流星セレナーデ:ユダとの会談

 ハワイではユダが待っていました。レストランの個室で会ったのですが、ユダは随員も連れずに一人でやって来ました。服も枢機卿の赤の正装でなくラフな服装です。それでもユッキー社長とコトリ副社長にはユダが見えています。もちろんユダにも見られています。ユダは如才なく、

    「これはこれは首座の女神、初めてお目にかかります」
    「次座の女神とは神戸の聖ルチア教会以来ですな」
    「ほほう、こちらは三座の女神ですか。今日は平和に行きましょう」

 食事は始まりましたが、

    「ユダよ、要件は先に済ました方が良い気がするが」
    「お望みならそうしよう」

 ミサキはユダを初めて見ますが、外見は知的な紳士風です。

    「ユダ、知っておるのか」
    「首座の女神よ、おそらくだがまず間違いない」
    「でも一万年だぞ」
    「そこを言われるとこの地球上で確認する方法はないが、そうである可能性は高い」
 三人の話を理解するには前提が必要です。ミサキたち神は母星でクーデターを起こし星流しになった流刑囚だそうです。これが原初の神なんですが、現代では両手に足りないぐらいしか生き残っていないと考えられています。

 その神の中で記憶を受け継ぐタイプはおそらく三人、ユッキー社長と、コトリ副社長と、ユダです。しかしユッキー社長とコトリ副社長は、五千年前に主女神から分身した神であり、それ以前の記憶はありません。

 ユダは二千年前にイエスを取り込むことによって記憶を受け継げるようになっただけではなく、原初の記憶もかなり取り戻しているとされます。実質として神の中で原初の記憶が曲りなりにでもあるのはユダだけと見ても良さそうです。

 こういう前提があった上での話になりますが、ユダの記憶によればセラーノ彗星は母星の宇宙船によく似ているとしています。見えるのかいなと思わないでもありませんが、ユッキー社長やコトリ副社長にも見えているとしか思えません。ひょっとして彗星騒ぎでお二人が楽観的なのは、彗星が宇宙船であることが見えており、地球には来るが激突などしないと知っておられるのかもしれません。

 三人の話の焦点は初っ端から飛躍してまして、彗星が宇宙船であるかどうかより、宇宙船の正体がどこからのものかになっています。ユダは母星の宇宙船の形態から母星のものの可能性が高いとし、ユッキー社長は一万年前からの形態の変化の可能性を指摘したってところのようです。

    「証拠はないが傍証ならある。一万年前の母星はたしかにテクノロジーは極度に発達していたが、宇宙開発については既に斜陽技術になりつつあった。おそらく当時でも地球時間で千年ぐらいほとんど進歩していなかったはず」
    「社会に不要な技術は進歩しないし、逆に退歩することもあるからな」
    「技術としての完成度は非常に高かったし、それを保存する技術もあったが、改良する気もなかったぐらいだ」

 神の母星とされるところは、宇宙開発熱は遠の昔に冷め、長距離宇宙航海技術は古典的技術扱いだったみたい。ここでコトリ副社長が、

    「ユダ聞いてもイイか。その母星のテクノロジーはアインシュタインを越えたのか」
    「いや基本的には越えていない、ただ潜り抜けた」
    「どういうことだ」

 ここはユダも詳しくは知らないとしてたけど、宇宙には時空の歪がかなりあるみたいです。現代の地球の科学でもブラックホールではそういう事が起こるらしいぐらいの知見はあります。そこの研究が極度に進められた末に、時空の歪みを利用した宇宙旅行が可能になったそうです。イメージとしてはトンネルとかバイパスとか、ドラえもんのどこでもドアみたいな感じかな。

    「人工的に作れるのか」
    「それは無理だったみたいだ。観察し発見する技術が発達し、それを利用するための宇宙地図が作られていたようだ」
    「それは固定なのか」
    「とは言えないようだ。変動はあったと聞いている」
    「それを利用して地球に来たのか」
    「そうなる」

 時空の歪を利用する技術は凄いけど、同時に宇宙開発熱を冷ます結果にもなったみたい。ある時期までは神の母星から地球までの時空トンネルは、半年から一年ぐらいのところにあったそうですが、それが変動で移動し五十年ぐらいかかるところになってしまったみたい。母星の人の寿命もユダから聞く限り人類と大差ないみたいだから、時空トンネルの入口まで往復百年は厳し過ぎたってところかな。コールド・スリープみたいな手法を利用すれば可能でしょうが、宇宙旅行から帰れば浦島太郎になってしまうのは嫌がられたぐらいのようです。

