流星セレナーデ:衝突の日

 彗星衝突が避けられないものになり、ついに衝突予想日が発表されました。世界中が大混乱になり、平和そうな日本だってもう仕事になりません。クレイエールも無断欠勤者がうなぎ上りに増えユッキー社長は、

    「彗星衝突日までお休み」
 これは英断と言うより現状の追認みたいな格好です。重役会議でさえ歯抜け状態で欠勤者が続出している状態ですからね。衝突前の最後の重役会議で彗星衝突までの間はどうやってクレイエール本社を守るかの討議が行われました。もう警備員だって集めるのは困難になっているからです。

 これは空き巣対策もありますが、やけっぱちになった暴徒が集団で襲ってくる事態も予想されるからです。海外ではそういう事件が既に頻発しており、クレイエールの海外支社も襲われているからです。ミサキは四女神が守るしかないと思っていましたがユッキー社長は、

    「コトリと二人でお留守番しておくわ」
 ミサキやシノブ専務には家族がいるので一緒にいる方が良いとのことです。正直なところマルコやサラ、ケイのことも心配でしたから助かりました。それにこういう場合はユッキー社長とコトリ副社長が会社に居てくれれば、これ以上の警備はありません。ミサキがいてもかえって足手まといです。

 重役会議後に最後まで出勤していた残り少ない社員にも帰宅命令が出て、お互いに生きて再会したいものだと励まし合って帰る姿が印象的でした。ミサキも玄関で家に帰る社員を見送り、最後にユッキー社長と、コトリ副社長に、

    「ご無事を祈っております」
    「ミサキちゃん、だいじょうぶだって」
    「そうそう、休暇みたいなものだよ」
 神戸市内も人がめっきり少なくなりました。彗星衝突で直撃されれば手の施しようはありませんが、せめて海に落ちた時の津波被害を免れようと沿岸の都市から内陸部に多くの人が避難してしまったからです。六甲山も、もうクルマで上がるのは不可能で、ケーブルカーで上がろうにも運航は中止になっています。

 公共交通機関もついに運行が維持できなくなり、ミサキもクルマで会社に来ています。マルコと一緒に家に向かいましたが、

    「ミサ~キ、ゴースト・タウンみたいだね」
    「そうねぇ、もう開いてる店もないんじゃない」
 十日ほど前まではサバイバルのための食糧や備蓄物資を求めて長蛇の列が出来ていました。これも、既に売り切れてしまい、さらに店を維持できるだけの従業員の確保も出来なくなったようです。道路もそうで、神戸を脱出する人で一時は大渋滞になっていましたが、今ではすれ違うクルマさえまばらで、警備のために巡回するパトカーが目立つぐらいでしょうか。

 ミサキはマルコと相談の上で神戸に残ることにしています。サラとケイはどうしようかと悩んだのですが、やはり一緒にいる方が良いと判断しました。そうそう学校は既に休校となっています。

 家に帰ってテレビをつけると、テレビ局はまだ維持されていました。ただテレビ局も人員確保に苦しんでいるようで、NHKと民放連合の二本立てになっています。そして流されているのはひたすら彗星関連のニュースのみです。CMも無くなっています

 空を見上げると壮大な彗星が見えます。彗星の名前はセラーノ彗星ですが、九本もの大きな尾を持つことから日本では九尾の狐にもよく喩えられています。昼間でもはっきりと見ることができます。

    「マルコ、綺麗なんだけどね」
    「当たるんじゃなければな」

 衝突予想日までは緊迫しているとはいえ、やることがありません。こういう状況になったら人はなにをするんだろうって前から思っていましたが、実際にそういう状況に置かれると、大したことはしないようです。ミサキは家族のために食事を作ってますし、マルコは掃除に励んでいます。洗濯物を干す時にふと、

    『これも後何回干すのかな』
 そんなことを思うぐらいでしょうか。日本に限っていえば懸念された治安はさほど悪化していないようです。これは警察だけでなく自衛隊も総動員して治安維持に努めているのもありますし、警察官や自衛隊員が職場に踏みとどまってくれているお蔭と感謝しています。そうそう、電気やガス、水道も維持されているのも感謝しています。

 衝突まで数日あるので須磨のビーチまで行ってみたのですが、思いの外に人がいました。釣りをしている人がいたり、ビーチバレーを楽しむ若者、波打ち際で戯れる子どもたちの姿もありました。ビーチではバーベキューは禁止になっているのですが、あちこちでやっています。声をかけると、

