腕があるのに、

「最初の腹積もりは、点心系の中に売り物を探し出してネットで売り出そうだったんだ。けどね、あそこまでの腕になると点心は無理だろう」

 本家中国でも点心の料理人は別系統になるのだそう。そうでない方の正統派料理をあそこまで極めてしまうと、

「そうなんだよ。その手は難しいと判断した」

 だから、

「それしか結論が出せなかった。あの地域のあの店にいる限り宝の持ち腐れにしかならないってことだ」

 なんてこと。

「あの腕があれば朱雀園だって雇ってくれるはずだ。それ以外でも一流ホテルなり、他の一流店でも歓迎してくれるはずだ。神戸でも、大阪でも、いや東京でだって隠れ家的な店を開けば、すぐに見つけ出されていくらでも客は集まるよ」

 でもイズミも、イズミの旦那さんも良い顔してなかったね。

「ボクの力不足だよ。マナミさんには力になれずに本当に申し訳なかった」

 そんな事ないよ。瞬さんだからこそそれだけの事を考えられたし、あれだけのアドバイスが出来たのじゃない。イズミにはまた相談しとく。

「不手際だった。あれほどの腕だってわかっていたら、いくらでも手立てがあったはずなんだ。いや、そういう可能性を考えて準備が出来ていない時点で大失態も良いところだ。なにがカマイタチだ、無能社員も良いところだ」

 聞きながら会社員時代の瞬さんがどれほどの凄腕だったか良く分かった。すべての可能性に対してあらゆる準備を入念にしてたんだって。今回だって不手際でも、失態でも、ましてや無能でもない。

 会社員時代はもっと事前情報を集められていたはずだもの。それが、今回はマナミの情報だけ。たったあれだけの情報で挑もうとするのが無茶だった。それにだよ、現役を離れてもう何年だよ。カマイタチの異名はダテじゃない、でもこんな上司の下で働く部下も大変だったかも。

 これって、恋人にも求められるだろうか。亡くなった奥さんはヒステリーだったと聞いたけど、もしかしてこんな瞬さんの要求に耐えかねてのものじゃなかったんだろうか。マナミにそれが出来る自信どころか、そもそも絶対に無理だ。

 やっぱり釣り合い悪いよね。そんなこと最初からわかってるのに、今回の事件で痛烈に感じてる。やっぱり出来る男には出来る女が必要だ。そうなだ、サヤカならお似合いだ。サヤカも話に聞く限り、仕事となると切れるなんてレベルじゃないみたいだもの。

 もうマナミが瞬さんに釣り合っていないとわかってるだろうな。いや、絶対にわかってるはず。なにしろカマイタチだ。マナミが気づかないうちにバラバラに切り刻まれてそのすべてを見抜かれてるはずだ。

 そうだよね。アラフォーのバツイチのブサイクなんて最初から恋愛対象にするわけないじゃない。あれだけ付き合ってくれるのも瞬さんにとっては、

「癒し」

 これだろうな。あまりにも頭が切れる人は、それを癒すためにおバカと話をするって聞いたことがあるものね。低レベルの会話をして頭の神経を休ませるぐらいだろ。だから瞬さんがマナミに抱いているのは愛情でなく友情だ。そりゃ、癒しをしてくれる友だちは貴重だろ。

 ひょっとしたらって思ったのがアホのアホたるところだった。最初っから恋愛対象でないって見切られてたはず。見切ったからこそ、逆にあれだけフランクに接してくれたんだ。それぐらいすぐにわかれよな。自分を誰だと思ってるんだって話だ。

 それでも時間こそかかったけど、ラブかライクかの問題に答えが出て良かった。勘違いしたまま突撃なんてやらかしていたら、どれだけ悲惨な目に遭ってたことか。これで終わった。そもそもあると思う方がおかしすぎた。

 それにしても、気づいてみれば簡単すぎる話だった。すべては思い込みと勘違いの積み重ねだってことだ。とは言うものの真実は苦いね。

ツーリング日和20(第25話)アドバイス

 家に帰ったからもイズミの店のことを考えていたのだけど、なんにもアイデアは浮かんで来ないのよ。だったら誰かに相談するのはありだけど、経営のことならサヤカはいるにはいる。だけど頼みにくいのよ。

