セラーノ彗星は今や巨大な尾を引いて輝いています。尾も一本ではなく九本ぐらい見えています。明るさも尋常じゃなく昼間でもハッキリ見えます。衝突予測も今や五分五分ぐらいなっており世情は騒然と言ったところです。
そりゃ、あんだけマスコミが連日のトップニュースとして取り上げ、被害予測を報道しまくったら騒然としない方が不思議です。現在の被害予測は、陸地に衝突すれば巻き上げられた粉塵で十年ぐらいは日光が遮られ、生き残った人類も食糧不足から激減するだろうですし、海なら沿岸地域だけではなく、かなりどころでない内陸部まで大津波で壊滅的被害を蒙るだろうです。
簡単には彗星が衝突すれば現代文明は終焉を迎えるぐらいです。予測としては根拠に基づいたものでしょうが、そういう被害予測が周知されると何が起るか不安でした。海外では暴動が頻発しているとの報道もされています。彗星が衝突すれば、なにもかも終りみたいなものですから、やけっぱちになる人が出て来ても当然かもしれません。
ただ思いもかけない現象も起っています。クール・ド・キュヴェ商品が飛ぶように売れ始めたのです。ジュエリーもまたそうです。この現象への説明として、貨幣にしろ、財産にしろ、彗星が衝突してしまえば無価値になりますから、
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『使えるうちに使ってしまえ』
こういう心理状況になっているとされています。ユッキー社長やコトリ副社長にも聞いてみたのですが、
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「ごく最近ならハレー彗星の時がそうだった」
とにかくお二人の『ごく最近』ですから注意が必要なんですが、一九一〇年の時の事を指すようです。この風潮は高額商品が売れるだけでなく歓楽街も大賑わいで、行きつけのバーのマスターも、
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「いやぁ、セラーノ彗星様々ですわ。これで彗星が当たらなかったら大儲けです。私は当たらない方に賭けてます」
ユッキー社長も、コトリ副社長もドライなもので、
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「この際、儲けるだけ儲けておく」
陸と海の比率からして海に衝突する可能性が高くなりますが、たとえば太平洋に衝突したとしても、高いところにいれば生き残れる可能性が高くなります。そのために神戸で注目されたのが六甲山です。
六甲山は明治のころから別荘地や保養所として利用されていましたが、最近の人気はかあり落ち気味になっていました。ところが彗星騒ぎで高価に取引され始めたのです。クレイエールも保養所を持っていましたが、これがまた歴史があり過ぎ、年季が入り過ぎており、さらに最近では閉鎖状態で廃虚化しつつあったのですが、
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『是非、欲しい』
引き合いが殺到しました。会社では彗星の太平洋衝突に備えてキープしておく意見が強かったのですが、ユッキー社長もコトリ副社長もトットと売り払われてしまいました。コトリ副社長は、
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「ミサキちゃん、不良債権が処理できた」
海外では暴動騒ぎもあるようですが、日本ではそこまでは行ってないようで。その代りなんか妙な騒ぎが各地で起っているようです。
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『ええじゃないか』
幕末の頃によく起ったとなっていますが、ユッキー社長もコトリ社長も、
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「同じようなことが起るんだねぇ」
そうなんですよねぇ、このお二人は『ええじゃないか』を実際に見てるのです。見てるどころか、
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「あの頃はこんな感じで踊ってたよね」
「あら、コトリのところはそんな感じだったの。わたしのところはねえ・・・」
それぞれが経験している『ええじゃないか』の話で盛り上がってました。それ以外に街であふれかえっているのは彗星グッズ。彗星パン、彗星ケーキ、彗星ソーダ、彗星饅頭、彗星煎餅、彗星ヌードル、彗星チップス・・・彗星茶とか彗星米、彗星味噌ってのもあって笑いましたし、彗星焼って何かと思ったら、タダの回転焼きでした。ユッキー社長や、コトリ副社長に便乗しないのかと聞いたのですが、
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「なんか品が無いよね、コトリ」
「コトリもユッキーと同じ意見や。ブームも悪乗りしすぎると、後でしっぺ返しがくるし」
「こんな一時のブームに躍らせれるなんて恥ずかしいじゃない」
「そう女神の矜持があるのよ」
そう言いながらお二人が手に持っているのは彗星ビールで、
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「なかなか手に入らへんかってん」
この辺はまだ平和な話なのですが、ちょっと厄介なのは世情不安に便乗した宗教系。とくに怪しげな新興宗教団体です。これが結構な人気を集めているのですが、日本だけで自称イエスが何人いることやら、コトリ副社長なんて、
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「イエスはユダの中におるんやけど、言うても無駄やろな」
新興宗教団体の集金は信者からも取り立てますが、最近のトレンドは企業に押しかけて献金を取ろうとします。基本的な手法は大勢の信者を引き連れて会社を取り囲み、彗星からの被害を免れたければ献金をせよと迫ります。献金するまで簡単には引き下がらないので、クレイエールの近所の企業もやむなく献金しているところもあります。
クレイエールにも来ます。たとえば、
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『真のイエスの復活』
こういうのが来たら、コトリ副社長はおもしろそうに対応に出られます。
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「あなたのお名前は」
「私は主イエス・キリストである」
「日本語がお上手ですね」
「イエスに不可能なことはない。彗星衝突を免れたいのなら私を信じなさい」
「あなたが本当のイエスなら従いましょう」
この自称イエスは神の力が使えると力説するのですが、コトリ副社長は、
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「イエスを自称される方はこの世に多いもので言葉だけでは」
そうしたら自称イエスは一人の男を招き寄せます。男は車椅子に乗っていましたが、
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「この男は交通事故で下半身麻痺になり歩けなくなっている。今からこの男を歩けるようにしてみせよう」
そんなもの三文芝居にもならないとミサキは内心笑っていましたが、コトリ副社長はちょっと大げさすぎる調子で、
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「そんなことが出来るなんてまさに神の奇跡です」
自称イエスはなにや男に仕草を施し。
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「さあ、歩いてみよ」
コトリ副社長が歩かせるわけもなく、
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「歩けないようですが」
「いや、そんな事はないはず」
そうしたら自称イエスはヘタヘタと座り込んで動けなくなります。
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「これは、いったい・・・」
「あら、イエスでしたらご自分で治せるはず」
そのまま動けないので担がれるように運ばれるのですが、当然のように信者の数は激減。消滅してしまったところもあります。だいたいこんな感じでコトリ副社長かユッキー社長のどちらかが出て撃退しちゃいます。そのせいか、最近ではその手の新興宗教団体の間で、
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『クレイエールは手を出さない方が良さそうだ』