    「良かったら、食べてって。最後ぐらい楽しまなくっちゃ、せっかくの休みだし」
 人ってここまで追い込まれると開き直るものだと感心していました。というか、この時点で神戸に残っている人だから、ここまで開き直っているのかもしれません。ここまでくると、ジタバタしてもしょうがないぐらいでしょうか。

 そういうミサキの家でもホームパーティやりました。シノブ専務の御家族だけでなく、近所で残っている人も集まって賑やかなものになりました。飲めや歌えの大騒ぎだったのですが、別れ際では口々に、

    「彗星の後にまたやりましょう」

 そう言いながら別れの挨拶を交わしていました。そうしてついに衝突の日を迎える事になりました。ちょっとだけ感心したのがマスコミというかテレビ、全局が彗星を追っかけてくれています。もっともついにNHKまで含めた全局連合になっていますが、他にやることがないのでずっとテレビを見ています。

    「ミサ~キ、着陸するんだよね」
    「それがね・・・」

 先日の宇宙船の故障の可能性を話すと、

    「なんてこった」

 テレビでは刻一刻と近づく彗星の様子が予測軌道と共にプロットされています。テレビの方の焦点は陸に落ちるか、海に落ちるかで、海であってもどこに落ちるかの予測を延々とやってます。ミサキとマルコは、地球まで降りて来るのか、それとも衛星軌道に留まるのかが関心の一点です。

    「マルコ、この調子なら地球に降りてきそうね」
    「じゃあ、故障か」
    「片道移民船の可能性も残ってるわ」

 やがて彗星は大気圏に突入したみたいです。

    「ミサ~キ、なんか分解してるって話だぞ」

 やはり故障と思いながら続報を聞いていましたが、彗星はどうもオーストラリアに向かっているようです。予測着陸地点の推測はさらに進みグレートサンディ砂漠に絞られてきました。

    「ミサ~キ、陸地だな」
    「爆発したら世界の終りね」

 やがて地球衝突時刻になりましたが、

    「ミサ~キ、爆発しなかったみたいだぞ」
    「でも着陸って感じでもなさそう」

 とりあえずテレビ画面では爆発せず地球が救われたことで大喜びしてました。そりゃ、そうなるわよね。マルコもホッとした表情になっています。マルコが缶ビールを冷蔵庫から持ってきて、

    「この結果は乾杯で良いだろう」
    「そうね、望みうる最高の結果かもしれないもの」
 二人で乾杯しました。とにかく無事生き残ったのです。

流星セレナーデ:彗星接近

 いよいよ彗星は接近し、地球への衝突は不可避との予測が濃くなっています。国会でも連日彗星問題が審議され、政府も担当大臣を任命したり、特別対策室を作ったりしていますが、事実上のお手上げ。先日の国会審議でも総理が、

    「後は日本から遠くの海に衝突してくれるように神頼み」
 こう口をすべらしてしまい、総理の責任追及問題の方に熱中している始末です。総理の気持ちもわからないでもありません。全国民を安全に避難させる方法なんてあるわけありませんし。

 今日は例の料亭での密談。メンバーは四女神と佐竹本部長。この料亭も大繁盛してまして予約を取るのが大変でした。メンバーなんですがユッキー体制に移行した時に佐竹本部長を入れるかどうかはミサキはどうかと思ったのですがユッキー社長は、

    「女神の男だから資格はあるよ。マルコも入れてもイイぐらいだけど、マルコは日本語苦手だし、佐竹本部長はイタリア語が苦手だから外してる」

 コトリ副社長はもっとあからさまで、

    「女ばっかりやったらツマランやん」

 ごもっともです。

    「ユッキー、あの彗星やけどちょっと変やと思わへん」
    「コトリもそう思う?」

 どういうことか聞くと、尾を引きすぎてるんじゃないかってお話です。

    「そうなると」
    「可能性あると思うねん」

 これじゃわかりにくいのですが、彗星が宇宙船だとしてもなんらかのトラブルを起こしている可能性です。

    「でも、ああいう尾を引く構造って可能性は?」
    「そこを言いだすとキリがなくなるし、母星の宇宙船を見たことがあるのがユダだけだからあくまでも推測よ」
    「そやねん。ユダでさえ、母星の宇宙船を飛んでるところを見たことがあるかどうか怪しいしな」

 母星のテクノロジーは地球が原始時代と思われるぐらい発達しているで良さそうですが、宇宙開発熱はユダが知っている一万年前でも冷めていたようです。宇宙船の製造技術は保存されているとユダは言っていましたが、宇宙旅行も含めて細かなノウハウは失われている部分がある可能性はあります。