 そりゃ、サヤカならカネ持ってるし、カネに物を言わせての再建だって出来るかもしれないけど、サヤカは社長なんだ。瞬さんにも聞いたけど忙しいなんてものじゃなく、結婚すらする間もないぐらいらしいもの。

 それにサヤカだって社長となれば皇帝陛下らしい。だから経営判断は鬼のように厳しいだろうから、イズミの店なんて、

『寿命よ』

 これぐらいで切って捨てるに決まってる。これはサヤカが冷たいのじゃなくて、常識的に考えたらそうなのぐらいはわかるもの。これだってせめてサヤカとイズミが幼馴染だとか、高校が同じであの店に通ったことがあるのなら少しは可能性があるけど、接点はゼロだものね。

 どうしようかと悩んだ末に、ダメモトで瞬さんに連絡してみたんだ。殆ど期待してなかったけど即答で、

「会って話を聞かせてくれ」

 こう返って来たのにビックリした。それも相談が相談だからって夜じゃなく昼間に会うことになった。ファミレスだったのだけど、

「ここなら長話がじっくり出来るからね」

 イズミの店の話を聞いてもらったけど瞬さんも難しそうな顔をしてた。だよね、そんなに簡単に奇跡なんか起こせるものじゃないよ。

「ところでだけど、マナミさんは食事をしましたよね」

 したよ。

「味はどうでしたか。これは忖度なしでお願いします」

 怖いぐらい真剣な顔だったのにビビったけど、あの時に食べたのは麻婆豆腐定食だったんだ。あの日のサービス定食だったからね。お味だけど、美味しかったけど昔と違う感じかな。この辺はマナミも高校生だったし、前に食べたのは何年前だの話だけどね。

「それは誰が作っているのですか」

 それはイズミの旦那だ。親っさんは脳梗塞を起こして、リハビリを頑張ってかなり回復はしたそうだけど、どうしても手の痺れが残ってしまったみたいで引退したって聞いたよ。

「どう違ったのですか?」

 グルメレポーターじゃないから上手く言えないけど、どう言ったら良いのかな、薄いと言うか、上品と言うか・・・でも美味しかったよ。

「美味しかったけど、薄くて、上品・・・」

 それからも瞬さんも考え込んでいたけど、

「飲食店が繁盛する理由はあれこれあるけど、やはり味が基本中の基本だ。とにもかくにも銀将を上回る味が出せないと手のつけようも無い」

 それはわかる。美味いからって必ずしも繁盛するわけじゃないけど、不味い店は間違いなく潰れる。それは鉄則みたいなものだ。

「不味くともライバル店が不在ならその地域のそのジャンルの唯一の店として生き残れる可能性はあるが、今回の場合は銀将がいるからな」

 そこなんだよね。

「さらに言えば銀将の中華は良く出来ていると思う。一流店には勝てないかもしれないがあの安さだ。あれだけの人気が出る理由がある。地域どころか近所に存在してるのは条件が悪すぎる」

 銀将はマナミも好きだもの。

「もう少し言えば銀将と同じ路線で競えば勝ち目はないだろう」

 たとえば値段で競ったら勝てるはずがない。あっちは巨大チェーンだもの。サービスって言っても限界があるし、店内の綺麗さは話にならないよ。

「勝機があるとすれば、路線をずらして対抗するぐらいしかないだろう。そのために何より重要なのが基本の味になる」

 それって高級路線にチェンジするとか、

「それも考慮に入れないといけないが、高級店の成立は難しいのだよ。神戸ならともかく、その店の地域では客層が薄すぎる」

 なるほど、なるほど、高級店となればお値段も高くなる。たとえばコース料理で一万円とかだ。神戸なら一万円のコースでも安いぐらいかもしれないけど、マナミの地元で一万円も払って食べる人なんて少ないもの。だったら、

「常套手段として一点突破はある。たとえば老詳記のブタマンだ。あれは専門特化してるが、そうだなラーメン屋ぐらいがわりやすいだろう。ラーメンにチャーハン、餃子ぐらいに絞って勝負するのはある」