    「また入口が変動したとか」
    「可能性はある」

 この時空の歪みを利用した宇宙旅行技術だけど、植民までしたのは地球だけらしい。つまり母星と地球は良く似た環境で、宇宙服無しでも暮らせるぐらいだったからで良さそうです。かなりの規模の植民活動を行ってたらしいのですが、時空トンネルの変動により母星との連絡が不可能になったらしいとユダはしている。

    「その名残がオーパーツと見て良いかもしれない」

 オーパーツとは技術発達史とは別に突然現れた先進技術の遺物ぐらいの理解で良いと思う。ユダの説明では母星からの支援が数千年かそれ以上の単位で途絶え、先進文明は退行し滅んでいったとしてる。

    「ユダの時は?」
    「五十年かけて運ばれたんだよ」

 だから星流しってところかな。意識だけで肉体はなかったから、生命維持装置も簡便で済んだらしい。そうなるとだけど、

    「ユダの予想ではどちらが来る」
    「近くに通路が出来ていたら両方かな。そうじゃなきゃ、意識だけ」
    「じゃあ、また星流し」
    「それは来てみないとわからない」

 ここまで話が進んで、やっとユダが女神に相談したいことがミサキにもわかった気がします。ユッキー社長が、

    「どっちでも厄介だな」
    「そういうことだ」
 現在の地球上に残る神は下手するとエレギオンの五女神とユダ、さらにユダがカードとして持っているらしい神しか残っていないのよね。たとえばだけど星流しの流刑囚であっても新たな神だし、かつてのような覇権を目指しての神同士の殺し合いが再現される可能性が出てくるんだ。

 神同士の殺し合いも厄介だけど、人も巻き込まれるし、一万年前とか五千年前、さらには二千年前に比べても地球のテクノロジーは発達してるから、被害は古代の比じゃないのはミサキにもすぐわかる。これが侵略目的でも同じ。

    「平和友好使節の可能性は?」
    「ゼロじゃないが、地球ぐらいの未開な文明と平和友好条約を結ぶ意味が乏しいだろう」

 ユダの話が深刻なのはミサキにもわかるけど、ユッキー社長はニコニコ笑ってるし、コトリ副社長なんて目がこれ以上はないぐらい細められてる。

    「力は?」
    「そこは微妙だ」

 これはユダも自信がないとしていたけど、母星の神には地球の神のような能力は無いとしている。どうもコトリ副社長たちが使っている能力は、どこかで突然変異的な要因が加味された可能性があるとユダはしている。

    「あの時の流刑宇宙船だが、どうも欠陥があったみたいなのだ」
    「欠陥とは?」
    「放射能防護シールドがどうにも不良だったみたいだ。流刑宇宙船だからケチったのか、他の原因かは今となっては不明だが」
    「今度は違う可能性があるとか」
    「来てみないとわからない」

 意識に対しての放射能の影響と言われても不明だけど、その辺はわかんないよな。

    「ユダは何を考えてる」
    「ユダの言葉、さらには神の言葉だから信用もしないだろうが、私の今の目的のためには新たな神は不要だ」
    「金儲けか」
    「そうだ、人が争う分には儲かるが、神が絡むと破滅しかねない」
    「では戦うと言うのか、これだけしかいないんだぞ」

 ユダは苦しそうな顔をしながら、

    「その通りだ。地球に上陸され、分散されてしまえば手の施しようがなくなる」
    「誘導か」
    「それしかない」

 ここでユッキー社長が、

    「地球から外すには眠れる主女神と、ユダが抱えているイエスを合わせても難しい。そもそもこの二人を解き放つリスクだけでも大きすぎる」
    「それはわかってる。私とてイエスを離すのは怖い。だからせめて着陸点を誘導したい」
    「海か」
    「それしかない」

 ここでコトリ副社長が含み笑いをしながら、

    「言うまでもないが信用しない。だが協力はしよう。お互いへの影響が一番少ないインド洋はどうだ」
    「わかった」

 ミサキは息詰る思いで三人の会話を聞いていました。翌日には日本に帰国予定ですが、

    「ねえユッキー、せっかくハワイまで来たんだから遊んで帰ろうよ」
    「そうだね、コトリ、でも三日間だけよ。それ以上はシノブちゃんが可哀想」
    「ユッキーも物わかりがイイ」
    「じゃあ、ミサキちゃん手配ヨロシク」
 ひょっとして女神の秘書役ってこれなの。