    「仮に故障してたら何が期待できますか」
    「故障の程度によるけど、運が良ければ地球を外れて宇宙の塵になる」

 ここでコトリ副社長が、

    「でもそれは甘そうに思うよ。もう地球への照準はバッチリみたいやから、地球に衝突するのは避けられへんと思うのよ」
    「えっ、着陸じゃなくて衝突」
    「故障してたらやけど。制御が利かんようになって衝突はありえる」

 それはそれで被害が出そう。ユッキー社長は、

    「色んな可能性はあるけど、母星に帰れなくなるかも」
    「そうなったら救援を呼ぶとか」
    「そこがわかんないのよねぇ。そもそも母星と通信できているかどうかもわかんないし」

 コトリ副社長が、

    「これも推測やで。あの宇宙船やけど、起きてる奴がいて操縦してるかどうかも疑問に思てるねん」
    「どういうことですか?」
    「テクノロジーが進んだら、大概の事は人よりコンピュターの方が優れるようになると思うねん」

 そういえば囲碁でも将棋でも人はコンピューターに勝てなくなってるものね。

    「それといくらテクノロジーが進んでも人がメシ食ったり、息吸ったりするのは制御できへんやんか」
    「そっか、生身の人を乗せてると生命維持装置が大がかりになっちゃうんですよね」
    「そういうこと、コールドスリープだって場所とるやん」
    「だったらやっぱり片道用の流刑船」

 ユッキー社長とコトリ副社長が顔を見合わせて、

    「ユッキーは決闘ショーの録画船の仮説立てとったけど、いくらテクノロジーが発達しても流刑囚を追っかけるのは大変やと思うんよ」
    「それはコトリに同意。意識を追っかける技術があったとしても、それは禁断の技術になってるはずなのよ」

 なるほど、母星では意識を分離し記憶を継承できるのはごく一部の指導者層だけで、この指導者層の動きを察知できる技術は封じられると考えるのが妥当だわ。

    「今のところで言えば、とにかく来てみないとわからへんのよね。宇宙飛んでるうちは地球の技術でも神の力でもどうしようもあらへんねん」

 たしかに、

    「あの宇宙船だって何万人もの流刑囚が乗ってるって前提で話を考えてるけど、単なる観測船かもしれへんやん」
    「そうなのよねぇ、仮に乗っていても無事着陸なり、降下できるかはこれかの問題だし。その連中が以前の神のように殺し合うかどうかも不明なのよ」

 コトリ副社長はビールを片手に、

    「実はなぁ、全然違うこと考えててん。一万年ってやっぱり長いやんか。ユダが覚えてる時代がそのまま続いてるかどうかも疑問やと思わへんか」
    「どういうことですか」
    「一万年前にかなり大規模なクーデター騒ぎがあったのは信じても良いと思うし、それが失敗したのも事実やと思ってる。でもな、母星の政府はそういうクーデター騒ぎが起り得る素地があったとも見れるやんか」

 なんとなくミサキにもコトリ副社長が言いたいことがわかってきました。

    「一万年の間に二度とクーデター騒ぎが起っていないと考えるのは不自然やし、それが常に失敗してたと考えるのも不自然と違う」

 たしかに、

    「だから今度は政府側の人間が星流しになっていると考えるのが一つ」
    「一つってまだあるのですが」
    「母星自体がなんらかの原因で行き詰まり、新天地を求めてる」
 一万年前に地球に神が連れて来られた宇宙船の大きさは不明ですが、運ばれてきたのは意識を詰め込んだカプセルだけだったとされます。これも実際の大きさは不明ですが、せいぜい一メートルぐらいだったと考えられています。

 その程度のものを運ぶには今回の宇宙船は大きすぎるのではないかがユッキーさんの指摘ですが、母星を脱出して新天地を地球に求めているのであれば、話の辻褄は合います。ユッキーさんが疑問としていた着陸しての往復機能だって不要になります。

    「でも一隻だけなのは」
    「推測やで、生き残ったのが一隻だけってのはありえるかもしれへんやん。宇宙技術自体はあっても使っていない技術やし、時空トンネルだって母星から五十年先のままやったら、その途中で脱落した可能性はあると思うよ」

 これもあくまでもコトリ副社長の推測ですが、一万年前の地球への星流しも地球にたどりついたのは一割ぐらいだった可能性があります。

    「だったら」
    「後は到着してみんとわからへんってこと。果たして鬼が出るか蛇が出るか」
    「それとも宇宙の塵になる」
 やっぱりコトリ副社長は知恵の女神だ。