 その分野だけは銀将を圧倒しようって作戦か。それならマナミの地元でも来る人はいるはず。

「けどね、ラーメンは難しい。人気を集めやすいがライバルが多すぎる」

 たしかに。ラーメン店ぐらいならマナミの地元にもあるもの。だったら、ラーメン以外で勝負となるけど、えっとえっと、

「中華料理には多彩なメニューはあるけど、ラーメンは別格なんだよ。あれはルーツこそ中華だが、どちらかと言うと、うどんとか蕎麦に近い位置づけなんだ。他のメニューで一点売りに出来るのはせいぜいブタマンぐらいだろう」

 餃子は。生餃子なんか売ってる店も増えてるよ。

「あれはオカズだ。ラーメンならそれで一食になり得るものなんだ。それに餃子もライバルが多すぎる」

 だったらどうすれば、

「だから言ってるじゃないか。基本は味だって。そこの店の料理人がどれだけの味を出せ、なにを作ることが出来るのかで変わって来る。少なくともマナミさんの評価は悪くない。まず食べてから次を考えるべきだ」

 だからって来週の土曜日に行くの?

「仕方ないだろ。日曜日は定休日なんだから」

 行ったよイズミの店に。瞬さんは青椒肉絲定食を食べたけど、もう怖いなんて顔じゃなかった。それこそすべてを調べ尽くすように食べてた。ニコリともしなかったから美味しくなかったのかな。食べ終わった瞬さんは、

「御主人とお話をさせてもらっても良いですか」

 イズミの旦那さんが厨房から出てきたのだけど、

「ありえないはずですが東陽閣におられたのですか」

 えっ、東陽閣ってあの東陽閣のこと。神戸でも一流中の一流とまで呼ばれた店じゃない。でもあの店も震災の時に潰れたはずだけど、

「東陽閣ではありませんが、朱雀園に勤めていました」
「そっかそっか、桑島シェフは朱雀園に変わられたのでした」

 朱雀園って・・・東陽閣がなくなってから神戸でも一番とされてる店じゃない。行ったことないけどね。

「ならばどうして」
「女房の親っさんが倒れたもので」

 イズミの親っさんが倒れたから助けに入っていたのか。

「はっきり申し上げます。あなたの腕はこの店には合っていません」

 そんな事はないでしょうが。朱雀園で修行したら一流じゃない。その味だって瞬さんは食べただけでわかるぐらいだからちゃんとしたものじゃない。なのにどうして、

「御主人ならわかっているはずです。この味では町中華に向いていません」
「そこまでわかるのですか。出来るだけ修正したつもりですが」
「不十分です。それは結果が示しています」

 どういう事だって瞬さんに聞いたのだけど、一流の店で修行した一流の料理人にしばしば起こることだって言うのよ。

「一流の店では一流の味がわかる客が集まります。料理人もそういう客が満足する料理を作ります。そういう客の評価が店の評価を決めるからです」

 それって海原雄山みたいな鬼グルメみたいなやつ。

「そんなイメージで良いと思います。だからひたすら繊細な味になるだけじゃなく、それを極める方向になります」

 悪いことじゃないはず。

「こういう店の客層が求める味はもっとシンプルなものです。御主人の感覚からすれば下品かもしれませんが、これでは上品過ぎてパンチが足りないの評価になるのが町中華です」

 それってマナミの舌がバカってことなの。

「そうじゃありません。美味い不味いは食べた人の評価がすべてです。そういう意味ではいわゆる舌の肥えた客の評価の方が偏っているとも言えます。一流の店は美味しいとはされますが、客のすべてが満足しているわけではないのです。ただ美味しいと言う食通連中の評価を盲信しているのだけかもしれません」

 つまり客がこの店に期待してる味じゃないってことか。だったらそこを直せば、

「難しいです。既にこの店の味の評価は定着しています。変えてみたところで、右から左に評判なんて変わるはずもありません」

 うむむむ、それそうだろうけど。そこから瞬さんは考え込んだのだけど、

「もしわたしにアドバイスを求めるのであれば、この店にこだわるのをやめるべきです。御主人の腕はこんなところで揮うものではありません。昔から良禽は木を選ぶと申します。この店は御主人には合っていません」