流星セレナーデ:セラーノ彗星

 この彗星の正式名はセラーノ・パブロウスキ・ヤコノビッチ彗星なのですが、これじゃ長すぎるのと頭文字をとってSPY彗星とするにも、これじゃスパイ彗星になってしまうので世間ではセラーノ彗星と呼ばれています。

 この彗星も見つかった当初は地球に接近する可能性と、大彗星による天文ショーが見られる可能性が話題になった程度なのですが、接近するどころか地球に激突する可能性が出始めた頃から風向きが変わって来ています。

 これだって当初はNASAが、せいぜい五万キロメートルぐらいしか近づかないと発表して落ち着きかけたのですが、各国の観測チームが次々に反論を発表し、今では衝突する可能性が否定できないにまでになっています。国会でも質疑が行われましたし、緊急国際会議も開かれています。クレイエールでも重役会議の話題に出たことがあるのですが、

    「とりあえず本社ビルはわたしとコトリが守る」
    「ユッキー、海にでも逸らしといたらエエよな」
    「船に当てないように注意してね」
    「でも津波が起るで」
    「それも防いだらイイじゃないの」

 お二人にとってはその程度の関心ですが、世間ではツングース隕石や、さらには恐竜を絶滅に追いやったといわれるユカタン半島への大隕石並の被害が出ると大騒ぎです。これについても、

    「それぐらいでも逸らせるけど、押し返すんは無理やな。ユッキー、出来る?」
    「ちょっと無理かなぁ」
    「二人で力を合わせたらどやろ」
    「大きさによるけどね。まだ遠いし」
 出来るんかいな思ったけど、お二人ならやりかねないと思った次第です。このセラーノ彗星なんですが、動きが若干不自然の話題が特集で出てました。言い方が変かもしれませんが、地球に当たるように、当たるように微妙にコース変更してるんじゃないかの専門家の見方が紹介されてます。

 彗星に意思などあるはずがないのですが、新たな彗星予想が出るたびに地球への命中確率が上がっているのは間違いありません。近づくにつれて彗星情報は増えるのですが、世間はセミ・パニック状態になっていくのはミサキも感じます。マルコでさえ、

    「庭に防空壕掘ろうか」
 そんなもの掘ったところで当たれば意味がありません。そういえば核シェルターが飛ぶように売れてるなんてのも話題になっています。被害予想はマスコミが煽るものだから、陸地に当たれば水爆百個分ぐらいとか、海に当たれば沿岸都市は津波で壊滅なんてのが連日出ています。人類滅亡みたいな盛り上がりとすれば良いでしょうか。

 そんな時に聖ルチア教会のフェランド司祭の訪問がありました。聖ルチア教会とクレイエールは結婚式場の優先利用で提携関係にありますから、フェランド司祭の訪問自体は不自然ではないのですが、切りだされた話がミサキには最初はトンチンカンでした。

    「今度の彗星騒ぎについて、エウスターキオ枢機卿が是非相談したいことがあると仰っております」
    「どうしてヴァチカンが彗星対策を。それもクレイエールに相談は筋違いですわ」
    「エウスターキオ枢機卿が仰るにはルチアの天使に相談があるとのことでした」
    「日本に来られるのですか、それともヴァチカンに出向く必要があるのですか」
    「枢機卿はどちらもお互いにとって良くないので、第三国としてハワイでお会いしたいとのことです」
 ミサキにもようやく話見えてきました。エウスターキオ枢機癰は国務大臣でもあるのですが、ヴァチカン銀行にも深く関わっています。ヴァチカンの財政の最高責任者みたいなものですが、そういう地位にあってクレイエールの女神を知り、さらに日本でもイタリアでも会いたくない人物は一人しか思い浮かびません。フェランド司祭が帰った後に、
    「コトリ副社長、エウスターキオ枢機卿って」
    「そうよ、イスカリオテのユダよ」
    「なんの用事でしょうか」
    「そうねぇ、ポイントは協定を守りたいってところかな」
    「でも、おびき寄せておいてだまし討ちとか」
    「ないとは言えないけど、神は神にしか倒せないの。ユダの力は強大だけど、ユダは神としては変わってて、平気で戦いを回避できるの」