流星セレナーデ:彗星騒動

 セラーノ彗星は今や巨大な尾を引いて輝いています。尾も一本ではなく九本ぐらい見えています。明るさも尋常じゃなく昼間でもハッキリ見えます。衝突予測も今や五分五分ぐらいなっており世情は騒然と言ったところです。

 そりゃ、あんだけマスコミが連日のトップニュースとして取り上げ、被害予測を報道しまくったら騒然としない方が不思議です。現在の被害予測は、陸地に衝突すれば巻き上げられた粉塵で十年ぐらいは日光が遮られ、生き残った人類も食糧不足から激減するだろうですし、海なら沿岸地域だけではなく、かなりどころでない内陸部まで大津波で壊滅的被害を蒙るだろうです。

 簡単には彗星が衝突すれば現代文明は終焉を迎えるぐらいです。予測としては根拠に基づいたものでしょうが、そういう被害予測が周知されると何が起るか不安でした。海外では暴動が頻発しているとの報道もされています。彗星が衝突すれば、なにもかも終りみたいなものですから、やけっぱちになる人が出て来ても当然かもしれません。

 ただ思いもかけない現象も起っています。クール・ド・キュヴェ商品が飛ぶように売れ始めたのです。ジュエリーもまたそうです。この現象への説明として、貨幣にしろ、財産にしろ、彗星が衝突してしまえば無価値になりますから、

    『使えるうちに使ってしまえ』

 こういう心理状況になっているとされています。ユッキー社長やコトリ副社長にも聞いてみたのですが、

    「ごく最近ならハレー彗星の時がそうだった」

 とにかくお二人の『ごく最近』ですから注意が必要なんですが、一九一〇年の時の事を指すようです。この風潮は高額商品が売れるだけでなく歓楽街も大賑わいで、行きつけのバーのマスターも、

    「いやぁ、セラーノ彗星様々ですわ。これで彗星が当たらなかったら大儲けです。私は当たらない方に賭けてます」

 ユッキー社長も、コトリ副社長もドライなもので、

    「この際、儲けるだけ儲けておく」
 そういう方針で大増産を命じています。お二人はハワイでのユダとの会談で彗星衝突はないと判断してますからね。クレイエールでも思わぬ物が売れました。彗星衝突も陸地より海の方が被害がマシは最近の認識になっているようです。たとえばハワイ会談の時に出ていたインド洋に落ちてくれれば、太平洋沿岸や大西洋沿岸の被害は少なくすむとも考えられています。

 陸と海の比率からして海に衝突する可能性が高くなりますが、たとえば太平洋に衝突したとしても、高いところにいれば生き残れる可能性が高くなります。そのために神戸で注目されたのが六甲山です。

 六甲山は明治のころから別荘地や保養所として利用されていましたが、最近の人気はかあり落ち気味になっていました。ところが彗星騒ぎで高価に取引され始めたのです。クレイエールも保養所を持っていましたが、これがまた歴史があり過ぎ、年季が入り過ぎており、さらに最近では閉鎖状態で廃虚化しつつあったのですが、

    『是非、欲しい』

 引き合いが殺到しました。会社では彗星の太平洋衝突に備えてキープしておく意見が強かったのですが、ユッキー社長もコトリ副社長もトットと売り払われてしまいました。コトリ副社長は、

    「ミサキちゃん、不良債権が処理できた」
 聞くと『えっ』てな価格になっていました。そこまで吊り上げるかと思いましたが、それでも買いたい人がいるわけで、本社ビル三十階の仮眠室設置費用は楽々とペイしています。

 海外では暴動騒ぎもあるようですが、日本ではそこまでは行ってないようで。その代りなんか妙な騒ぎが各地で起っているようです。

    『ええじゃないか』

 幕末の頃によく起ったとなっていますが、ユッキー社長もコトリ社長も、

    「同じようなことが起るんだねぇ」

 そうなんですよねぇ、このお二人は『ええじゃないか』を実際に見てるのです。見てるどころか、

    「あの頃はこんな感じで踊ってたよね」
    「あら、コトリのところはそんな感じだったの。わたしのところはねえ・・・」

 それぞれが経験している『ええじゃないか』の話で盛り上がってました。それ以外に街であふれかえっているのは彗星グッズ。彗星パン、彗星ケーキ、彗星ソーダ、彗星饅頭、彗星煎餅、彗星ヌードル、彗星チップス・・・彗星茶とか彗星米、彗星味噌ってのもあって笑いましたし、彗星焼って何かと思ったら、タダの回転焼きでした。ユッキー社長や、コトリ副社長に便乗しないのかと聞いたのですが、