ツーリング日和20(第24話)相談

「この辺もお店が増えたじゃない」

 それは走って来たから知ってるよ。高校の頃に比べても増えてるよね。それもちょっとオシャレそうな店も出来てる。

「銀将も出来てたでしょ」

 あったな。あのチェーンは大きいけど、こんなところにも出来てるのにちょっと驚いたかな。

「あそこってさ、安くて旨いが売りじゃない」

 卵一日何万個のCMは知ってる。

「お客さん取られちゃって危ないのよ」

 なるほどそういうことか。イズミの店も安くて旨いだけど、どうしたって銀将に行っちゃうかもね。まあ、言いたくないけど昔のままで薄汚れてしまってる。中華は小汚い方が美味しいっていうけど、

「あれは都市伝説みたいなもの」

 入るなら銀将に行くだろうな。今日だってイズミに呼ばれたから来たけど、なんにも知らなかったら銀将に行くものね。じゃあ改装したら、

「カネがない」

 まあ改装したって、それで客が取り戻せるかと言われれば疑問符がテンコモリなのはわかる。もしするにしたって、改装したら繁盛するぐらいに見通しがないと借金だけが増えるものね。

「だからマナミが頼りなのよ」

 他にいないのかよ。こういう時にはコンサルってのもあるだろうけど、コンサルはコンサルでピンキリも良いとこらしいのは聞いたことはある。高いコンサル料だけ取ってロクな仕事をしないのも多いらしいものね。

「昔にそんなテレビ番組があったじゃない」

 あれか。潰れかけの飲食店を再建しますってやつだろ。あれはね、ごくシンプルには新たな看板メニューを作り上げ、それに見合うようなイメージに店を改装して、

「リニューアルオープンしたら大繁盛」

 そうなった店もあったかもしれないけど、そうならなかった店の方が多いのじゃないかな。あの番組のラストが曲者だと思うんだ。たしかにお客さんが来て繁盛してるように見えたけど、あの客がどこから湧いて出たかが問題なんだよ。

 テレビって台本があるのよ。台本以前にああいう番組だから、最後は繁盛しないと話にならないじゃない。あれだけやって失敗でしたのじゃ、放映なんか出来るものか。だから番組制作サイドはどんな手を使ってでも客を集めたはずなんだ。

「それってサクラとか」

 だと思うよ。少なくとも鳴り物入りみたいにテレビ局が放映するって宣伝してるだろうし、その番組が収録される日だってそう。そこまでになれば、

「テレビに映るかもしれないってだけで来るよね」

 そういうこと。似たような番組もあったじゃない。

「そっちも見てた。リフォームするやつね」

 あれがトラブル続出でなくなったものね。番組では完成したリフォームを匠の技の結晶みたいに絶賛してたけど、

「あれだけの費用を出したのに使いにくくて話にならなかった」

 余計に不便になった話もいくらでも転がってるぐらい。ああなってしまった原因は色々あるだろうけどまずは演出のエスカレートは絶対にあると思う。ああいうリフォームで視聴者が求めるのは、

「こんな家をどうするって言うんだ!」

 ここから入らないといけないじゃない。そのためには番組が続けば続くほど難度は上がるしかない。難度が上がり過ぎると誰が手を出しても無理なものは無理になるよ。だってあれこれ工夫を凝らすには面積が絶対に必要だ。

「あれだね、ワンルームマンションを4LDKには出来ないってことよね」

 それに近い感じだと思う。演出は小手先に求められるのもある。たとえばやたらと出て来る階段収納みたいなやつ。

「それ思った。あんなもの役に立つのかって」

 まだあるぞ。見た目上の演出だと思うけど、天井を取っ払ってしまうとか、壁をなくして広く見せようも、

「あんなことしたら、エアコン代が高くなるし、それより部屋が暖まらないし、冷えないよ」

 そういうこと。吹き抜け構造とか、だだっ広い大部屋を作れば解放感は演出できるけど、他はデメリットが多いのよ。掃除だってどうやってやるのかと思うぐらい。だけど番組演出として、