 ユッキー社長も、

    「今回は決闘の為でないでイイと思うわ。クレイエールにはわたしとコトリがいるのよ。二人を相手にするほどユダはバカではない」
    「じゃあ、なんのために」
 社長と副社長は顔を合わせて、
    「おもしろうそうやんか」
    「そうねぇ、ちょっとワクワクする」
    「退屈しのぎにハワイに行こうや」
    「あら、時差ボケは?」
    「こんな楽しいことやったら喜んで我慢する」

 あちゃ、これも段々とわかってきたのですが、優等生タイプで常に冷静沈着に見えるユッキー社長も、実はコトリ社長と同じぐらいハラハラ・ドキドキ体験が大好きなのです。最近では一皮剥けば同じじゃないかと思うぐらいです。

    「それでコトリはどう思う」
    「ユダには、うちらにない記憶があるやんか」
    「そうよねぇ、やっぱりコトリもそう思うんだ。あの彗星の動きからすると、ありえるものね」

 ここでミサキは、

    「社長、先はどう見えてるのですか」
    「今は見えないわ。でもユダに会う価値はあるわ。行くのはわたしとコトリとミサキちゃんの三人で、シノブちゃんにはお留守番してもらうことにする」
    「ミサキも行くのですか」
    「うん、この仕事はクレイエール・レベルの仕事で収まりそうな気がしないの。間違いなく女神のお仕事よ。女神の秘書は悪いけど三座の女神のお仕事なの。三人で行くわ。フェランド司祭と連絡取ってハワイ旅行の手配をしといてちょうだい」
 ユッキー社長とコトリ副社長の見方ではユダとの決闘騒ぎは起りそうにないし、たとえそうなっても首座と次座の二人の女神に勝てる神がこの世に生き残っているかどうかは疑問。ユダだって一対一ならまだしも、コンビで来られたら勝てないと思う。まあ、こういうワクワク・ドキドキ体験の時のお二人は呆れるほど息が合うし、喧嘩もしませんからハワイでは大事は起らないと思っておきましょう。

流星セレナーデ:女神の喧嘩

 クレイエール本社ビルは綾瀬社長時代に新築されてまして、三十三階の高層ビルです。最上階には高級イタリア料理店が入ってまして、三十二階はお鮨屋さんとか、蕎麦屋さんとか、鉄板焼屋さんとかが入っていて、外部からの利用も可能になっています。でもって三十一階は社員食堂。ここも外部利用が可能です。

 とくに三十二階のお鮨屋さんは有名で、あの龍すしのお弟子さんが暖簾分けして入られています。開店の時には大将や女将さんも来られていて、

    「結崎さんや香坂さんはホンマに歳取らん」

 なぜか女将さんは張扇を取り出してきて大将の頭を叩いてました。それにしてもあの女将さん、いつも張扇を持ち歩かれてるんですねぇ。そうそう最上階のイタリアンも有名で、各界の有名人も利用するほどです。その中には日本一の大写真家もおられます。お邪魔しては悪いと思ったのですが、ちょっと挨拶に、

    「こんにちは」
    「香坂さんもお変わりありませんね」
    「加納さんこそ」
    「シオはホンマに歳取らへんわ。言っとくけど同級生で同い年やのに、今じゃ、
    『娘さんですか』
    これマジで言われるんよ」
 そう加納さんと山本さんの御夫妻です。お二人も今年で五十七歳になられますが、山本先生は歳相応です。一方で加納さんは今でも二十代半ば過ぎを余裕でキープされています。さすがは主女神を宿されてると思った次第です。この辺はシノブ専務と佐竹本部長、ミサキとマルコの関係も確実にそうなりつつあります。

 ただユッキー社長とコトリ副社長は決して会おうとはされませんでした。二人で顔を見合わせて、

    「なんかね」
    「そうやな」
 エレギオン流に言えば山本先生は主女神の男ですし、お二人とも宿主代わりをされていますから、今さら顔を出すとややこしいってところのようです。

 三十階は社長室と副社長室なのですが、ここはガランとしたワン・フロアで社長室や副社長室と言っても衝立で仕切ってあるだけです。衝立だって固定式でなく、簡便に持ち運べるタイプです。机や椅子もヒラ社員と同じものです。これなんですが、エレギオン流の、