    「なんか品が無いよね、コトリ」
    「コトリもユッキーと同じ意見や。ブームも悪乗りしすぎると、後でしっぺ返しがくるし」
    「こんな一時のブームに躍らせれるなんて恥ずかしいじゃない」
    「そう女神の矜持があるのよ」

 そう言いながらお二人が手に持っているのは彗星ビールで、

    「なかなか手に入らへんかってん」
 ミサキも一緒に飲んでいますし、おつまみは彗星チーズに、彗星サキイカ、彗星サラミに彗星枝豆。なんでもかんでも彗星を付ければエエってもんじゃないと思いますが、ついつい買ってしまいます。そうそう今夜の我が家の晩御飯は彗星カレーに彗星サラダの予定です。

 この辺はまだ平和な話なのですが、ちょっと厄介なのは世情不安に便乗した宗教系。とくに怪しげな新興宗教団体です。これが結構な人気を集めているのですが、日本だけで自称イエスが何人いることやら、コトリ副社長なんて、

    「イエスはユダの中におるんやけど、言うても無駄やろな」
 新興宗教団体も信者集めしているだけならさして害はないのですが、彼らの真の目的は金儲けのところなのが少々厄介。宗教団体の金儲けと言っても、神社やお寺が売っている彗星お札や彗星お守りぐらいならイイですし、ミサキも持っています。

 新興宗教団体の集金は信者からも取り立てますが、最近のトレンドは企業に押しかけて献金を取ろうとします。基本的な手法は大勢の信者を引き連れて会社を取り囲み、彗星からの被害を免れたければ献金をせよと迫ります。献金するまで簡単には引き下がらないので、クレイエールの近所の企業もやむなく献金しているところもあります。

 クレイエールにも来ます。たとえば、

    『真のイエスの復活』

 こういうのが来たら、コトリ副社長はおもしろそうに対応に出られます。

    「あなたのお名前は」
    「私は主イエス・キリストである」
    「日本語がお上手ですね」
    「イエスに不可能なことはない。彗星衝突を免れたいのなら私を信じなさい」
    「あなたが本当のイエスなら従いましょう」

 この自称イエスは神の力が使えると力説するのですが、コトリ副社長は、

    「イエスを自称される方はこの世に多いもので言葉だけでは」

 そうしたら自称イエスは一人の男を招き寄せます。男は車椅子に乗っていましたが、

    「この男は交通事故で下半身麻痺になり歩けなくなっている。今からこの男を歩けるようにしてみせよう」

 そんなもの三文芝居にもならないとミサキは内心笑っていましたが、コトリ副社長はちょっと大げさすぎる調子で、

    「そんなことが出来るなんてまさに神の奇跡です」

 自称イエスはなにや男に仕草を施し。

    「さあ、歩いてみよ」

 コトリ副社長が歩かせるわけもなく、

    「歩けないようですが」
    「いや、そんな事はないはず」

 そうしたら自称イエスはヘタヘタと座り込んで動けなくなります。

    「これは、いったい・・・」
    「あら、イエスでしたらご自分で治せるはず」

 そのまま動けないので担がれるように運ばれるのですが、当然のように信者の数は激減。消滅してしまったところもあります。だいたいこんな感じでコトリ副社長かユッキー社長のどちらかが出て撃退しちゃいます。そのせいか、最近ではその手の新興宗教団体の間で、

    『クレイエールは手を出さない方が良さそうだ』
 こういう評判が定着して静かになってくれています。

流星セレナーデ:ユッキー社長の見方

 ハワイから帰ってから会社の方で動きがありました。重役会議で、これまで彗星問題をそれほど深刻に取り上げられなかったユッキー社長やコトリ副社長の態度に変化があったのです。ユダとのハワイ会談の影響と見て良いでしょう。

    「これから彗星問題は社会的にも深刻化する懸念が強いと見ています。場合によっては社長や副社長が泊まり込みでの陣頭指揮、それも長期になる可能性さえ考えられます。それに備えておきたいと思います」
    「社長、具体的には?」
    「手始めにといってはなんですが、長期の泊まり込みに対しての仮眠設備的な物を設置したいと考えています」
    「どこに作られますか」
    「三十階でイイんじゃないかと。あそこは空いてるスペースが多いですから、その隅っこにでも作りましょう。イイですよね、香坂常務」

 ユダとの会談の成果として彗星の地球衝突の可能性はなくなったと見て良いと考えていますが、代わりに母星からの新たな神対策は長期化する可能性は十分にあります。

    「異議はございません」

 ミサキもハワイ会談で得られた情報をあれこれ考えています。とにかく神同士の会話はキツネとタヌキの化かし合いみたいなもので、ハワイではコトリ副社長の受け取り方を聞きましたが、ユッキー社長の見方も是非聞きたくなりました。アポを取って三十階の社長室に向かいました。