「見栄えはともかく実際は住みやすいは最初から無いのか」

 そんな感じになって行ったはずだ。

「途中からおかしくなってたよね。リフォームと言いながらほぼ建て替え状態になってたもの」

 それでも全面建て替えにしていないのは建築基準法の関係で、建て替えになれば築面積の問題がでるからだそうだけど、あそこまでぶっ壊せば費用も上がるし、

「求められるものだって高くなる」

 そういうこと。トラブルにならない方が不思議だ。とは言うもののイズミの店をなんとかしてあげたい気持ちはマナミにだってある。友だちの店でもあるし、高校時代の青春の思い出の店でもあるもの。

 とは言うものの潰れかけになってる状態から奇跡の復活をさせるようなアイデアがポンポン出てくれば誰も苦労なんかするものか。そんなにお手軽に出来たら、潰れる店なんてこの世からなくなるだろうが。

「それはそうなんだけど・・・」

 マナミぐらいが知恵を絞っても何にも出るはずがなく、最後に出た遁辞は、

「とりあえず考えてみる」

 申し訳ない気分で一杯だったけど、もうイズミの店に来ることはないかもしれない。だって放っておいても潰れるだろうし、もし次に行くなら再建のアイデア無しで行けるはずも無い。帰り道に涙が出た。

ツーリング日和20(第24話)旧友の問題

 今日は高校時代の友だちのイズミの店に来てる。ここも懐かしいな。高校の近くにあるのだけど、良く食べに行ってたんだ。いわゆる町中華だけど、ラーメンとかチャーハンとか良く食べてたもの。ギョウザもなかなかなんだ。

 花の女子高生に中華はちょっとミスマッチのところもある。これは田舎だから他に店が無かったんだろうと言われそうだけど、そんなことはないのよ。高校の近くに県道があるけど、そこにはロードサイドの店が当時から建ち並んでたんだよ。

 ファミレスもあったし、マクドもあったし、カラオケもあった。パチンコ屋は高校生には関係なけどカフェというより喫茶店も何軒かあったんだ。この辺も変わったところもあるし、店だって当時より増えてる感じもするな。潰れてなくなってる店もあるけどね。

「久しぶり」
「ホント、久しぶりだね」

 イズミは卒業してから実家の中華の店を継いでるんだ。

「子どもさんは」
「部活だよ」

 結婚して子どももいる。イズミの結婚は早かったな。成人式の翌年ぐらいだったじゃないかな。だからもう中学生だ。すぐに昔話に花が咲いたのだけど、

「あのクソ校長には参ったね」
「ホント、ホント。こっちは中坊じゃないっちゅうの」

 通ってたのは田舎の三番手校だったから、ノンビリしてたんだよ。しょっちゅう遅刻するのはいたしエスケープするのもいた。そんなに多くなかったけど、こっちからすると、

「いつものことだったものね」

 そりゃ、高校生だから遅刻やましてやエスケープは良くはないだろうけど、高卒就職組がとにかく多かったから、高校なんて卒業すれば十分ぐらいって感じだったもの。それに荒れた学校じゃなかったし、

「ヤンキーがブイブイ言わせる学校でもなかったものね」

 そんな高校に新しい校長が赴任してきたのだけど、理由は良くわからないけど風紀に異常に熱心だったんだよ。

「毎朝校門のとこに先公が立ちやがるし、エスケープする連中を追い回すんだもの」

 他に服装チェックも異常に厳しかった。だってだよ、リボンの結び方までケチ付けるんだもの。

「だよね、ブラウスのボタンなんて開けてたら、生徒指導室まで連行されちゃったよ」

 他にも靴とか、靴下とか、

「髪留めのゴムまで口出ししやがった」

 パーマや髪を染めてた連中なんて悲鳴をあげてたもの。トドメは、

「下校時の外食禁止」

 ファミレスとかマクドに寄るのを禁止されちゃったんだ。行きたくても先生たちが始終回って来るからシャットアウト状態になったもの。だからイズミの店に屯するようになったんだ。イズミのお父さんも学校から協力を要請されたみたいだけど、