    『女神の暮らしは国民の手本』
 これを実践されている訳ではありません。その証拠にミサキの常務室も、シノブ専務の専務室もそれなりに立派なものになっています。原因は二人の喧嘩。ユッキー社長とコトリ副社長は五千年来の同志であり、親友であり、戦友なのですが、とにかく喧嘩になりやすい。それもやりだすとすぐに実力行使に走られます。これだって人の能力でならまだしもなんですが、女神の能力を使ってやられますから、そりゃ大変な事になります。

 お二人が喧嘩になると三十階が廃墟に変わってしまうのです。さらに二人が喧嘩を始めると誰も止め様がなくなります。それこそ自衛隊が来ても米軍が来ても止めるのは無理です。シノブ専務に相談しても、

    「私だって死にたくない」
 何回も何回も三十階が廃墟と化したので、常務室や専務室、会長室、相談役室は二十八階に移しています。巻き添え防止のためです。さらにいくら修理しても廃墟にしてしまわれるので、三十階は壊されても良いように、天井さえ張ってません。壁も床もコンクリート剥きだしのままにしてあります。

 全部ミサキの指示なのですが、これはユッキー社長体制が始まった時に命じられた役割なのです。ミサキには、

    『女神懲罰官』
 これを命じられています。単純には首座と次座の女神が喧嘩をしたら罰を下す役目で首座と次座の女神と言えども絶対に逆らえない事になっています。どうしてこんな役職が必要かわからなかったのですが、最初のお二人の喧嘩の跡を見て、目は点、口はアングリでした。何が起ったのか理解できないぐらいでした。

 三座の女神から見ても首座と次座の女神ですし、常務から見ても社長と副社長ですから、最初の頃は穏やかに注意とお願いをしていたのですが、そんなものを屁とも思われずに喧嘩は始まりますからミサキも今や鬼の懲罰官になっています。なるほどこういうブレーキ役がお二人には必要とわかった次第です。

 何度目かの喧嘩の後に三十階フロアを今の状態にしています。給料だって今や五十%カットで次に喧嘩したら百%カットで一年タダ働きと通告してあります。もし次もやらかせば、必ずそうします。許したりとか、温情なんてかけたりするものですか。どうもミサキの本気度が伝わったみたいで、ここのところは喧嘩もないようです。もっともこれだけ凄まじい喧嘩なのですがお二人に言わせると、

    「ちょっとふざけてるだけなのよ」
    「そうそう、じゃれあってる程度」
    「ほら、その証拠に怪我一つしてないでしょ」
    「加減はしてるんよ。女の子同士の喧嘩って良く物投げたりするのと同じ」
 加減と仰られますが、机は飛ぶ、本棚は飛ぶ、ソファは飛ぶ、ロッカーは飛ぶ、壁はぶち壊す、天井は引き剥がす。カーペットは根こそぎむしり取る、さらには一撃で外壁に穴が空く。たぶん加減と仰れてるのは、ここまで激しくとも一枚も窓ガラスを割られていない点ぐらいに思っています。

 まあ、お二人のエレギオン時代の喧嘩は神殿の床や壁の石が飛び交ったそうで、神殿が三回ぐらい瓦礫の山になってしまったそうです。おそらく、その時にくらべれば穏やかとお二人は仰りたいようですが、そんなものミサキが許すはずがないじゃありませんか。クレイエール本社ビルを瓦礫の山にされては困ります。

 さすがにお二人ともコンクリート剥きだしの社長室や副社長室には少しは懲りたのか、顔を合わせるたびに、

    「そろそろ三十階を元に戻そうよ」
    「そうよ、あれじゃ倉庫の中で仕事しているようなものじゃない」
    「せめて床にカーペットぐらい敷いてもイイやんか」
    「天井もないと落ち着かへんし」

 ミサキは断固として、

    「いたしません。次にお二人が喧嘩をされたら、本社ビルから出て行ってもらいます」
    「どこに行くの?」
    「駐車場の隅っこにテント張っておきますから、そこが社長室と副社長室です」
 でもまたやりそう。いや必ずあの二人ならやるに決まってる。そのときはテントだって一つで十分。ま、テントならいくら壊されても安く上がるし、我ながらグッド・アイデアだわ。仲がよいほど喧嘩するっていうけど、喧嘩するのが女神だから本当に困ります。