    「コトリ副社長は母星の宇宙船が片道用か往復用かでリスクは変わると考えておられましたが」
    「わたしは往復用の可能性が高いと見てるわ。片道用にしては大きすぎる気がしてるの」

 これもユダ情報を信じるしかありませんが、かつて原初の神たちが詰め込まれたカプセルはさほどの大きさではなかったとされます。それを送り込むだけなら、小さな宇宙船が地球に着陸さえすれば良いだけだからです。

    「ただね、それでも小さすぎる気もしてるの。この辺はテクノロジーの差もあるからなんとも言えないけど、地球から飛び立つのにはかなりのエネルギー量が必要なのよね」

 ミサキの頭の中にはスペースシャトルの発射シーンが浮かんでいます。スペースシャトルは宇宙との往復は可能でしたが、スペースシャトル単体では地球を飛び立てず、巨大な補助ブースターを必要とします。

    「そうなると」
    「ミサキちゃんも鋭いね。周回軌道からの降下もあると考えてる」
    「となると降下して来るのは」
    「意識だけの神ってのはアリと思う」

 そういう方式で地球に上陸されると手のうちようがなくなりますが、

    「目的はなんなのでしょう」
    「想像するしかないけど・・・」
 これもまたユダ情報しかないのですが、一万年前の母星は超が付く独裁国家だったそうです。そりゃ、指導者やその側近たちが記憶を受け継ぎながら宿主を移って行き、政治を取り仕切っていたからです。

 ユッキー社長は、それでも統治しきれなかったとみています。一つの証拠が地球に送り込まれた流刑囚です。これは反乱の結果であるのを信じるのなら、一万年の間にも周期的に起っていたはずだの見方です。そういう政治への不満をガス抜きする手段として、指導者は戦争を良く利用します。母星内での戦争は難しい状態になっていると見て良さそうですから、国外というか、星外への遠征です。

    「では超兵器を駆使しての地球制服目的とか」
    「そうなれば終りだけど、違う気がする」

 国内の不満のガス抜きのための戦争はアッサリ勝って、費用も出来るだけかけないのが戦略の常識だそうです。そもそも地球を征服したところで母星にとって大した意義があるとは思えないとユッキー社長は仰います。言われてみればそうで、母星と地球の連絡路は不安定なところがあり、地球経営のための投資の回収は容易な物とは思えません。

    「そうなると・・・」
    「そうあって欲しいの願望もあるのだけど、死刑廃止に連動すると見ているわ」
    「やっぱり、グルっと回って流刑囚?」
    「ある種の政治ショーというか見世物ね」

 ユッキー社長は古代ローマでも盛んに行われた剣闘士のショーみたいなものを考えておられるようです。地球に送り込まれた流刑囚はサバイバルのために必死で戦うでしょうから、その戦う姿を母星で放送して楽しんでもらうぐらいです。

    「そうなってくると最後は神の能力勝負」
    「わたしも見世物にされるのは気が向かないけど、こんな騒ぎで死にたくないし」
    「でも神がアメリカ大統領とか、ロシア大統領とか、中国の国家主席になったりしたら」
    「無能力者やミニチュア神程度だったら赤子の手を捻るようなものなの。それこそローマ教皇に拝謁しただけでユダは殺すか取り込むだろうし、日本に来ればわたしとコトリで始末する」
    「能力者だったら」
 ユッキー社長は窓際に歩いて行かれ、
    「わたしが知っている範囲もそんなにあるとは言えないけど、仮に一万人いたとしても、強い神はそんなにいなかったと見て良さそうなのよ。一万人から千人に減る速度、さらに千人から百人に減る速度は、そんなにかかっていないかもしれない。でも・・・」
    「でも、なんですか」
    「ユダの話は引っかかるのよね」
    「どこがですか?」

 ユダは母星には地球の神のような能力者はいなかったとしていましたが、一方で意識と肉体の分離技術の使用は非常に限定的としていました。それこそ指導者とその側近と星流しの流刑者ぐらいです。

    「神になる前のユダには神は見えないのよ。いや、ユダだってイエスを抱える前は見えてなかったかもしれない。母星の神が地球の神のように能力がある可能性はやはり残るのよ」
    「放射線防護シールドの話は?」
    「逆だった可能性も考えてる。地球に送り込む流刑囚の能力を削いでいたかもしれない」
    「それだったら」
    「数には勝てないってこと」
    「そんなぁ!」