「親父は怒っちゃってあんな張り紙を張り出したもの」

 あれは笑ったな。だって張り紙には、

『犬と高校の教職員は立ち入るべからず』

 思いっきり喧嘩売ってた。あれでイズミがよく退学にならなかったものだ。あそこまでやらかしたのは建前上では学校を良くするためだけど、

「点数稼ぎだよ。でもさぁ、うちらの高校でやるのは無理があり過ぎだよ」

 これは卒業してから聞いた話だけど、ある校長がいわゆる荒れた高校を建て直しただけでなく、進学実績もあげたらしいんだ。それが高い評価を受けたらしいけど、

「あれはド田舎の高校だから出来ただけよ」

 マナミの高校だって田舎だけど、うちの県って広いから、高校に進学するにも地域で実質的に一つってとこもあるんだ。そういう高校って地元の中学からゴソって感じでその高校に入学するじゃない。

「うちらの高校とは生徒の質が違うよ」

 これじゃあ、わかりにくいか。身も蓋もないような話だけど、勉強が出来るやつって持ってるものが違うと実感してる。もっとあからさまに言うと出来る奴の割合は決まってると思うんだ。

 地域に一つしか高校がなければ、そこには高卒で精いっぱいの者から、それこそ国公立だって狙えるのも混じるじゃない。中学なんてそうだもの。だけどさ、こっちは田舎と言っても三番手校だ。

 出来る奴は一番手校にまず入り、中学でサボっていて可能性があるのだって二番手校に入ってしまう。マナミたちの三番手校なんて、

「残りカス。ドラゴン桜の見過ぎだよ」

 実感としてそうだった。もちろん可能性を言い出せばキリがないけど、

「あれって成績と言うか、頭の良し悪しもあるけど、それより何よりやる気がない」

 少しでもやる気があれば三番手校なんかに入って来るか! あれって思うのだけど、

「そうよそうよ、ああいうのって滅多に起こらないから褒められる代物。ホント、エエ迷惑だった」

 風紀をギチギチに締め上げられて勉強にラッパを吹きまくられたけど、

「夏休みの補習だって、何人出たのやら」

 夏休みだよ、夏休み。進学校の連中は補習をやってるぐらい知ってるけど、就職組の連中にとってはどこの話だってことだ。頭の中は遊ぶことしかあるものか。ところで今はどうなってるの。

「学校はあるけど、名前が変わってる」

 どういうこと?

「この辺も子どもが減ったから四番手校と合併よ」

 あの底辺校と合併だって! あそここそ、田舎なりのヤンキーの巣窟みたいな高校だったんだけどな。歳も取ったし、時代の流れを感じるな。そうそう、今日はイズミから呼び出されて来たようなものだけど、

「ゴメンね。それにしてもマナミがバイクで来たのにビックリした。この歳から暴走族になるなんて意外だった」

 アホか。バイクを見ただろうが。乗ってるのはモンキーだぞ。あれって一二五CCの小型バイクだ。あんなものでどうやって暴走するって言うんだよ。

「バイクに変わりはないじゃない」

 なわけがないだろうが。マナミがやってるのはツーリングであって断じて暴走族じゃない。

「まあ、信じとく」

 信じろよな。

「でさぁ、今日来てもらったのはマナミと見込んでの相談なんだ」

 何を見込んだって言うのよ、

「マナミって頭が良いじゃない」

 どこがだ。同じ高校に行ってただろうが。もう忘れたのか、

「だって、大学に入ってるし、神戸の大きい会社にだって勤めてるじゃない」

 それは都合の良い誤解の塊だぞ。大学って言うけど、たかが三明大だ。あんなところの卒業生だなんていう方が恥ずかしいぐらいじゃないか。勤めてる会社が大きいって言うけど、あれはサヤカの口利きでなんとか入れただけ。あんなところにまともに就職できるわけがないだろうが。

「それはマナミがそれだけ良く出来るって事じゃない。だってだよ、イズミの友だちで大学に入れたのはマナミだけだもの」

 うぅぅぅ、それはそうだけど、そんなもの見込まれたってそれこそお門違いも良いところだ。ここまで来てるから話だけは聞くけど。