 でも仕事をやらせたら、ミサキやシノブ専務でさえ足元にも及びませんし、二人がコンビになれば最強なのも誰もが認めています。二人が行くところに不可能の三文字はないとまで言われています。そんなお二人の仕事ぶりはミサキから見ても激務なのですが、

    「コトリ、退屈ね」
    「しゃあないやんか、ユッキー。これも仕事やし給料もろてるんやし」
    「もっと刺激が欲しいわね」
    「そないに楽しいことが起る訳でもないし」
    「あ~あ、退屈。つまんないね」
 どうもお二人にとってはクレイエールの仕事程度は遊んでいるのと同然みたいです。もっとも、このお二人が『楽しい』レベルになれば、そりゃ、もう、女神の喧嘩がお遊戯に見えるほど凄まじいことが起りますから、その日が来ないことを祈っています。とにかくあのお二人の刺激的のレベルは、女神の生死がかかるレベルじゃないと緊張すらされませんから。

流星セレナーデ:新体制

 ミサキがクレイエールに入って二十年目の春が巡ってきました。見た目は二十代半ば過ぎですが、実年齢は今年で四十二歳、サラも中学三年生です。本来なら高校受験なんですが、中高一貫の女子校に進学してくれたのでノンビリしたものです。そうそうケイも中学受験に成功してくれています。まあ、相当尻叩きましたけどね。

 クレイエールの方は大きな人事変更がありました。綾瀬社長が退任されたのです。その前に例の密談場所の料亭で相談を受けたのですが、

    「私は来春で社長を退任する」
    「では後任は高野副社長ですね」
    「いや高野君も一緒に退任する」

 綾瀬社長と高野副社長は三歳違いですから、高野副社長が社長になっても短期政権にならざるを得ないので避けられたのかもしれません。高野副社長も勇退となると序列でも実績でも、

    「えっ、では立花専務の昇格ですか」
    「立花君は副社長になってもらう」

 ミサキの頭の中は『???』がひたすら回っていました。コトリ専務が副社長なら、まさか人の年齢を優先して、

    「では結崎常務が昇格とか」
    「結崎君は専務になってもらう予定で、香坂君は常務の予定だ」

 密談場所に集まるのは社長、副社長、コトリ専務、シノブ常務、ミサキと佐竹本部長の六人です。これは綾瀬体制がスタートしてから不動のもので、会社の序列上からもトップ・シックスとしても良いメンバーです。あの綾瀬社長が三女神を越えて子飼いの佐竹本部長を選んだのでしょうか。

    「では佐竹本部長ですか」
    「佐竹君はそのまま営業本部長を続けてもらうことになる」
    「では誰を?」

 社長はニヤッと笑い、

    「お待たせした、入って来てくれ」

 襖を開けて入ったきたのはユッキーさん。

    「小山君が新社長だ」
    「えっ、でもまだ係長・・・」

 そうしたらコトリ専務が、

    「ミサキちゃんらしくない。ユッキーは首座の女神だよ」
    「それはそうですが・・・」

 そしたらユッキーさんが、

    「だいぶもめたのよ。わたしはコトリが社長になるべきだと言ったんだけど」
    「それはアカンて、ユッキーみたいにややこしいのを部下に使えるかいな。どんだけコキ使われたか。あれだけコキ使うのに何かあれば、
    『わたしは秘書ですから』
     こうやって逃げちゃうんだから。やっぱりトップはユッキーじゃなくちゃ組織は落ち着かないってこと」
    「でもクレイエールの社長ぐらいだったら代わりばんこでもイイじゃないの」
    「ダメ、これは四千年前から決まってること」
    「決まってないわよ、あの時だって」
    「こんだけクレイエールの規模が大きくなっちゃうと、何語でも話せるユッキーの方がイイの。コトリだって英語やイタリア語ぐらいは話せるけど、ヒンディー語やスワヒリ語、中国語とかアラビア語とかになると苦手やから」
    「それぐらいすぐに覚えられるでしょ」
 お二人の会話を聞きながら、ここ数年間のクレイエールの大躍進の原動力はお二人の力によるものだと思い返しています。クレイエールは国内でこそ一流企業でしたが、海外部門は弱かったのです。

 そこで利用したのがエレギオンの金銀細工師。この名を世界に轟かすためにコトリ専務はエレギオン発掘隊長になり、ナショナル・ジオグラフィックまで引っ張り込んでいます。この企画は大当たりで、超高級ブランドのクール・ド・キュヴェはエレギオンのウルトラ高級ブランド・イメージと連動し、今やエルメスにも迫ろうとする勢いです。