 ユッキー社長は静かに振り返り、

    「やっぱり床にカーペット敷こうよ。冬は底冷えするんだから」
    「ダメですが・・・これはいったい」
    「言ったじゃない仮眠室よ」

 三十階は女神の喧嘩への罰として、天井もなく壁も床もコンクリート剥きだしのままです。社長室や副社長室と言っても簡易式の衝立で囲っただけですし、机や椅子もヒラ社員と同じです。その状況は今も変わっていません。変わっていませんが、社長室と副社長室以外のスペースにユッキー社長が仰っていた仮眠設備が設けられています。これが、

    『なんじゃこれ』
 こうしか表現しようのない仮眠室が出来上がっています。とりあえず瀟洒な門があり、門をくぐると庭を通って立派な玄関になります。屋根は瓦葺のようです。そこから見事な廊下を歩いて行くと広いキッチン・スペースを備えたダイニング。ここもタップリスペースが取ってあります。

 豪華な応接セットを備えたリビングもあり、シャンデリアが綺麗でグランド・ピアノまで置いてありホーム・バーまであります。他にも映画鑑賞室兼カラオケ・ルーム、ビリヤード室、ベッドルームも四つもあり、それぞれにバス・トイレが付いてます。それだけでなく外を一望できる広いジャグジー付のバスルーム、なんとサウナまであるじゃないですか。

 ウォークイン・クローゼットも余裕の広さで二ヶ所も設置されていますし、ドレッシングルームも同様に二ヶ所。ドラム式の洗濯機も二台。

    「社長、あそこの角は」
    「あれ、コトリがアスレチック・コーナー作るって言ってた。運動不足の解消とシェープアップに必要って」
    「じゃあ、あっちのところで作りかけているのは」
    「お茶室があってもイイかと思って。心落ち着けるのに良さそうでしょ」

 ミサキはあきれ顔で、

    「そこまで手を入れてられるのに社長室と副社長室だけカーペットを敷かれないのですか」
    「女神懲罰官の許可がいるでしょ」

 や ら れ た。あの重役会議で仮眠室設置の了承をミサキに振ったのはこれを作るためだったんだ。たしかに度が過ぎるほど豪華な仮眠室ですが、三十階の天井にも壁にも床にも手を付けていません。空きスペースへの設置をミサキは許可していますし、そこに具体的にどんなものを作るかまで制限意見を出していません。これはお二人にとって、

    「なにをしても良いフリースペース」
 こう受け取られるってことです。まるでモデルルームのような三十階を見ながら茫然とするミサキがいました。こいつら三十階に家を作りやがったんだと。まさか、これがしたいばっかりにあれだけ喧嘩を繰り返していたとか。でも、あの二人ならこれぐらいやりかねません。

流星セレナーデ:ハワイの夜

 お二人は遊ぶ遊ぶ、というかお二人が遊ぶ手配にミサキは振りまされっぱなしです。勢いとして、たった三日間でハワイを遊びつくしたいぐらいですから、そりゃ大変です。こりゃ、普通の秘書じゃ勤まらないとしみじみ感じました。でもミサキは気になるので聞いてみました。

    「ユダの言葉は信じることが出来るのですか」
    「ミサキちゃんも神々の会話に少し慣れた方がイイよ」

 神々との会話と言っても、実質ユダだけだと思いましたが、よく考えればコトリ社長の言葉にも平気でウソが混じります。ユッキー社長はどうなんだろう。

    「まずね、ミサキちゃん、ユダが本気で用事があったのは信じて良いよ。ユダだってコトリとユッキーを同時に相手する気はないと思うから」
    「つまりはリスクを冒した」
    「そういうこと。そうやって騙すこともあるけど、ほら無事じゃない。ハワイに罠を仕掛けていたら、もうなにかされてるはずよ」

 まさか翌日の飛行機をキャンセルしたり、これだけ遊び狂っているのは罠の有無の確認のためとか、

    「それとあの彗星が神の母星の宇宙船とわかるのはユダしかいない。どうもだけど、流刑にされる時に意識だけにされただけではなく、眠らせもしなかったみたいだね」

 そっか、そっか、母星で意識が分離された時に眠らされていたら、時空トンネルの入口まで五十年とか、放射能防護シールドの欠陥なんて知りようがないんだ。

    「ミサキちゃん、神はね、余計な事を他の神には普通は教えないのよ。教える時は自らのメリットがある時のみ。ユダはコトリたちが原初の記憶がないのを知ってるから、あえて教える時はなんらかの目的があるとまず考えるの」
    「宇宙船の話からまるきりウソの可能性は」
    「無いとはいわないけど、そのウソでユダが得られる利益は考えにくいわ」

