バイクも恋も若葉マーク(第1話)山之上学園大学

 なんなんだよ、この坂は。

「山女坂は実際に歩くと半端じゃないね」

 こう答えたのがミル。大学に入って出来た友だちだ。二人が進学した山之上学園は神戸でも伝統校の一つとして良いはず。

「有名なのは高校だけどね」

 付属は中学からあってとにかく制服が有名。冬服から夏服に衣替えする時には風物詩の様にニュースで出るぐらい。あの制服には憧れてた。

「そうはお手軽には入れないよ」

 かつての私立女子中高の御三家の一つで、レベルも高い。かつてってしたのは旧御三家で共学に移行したところも出たからだよ。だけどここの付属中高は女子校だ。

「カノンは中学受験を考えなかったの?」

 考えもしなかったな。ミルもそうなんだけど実家は、はっきり言わなくても田舎だ。

「カノンのとこよりマシだよ」

 うるさいわ。そういうとこで生まれしまったんだから。私立中学受験を考えない人は高校受験を目指すのだけど、それさえ田舎では格差があり過ぎる。マシな田舎なら複数の県立校ぐらいあるし、神戸とかの私立もあるじゃない。

 だけどカノンの田舎はそんな甘いところじゃない。現実的に通える県立校が一つしかないんだもの。だから高校進学と言ってもそこしかないし、さらに他からの受験生なんて事実上いないから、

「それって小学校から高校まで同じメンバーよね」

 中学はさすがに二つあったけど、これも生徒数が減る一方で統合の噂が前から出てるぐらい。中学がそんな状態だから高校も定員さえ満たさないようになっていて、志願すればよほどの事がない限り合格する。こっちだって統合の噂があるぐらいだよ。

 それでも私立中学とか、私立高校を目指す人もいたけど、そっち用の進学塾なんてあるはずもないし、合格したって通うとなると想像を絶するぐらい。

「寮があるところとか」

 そんな高校に行ったのもいるけど、あんなとこに誰が入りたいものか。入れば少年院とどっちがマシかってところだもの。だから進学私立に入るとなれば母親と下宿だとか、親戚の家に頼る世界だもの。知ってる範囲なら二人だったかな。

 だから高校もまさにピンキリ。ド田舎だって高卒ぐらいは必要なのは常識だけど、大学進学なんて頭から考えていないのがまず多数派だ。一方で高卒では社会に出てから不利だって進学を目指すグループもいた。

「おりこうさんグループだったんだ」

 あの高校ではね。とはいえレベルはお世辞にも高くない。カノンなりにあんな田舎で一生暮らすのは嫌だったから頑張りはしたけど、現実はシビアだったよ。ミルは、

「親が山之上学園ならって感じもあってさ・・・」

 そういうのは何故か多いみたい。と言うのも付属の中高は有名なお嬢様校でもあるのよね。もちろん全員がお嬢様じゃないのだけど、お嬢様比率は高いらしいし、外からは良妻賢母を育てる学校だと思われてる。

 だからだと思うけど、そんな中高のイメージからお嬢様大学って思ってる人は少なくない。ミルの親もそうだったみたいだけど、カノンの親もそんな感じだったし、進路指導でもそんな感じだったもの。だけど大学にはあの憧れの制服は無いよ。

 ちなみにだけど、山の上に学校があるから山之上学園って名前になってる訳じゃない。だって付属の中高はせいぜい丘の上だものね。山之上になったのは学園創設者の苗字なんだよ。

 大学が出来たのは他にも理由はあるだろうけど、付属高校の進学成績は良いのよね。だけどピンキリはどうしたってあるから落ちこぼれの受け皿の意味もあったはず。大学も女子大から始まったけど、こっちは少子化と時代の波で共学になってる。

「創設者の苗字に因まなくて良いのにね」

 思うよ。良妻賢母の育成が校是みたいな学校だったから、大学も風紀重視で場所を選んだとされてる。今は駅から大学までの通学路の左右にはビッシリ住宅が建ってるけど、大学が出来た頃は山の中の一本道だったとか。

「よく猪が出たなんて話も残ってるそうだね」

 それは今でもだろうが。山の上の隔離されたようなところで勉学に専念できるし、山女坂を一度登れば下校まで下りたいと思うのはいないから風紀は物理的に向上するぐらい。

「そういう学校って親が好きそうだ」

 都会の絵の具に染まりにくいぐらいだろうけど、これは今だってあんまり変わってない。住宅こそ建ち並んだけど、大学の周囲にはお店屋さんが一軒もないんだもの。

「これぐらいの規模の大学だから学生街は無理としても、せめてランチを食べたり、講義の間にお茶できるカフェぐらいありそうじゃないの」

 コンビニも駅まで下りないとないものね。ミルは受験の時に下見に来たの?