 クール・ド・キュヴェの大成功に乗じて、クレイエール・ブランドの抱き合わせの売込みにも成功をおさめています。クール・ド・キュヴェは高価過ぎて手が出せない人もクレイエールなら手が出ると高い人気を誇ってるぐらいでしょうか。ですから国内より海外の方がクレイエールはかなり高級なイメージになってくれています。

 エレギオン・ブランドの使用はマルコがうるさいのですが、そこはそれ、マルコさえ頭が上げようのないエレギオンの四女神がクレイエールに君臨していますから、

    『ボクが口出しできるような人々じゃないよ』

 まあそういうことです。ただここで一つ心配なことが、

    「綾瀬社長、小山秘書の抜擢は女神からすれば当然ですが、女神は受け継がれて行きますが・・・」
    「そうだ、エレギオン王国がそうであったようにだ。クレイエールもこれからそうすべきだと判断した。千年王国なんてものじゃない、クレイエールもこれで三千年王国になる。なあ、高野君」
    「はい社長、エレギオンの四女神がそろう幸運を活かさない手はありません。小山君が入ってわずか五年足らずでクレイエールは日本のローカル企業から、世界的大企業にあっという間に成長しています。これほどの手腕の人物が永遠にトップに座り続けるのは我が社にとって他に選びようのない選択です」

 綾瀬社長は会長になられ、高野副社長は相談役に退かれました。これだって、

    「財界のお付き合いぐらいは女神たちよりワシの方が慣れてるから、せめてもの御協力といったところだ」

 かくして二十八歳のユッキー社長は誕生。業界では驚きをもって迎え入れられましたが、さすがはユッキーさん、どこに出席されても堂々としたものです。新体制は、

    ユッキー社長
    コトリ副社長兼クール・ド・キュヴェ及クレイエール事業本部長
    シノブ専務兼経営戦略本部長
    ミサキは常務兼ジュエリー事業本部長

 だったはずなのですが、総務部長の兼任がなくなった代わりに、

    「ミサキちゃん、ブライダル事業本部も見といてね」

 でもってミサキとシノブ専務代表は取締役に昇格。こりゃ、本当に古代エレギオンが現代のクレイエールに復活した感じがします。帰り道に夜空を見ると、

    「あっ、流れ星」
    「ミサキちゃんは何を願ったの」
    「サラとケイの幸せです。コトリ副社長はやっぱり男ですか」
    「うふふふ、それもあるけど、エレギオンでは違った意味もあったの」
    「なんですか?」
    「セレナーデよ。またそのうち教えてあげるわ」

次回作の前書き

 次回作は氷姫の恋の続編になりますが、時系列的には女神伝説第4部の続編的な位置になります。タイトルは、

    流星セレナーデ
 この作品は大問題作です。とにかくこの後の作品に大きすぎる影響を残す結果となっています。なにが問題だったかですが、作中の経過年数が長すぎて、主要登場人物の高齢化が一挙に進んでしまったのです。とくにコトリが深刻で、考え無しに五十歳の縛りを作ってしまったがために、寿命が見る見る減ってしまっていました。

 経過年数の再調整も考えましたが、今となっては後の祭。とにかくシリーズの経過年数が長大になりすぎたので、この作品の時に年表による管理に移行しています。何年前に何があったかなんて、覚えきれなくなったぐらいです。

 内容的にはかなり壮大なスケールになってくれて満足しています。地球の危機あり、悲しい恋あり、神の能力発生のムックあり・・・まあSF仕立てぐらいと思って頂けれ良いと思います。


 少し蛇足ですが、昨日でブログ投稿日数が3333日になっていました。このブログが始まったのが2005年7月2日ですから、13年半になります。途中で休載した時期もありましたが、よく続いているものです。かつては医療問題に熱中していた時期もありましたが、それから歴史ブログ、今は小説ブログです。

 医療ブログを書いてる時が一番人気がありましたが、あれはあれでシンドかった。ネガコメ対応にウンザリさせられました。今はコメント自体が殆どなくなって静かなものです。

 夢は書いてる小説が本になり出版されることです。それがドンと売れて印税で暮らす・・・夢は夢で実現しないから楽しいところです。とりあえず氷姫の恋が11作目、ストックがまだ6本ありますから、当分は小説路線が続くと思います。