 そうやって考えるのか。たしかに彗星を宇宙船と騙したところでユダのメリットは考えにくいものね。

    「地球の神の原初は一万人ぐらいとユダは言ってたから、今度の宇宙船もそれぐらいか、下手するとそれ以上の規模の可能性はある。その一万人が新たな神になって暴れ出したら往生するだろうは同意や」
    「それがウソって可能性は」
    「宇宙船が本当は彗星であったらなにも起らないだけ」

 ホントに神同士の会話って疲れる。

    「じゃあ、宇宙船をインド洋に誘導して墜落させる事で意見は一致したのですね」
    「してないよ」

 ミサキはズッコケそうになりました。

    「ミサキちゃん、コトリでもユダでも無理な物は無理ってこと。神の力だって、遠くなれば落ちるのよ」
    「でも災厄の呪いはかなり遠くまで及ぶはずですが」
    「人相手なら、そんなに力はいらないの。でも宇宙船クラスを動かすとなると、いくら頑張っても目に見える範囲ぐらいが精いっぱい。それも最終軌道を少しずらせる程度ってところ」

 それだったらクレイエール本社への直撃を避けるぐらいになり、インド洋への誘導なんて不可能です。

    「ミサキちゃん、わからないかな。彗星は爆発しないのよ。宇宙船だから着陸するってこと」

 あっ、そうだった。

    「まず問題は原初の地球の神のように流刑船であるか、往復機能を持つ宇宙船かだね」
    「違いがあるのですか」
    「流刑船なら片道で済むから、流刑囚の意識を詰め込んだカプセルを地表に着陸させれば良いだけでしょ。これが海に落ちてくれたラッキーぐらいかな」

 浮く可能性もあるかもしれないとコトリ専務はしてたけど、流刑囚用にそこまでする可能性は低いとコトリ副社長はしています。付け加えて精密誘導のレベルも低い可能性もあるとしていました。

    「ユダは反乱の逮捕者は十万人以上はいたとしてたけど、地球で生き残ったのは一万人ぐらいとしてた。つまり、他の流刑船の神は着陸時か、それ以前に遭難して死んでいると考えられるよ」

 そうだユダは地球以外に母星が植民活動はしていなかったとも言ってた。母星とほぼ同様に暮らせる星なんて、そうそうは無いと考えるのは確かに合理的だもんね。

    「往復型だったら」
    「一万年前でも地球に植民活動していた時期があったから、地球の海も知ってる事になるじゃない。対策されてる可能性は十分にある」

 あの会話からここまで考えを巡らさないといけないのか、

    「わざわざユダが今回の情報を知らせた意味はなんなのですか」
    「素直に取ると敵の敵は味方の確認かな」

 母星からの新たな神の出現は、コトリ副社長にもユダにも脅威である点は共通として良さそうですが、

    「でも裏切って新たな母星の神とユダが手を組む可能性は」
    「ミサキちゃんもわかってきたね。それもゼロじゃないと心づもりはしておく必要はあるのよ」

 そっか、だから、

    「じゃあ、問題の焦点は」
    「そういうことになるかもしれない」

 ユッキー社長も、コトリ副社長も、ユダも強大な神であり、強大であるが故にここまで生き延びて来たとしても良いと思います。神の力に強弱があるのはわかっていますが、この神の力がどこから生じたかの問題が出てきます。ユダの情報では流刑囚の輸送中のアクシデントによる可能性があるとしています。それを信じるかどうかですが、

    「ユダの放射能説はどうお考えですか」
    「そこが問題なのよね。ユダの意図として考えられるのは、新たな神と敵対するか、協力するか、それとも・・・」
    「それともなんですか」
    「支配下に置くもあるで良いと思う」

 そうだユダにはそういう能力もあるんだった。

    「ではハワイ会談の目的は」
    「そうだねぇ、母星の神との全面戦争になった時に、お互いの足の引っ張り合いは避けようぐらいかな」
    「それだけですか」
    「コトリたちがどれだけ知ってるかの確認もあるよ」
    「それって」
    「ユダにも出来るけど、ユッキーだって神の取り込みは出来るのよ」

 なんちゅう難解な会話かと感じた次第です。

    「全面戦争になる可能性はどれぐらいあるのですか」

 そこにユッキー社長が顔を出されました。

    「コトリ、そろそろ行こうか」
    「そうね、最後の夜だから楽しまなくっちゃ」
    「ミサキもお供します」
    「既婚者はダメよ」
 あちゃ、男遊びか。毎晩毎晩ようやるわ。