「下見の時は親のクルマで登ったし、受験の時はリッチしてホテルからタクシーにさせてもらった」

 ホテルからにしたのは、受験情報で駅前のタクシーは争奪戦になるからって聞いたからよね。カノンもそうしたけど、合格手続きに来た時は死にそうだった。

「ミルもだよ。これから毎日通うって思うだけでウンザリしたぐらい」

 駅から大学まで続く山女坂だけど、これは女子大時代に『やまじょ』と呼ばれてたから付いていたはずのもの。大学はたしかに『やまじょ』と呼ばれたし、共学になってもそう呼ぶ人は今だって多いはず。

「でも坂の方は『やまおんな』坂なんだよね」

 こんな坂を毎日登らされたら自動的に山女になりそうだものね。これまたちなみにだけど、今は山学って呼ぶはずだけど、

「あれも『やまがく』じゃなくて『さんがく』って呼ぶ人の方が多いかも」

 こんな坂を登らされたら山岳にしか読めるものか。だからだと思うけど学園祭は山岳祭ってなってるじゃない。

「真剣に考えないとね」

 こんな坂を登るのは健康的かもしれないけど、登っただけでクタクタになって勉強にならないもの。

「そういう建前が切り札だ」

 誰だって辛いからラクする手段を考える。だけど一番お手軽そうな電動自転車でも無理がある。パワーの問題もあるし、

「バッテリーの消耗が凄いらしくて・・・」

 途中でバッテリー切れになり地獄を見た先輩の話は聞いたことがある。充電しておけば良いようなものだけど、ついついサボって、まだだいじょうぶだろって登り始めたら充電がなくなり、そこから死ぬような思いで押して上がったとか。

 とはいえクルマ通学は禁止だし、それ以前に職員以外に駐車できそうなスペースはありそうにもなく、大学の周囲に停めようものなら、すぐに警察に通報が言って駐禁になるだけじゃなく、大学にも通報が入って大目玉を喰らうらしい。だからポピュラーな対策法はバイクだ。

「見てるだけで羨ましい」

 学年が上がるほどバイク通学の比率は爆上がりだ。ここなんだけどお互い田舎者だからクルマの免許は持ってるんだよ。だから原付五〇CCなら手に入れば乗ることはできる。一回生でも乗ってるのはいる。けどね、この原付五〇CCがややこしいことになってるんだ。

 まず環境問題による規制が強くなりすぎて、メーカーがそろって生産を中止しちゃったんだよ。だから新車では手に入らないし、中古だってあれが中古かって値段で取り引きされてる。原付五〇CCが生産されなくなる対策もされてるんだけど、

「高すぎるよ」

 法改正で原付二種のパワーを原付一種に落としたものでも乗れることになり、その対応バイクも売り出されたんだけど、あれって、一一〇CCのものをエンジンだけデチューンしたもので良いはず。

 実物を見たことないけど、エンジン以外は一一〇CCのままのはずだから、値段だって一一〇CCと同じぐらいするのよ。

「あんなに高いのに、原付一種だから三十キロ規制と二段右折はそのままなんだよね」

 ミルとも相談してたんだけど、それだったら小型免許を取って、小型バイクに乗ろうって話になったんだ。だけどそうなると先立つものが必要になる。

「今の感じなら夏休みまでに教習所代はなんとかなると思うけど、バイク代が出ない」

 バイトも頑張ってるけど、カノンもそんな感じ。そうなると親を説得しないとならなくなる。これが難関なんだよ。バイクって暴走族がとにかく暴れ回った時代があって、三ない運動が行われていたんだ。

 この手の官製運動は尻すぼみに終わるのも多いはずだけど、バイクへの三ない運動は異様なぐらい定着してしまったとして良い気がする。バイクの免許は十六歳から取れるけど、カノンのドが付く田舎の高校でも許可だったし、その許可だってそうは簡単に取れないものだったはず。

「それより、バイクって事故したら危ないからって頭からNOの親も多いのよ」

 原付のスクーターぐらいなら泣きつけばなんとかなると思うけど、わざわざ小型の免許を取っての話になると良い顔をしてくれるとは思えないんだ。

「やっと校門だぞ」

 夏休みになんとかしないと。後期も坂地獄が待ってる。